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第二章 最近の若者は元気がよろしいことで。
第12話 さぁ、(色々)始まるドン!
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「・・・・・・わざわざ人を校長室に呼びつけて、命じるのは街案内、ねぇ・・・・・・」
いまにも降り出しそうな曇天。生ぬるい空気を浴びながらぞろぞろとカルガモのヒナのように連中を引き連れ、東京の秋葉原を勇氏はぶらつく。
“まだあいつら『こっち』に慣れてねえから、とりあえず今日一日観光させてこい。交通ルールくらいは知ってるからそう手間でもねえだろ。経費だって出してやる”
そう言われて受け取った封筒だったが、その中に入っていたのは自分が昨日縮めた十万だった。当然元のサイズに戻しても、縮めた画像を拡大し直すようなもの・・・・・・使えるわけがない。つまり、昨日の百均に続いて勇氏の自腹である。
(・・・・・・まぁ、キレたふりして見える範囲のカメラを潰せたからいいが、かといって隠しカメラがねえとは限らねぇ・・・・・・一応校長室出る時に電源は潰しておいたから、あとは充電式がねえことを祈るだけだな・・・・・・)
あれこれと懸念する勇氏であったが、引率するバカ共はのんきなものだ。ワイワイガヤガヤ騒がしく、しきりに勇氏に聞いてくる。これじゃガイドどころかただのオカンじゃねえか。
「・・・・・・へぇ、これがオタクの聖地アキハバラか! こんなに人がいるのを見たのは始めてだ!」
「・・・・・・まあな。最近だと観光に来る外国人も増えてきたから、お前らを歩き回らせるにはうってつけってわけだ」
勇氏の歩みが遅いとばかりに、後ろ歩きで先頭に立つマックスに答える。
「ふーん、色々考えてくれてるんだな、サンキュー! ところでユウジ、ヘクターとルシール知らないかい? なんだか姿が見あたらないんだけど・・・・・・」
「知らねえよ、勝手にどっかいっても責任取らねえって事前に言っただろうが。それよりマックス、まずはてめえが迷子にならないようにしろ」
「ああ! 合点承知の助だぜ!」
気をつけをして、ニッ、と笑ってみせるマックス。・・・・・・ったく、コイツ本当に分かってんのか? とため息をつくと、その脇にひょこっと小さいのが並び聞いてくる。
「ねえねえキャプテン! ボクあのコスプレ気になるから、あそこの喫茶店に行ってきていいかい!?」
「ダメに決まってんだろセシル。メイド喫茶とかどれだけ金かかると思ってんだ」
にべなく即座に断ると「ひどいなぁ、そのくらいイイじゃないか!」と文句を言いはするものの、少女はおとなしく後ろに下がる。
・・・・・・しかしそれを皮切りに連中は代わる代わる前に出て、勇氏に各々の要望をぶつけてきた。
「・・・・・・なあ旦那せっかく観光なんだ、千円でいいから遊ばせてく・れ・ね? シミュレーターやオンラインカジノじゃよくやってたが、実機打つのは初めてなんだよ。倍にして返すから、な?」
「右手をクイクイ捻りながら話しかけんなギルザック。パチンコ行きてえならテメエの金で行け」
「へいアミーゴ、我々双生児はアダルトショップへの入店を希望するぜッ! それでは往くぞ弟よ、突撃だッ!!」「待ってくれよブラザー!」
「失礼、ガハリ隊長。あっらの方に行ってきてもいいですか? ちょっと兄さんたち《バカ2人》を止めてきます」
「ああ頼むサラ、行ってらっしゃい・・・・・・・」
「隊長~、とりあえずお腹すいたからどっか食べに行こうよ~」「ダメだアレックス」「隊長、なんか高そうな財布が落ちてたんだけど交番行くべきかな?」「知るかテオドール。ガメとけ」「・・・・・・あの、チーフ・・・・・・ぼく、あっちの電気街に行きたいんだけど・・・・・・」「行きたきゃ勝手に行けよクリス」「上官殿、私はフルオートのエアガンを・・・・・・」「ミリオタなら黙って上に従えグスタフ。・・・・・・あーあ、ったく、て・め・え・ら・なぁあッ・・・・・・・!!!」
やべぇ、ストレス。これかなりストレス。どいつもこいつも好き勝手言いやがって、てめえらの電車代だけでヒーヒー言ってんだぞ? その上出費なんてするわけねえだろがアホが。どうして、俺が、俺の金を、ヒト様のために使わなくちゃいけねえんだ。まだ名前も覚えてねえから、わざわざ呼んでやってるような他人にだぞ?
額に手をあて、浮かび上がるこめかみの血管を親指で押さえ、深呼吸をして勇氏は落ち着こうとする。しかし音楽兄弟は空気を読んでくれはしなかった。
「忙しいところ悪いけどリーダー、cd売り場ってどこか教えてくれないかい? 少し彼女と見に行きたくてね」「ああリーダー、アニキの言葉は無視してていいよ。ソレイユは僕が連れてくから」
引きつる頬、細まる目。表情に滲む不快を隠しもせずに勇氏は顔を上げる・・・・・・が、しかしその苛立ちは、目の前の微笑ましい光景に霧散した。
まず視界に入ったのは、あの時教室で歌った白髪の少女、ソレイユ。携行するタブレットに文字を打ち込み、自動音声で会話する彼女(話せないわけではない、その“能力”の弊害のため、自粛しているのだ)であったが、今の彼女はそれを胸元に構え、おろおろとしている。理由はその両隣を見れば分かった。左でその肩を抱くダンサーな金髪兄に、右でその手を引くミュージシャンな銀髪弟だ。
「・・・・・・なあアニキ、わざわざソレイユとじゃなくてもいいじゃないか。どうせこっちでも、いろんな女の子をとっかえひっかえするんだろ?」
「まあまあ、そう冷たいことを言うなよ弟! 僕だって昔馴染みと音楽に語りたいときだってあるさ! なあソレイユ、そのくらい良いだろう?」
ほう、ほーう?? 三角《そういう》関係なのキミたち? んー、んんー???
誰でもわかるこの構図、ラブコメを浴びるほど読んで見てプレイした勇氏なら足し算より簡単だ。目の前にあるのは一つの卵《ラヴ》。そのまま焼いて目玉焼き《楽しむ》か、いや、いっそ掻き混ぜて《俺が気持ちをネタバレして》玉子焼き《グチャグチャに》ってのも悪くない。
自然と口の端と眉、それと心が弾む。ベタだ、ベタである。だがこういうのは、嫌いじゃないし好きである。
「おいおいリース、ランベール・・・・・・お前らそうなの? そんなカンジなの?」
あしらうのは面倒だが、冷やかしならば大・歓・迎♪ 言葉は濁し、向ける視線だけで伝えてみる。
「はっはっは、なんのことかな?」
「・・・・・・・・」
反応は予想通り。兄《リース》は気取りながら回していた腕で髪を掻き上げ、弟《ランベール》は握っていた手をさりげなくヘッドホンに伸ばして誤魔化した。
・・・・・・かーっ、いいね、これだよこれこれッ! この、見てるこっちが頭を搔きむしりたくなるようなっ、甘まくて酸っぱいこのッ! かッ・んッ・かッ・くゥッ! あー、生き返るぅ・・・・・・・
『あの・・・・・・隊長、二人のなにが、どうなんですか?』
しかもタブレットをタップする当のソレイユ嬢は、二人の様子に気付いてないときたッ!! はいィ満点ッ! イッットォオショォーッ! ストライクだよジャストミートだよ、天然記念物だよ純正九蓮宝燈だよ!! はぁー、良いもん見せてもらいました。今夜の酒のツマミにするわ・・・・・・。
「さあ、どうだろーねー?」とトボケて、気分一転勇氏は楽しげに歩き出す。やっぱり他人の恋路ほど見てて楽しいもんはありませんなーとニヤついていると、スタスタ回り込んできたランベールに行く手を立ち塞がれた。
「ん? どうした弟くん。今の俺は気分上々だから教えてあげよう。TSUTAYAならそこの・・・・・」
「・・・・・・いいや、散々からかわれてハイさよならってのは、ちょっと納得がいかなくてね。かといってルシールみたいにきみに楯突いても、一杯食わせられるとは到底思えない。どうした方がいいかな、っていま考えてるのさ」
・・・・・・おっと、ちょいとイジリが過ぎたらしい。別に謝るのは構わないが、それがきっかけで下手にナメられ、やりたい放題されたら大変マズい。ここは学校じゃなくて街中なのだ。やらかした時の通行人の口封じや隠蔽など考えれば、その手間は洒落にならない。
「オーウ、ケンカはダメデース! 決着を付けるならボーグバトルでデース!」
「テオドール、なんだかセシルが辛そうだから、カブトボーグの話はやめてくれ」
「・・・・・・ぼ、ボーグバトルは素振りに始まり、素振りに終わる・・・・・・ううっ、オニーサン、オニーサンユルシテ・・・・・・」
「おおぅ、さすが伝説のアニメ・・・・・・何でも喰い散らかす○夢共を完全敗北させただけのことはある・・・・・・」
後ろで何か言ってるが、それも気にならなくなってきた。・・・・・・さーて、どうしよっかなぁ・・・・・・。
とりあえず視線を合わせぬように、秋葉原の街並みや人ごみを流し見る勇氏。・・・・・・と、その時、ちょうどいいものを見つけた。うん、あそこがいいか。
「・・・・・・そっか、そりゃあ悪かった。だがここだと流石に人目を引くな・・・・・・あそこの音ゲーで勝負といこうじゃねえか? 勝ったら俺が謝らない、負けたら・・・・・・誠心誠意謝罪して、十万以内ならなんでも買ってやる」
道路を跨いだ先にあるSEGAを親指で差すなり、ランベールの横をするりと抜け、勇氏は入店するべく青信号の交差点を渡る。まったくこんな一箇所に何店も密集してて、元は取れているのだろうかとくだらないことを考えていると、渡り終えた先でまたもやランベールに行く手を塞がれた。
「いや・・・・・・別にそれでいいけど、本当にそんなこと言っていいのかい? ・・・・・・言っちゃ悪いけど、僕、負けないよ? ホントになんでもいいんだね?」
「ああ、いいぜ? 金払えだのやれどこに行かせろだの、いい加減うんざりしてたところだ。どのゲームでもいいぞ? お前の一番得意なやつは音楽だったっけ? じゃあそれにしよう」
「・・・・・・分からないな。どうしてわざわざ、自分に不利な状況を選ぶんだい?」
「なあに、簡単なことさ・・・・・・ひとつ、確認しておきたいこともあるしな」
そこで勇氏は言葉を切ると、ニタリと笑いこう続けた。
「相手の得意なフィールドで、相手の一番自信があるものを真っ向から潰した方が・・・・・・手っ取り早くプライドヘシ折れて従順にできるだろ?」
“モードを選ぶドン!”
慣れ親しんだ、太鼓に手足を生やしたマスコットの姿と声。勇氏の隣に立ったランベールは、太鼓の反応をバチで叩いて確かめている。
「・・・・・・で、結局太鼓の達人かよ・・・・・・」
「まあ、これが一番分かりやすくて対戦もできるからね。最高難度の☆10で、楽曲は好きに選んでくれて良いよ」
プレイ画面を見つめたまま、ランベールの口調は変わらない。しかしその瞳は、先の自分の発言で火が灯ったのか冷たくギラついていた。
“演奏ゲーム! 曲を選ぶドン!”
「・・・・・・そりゃありがたいことで。まあ言っちゃえば俺がクレジット代持ってんだから、当然の権利でもあるけどな」
そう言って勇氏が選んだのは、“幽幻ノ乱”。数ある楽曲の中で、最高峰の難易度を誇る曲である。
「・・・・・・・ふーん、わかった。でもこれだけじゃなんだから、ちょっと変えるね」
アーケードは初めての筈だろうに、慣れた手つきでバチを扱うランベール。選んだオプションは“よんばい”“でたらめ”・・・・・・文字通り、流れる音符の速度が4倍、面と側がメチャクチャになる仕様だ。後ろで見に回る連中にも分かったのか、驚きの声が漏れた。
「さあ、それじゃあ・・・・・・って、バチ握らないのかい? それとも試合放棄?」
「・・・・・・いいや、コイン入れてから思ったんだが、やっぱ俺が曲選ぶのはフェアじゃねえって思ってな。俺はお前がプレイした後、お前が選んだ曲をやってやるから・・・・・それより、お前こそ勝負を投げるのか? もうそろそろ曲始まるぜ」
“さあ、始まるドン!”
「おっと、そうだね。じゃあ集中させてもらうよ」
勇氏の言葉と共に、プレイが始まった。ランベールはすぐに構え、高速で流れる音符を一つ残らず良判定で捌ききっていく。
“フルコンボだドーン! もう一曲遊べるドン!”
“残念・・・・・失敗だドーン・・・・・・”
『おおー』
「・・・・・・ほー、口だけかと思ってたが、流石に言うだけのことはあるな」
「まあね。次はリーダーの番だ、お手並み拝見させてもらうよ」
背後から上がる感嘆。演奏を終わらせるとランベールは一歩下がり、広げた手で太鼓を指し示す。勿体ねえことしたなぁと思いながら、───勇氏はもう一枚、100円を投入した。
「え? ・・・・・・いやいやリーダー、さっき僕がクリアしたから、もう一回・・・・・・」
「別に俺がどうプレイしようがいいだろ? ・・・・・・ああ、それとバチはイジっていいよな?」
「ほほう、なるほど。つまりきみは双打をやろうってわけだ?」
「・・・・・・アニキ、その“双打”って? ぼく初めて聞くんだけど」
「なんだ、知らないのか弟よ。太鼓の達人は同時プレイ用に、譜面が1Pと2Pで分かれる楽曲があるんだ。・・・・・・だがリーダー、それだとプレイ出来る楽曲が限られて・・・・・・」
「あーもううっせえな。分かったよ、同じのやりゃあいいんだろ?」
興味がわいたのか話に割り込んできたリースに、勇氏はお馴染みの赤と青の太鼓のバチを手に取る。ドラムのスティックのように細く黒く縮めて、再度同じ曲を選択した。
「・・・・・・いや、え? 待ってくれ、幽玄ノ乱は対応して・・・・・・」
驚きに戸惑うリースを尻目に、勇氏はオプションを設定していく。先ほどランベールが選んだ“でたらめ”“よんばい”のオプションに、さらに“どろん”を追加する。
「正真正銘の同時プレイ、しかも音符消し? ・・・・・・いやいやいやいや、冗談きついよミスター、そんなの人間の領域じゃない。2画面同時に目で追うなんて無理だ、反応できない。それにまず第一、片手であの譜面を捌くっての? そんなことできるわけが・・・・・・」
「兄弟揃ってうるせえな。てめえの限界を人に押しつけんじゃねえ。・・・・・・さーてと、でっきるっかなー?」
“さあ、始まるドン!”
ぐりぐり肩を回すと同時に、曲が始まる。
勇氏は深呼吸と共に、自らの時を止めた。
・・・・・・いや、流石に格好付けすぎですわな。正しく言えば“自身を等倍で丸ごと圧縮・伸張し、流れる時間をコンマ数秒で区切った”だ。
自分の“能力”は基本、物体を圧縮すれば硬くなり、伸ばし広げれば脆くなるだけの力だ。しかしそれに付加する状態の保存・・・・・・いわばリセットを今回勇氏は使用したのだ。
もちろん、カメラ等の精密機器や、ニセ札防止の仕掛けが入っている諭吉さんを縮めれば元に戻せないのと同じく、自分の身体なんてイジりでもしたら、どうなるかなんて分からない。・・・・・・・が、しかしその倍率が「1」であれば、元と何一つ変わりはしない。1倍に圧縮、もしくは伸張したという体で、勇氏はいま自らの“時間”をリセットしていた。
“ドカカドン ドカドドン ドドドカッ・・・・・・”
序盤はラクなもんだ。しかし、問題はここから。
(っと、流石に手先でどうこう出来るレベルじゃないな、バチもイジらにゃ・・・・・・)
振り上げる時は短く羽のように軽快に、打ち付けるときは長く鉛のように鈍重に。最低限の動きで太鼓が反応するように、勇氏は軽重、長短を切り替える。曲が進むにつれ、その流転は刹那すらも凌駕していく。
(あ、良判定外した。・・・・・・ちっ、ミスった! あーあー、魔界のプリンスみたいに腕が六本ありゃあなぁー!)
ドカドドドドドドカドドカドドカカカドドドドカカドカドカドカカカドドカカカカカドカドカドカカカドドドカドカカカカドカドドドカドドカカドドカドドドドカカドドカドカドカドカドドカドドドカカドカカドカカカドカッ!!!!!
一瞬一瞬止めてはいるものの、押し寄せる膨大な音符は容赦なく余裕を奪ってくる。がむしゃらに頭を回し手を動かし、勇氏はなんとか捌いてクリアゲージを満タンにしてみせた。
“クリア!! 大成功だドーン!”
“クリア!! 大成功だドーン!”
「ぜぇ、はぁ・・・・・・どうだ、得点2倍で俺の勝ち。何で負けたか明日までに考えといて下さい、って言いてえとこだけど、理由なんて決まってるか。お前がどれだけ頑張っても意味ねえよ。言っちゃ悪いけど、俺、負けねえんだわ・・・・・・げほっ」
汗だくになり荒い息を繰り返しつつも、入店前の言葉をそのまま返し、したり顔をキメる勇氏。対するランベールは、賞賛の声をあげた。
「す、すごいな・・・・・・いや、すごいなんてもんじゃない・・・・・・」
「・・・・・・あ、ああそうだな。っつーことでコーラ買って来い。なんだか今はペプシな気分だ」
ヘンなテンションだな、とりあえず話題を逸らそうと勇氏は小銭を放るが、ランベールの興奮は醒めず、勇氏に怒涛のごとく詰め寄ってくる。
「ああいいとも! ところでアンコールは!? アンコールはあるのか!?」
「ざけんな、もう二度とやらねえよ!? 腱鞘炎になるわこんなんッ・・・・・・」
「そ、そっか。・・・・・・だったらリーダー、ぼくの部屋に最近買ったドラムがあるんだ、ちょっと今からレコーディングに・・・・・・!」
「いいや、その前に負けた弟の代わりに、このリースがお相手しよう! カラオケとダンス、どっちがいいかい!?」
「待てよリース、抜け駆けはずるいぞ! だったら俺は背中を蹴られた恨みを賭けて、エアホッケーで勝負だ!」
「おい、ペプシ・・・・・・脱水で死にそうなんだけど・・・・・・」
食い入るように見つめていた外野が、一斉に我も我もと騒ぎ出す。こりゃジュースどころじゃないなと場を収めようとした勇氏だった・・・・・・が、踏み出したその歩は見えないなにかにぶつかり止められる。
「あんまり目立つと困るんだろう? みんなの認識から僕と大将をぼかしたから、当分はおとなしくしてるはずだよ。大将がいるから、こんなにはしゃいでるわけだろうし」
いつの間に帰っていたのだろうか。目の前に現れたヘクターは、手に持った書類を広げパタパタと扇子代わりにしていた。確かに、連中は自分を探しているのか、辺りをキョロキョロ見回している。
「んじゃ改めて。やっほー、ご機嫌い・か・が? ・・・・・・って、これだけ楽しくやってれば聞くまでもないか」
「ほんとにそう見えるんだったら、その顔にはめてるガラス玉磨き直してこい。・・・・・・で、首尾はどうだ」
「もちろん上々だとも。でも少し疲れたから、とりあえず座ろうか」
そう言ってヘクターは床に座り、持ってきた書類を広げながら話し出す。
「それにしてもこの国の人って面白いよ。“地べたに座る”ことですら、人目があると『ヘンに見られる』ってやらないんだから。犯罪でもないのに。・・・・・・でも、だったら人目がなければ人は一体何をどこまでやるんだろうね? 良識に反しないならやるのか、それとも、証拠が残らないならやるのか・・・・・・」
ぐだぐだ何か言っている長髪男を脇目に、座った勇氏は書類に目を通す。・・・・・・ふむふむ、これ学校の協賛企業のリストか? ってことはこれ全部、あのおっさんの息がかかってるってことか。
こんなもん知ったってなんの意味もないが、とりあえず目を通しておくかとパラパラ流し読みする勇氏だった・・・・・・が、しかしとあるページで、その手は止まった。
(・・・・・・あれ? 待てよ。この名前、どっかで・・・・・・)
「どうしたんだい大将? なにか面白いことでも書いてあったのかい?」
「ん・・・・・・いいや、なんでもねぇよ」
「そうかい。大将がそう言うなら、そういうことにしておこうか」
くくくと笑いながら両手を広げるヘクター。その細い目元から漏れる光は毛糸で遊ぶ子猫のようにランランと輝いているが、構わず勇氏は考える。
(有名じゃねえことは確かだし、他と間違うわけもねぇ独特な名前だ。・・・・・・なら、なんでだ? なんでこんなに、ひっかかってんだ?)
腕を組み首をひねって考えるも、あと少しというところで頭が詰まってしまう。こういうときは無理に考えても意味はない。そのうち出てくるだろと思考を切り替え、勇氏は次の資料に手を伸ばした。
いまにも降り出しそうな曇天。生ぬるい空気を浴びながらぞろぞろとカルガモのヒナのように連中を引き連れ、東京の秋葉原を勇氏はぶらつく。
“まだあいつら『こっち』に慣れてねえから、とりあえず今日一日観光させてこい。交通ルールくらいは知ってるからそう手間でもねえだろ。経費だって出してやる”
そう言われて受け取った封筒だったが、その中に入っていたのは自分が昨日縮めた十万だった。当然元のサイズに戻しても、縮めた画像を拡大し直すようなもの・・・・・・使えるわけがない。つまり、昨日の百均に続いて勇氏の自腹である。
(・・・・・・まぁ、キレたふりして見える範囲のカメラを潰せたからいいが、かといって隠しカメラがねえとは限らねぇ・・・・・・一応校長室出る時に電源は潰しておいたから、あとは充電式がねえことを祈るだけだな・・・・・・)
あれこれと懸念する勇氏であったが、引率するバカ共はのんきなものだ。ワイワイガヤガヤ騒がしく、しきりに勇氏に聞いてくる。これじゃガイドどころかただのオカンじゃねえか。
「・・・・・・へぇ、これがオタクの聖地アキハバラか! こんなに人がいるのを見たのは始めてだ!」
「・・・・・・まあな。最近だと観光に来る外国人も増えてきたから、お前らを歩き回らせるにはうってつけってわけだ」
勇氏の歩みが遅いとばかりに、後ろ歩きで先頭に立つマックスに答える。
「ふーん、色々考えてくれてるんだな、サンキュー! ところでユウジ、ヘクターとルシール知らないかい? なんだか姿が見あたらないんだけど・・・・・・」
「知らねえよ、勝手にどっかいっても責任取らねえって事前に言っただろうが。それよりマックス、まずはてめえが迷子にならないようにしろ」
「ああ! 合点承知の助だぜ!」
気をつけをして、ニッ、と笑ってみせるマックス。・・・・・・ったく、コイツ本当に分かってんのか? とため息をつくと、その脇にひょこっと小さいのが並び聞いてくる。
「ねえねえキャプテン! ボクあのコスプレ気になるから、あそこの喫茶店に行ってきていいかい!?」
「ダメに決まってんだろセシル。メイド喫茶とかどれだけ金かかると思ってんだ」
にべなく即座に断ると「ひどいなぁ、そのくらいイイじゃないか!」と文句を言いはするものの、少女はおとなしく後ろに下がる。
・・・・・・しかしそれを皮切りに連中は代わる代わる前に出て、勇氏に各々の要望をぶつけてきた。
「・・・・・・なあ旦那せっかく観光なんだ、千円でいいから遊ばせてく・れ・ね? シミュレーターやオンラインカジノじゃよくやってたが、実機打つのは初めてなんだよ。倍にして返すから、な?」
「右手をクイクイ捻りながら話しかけんなギルザック。パチンコ行きてえならテメエの金で行け」
「へいアミーゴ、我々双生児はアダルトショップへの入店を希望するぜッ! それでは往くぞ弟よ、突撃だッ!!」「待ってくれよブラザー!」
「失礼、ガハリ隊長。あっらの方に行ってきてもいいですか? ちょっと兄さんたち《バカ2人》を止めてきます」
「ああ頼むサラ、行ってらっしゃい・・・・・・・」
「隊長~、とりあえずお腹すいたからどっか食べに行こうよ~」「ダメだアレックス」「隊長、なんか高そうな財布が落ちてたんだけど交番行くべきかな?」「知るかテオドール。ガメとけ」「・・・・・・あの、チーフ・・・・・・ぼく、あっちの電気街に行きたいんだけど・・・・・・」「行きたきゃ勝手に行けよクリス」「上官殿、私はフルオートのエアガンを・・・・・・」「ミリオタなら黙って上に従えグスタフ。・・・・・・あーあ、ったく、て・め・え・ら・なぁあッ・・・・・・・!!!」
やべぇ、ストレス。これかなりストレス。どいつもこいつも好き勝手言いやがって、てめえらの電車代だけでヒーヒー言ってんだぞ? その上出費なんてするわけねえだろがアホが。どうして、俺が、俺の金を、ヒト様のために使わなくちゃいけねえんだ。まだ名前も覚えてねえから、わざわざ呼んでやってるような他人にだぞ?
額に手をあて、浮かび上がるこめかみの血管を親指で押さえ、深呼吸をして勇氏は落ち着こうとする。しかし音楽兄弟は空気を読んでくれはしなかった。
「忙しいところ悪いけどリーダー、cd売り場ってどこか教えてくれないかい? 少し彼女と見に行きたくてね」「ああリーダー、アニキの言葉は無視してていいよ。ソレイユは僕が連れてくから」
引きつる頬、細まる目。表情に滲む不快を隠しもせずに勇氏は顔を上げる・・・・・・が、しかしその苛立ちは、目の前の微笑ましい光景に霧散した。
まず視界に入ったのは、あの時教室で歌った白髪の少女、ソレイユ。携行するタブレットに文字を打ち込み、自動音声で会話する彼女(話せないわけではない、その“能力”の弊害のため、自粛しているのだ)であったが、今の彼女はそれを胸元に構え、おろおろとしている。理由はその両隣を見れば分かった。左でその肩を抱くダンサーな金髪兄に、右でその手を引くミュージシャンな銀髪弟だ。
「・・・・・・なあアニキ、わざわざソレイユとじゃなくてもいいじゃないか。どうせこっちでも、いろんな女の子をとっかえひっかえするんだろ?」
「まあまあ、そう冷たいことを言うなよ弟! 僕だって昔馴染みと音楽に語りたいときだってあるさ! なあソレイユ、そのくらい良いだろう?」
ほう、ほーう?? 三角《そういう》関係なのキミたち? んー、んんー???
誰でもわかるこの構図、ラブコメを浴びるほど読んで見てプレイした勇氏なら足し算より簡単だ。目の前にあるのは一つの卵《ラヴ》。そのまま焼いて目玉焼き《楽しむ》か、いや、いっそ掻き混ぜて《俺が気持ちをネタバレして》玉子焼き《グチャグチャに》ってのも悪くない。
自然と口の端と眉、それと心が弾む。ベタだ、ベタである。だがこういうのは、嫌いじゃないし好きである。
「おいおいリース、ランベール・・・・・・お前らそうなの? そんなカンジなの?」
あしらうのは面倒だが、冷やかしならば大・歓・迎♪ 言葉は濁し、向ける視線だけで伝えてみる。
「はっはっは、なんのことかな?」
「・・・・・・・・」
反応は予想通り。兄《リース》は気取りながら回していた腕で髪を掻き上げ、弟《ランベール》は握っていた手をさりげなくヘッドホンに伸ばして誤魔化した。
・・・・・・かーっ、いいね、これだよこれこれッ! この、見てるこっちが頭を搔きむしりたくなるようなっ、甘まくて酸っぱいこのッ! かッ・んッ・かッ・くゥッ! あー、生き返るぅ・・・・・・・
『あの・・・・・・隊長、二人のなにが、どうなんですか?』
しかもタブレットをタップする当のソレイユ嬢は、二人の様子に気付いてないときたッ!! はいィ満点ッ! イッットォオショォーッ! ストライクだよジャストミートだよ、天然記念物だよ純正九蓮宝燈だよ!! はぁー、良いもん見せてもらいました。今夜の酒のツマミにするわ・・・・・・。
「さあ、どうだろーねー?」とトボケて、気分一転勇氏は楽しげに歩き出す。やっぱり他人の恋路ほど見てて楽しいもんはありませんなーとニヤついていると、スタスタ回り込んできたランベールに行く手を立ち塞がれた。
「ん? どうした弟くん。今の俺は気分上々だから教えてあげよう。TSUTAYAならそこの・・・・・」
「・・・・・・いいや、散々からかわれてハイさよならってのは、ちょっと納得がいかなくてね。かといってルシールみたいにきみに楯突いても、一杯食わせられるとは到底思えない。どうした方がいいかな、っていま考えてるのさ」
・・・・・・おっと、ちょいとイジリが過ぎたらしい。別に謝るのは構わないが、それがきっかけで下手にナメられ、やりたい放題されたら大変マズい。ここは学校じゃなくて街中なのだ。やらかした時の通行人の口封じや隠蔽など考えれば、その手間は洒落にならない。
「オーウ、ケンカはダメデース! 決着を付けるならボーグバトルでデース!」
「テオドール、なんだかセシルが辛そうだから、カブトボーグの話はやめてくれ」
「・・・・・・ぼ、ボーグバトルは素振りに始まり、素振りに終わる・・・・・・ううっ、オニーサン、オニーサンユルシテ・・・・・・」
「おおぅ、さすが伝説のアニメ・・・・・・何でも喰い散らかす○夢共を完全敗北させただけのことはある・・・・・・」
後ろで何か言ってるが、それも気にならなくなってきた。・・・・・・さーて、どうしよっかなぁ・・・・・・。
とりあえず視線を合わせぬように、秋葉原の街並みや人ごみを流し見る勇氏。・・・・・・と、その時、ちょうどいいものを見つけた。うん、あそこがいいか。
「・・・・・・そっか、そりゃあ悪かった。だがここだと流石に人目を引くな・・・・・・あそこの音ゲーで勝負といこうじゃねえか? 勝ったら俺が謝らない、負けたら・・・・・・誠心誠意謝罪して、十万以内ならなんでも買ってやる」
道路を跨いだ先にあるSEGAを親指で差すなり、ランベールの横をするりと抜け、勇氏は入店するべく青信号の交差点を渡る。まったくこんな一箇所に何店も密集してて、元は取れているのだろうかとくだらないことを考えていると、渡り終えた先でまたもやランベールに行く手を塞がれた。
「いや・・・・・・別にそれでいいけど、本当にそんなこと言っていいのかい? ・・・・・・言っちゃ悪いけど、僕、負けないよ? ホントになんでもいいんだね?」
「ああ、いいぜ? 金払えだのやれどこに行かせろだの、いい加減うんざりしてたところだ。どのゲームでもいいぞ? お前の一番得意なやつは音楽だったっけ? じゃあそれにしよう」
「・・・・・・分からないな。どうしてわざわざ、自分に不利な状況を選ぶんだい?」
「なあに、簡単なことさ・・・・・・ひとつ、確認しておきたいこともあるしな」
そこで勇氏は言葉を切ると、ニタリと笑いこう続けた。
「相手の得意なフィールドで、相手の一番自信があるものを真っ向から潰した方が・・・・・・手っ取り早くプライドヘシ折れて従順にできるだろ?」
“モードを選ぶドン!”
慣れ親しんだ、太鼓に手足を生やしたマスコットの姿と声。勇氏の隣に立ったランベールは、太鼓の反応をバチで叩いて確かめている。
「・・・・・・で、結局太鼓の達人かよ・・・・・・」
「まあ、これが一番分かりやすくて対戦もできるからね。最高難度の☆10で、楽曲は好きに選んでくれて良いよ」
プレイ画面を見つめたまま、ランベールの口調は変わらない。しかしその瞳は、先の自分の発言で火が灯ったのか冷たくギラついていた。
“演奏ゲーム! 曲を選ぶドン!”
「・・・・・・そりゃありがたいことで。まあ言っちゃえば俺がクレジット代持ってんだから、当然の権利でもあるけどな」
そう言って勇氏が選んだのは、“幽幻ノ乱”。数ある楽曲の中で、最高峰の難易度を誇る曲である。
「・・・・・・・ふーん、わかった。でもこれだけじゃなんだから、ちょっと変えるね」
アーケードは初めての筈だろうに、慣れた手つきでバチを扱うランベール。選んだオプションは“よんばい”“でたらめ”・・・・・・文字通り、流れる音符の速度が4倍、面と側がメチャクチャになる仕様だ。後ろで見に回る連中にも分かったのか、驚きの声が漏れた。
「さあ、それじゃあ・・・・・・って、バチ握らないのかい? それとも試合放棄?」
「・・・・・・いいや、コイン入れてから思ったんだが、やっぱ俺が曲選ぶのはフェアじゃねえって思ってな。俺はお前がプレイした後、お前が選んだ曲をやってやるから・・・・・それより、お前こそ勝負を投げるのか? もうそろそろ曲始まるぜ」
“さあ、始まるドン!”
「おっと、そうだね。じゃあ集中させてもらうよ」
勇氏の言葉と共に、プレイが始まった。ランベールはすぐに構え、高速で流れる音符を一つ残らず良判定で捌ききっていく。
“フルコンボだドーン! もう一曲遊べるドン!”
“残念・・・・・失敗だドーン・・・・・・”
『おおー』
「・・・・・・ほー、口だけかと思ってたが、流石に言うだけのことはあるな」
「まあね。次はリーダーの番だ、お手並み拝見させてもらうよ」
背後から上がる感嘆。演奏を終わらせるとランベールは一歩下がり、広げた手で太鼓を指し示す。勿体ねえことしたなぁと思いながら、───勇氏はもう一枚、100円を投入した。
「え? ・・・・・・いやいやリーダー、さっき僕がクリアしたから、もう一回・・・・・・」
「別に俺がどうプレイしようがいいだろ? ・・・・・・ああ、それとバチはイジっていいよな?」
「ほほう、なるほど。つまりきみは双打をやろうってわけだ?」
「・・・・・・アニキ、その“双打”って? ぼく初めて聞くんだけど」
「なんだ、知らないのか弟よ。太鼓の達人は同時プレイ用に、譜面が1Pと2Pで分かれる楽曲があるんだ。・・・・・・だがリーダー、それだとプレイ出来る楽曲が限られて・・・・・・」
「あーもううっせえな。分かったよ、同じのやりゃあいいんだろ?」
興味がわいたのか話に割り込んできたリースに、勇氏はお馴染みの赤と青の太鼓のバチを手に取る。ドラムのスティックのように細く黒く縮めて、再度同じ曲を選択した。
「・・・・・・いや、え? 待ってくれ、幽玄ノ乱は対応して・・・・・・」
驚きに戸惑うリースを尻目に、勇氏はオプションを設定していく。先ほどランベールが選んだ“でたらめ”“よんばい”のオプションに、さらに“どろん”を追加する。
「正真正銘の同時プレイ、しかも音符消し? ・・・・・・いやいやいやいや、冗談きついよミスター、そんなの人間の領域じゃない。2画面同時に目で追うなんて無理だ、反応できない。それにまず第一、片手であの譜面を捌くっての? そんなことできるわけが・・・・・・」
「兄弟揃ってうるせえな。てめえの限界を人に押しつけんじゃねえ。・・・・・・さーてと、でっきるっかなー?」
“さあ、始まるドン!”
ぐりぐり肩を回すと同時に、曲が始まる。
勇氏は深呼吸と共に、自らの時を止めた。
・・・・・・いや、流石に格好付けすぎですわな。正しく言えば“自身を等倍で丸ごと圧縮・伸張し、流れる時間をコンマ数秒で区切った”だ。
自分の“能力”は基本、物体を圧縮すれば硬くなり、伸ばし広げれば脆くなるだけの力だ。しかしそれに付加する状態の保存・・・・・・いわばリセットを今回勇氏は使用したのだ。
もちろん、カメラ等の精密機器や、ニセ札防止の仕掛けが入っている諭吉さんを縮めれば元に戻せないのと同じく、自分の身体なんてイジりでもしたら、どうなるかなんて分からない。・・・・・・・が、しかしその倍率が「1」であれば、元と何一つ変わりはしない。1倍に圧縮、もしくは伸張したという体で、勇氏はいま自らの“時間”をリセットしていた。
“ドカカドン ドカドドン ドドドカッ・・・・・・”
序盤はラクなもんだ。しかし、問題はここから。
(っと、流石に手先でどうこう出来るレベルじゃないな、バチもイジらにゃ・・・・・・)
振り上げる時は短く羽のように軽快に、打ち付けるときは長く鉛のように鈍重に。最低限の動きで太鼓が反応するように、勇氏は軽重、長短を切り替える。曲が進むにつれ、その流転は刹那すらも凌駕していく。
(あ、良判定外した。・・・・・・ちっ、ミスった! あーあー、魔界のプリンスみたいに腕が六本ありゃあなぁー!)
ドカドドドドドドカドドカドドカカカドドドドカカドカドカドカカカドドカカカカカドカドカドカカカドドドカドカカカカドカドドドカドドカカドドカドドドドカカドドカドカドカドカドドカドドドカカドカカドカカカドカッ!!!!!
一瞬一瞬止めてはいるものの、押し寄せる膨大な音符は容赦なく余裕を奪ってくる。がむしゃらに頭を回し手を動かし、勇氏はなんとか捌いてクリアゲージを満タンにしてみせた。
“クリア!! 大成功だドーン!”
“クリア!! 大成功だドーン!”
「ぜぇ、はぁ・・・・・・どうだ、得点2倍で俺の勝ち。何で負けたか明日までに考えといて下さい、って言いてえとこだけど、理由なんて決まってるか。お前がどれだけ頑張っても意味ねえよ。言っちゃ悪いけど、俺、負けねえんだわ・・・・・・げほっ」
汗だくになり荒い息を繰り返しつつも、入店前の言葉をそのまま返し、したり顔をキメる勇氏。対するランベールは、賞賛の声をあげた。
「す、すごいな・・・・・・いや、すごいなんてもんじゃない・・・・・・」
「・・・・・・あ、ああそうだな。っつーことでコーラ買って来い。なんだか今はペプシな気分だ」
ヘンなテンションだな、とりあえず話題を逸らそうと勇氏は小銭を放るが、ランベールの興奮は醒めず、勇氏に怒涛のごとく詰め寄ってくる。
「ああいいとも! ところでアンコールは!? アンコールはあるのか!?」
「ざけんな、もう二度とやらねえよ!? 腱鞘炎になるわこんなんッ・・・・・・」
「そ、そっか。・・・・・・だったらリーダー、ぼくの部屋に最近買ったドラムがあるんだ、ちょっと今からレコーディングに・・・・・・!」
「いいや、その前に負けた弟の代わりに、このリースがお相手しよう! カラオケとダンス、どっちがいいかい!?」
「待てよリース、抜け駆けはずるいぞ! だったら俺は背中を蹴られた恨みを賭けて、エアホッケーで勝負だ!」
「おい、ペプシ・・・・・・脱水で死にそうなんだけど・・・・・・」
食い入るように見つめていた外野が、一斉に我も我もと騒ぎ出す。こりゃジュースどころじゃないなと場を収めようとした勇氏だった・・・・・・が、踏み出したその歩は見えないなにかにぶつかり止められる。
「あんまり目立つと困るんだろう? みんなの認識から僕と大将をぼかしたから、当分はおとなしくしてるはずだよ。大将がいるから、こんなにはしゃいでるわけだろうし」
いつの間に帰っていたのだろうか。目の前に現れたヘクターは、手に持った書類を広げパタパタと扇子代わりにしていた。確かに、連中は自分を探しているのか、辺りをキョロキョロ見回している。
「んじゃ改めて。やっほー、ご機嫌い・か・が? ・・・・・・って、これだけ楽しくやってれば聞くまでもないか」
「ほんとにそう見えるんだったら、その顔にはめてるガラス玉磨き直してこい。・・・・・・で、首尾はどうだ」
「もちろん上々だとも。でも少し疲れたから、とりあえず座ろうか」
そう言ってヘクターは床に座り、持ってきた書類を広げながら話し出す。
「それにしてもこの国の人って面白いよ。“地べたに座る”ことですら、人目があると『ヘンに見られる』ってやらないんだから。犯罪でもないのに。・・・・・・でも、だったら人目がなければ人は一体何をどこまでやるんだろうね? 良識に反しないならやるのか、それとも、証拠が残らないならやるのか・・・・・・」
ぐだぐだ何か言っている長髪男を脇目に、座った勇氏は書類に目を通す。・・・・・・ふむふむ、これ学校の協賛企業のリストか? ってことはこれ全部、あのおっさんの息がかかってるってことか。
こんなもん知ったってなんの意味もないが、とりあえず目を通しておくかとパラパラ流し読みする勇氏だった・・・・・・が、しかしとあるページで、その手は止まった。
(・・・・・・あれ? 待てよ。この名前、どっかで・・・・・・)
「どうしたんだい大将? なにか面白いことでも書いてあったのかい?」
「ん・・・・・・いいや、なんでもねぇよ」
「そうかい。大将がそう言うなら、そういうことにしておこうか」
くくくと笑いながら両手を広げるヘクター。その細い目元から漏れる光は毛糸で遊ぶ子猫のようにランランと輝いているが、構わず勇氏は考える。
(有名じゃねえことは確かだし、他と間違うわけもねぇ独特な名前だ。・・・・・・なら、なんでだ? なんでこんなに、ひっかかってんだ?)
腕を組み首をひねって考えるも、あと少しというところで頭が詰まってしまう。こういうときは無理に考えても意味はない。そのうち出てくるだろと思考を切り替え、勇氏は次の資料に手を伸ばした。
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