ハルヲンテイムへようこそ

坂門

文字の大きさ
67 / 180
誕生日

接触はフードを深く被って

しおりを挟む
 街路灯の柔らかな光が街路を照らし、人の気配もまばらになっていた。
 たまに届くのは大きな笑い声や怒号。街は静まり返り、長い夜の始まりを見せていく。


「みんな、ごめんね。帰してあげたいのだけど、今ここを出るのは危険なの。もうしばらく辛抱してちょうだい」
「何を今更言っているのです。大切な合同クエストはこれからが本番なのはみんな分かっています。謝る必要なんてありませんよ」
「そうそう」

 モモの言葉にフィリシアは何度も頷いて見せる。
 モモの言う通り、これからが本番、勝負だ。日付変更と共にエレナの登録を済まさなければならない。ここを乗り切ればこちらの勝ち。
 父親がエレナの強奪を仕掛けてくるのは分かっている。力尽くで黙らすのは簡単。だけど、あんなヤツとはいえ、父親をボコボコにするのはさすがに気が引ける。そうなると、やる事はひとつ。こちらでエレナをギルドに連れて行き登録を済ませてしまえばいい。
 あと一息。
 このクエストも、いよいよ大詰めね。


「アウロ、宜しく」
「はひっ!」
「大丈夫。落ち着いて。あなたには指一本触れさせない。約束する」
「だ、だ、だ、大丈夫です。大切なクエストですから、せ、成功させましょう」
「そうね」

 外套を羽織ながら、興奮と緊張を見せるアウロ。始まる前から額に汗を掻いている。
 慣れない事をさせて申し訳ないと思いながらも、重要な役割を願っていた。

「い、行きます」
「頼むわね」

 ハルの言葉に深く頷き、外套のフードを深く被るアウロ。アウロの隣には同じようにフードを深く被る小さな女の子の姿。ふたりはそっと裏口から暗闇に紛れて行った。人目を警戒し、用心深くギルドの方角を目指す。


 ピィーと指笛が響き渡る。
 小太りの冒険者は隠れようともせずに一定の距離を保ち、ふたりの後をけていた。長身の冒険者が指笛を聞きつけ、合流を図る。

「ガズ、あれか?」
「間違いねえ、店から出て来た」

 目の前を行く、挙動不審な優男と小さな女の子の影。
 ガズがふたりを顎で指すと、ナーセブは口端を醜く上げた。
 大金が目の前を行く。ふたつの影を追いながら、薄汚い冒険者達は高揚していた。

「ヤコブを呼んで来る」
「ああ。行き場所は分かっている。最悪あんな優男、脅しちまえば一発だ」
「はっはぁー。確かに」

 小太りの男と長身の薄汚い冒険者のふたり。その風体らしい、いやらしい笑みを浮かべて見せた。


 アウロは後ろをける冒険者の影に動揺は隠せない。何度も生唾を飲み込み、震える足を前に出して行った。
 自分がしっかりしなければ。
 臆病な自分を叱咤し、駆け出した。
 女の子の手を引きながら、裏通りへと姿を消して行く。

「野郎」

 突然走り出したふたつの影。
 小太りの男が腹を弾ませ、ふたつの影を追う。ギルドに向かっていたかと思うと急に踵を返し逆方向へ。そうかと思うとまたギルドへと、街中を縫うように駆け抜けて行く。
 激しく肩で息をしながらも、見落とすまいと必死に食らいつく。

 時間は刻々と刻まれていた。
 静かな鐘の音が届く。日付が変わった事を告げる静かな鐘の音が、耳を掠めた。

「ガズ! 何遊んでんだ」
「ヤコブ! 簡単に言うな」

 父親が合流すると、三人の薄汚い冒険者がふたつの影を追って行った。
 ギルドは目の前。飛び込む所は分かっている。ヤコブのベルトに差している登録用紙。それを手で確認し、追いかけるふたりに声を掛けた。

「おい」

 ヤコブがふたりに顎で指示すると、ひとりその場から離れて行く。
 ふたりは一瞬渋い顔を見せ、一段階スピードを上げて前を追って行った。

 迫り来る影に息を切らすアウロ。
 街中を駆けまわるその視線の片隅に、ふたりを見つめるエルフが映る。
 建物の隙間から、アウロに大きく頷くネインの姿。アウロはその姿を確認すると、一気にギルドへと駆け出し、ネインは再び闇に紛れて行った。
 心臓が口から飛び出しそうになりながらも必死にギルドを目指す。
 緊張する体はすぐに心拍を上げ、肺は張り裂けそうなほど苦しい。もつれそうになる足で必死に小さな女の子の手を引いて行った。
 見えた!
 目指すは登録を担う1番の入口。見えて来るその入口へと飛び込もうと、もう一度足に力を入れ直した。

「はいはい。ご苦労様でした。わざわざ連れて来て貰って悪いな。あとはこっちでやるから、ゆっくり休んでくれ」

 アウロの目の前に立ちはだかるヤコブ。舐めた口調に、下卑た笑みでふたりを出迎えた。
 アウロは震える体で、女の子の前に立ちはだかる。
 ヤコブはその姿に何が出来るとせせら笑う。

「兄ちゃん、痛い思いしたくないだろう? どけ」

 ヤコブの見下す態度に、アウロは厳しい目つきを返すだけ。ガズとナーセブも背中から迫る。遠くなってしまった1番の入口。ヤコブの背中越しに見えているが、すぐそこが遠い。
 前も後ろも塞がれ、もはやどうにもならない。進む事も戻る事も出来ないアウロと女の子。それでも折れないアウロの心に、ヤコブはイラ立ちを募らせていく。

「てめえ、いい加減にしろよ! 大人しく渡しやがれ!」

 アウロの胸ぐらへ伸びるヤコブの両手を、小さな女の子が払いのけた。
 その力強さにヤコブは一瞬の困惑を見せたが、すぐに怒りの表情を見せていく。

「何しやがる!」
「そらぁこっちのセリフだ、三下! ウチの従業員に手を出してタダで済むと思うなよ!」

 フードを取って現れた小さなエルフがアウロの前に躍り出た。

「な⋯⋯」

 予想していなかった顔が現れ、ヤコブも背後にいる二人の薄汚い冒険者も困惑を隠せずにいた。激しい動揺が動きを止める。

「エレナはどこだ! どこに隠しやがった!」

 ヤコブは動揺を隠さんと吼える。震える言葉から、困惑と怒りが垣間見えた。

「はい、はい、はい、喚くな、喚くな」
「弱いヤツほど吼えるって言うだろう。勘弁してやれ、団長」

 ガズとナーセブの後ろから現れたのは、キルロとマッシュ。ふたりは剣と長ナイフを携え、薄汚い冒険者達の退路を断つ。ヤコブの顔は険しさを増していき、ガズとナーセブは後ろからの圧に、オロオロとうろたえる事しか出来ないでいた。
 ヤコブは状況を精査しようと、視線は激しく動く。捨てきれない欲に、状況の打破を渇望していた。
 小物、三下⋯⋯この雑魚が。
 欲にまみれたその姿にハルの顔は険しさを増していく。
 この状況でも自身の欲望にしがみつく醜い姿に、忌避感しか覚えない。

「このクズが⋯⋯」

 ハルの絞り出した言葉。睨む青い瞳が、怒りに塗れる。
 刹那、ギルドの入口から現れるフェインとネイン。

「ですです。ハルさんの言う通りです」
「あとをけるのが、馬鹿らしくなるくらい簡単でしたよ、副団長殿」

 後ろからの声にヤコブが振り返る。驚愕の表情を浮かべるその姿に、もはや余裕は崩れ落ちていた。フェインはその姿に呆れながら、そっと少女の背を押して行く。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...