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本編

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今でこそ、その美貌に表情筋が存在して、まあまあ良い仕事をすることを知ってはいるが、俺に対しても初めての頃は無表情の無愛想だった。
俺が営業スマイルで懇切丁寧な説明をしても、目線を向けもしなかった。
でも、説明を初めて1週間くらいの頃、何となく王子の様子がおかしいことに気がついた。無表情に変わりはないが、顔色が悪い。呼吸数や音も何かおかしい。
それでも、側に控える従者は何も言わず、本人も何も言わずそこにいる。

確か父さんが言ってたっけ、王族はいかなるときも泰然と、平静でいなければならないとか言って、39度の高熱で授業に出ていたという現国王の話。
その時は無理矢理に寮に帰そうとしてもダメだったから、父さんが具合が悪いからと言って寮に付き添って帰るように仕向け、部屋に着いた途端に彼は意識を失ったそうだ。従者であろうが友人であろうが、人目があるところでは弱みを見せてはならない...か。


まあ、どう考えたって王子がオーバーワークなのは明白だ。本来なら休憩を取るべき時間を、この説明会に使っている。しかもかなり神経を使うプログラミングの作業は、こんな状態ですべきではないのだ。
かといって、休んでもらうにはどうしたら良いのやら...ま、俺はこういう休みを取るための誘導は大得意だけどね。それに多少の無礼は、国民でも従者でもない国王の親友の息子で、特別待遇の俺なら大丈夫だろう。さーてと。

「イルファン殿下、本日は少し長めにお時間をとって頂けませんか?」

俺の唐突な言葉に、少し眉をひそめた美貌をこちらに向ける。やっぱり体調が悪そうだ。もとが浅黒いから分かりづらいが、頬がうっすら赤いあたり発熱しているな、こりゃ...。

「ここからの作業はこの機械の心臓部のプロブラミングとなります。各部のパスワード、プロテクトなども同時に設定するセキュリティの部分ですので、私はその設定の間は席を外させて頂きます。また、出来ればその間は殿下お一人で実行して頂いたいのですが、可能でしょうか?」

「…人払いをしろ、という事か?」

まあ、そういうことだね。本当は、今日の段階ではまだそこまでいってないんだけど、ね。
俺が頷くと、王子は振り返りもせずに、呼ぶまで控えているようにと抑揚のない声で命じた。侍従やメイドが出ていくが、その間も平然と前を向く彼の変調に気を留める人はいないようだった。

「人払いはした、始めてくれ」
「その前に、殿下には1時間そちらのソファーで休んで頂きます。これからはとても神経を使う作業になります。リセット及び再起動にお時間もかかりますので」

王子は怪訝そうな顔を、はっと気引き締める。

「これが人払いの目的か?お前もそういう…」

表情はそれほど変わらないが、十分怒りのオーラを纏って憤る王子は、やはり冷静な判断が出来ていない。それにしても、美形は怒っても様になるんだね。
でもまあ、何を勘違いしているのやら。お子さまは、素直に大人の気遣いを受けとればいいのに、王族としての彼の環境は、そんな甘えは許されないということなのかな。

「殿下、今日の体調はいかがでしょうか。あまりよろしいようにはお見受けしませんよ?集中出来ていないようですね。設定の時点までの手順は昨日までの作業と同様ですので、そこまでは私がさせて頂きます」

俺が割り込んで喋ると、今度は目を見開いてこちらを見ている。戸惑った雰囲気に、もう一言付け足す。

「その作業と再起動で1時間程度、さらにプロテクト部分の設定作業に30分程度です。後半30分は殿下に行っていただきます、ですから、それまでは休憩を取って下さい」

これ以上は必要ないだろう。俺は、さっさと仕事に取りかかる。
王子はしばらく黙っていたが、ポツリと呟くように言った。

「お前は気づいていたのか?私は誰にも気取られないよう、完璧に振る舞っていたのだが…」

その声があまりに弱く、顔を見ないようにしていたが動こうとしない王子に手を止めて振り返る。
その時に初めて無表情ではない、戸惑った様な頼りなく幼い表情を浮かべているのを見て、やはり父さんの話を思い出す。
なんだか、この大人びた美貌の王子を可愛いと思ったのはこの時だった。

「殿下はいつも毅然とされています。これは、あくまでも私の主観と機械の都合です」

王子はじっと俺を見ていたが、立ち上がるとソファーへ向かったので、本来なら俺でも3時間はかかる作業を1時間で仕上げるべく集中を高めた。


それから1時間後、ソファーにもたれ掛かって眠っていた王子を起こしてプロテクトの設定を終了した時には、俺はさすがに疲れきっていた。
超特急の仕事はもちろん、王子はしきりに質問をしてきたからだ。

それまでは必要以上の会話はしなかったのに、なんの心境の変化か作業の手を止めては俺の方を向き、目を見て話しかけてくる。
その顔は、生き生きとした表情を浮かべていて、1時間前の彼とは別人のように反応を返してきた。
大変ではあったし驚いたが嫌ではなかったし、むしろ楽しいとさえ感じた時間だった。

この時、初めて彼が年下であると感じたり好奇心や向学心、王子として完璧であろうとする努力や自制心を垣間見た。
本来は、完了後の1時間も休んでもらうつもりでいたか、彼はその時間も会話を止めようとはしなかった。こんなにたくさん話すようなキャラだったのか。
それでも終了時間になり、従者を呼び戻した時にはもう無表情で無愛想な完璧な王子に戻っていたが。
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