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日常、監視、接触
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乱暴に押し開いた玄関先から、部屋を覗く。
目に飛び込んだ、めくれた毛布とベッドの上に転がるロープ。
「クソがぁっー!! クソ! クソ! クソ!」
いるはずの者がそこにはいない。毛布を怒りのままに投げつけ、怒りのままに吼えた。
「おい、ヤコブ。ちょっと落ち着け」
「そうだ、そうだ。喚いた所で何も変わんねえぞ」
鼻息が荒いまま、ヤコブはふたりを睨む。
ふたりの言う通り、喚いた所で何かが変わるわけでも無い。ヤコブはひとつ息を吐きだし、自身を落ち着けて行く。そうは言った所で、早々に落ち着くものでは無い。吐き出す息は荒く、怒りの治まり処に苦慮していた。
「お前らも手伝え、上手くいったら20万ずつ払う。どうだ?」
ヤコブの吐きだした言葉にガズとナーセブは、ニヤリと笑みを浮かべ顔を見合わせて行く。
「何をすればいい?」
「それ次第だな」
腑に落ちてはいないが、納得するしかないとヤコブは自身に言い聞かせていく。担がれた事へ怒りの表情を見せながら、ヤコブは落ち着きを取り戻していった。剣呑な瞳でふたりを見やり、顎に手を当てていく。
「簡単な事だ。【ハルヲンテイム】を張って、従業員が出て来たらエレナの居場所を聞き出せ。ちょいと脅せば、ベラベラ話すさ」
「お前はどうするんだ?」
ナーセブが長い体を折って、ヤコブに迫った。ヤコブは厳しい目つきで、口端を上げて見せる。
「オレは鍛冶屋を洗う。あのクソ舐めたガキに借りを返さねえと。エレナを匿っているかも知れんしな。匿ってなかった所で、力ずくで居場所を聞き出すだけだ。どうせ調教店か鍛冶屋が匿ってんだ。すぐに取り返してやる」
「ハハハ、力ずくって大丈夫か? 返り討ちにあったりしてな」
軽口を叩く、ガズを睨む。
「あんなガキに返り討ちに合う程、落ちぶれちゃいねえ。ナーセブ、鍛冶屋の場所を教えろ」
ナーセブはイエスの代わりに軽く肩をすくめて見せた。
「居場所さえ分かれば⋯⋯200万⋯⋯そう簡単に引き下がると思うなよ⋯⋯」
ヤコブは誰に言うでもなく、呟いていた。
◇◇◇◇
【ハルヲンテイム】は通常運転に戻っていた。次々に訪れる客を捌いていき、つつがない日常を演出する。
店へと戻ったハルと視線を交わし合い、頷き合った。ハルの深い頷きに、順調に事が進んでいる事が分かり、ひとまずの安堵を見せていく。これでしばらくは、日常に集中出来る。
表面上は何事も無かったかのごとく、日常を送っていた。
とはいえ、心のどこかに重石が常に乗っている感じは拭えない。晴れない気持ちを笑顔で包み隠し、業務にあたっていた。
バックヤードでは、ハルとキノのふたりが顔を寄せ合う。キノが辺りを見回すと、ハルはキノの耳元で囁いた。
「キノどう?」
「おもてのお店の所と裏のとこ」
「そう。ありがとう。エレナはもう大丈夫だから、心配しないで」
「うん」
キノは普段見せない真剣な顔を見せた。事の重大さは承知しているのが分かる。
悪意に対して人一倍敏感なキノのセンサーが反応を見せた。
ふたりか⋯⋯。
今すぐに何かを仕掛けてくる人数では無い。
従業員のみんなに無用な不安は与えたくはないしね。黙っておこう。
キノの反応を聞いたハルの表情は冒険者の顔を見せていく。
ま、案の定ね。
店を張って、あわよくばエレナの情報を手に入れようって魂胆でしょう。
見え見え過ぎるわ。三下どもが。
やる事がザル過ぎて、呆れてしまう。
ハルの表情がまたひとつ厳しさを見せていった。
◇◇◇◇
「おい! いるんだろう! 出て来やがれ!」
鍛冶屋の店先で吼えるうす汚い冒険者に、後ろ手に首を掻きながらキルロは現れた。面倒そうにヤコブの姿を一瞥して、無表情で相対する。
「あんたか。もういいよ。じゃあな」
それだけ言うと踵を返し、奥へと引っ込もうとした。
その姿にヤコブの顔は見る見る険しくなり、再び吼える。
「てめぇ、ふざけんなよ。エレナがいるんだろうが、サッサと出しやがれ! ここに出入りしているのは分かってんだ、とぼけるのも大概にしておけよ」
「あのなぁ、確かに遊びには来るが、今はいねえ。だいたいお前、父親なのに娘の居場所も知らねえのか? そこらんへん、ほっつき歩いているんじゃねえのか?」
キルロのおちょくるような物言いが、ヤコブの沸点を下げて行く。顔を真っ赤にし、怒りの形相でキルロを睨みつけた。
涼しい顔で、ヤコブの怒りを冷ややかに受け流す。ヤコブに対し憐みさえ見せる余裕の姿。ヤコブを熱くするには十分だった。
「てめぇ、いい加減にしろよ! 大人しく聞いてやってんだ、サッサと吐け!」
凄むヤコブに、キルロは反比例するかのように冷ややかな態度を見せていく。大きな嘆息まじりに口を開いていった。
「お前、本当にエレナの父親か? こんなバカから、あんな賢い子が生まれるとは、信じられねえな」
「舐めやがって⋯⋯」
ヤコブの左手はキルロの胸ぐらを掴み上げ、右の拳を強く握り締めた。
キルロに焦る姿は皆無。冷ややかな視線をヤコブに向ける。ヤコブの掴み上げる力はギリギリと上がっていき、キルロの胸元を締め上げていく。キルロは口元に冷ややかな笑みを湛え、冷静な瞳を見せるだけ。
握り締めた右の拳。その拳を怒りのままに振り上げ、キルロの顔面に狙いを定めた。
「お、団長どうした?」
「随分とのんびりな登場だな。こいつが因縁つけてきて、参っているんだ」
「へぇ、そうかい。難儀しているのか」
突然、奥からひょうひょうと現れた狼人。口元は薄い笑み、眼鏡の奥に見える瞳は冷たい凄みを見せていた。
一瞬の躊躇を見せるヤコブ。
狼人は、ふたりの様子を一瞥する。
「それで、その右手をどうするんだい?」
刹那、ヤコブの眼前に迫る狼人の顔。耳元で囁いた言葉は低く冷たい。
一瞬で距離を詰めたそのスピードと、いつでも抜けるであろう腰の長ナイフ。ヤコブはゆっくりと手を放していった。振り上げた拳をほどき、キルロの乱れた襟元を直していく。
「じょ、冗談、冗談だよ⋯⋯」
キルロの襟元を直すと、ヤコブはそそくさと店を後にした。
何とも、絵に描いた小物ぶりに呆れるしかない。
マッシュはずっとニヤニヤと笑みを浮かべ、キルロはやれやれと嘆息していく。
「マッシュ、もう少し早い登場で良かったんじゃねえ? ぶん殴られる所だったぞ」
「うん? あぁ、そうか? 思わず見いちゃったな、あまりの小物ぶりに。いやはや、なかなかお目にかかれんぞ」
キルロはマッシュの言葉にひと睨み返し、奥の部屋へと顔を向けた。
「ネイン! 顔覚えたか?」
「はい」
「お前さん、頼むぞ」
「お任せ下さい」
キルロとマッシュの言葉に力強く頷くネイン。フードを深く被り、エルフの長い耳を隠す。足早に店の外へ出ると、小汚い冒険者の後を追って行った。
◇◇◇◇
夕暮れが迫る。
影は長くなり、夕闇がゆっくりと迫っていた。【ハルヲンテイム】にあったお客さんの波も引き、受付が凪ぎ始める。その光景が一日の終わりが近い事を教えてくれた。
ぼちぼち頃合いかな?
ハルはその様子を見つめ、ラーサに声を掛けていった。
「ラーサ!」
「はいはい」
「キノと一緒に買い出しに行って貰える? リストはこれ」
「了解」
(無理はしないでね)
ハルは最後にラーサの耳元で囁いた。ラーサは微笑を返し、メモに目を落とす。何て事のない日用品が並ぶリスト。すなわちそれは、見張りの様子を伺って来いという事だ。
少し緊張している自分にラーサは苦笑いを浮かべる。
冒険者では無い自分達に課せられた冒険。
何が出来るか分からないけど、きっと何も出来ないという事では無いはずだ。
「⋯⋯よし」
緊張を吹き飛ばせと、ラーサは珍しく自身に気合を入れ、顔を上げていった。
目に飛び込んだ、めくれた毛布とベッドの上に転がるロープ。
「クソがぁっー!! クソ! クソ! クソ!」
いるはずの者がそこにはいない。毛布を怒りのままに投げつけ、怒りのままに吼えた。
「おい、ヤコブ。ちょっと落ち着け」
「そうだ、そうだ。喚いた所で何も変わんねえぞ」
鼻息が荒いまま、ヤコブはふたりを睨む。
ふたりの言う通り、喚いた所で何かが変わるわけでも無い。ヤコブはひとつ息を吐きだし、自身を落ち着けて行く。そうは言った所で、早々に落ち着くものでは無い。吐き出す息は荒く、怒りの治まり処に苦慮していた。
「お前らも手伝え、上手くいったら20万ずつ払う。どうだ?」
ヤコブの吐きだした言葉にガズとナーセブは、ニヤリと笑みを浮かべ顔を見合わせて行く。
「何をすればいい?」
「それ次第だな」
腑に落ちてはいないが、納得するしかないとヤコブは自身に言い聞かせていく。担がれた事へ怒りの表情を見せながら、ヤコブは落ち着きを取り戻していった。剣呑な瞳でふたりを見やり、顎に手を当てていく。
「簡単な事だ。【ハルヲンテイム】を張って、従業員が出て来たらエレナの居場所を聞き出せ。ちょいと脅せば、ベラベラ話すさ」
「お前はどうするんだ?」
ナーセブが長い体を折って、ヤコブに迫った。ヤコブは厳しい目つきで、口端を上げて見せる。
「オレは鍛冶屋を洗う。あのクソ舐めたガキに借りを返さねえと。エレナを匿っているかも知れんしな。匿ってなかった所で、力ずくで居場所を聞き出すだけだ。どうせ調教店か鍛冶屋が匿ってんだ。すぐに取り返してやる」
「ハハハ、力ずくって大丈夫か? 返り討ちにあったりしてな」
軽口を叩く、ガズを睨む。
「あんなガキに返り討ちに合う程、落ちぶれちゃいねえ。ナーセブ、鍛冶屋の場所を教えろ」
ナーセブはイエスの代わりに軽く肩をすくめて見せた。
「居場所さえ分かれば⋯⋯200万⋯⋯そう簡単に引き下がると思うなよ⋯⋯」
ヤコブは誰に言うでもなく、呟いていた。
◇◇◇◇
【ハルヲンテイム】は通常運転に戻っていた。次々に訪れる客を捌いていき、つつがない日常を演出する。
店へと戻ったハルと視線を交わし合い、頷き合った。ハルの深い頷きに、順調に事が進んでいる事が分かり、ひとまずの安堵を見せていく。これでしばらくは、日常に集中出来る。
表面上は何事も無かったかのごとく、日常を送っていた。
とはいえ、心のどこかに重石が常に乗っている感じは拭えない。晴れない気持ちを笑顔で包み隠し、業務にあたっていた。
バックヤードでは、ハルとキノのふたりが顔を寄せ合う。キノが辺りを見回すと、ハルはキノの耳元で囁いた。
「キノどう?」
「おもてのお店の所と裏のとこ」
「そう。ありがとう。エレナはもう大丈夫だから、心配しないで」
「うん」
キノは普段見せない真剣な顔を見せた。事の重大さは承知しているのが分かる。
悪意に対して人一倍敏感なキノのセンサーが反応を見せた。
ふたりか⋯⋯。
今すぐに何かを仕掛けてくる人数では無い。
従業員のみんなに無用な不安は与えたくはないしね。黙っておこう。
キノの反応を聞いたハルの表情は冒険者の顔を見せていく。
ま、案の定ね。
店を張って、あわよくばエレナの情報を手に入れようって魂胆でしょう。
見え見え過ぎるわ。三下どもが。
やる事がザル過ぎて、呆れてしまう。
ハルの表情がまたひとつ厳しさを見せていった。
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「おい! いるんだろう! 出て来やがれ!」
鍛冶屋の店先で吼えるうす汚い冒険者に、後ろ手に首を掻きながらキルロは現れた。面倒そうにヤコブの姿を一瞥して、無表情で相対する。
「あんたか。もういいよ。じゃあな」
それだけ言うと踵を返し、奥へと引っ込もうとした。
その姿にヤコブの顔は見る見る険しくなり、再び吼える。
「てめぇ、ふざけんなよ。エレナがいるんだろうが、サッサと出しやがれ! ここに出入りしているのは分かってんだ、とぼけるのも大概にしておけよ」
「あのなぁ、確かに遊びには来るが、今はいねえ。だいたいお前、父親なのに娘の居場所も知らねえのか? そこらんへん、ほっつき歩いているんじゃねえのか?」
キルロのおちょくるような物言いが、ヤコブの沸点を下げて行く。顔を真っ赤にし、怒りの形相でキルロを睨みつけた。
涼しい顔で、ヤコブの怒りを冷ややかに受け流す。ヤコブに対し憐みさえ見せる余裕の姿。ヤコブを熱くするには十分だった。
「てめぇ、いい加減にしろよ! 大人しく聞いてやってんだ、サッサと吐け!」
凄むヤコブに、キルロは反比例するかのように冷ややかな態度を見せていく。大きな嘆息まじりに口を開いていった。
「お前、本当にエレナの父親か? こんなバカから、あんな賢い子が生まれるとは、信じられねえな」
「舐めやがって⋯⋯」
ヤコブの左手はキルロの胸ぐらを掴み上げ、右の拳を強く握り締めた。
キルロに焦る姿は皆無。冷ややかな視線をヤコブに向ける。ヤコブの掴み上げる力はギリギリと上がっていき、キルロの胸元を締め上げていく。キルロは口元に冷ややかな笑みを湛え、冷静な瞳を見せるだけ。
握り締めた右の拳。その拳を怒りのままに振り上げ、キルロの顔面に狙いを定めた。
「お、団長どうした?」
「随分とのんびりな登場だな。こいつが因縁つけてきて、参っているんだ」
「へぇ、そうかい。難儀しているのか」
突然、奥からひょうひょうと現れた狼人。口元は薄い笑み、眼鏡の奥に見える瞳は冷たい凄みを見せていた。
一瞬の躊躇を見せるヤコブ。
狼人は、ふたりの様子を一瞥する。
「それで、その右手をどうするんだい?」
刹那、ヤコブの眼前に迫る狼人の顔。耳元で囁いた言葉は低く冷たい。
一瞬で距離を詰めたそのスピードと、いつでも抜けるであろう腰の長ナイフ。ヤコブはゆっくりと手を放していった。振り上げた拳をほどき、キルロの乱れた襟元を直していく。
「じょ、冗談、冗談だよ⋯⋯」
キルロの襟元を直すと、ヤコブはそそくさと店を後にした。
何とも、絵に描いた小物ぶりに呆れるしかない。
マッシュはずっとニヤニヤと笑みを浮かべ、キルロはやれやれと嘆息していく。
「マッシュ、もう少し早い登場で良かったんじゃねえ? ぶん殴られる所だったぞ」
「うん? あぁ、そうか? 思わず見いちゃったな、あまりの小物ぶりに。いやはや、なかなかお目にかかれんぞ」
キルロはマッシュの言葉にひと睨み返し、奥の部屋へと顔を向けた。
「ネイン! 顔覚えたか?」
「はい」
「お前さん、頼むぞ」
「お任せ下さい」
キルロとマッシュの言葉に力強く頷くネイン。フードを深く被り、エルフの長い耳を隠す。足早に店の外へ出ると、小汚い冒険者の後を追って行った。
◇◇◇◇
夕暮れが迫る。
影は長くなり、夕闇がゆっくりと迫っていた。【ハルヲンテイム】にあったお客さんの波も引き、受付が凪ぎ始める。その光景が一日の終わりが近い事を教えてくれた。
ぼちぼち頃合いかな?
ハルはその様子を見つめ、ラーサに声を掛けていった。
「ラーサ!」
「はいはい」
「キノと一緒に買い出しに行って貰える? リストはこれ」
「了解」
(無理はしないでね)
ハルは最後にラーサの耳元で囁いた。ラーサは微笑を返し、メモに目を落とす。何て事のない日用品が並ぶリスト。すなわちそれは、見張りの様子を伺って来いという事だ。
少し緊張している自分にラーサは苦笑いを浮かべる。
冒険者では無い自分達に課せられた冒険。
何が出来るか分からないけど、きっと何も出来ないという事では無いはずだ。
「⋯⋯よし」
緊張を吹き飛ばせと、ラーサは珍しく自身に気合を入れ、顔を上げていった。
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