鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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鍛冶師と調教師ときどき勇者

導く者

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 セルバとリベルのエルフ同士の激しい斬り合い。
 交わる事の無い、矜恃と思想。

 リベルの消耗は激しかった。
 セルバは相変わらず、淡々と表情を変えずに剣を振り抜いていく。
 互いの長く美しい髪は激しく揺れ、その度にリベルは傷を増やしてしまう。
 一度距離を置き、リベルは態勢を整える。折れる事の無い心は、強い光を湛える瞳が雄弁に語っていた。
 セルバはその姿に大きく溜め息をつき、口を開く。

「もう、止めないか。君は何でもこなせる器用なタイプではあるけど、突出している物がない。剣で私に勝とうというのがそもそもの間違いだよ」
「今日は、良くしゃべるわね。そんなものはやってみなくちゃ分からないでしょう」

 リベルが再び飛び込む、セルバは面倒くさそうに剣を構えリベルを迎え討つ。
 セルバの言う事はもっともだ、剣技で勝てる相手ではない。

「【風牙ヴェントファング】」

 セルバの表情が変わった。盛大に嫌悪感を露わにする。
 リベルの超短縮詠唱、間髪入れずに緑光がセルバを襲った。
 眉間に皺を寄せ、体を振り、光を避ける。
 リベルは体を振り切ったセルバに向かい、刃を振り落としていく。
 セルバは中途半端な態勢になりながらも、リベルの切っ先を振り払った。
 軌道のズレたリベルの刃は、セルバの肩に深く食い込む。

「っつ!」

 苦悶の表情を始めて見せた。
 セルバは目を剥き後ろへと転がり、リベルから距離を置く。
 脈打つ度に肩口から血が溢れ、自身を汚す。
 斬られた事より、その斬り方にセルバは憤りを見せた。

「なんたる愚行! エルフの風上にも置けぬ、汚いやり口! 貴様!」

 剣技に魔術を加えた事への憤り。普段は見せない激情を露わにし、リベルを罵った。
 リベルの瞳は微笑みを湛える、そこには深く蔑む冷たい物が宿る。

「あらあら、おバカさんね。こそこそ汚い手口でシルを狙うように指示したのは誰? メイレルの殺害を指示したのはどこの誰かしら? 大体、エルフ、エルフうるさいのよ。それが何なのよ。どうでもいい者に対して汚いやり方もへったくれもないでしょう? 違って?」

 リベルが詠う仕草を見せると、大仰に構えた。
 そこに出来た隙。リベルが切っ先を向ける。
 セルバの眉間に深々と突き刺さった自らの刃。鋭い瞳は、目を剥くセルバを睨む。
 動かなくなったセルバを確認すると、ゆっくりと抜いていった。
 セルバを軽く足蹴にすると、目を剥いたまま仰向けに倒れて行く。
 リベルは大きく息を吐き出し、仲間の方を向いた。

「あれ? 終わったの? せっかく来たのに」
「悪かったわね、オット。でも、せっかくだから、ちょっと手伝って下さらない」

 オットは軽く肩をすくめて見せると、斬り合うエルフの元へリベルと共に飛び込んで行く。




 エーシャが顔を上げる。
 後方のドラゴンと前面に対峙する敵の軍勢を交互に見つめた。
 一瞬の逡巡、ドラゴンに向けて、ヘッグが疾走する。
 絶望が渦巻く、その場所へ急ぐ。
 勇者は赤く濡れ、希望が黒く塗り潰されていく。
 その光景に隻眼が厳しくなっていった。
 俯く人々を目にして、鞍上で胸を張り、声を上げる。

「何やっているのよ! 顔を上げなさい! 効こうが効くまいが矢を放ち、光を放ちなさい! 絶望するのはそれからよ!」

 エーシャの声に何人かが顔を見合わせた。
 鞍上に凛と佇む隻眼のウィッチの姿が、暗闇の中で淡い光となる。
 その姿、その声にそっと背中を押される気がした。
 ひとりが矢を放ち、ひとりが光を放つ。
 やがてそれは、大きなうねりとなり幾人もが絶望に向けて一矢を向ける。
 ドラゴンに傷などほとんどつかない。
 鬱陶しいとばかりに咆哮を上げた。
 それでも怯む事なく放ち続ける。
 絶望に抗う者達を鞍上より導く。
 上がる爆炎にドラゴンは気を取られ、隙を生んだ。
 エーシャは再び声を上げる。

「アステルス! アルフェン! ふたりをこっち連れて来て!」

 少し下がった所からのエーシャの声に、両勇者のパーティーは即座に反応を見せる。
 傷だらけのギドとアコがアステルスを抱え、クラカンとミースがアルフェンを抱えてエーシャの元へと運んだ。

「【癒白光レフェクト・レーラ】」

 エーシャは即座に光球を落とし、傷を癒した。
 血塗られた勇者に生気が戻っていく。

「私がいくらでも治す。だから思いっ切りやってらっしゃい」

 少しばかりの強がりを込めたその言葉に、ふたりは笑顔を返した。

「心強い」
「うん。お言葉に甘えて、ちょっと行ってくるよ」

 エーシャはニカっと笑って見せた。
 【導く者ウイッチ】が下を向く者に光を当て、希望をもたらす。
 顔を上げた者達が、絶望を今一度振り払っていく。




 漆黒の大地。
 痩せこけたエルフの決めに掛かる刃が、マッシュの雑な振り落としの隙間を縫う。
 存外、たいした事はなかったと高を括り、冷めた目をマッシュに向けた。
 ジャックのめた瞳に映るマッシュの口元に浮ぶ笑み。
 こいつを待っていた。
 マッシュは大振りを止め、横に跳ねる。
 渾身の振り下ろしは、マッシュの横をすり抜け止まる事なく漆黒の地面を叩く。
 柔らかな地面が抉れ、削れた地面から小石が舞った。
 ジャックの瞳に焦りの色が浮かぶ。
 わずか一瞬。
 この一瞬でマッシュの今までの動きが、ブラフだったと悟った。
 ジャックは横目でマッシュを睨む。笑みを浮かべるその姿に怒りの火を灯す。
 ジャックは剣を再びマッシュに向けた。

「ぐっ⋯⋯」

 脇腹に感じる熱さ。ジャックはマッシュから熱さを感じる方へと視線を移した。
 俯くユトの剣が根元まで深々と突き刺さっている。
 顔を上げたユトの冷えた笑顔を睨み、ジャックは血反吐を吐いた。
 視界のノイズが酷くなり、ジャックの意識は途切れる。
 ズシっと突き刺した剣からジャックの重さが伝わった。
 ユトはしばらく突き刺したまま動かなかったが、ゆっくりと剣を抜き、マッシュも構えを下ろす。

「マッシュ、マーラの所へ行った方がいいんじゃない?」
「うん? ああ、大丈夫、かすり傷だ。次行こうか」

 ユトは黙って頷き、ふたりは漆黒の大地を疾走する。


 シルの舞いは止まらない。
 屈強な体躯のエルフは防戦を余儀なくされている。
 シルは切っ先を向けながら、違和感を覚えた。
 防戦一方? なのに傷ひとつけられない?
 どこかで余裕を見せているのではないか?
 その違和感は的中した。
 ラルスは口角を上げ、シルの刃を上へと振り払う。
 がら空きとなった体に、強烈な前蹴りがみぞおちを捉えた。

「うくっ⋯⋯」

 一瞬、息が出来なくなり、後ろへと無残にも飛ばされた。

「うぅ⋯⋯ごほっ! ごほっ!」

 腹を押さえ、呻きながら立ち上がるシルへ容赦ない刃が向く。
 甲高い音を鳴らし、シルは片手で刃を弾いた。

 バキッ!

 その刹那、またしても蹴りが襲った。
 あばらからイヤな音が鳴り響く。

「ぅ⋯⋯」

 呻きにならない声を漏らし、膝をついた。
 シルは顔をしかめ、ラルスを見上げる。
 見下ろすラルスの目は冷ややかに、口元は笑みを浮かべていた。
 その余裕、むかつく。
 シルは軋む骨の痛みに顔をしかめながら立ち上がった。
 ふぅっと、息を吐き出し構え直す。

「シル、まだ遊んでいるのか。サッサと終わらせようや」

 シルの背後にマッシュが飛び込む。
 シルは前を向いたまま答える。

「今、終わらせるところよ。せっかちね」

 シルが痛みに顔をしかめながら、切っ先をラルスに向ける。
 弾き飛ばされるシルの切っ先、その後を追うかのごとく鋭い突きをマッシュが見せた。
 眼前に迫るマッシュの突きを、頭を振って避ける。
 だが、マッシュは軌道を強引に変え、ラルスを逃がさない。
 ラルスから余裕の表情は消える。
 マッシュの刃が頬から耳にかけて深い傷を作った。
 態勢の崩れたラルスへ、シルが追い討ちを掛ける。
 あばらのお返しとばかりに態勢のくずれた体へ切っ先を向けた。
 ラルスの必死の防戦、左腕でシルの切っ先を受け止める。
 深々と突き刺さった刃は、ラルスの左腕を斬り裂いた。

「つぅっ!」

 ラルスは盛大に顔をしかめながらも、刃をシルへと振り下ろしていく。
 両手で握るマッシュの長ナイフがラルスの刃を上へと払いのけると、シルの口元に笑みが零れる。両手で剣をしっかりと握りガラ空きとなったラルスの体へ、体ごと突っ込んで行った。
 ラルスはシルの姿に目を剥く。
 再び斬り裂かれた左腕で渾身の一撃を受け止め、シルを体ごと突き飛ばした。
 だらりと辛うじてぶら下がっているだけの左腕でラルスはふたりに対峙する。

「しぶといな」

 マッシュの呟きを聞くか聞かぬかの間、シルがまたしても突っ込んだ。
 満身創痍のエルフが渾身の一撃を撃ち合う。
 ラルスの右手の振り下ろしを、両手で握るシルの刃が斬り払う、弾かれたラルスの刃。
 再びガラ空きとなったラルスの顎へ目掛けて、シルが跳ねる。
 勢いのまま叩きこむ渾身の膝がラルスの顎を砕く。
 白目を剥き、後ろへ倒れるラルスの眉間にマッシュが追い討ちを掛けた。
 マッシュの刃が仰向けに倒れるラルスの眉間を捉え、土埃を上げながらラルスは漆黒の地面へ沈んだ。

「マーラ!」

 膝をつき立ち上がれないシルをマッシュは指さした。
 シルは荒い息づかいのまま、腹を押さえマッシュを見上げる。

「ちと、休め」

 シルはマッシュの言葉に軽く睨んだが、諦めてしゃがみ込みマーラの到着を待った。


「はぁあああああああー!」
「ふん!」

 フェインの回し蹴りをカイナは避け、その先からレイピアの細い切っ先をフェインに向ける。
 フェインの鉄の拳がそれを叩き払い、またカイナの顔に目掛け蹴りを見せて行く。
 一進一退、互いに傷を作り、決定打を打てずにいた。
 カイナのあばらは折れ、思うように空気を取り込めない。
 フェインの顔に開いた口から止めどなく血が流れ落ちる。
 睨み合うふたり。

「フェイン、邪魔するよ」

 飛び込むユトに、フェインが顔をしかめた。

「そんな顔しないでよ。僕らもこいつには借りがあるからさ」

 ユトの素早い振りと、カイナの素早い突きが激しく切り結ぶ。
 うまく呼吸の出来ないカイナが顔をしかめながら、一度距離を置いた。
 休む暇を与えないフェインの連撃。
 呼吸の出来ないカイナの動きは鈍くなっていく。

容易たやすい。君じゃ、役不足だ」

 フェインと入れ替わるようにユトが刃を向けた。
 防戦一方のカイナの表情はみるみる苦しさを見せて行く。
 いくら躱そうとしてもユトの思いを乗せた刃はそれを許さない。
 カイナの体にその刃がいくつもの傷を作る。
 続くフェインの連撃。鉄の拳がカイナの顔面を歪ませ、さらにあばらを折っていく。
 ボロボロのカイナにユトは冷めた目を向けた。
 一瞬、楽しかった頃の思い出がユトの頭を過っていった。
 それを断ち切る一振り、カイナの首は落ちていく。
 転がるカイナの首を、少しばかり複雑な表情でユトはしばらく見つめていた。
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