廃課金最強厨が挑む神々の遊戯

葉簀絵 河馬

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第五章

第百九十八話 ルナーリスと狐人族の少女

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 鍵盤商会の従業員寮は、関所のように人の出入りを監視してもいなければ、宿やホテルのように受付が居る訳でも無い。だから部外者が入り込む余地はあるし、見知らぬ狐人族の少女が歩いていても不思議ではないとも言える。

 けれども鍵盤商会の従業員の特殊性が、その可能性を低くする。彼女たちは元奴隷であったり、迫害された者だったり、外敵を特に恐れる性質を持つ。

 非番の日に自主的に商館や従業員寮の警備をしている従業員は一人や二人ではないし、接客担当以外の従業員の中には鍵盤商会の従業員以外とは言葉も交わさない者もいる。

 だからキャロルは新しい者が入ると大々的に発表したり、歓迎会を開いたりして周知する。それは新しい者たちへの配慮だけでなく、彼彼女たちは仲間だと他の従業員に知らしめているのだ。

 黄金色の狐人族の少女はまったく騒がれず、呼び止められもせずに従業員寮へ入ってきた。

「あなたは?」
「私は仕入部署のディアナです」
「そう」
「さっきも言いましたけれど、ここは従業員寮です。部外者は立ち入り禁止なんですけど」

 黄金色の狐人族の少女はルナーリスをじっと見つめる。

「私は」

 そして名前を名乗る。

「キュウ」

 しかしルナーリスは名乗られた名前に聞き覚えがない。

「まだ何か?」
「何かって、部外者ですよね?」

 黄金色の狐人族の少女キュウは、ルナーリスをやり過ごして去ろうとしていたが、ルナーリスの言葉に足を止めた。

「部外者じゃない。私を知らないの?」
「それは、私は最近、商会に入ったばかりなので知らないかも知れません」
「なら知らないのも仕方ない。私は、天空の国フォルテピアノの王后キュウだ」

 その肩書きはルナーリスを震え上がらせるのに充分なものだった。

 すっかり政治的な影響力を失ったルナーリスには、天空の国へ嫁げと言われても情報を集めるための臣下も居なければ、重要な情報が手に入るようなパーティーに参加することもできなかった。

 それでもカリオンドル皇国の大使館が襲撃された日に、大陸会議を終えた話し合いの席で天空の王が狐人族を特別視していると聞いている。

 そう思って観察してみれば、成る程と納得してしまう。見事な黄金色の毛並みは、生まれながらにして天空の国の王后として相応しい輝きを持っている。年齢的にルナーリスよりも少し下に見えるので可愛い印象が先立つが、十年もしたら大陸でも評判の美女と呼ばれるに違いなかった。

「た、大変な失礼を致しました。ご挨拶申し上げます。今日の良き日に太陽のご加護がありますように」

 焦ったルナーリスは思わず身体に染みついた挨拶をしてしまった。虎人族ディアナの身体だったので、多少バランスは悪いものの、姿勢もタイミングも完璧である。

 王后キュウはルナーリスの挨拶を受け取りつつ、口を開いた。

「ここにアーサーが来たと聞いたのだが、知っているか?」

 さすがは大氾濫の英雄アーサー、天空の国の王后キュウが自ら足を運んで会いに来る大物である。

「王后陛下のお耳にされた内容にお間違いはございません。アーサー様は客間にて、や、休んでおります」

 二日酔いで嘔吐しているアーサーを休んでいると表現して良いのかどうかは迷いどころだが、それ以外に何と伝えれば良いか分からなかったので、言葉をつっかえつつ答えた。

「そこまで案内して貰えるか?」
「私でよろしければ、是非案内させてくださいませ」

 天空の国へ貢がれる予定のルナーリスにとって、王后キュウは神様以上に気を遣わなければならない相手である。将来の天空の国での生活を考えたら、己の今後の人生が掛かっていると言って差し支えない。一欠片の不快感も与えてはならないし、一度の無礼さえすることが許されない。

 一流の執事は案内している間の時間を忘れさせるために、案内している最中でも賓客を会話で楽しませる。ルナーリスも何か話題がないか頭の中を探ってみると、ちょうど今向かっている客間にいた人物に思い至った。

「王后陛下の毛並みは本当に美しいですね。そういえば同じ色の狐人族の御方がアーサー様と一緒に客間にいらっしゃいました。王后陛下のご親族でしょうか」

 突然、王后キュウが従業員寮の廊下を歩く足を止める。ルナーリスは何かやらかしたか心配になって、息を呑んで彼女を振り返った。王后キュウは何かを考える素振りをしていたので、ルナーリスは彼女の思索が終わるまで静かに待つ。

「そういえば、先に確認しておきたいことがあった」
「何でもおっしゃってくださいませ。必要であれば、上司を呼んで参ります」
「いや、上司は呼ばなくて良い。商会に魔法武具を卸している鍛冶師に会いたい」

 大空に大陸を浮かせている天空の国でも、鍵盤商会が契約している最高の鍛冶師たちが気になるらしい。あの大陸最高の魔法武具の数々を見れば、それも仕方がないことだろう。

 ルナーリスはそれの仕入れを担当しているのだと思うと、少しばかりの優越感を覚えた。

「承知しました。私がご案内します」



 結論から言って、ルナーリスの考えは世間知らずの浅はかな行動だった。

 このアクロシア王国で大氾濫対策の大陸会議が開かれている中で、最も注目されている国家はどこかと言えば、天空の国に決まっている。

 その天空の国の王后が外へ出ればどうなるかなんて、考え無くても分かるはずだった。ルナーリスは大国カリオンドル皇国の第二皇女だったけれど、出来損ないの皇族と呼ばれ続けたから意識が低かった。

 王后キュウを乗せた鍵盤商会の馬車が、襲われたのだ。

 鍛冶師の工房というのは、日夜カンカンと音がしていて五月蠅い。だから周囲に住宅が少なく、職人ばかりで人通りも多くない。

 そこを狙われたようで、まず短剣のような物が飛んで来て馬の手綱を切られた。短剣は次々に飛んで来て、馬は暴れ出し、車輪が壊された。

「王后陛下っ!」
「ちっ、間の悪い」

 王后キュウを逃がそうと思ったが、彼女は舌打ちして馬車から飛び出してしまった。ルナーリスが止める間もなく、建物の間に入る。その後を布で顔を隠した者たちが追っていく。

 その間に、誰かがルナーリスの元へ近付いて来た。顔に見覚えがある。大使館が襲撃された夜、ルナーリスを殺しに来たカリオンドル皇国の兵士だ。

 ルナーリスは恐怖で身体が動かなくなった。

「哀れなる同胞よ。目が覚めたら、この無人族どもの国から出て行くが良い」
「ひっ」

 カリオンドル皇国の兵士は鞘に納まったままの剣を振り上げると、そのままルナーリスの脳天へ向かって振り下ろした。酷い痛みを感じて、ルナーリスは意識を失った。



 ルナーリスが目を覚ました時、金属を叩く槌の音がしていた。身を起こして周囲を確認すると、鍛冶師の工房の隅に寝かされていると気が付いた。

 ドワーフの少女エイルギャヴァがタオルで汗を拭きながら、ルナーリスに近寄ってくる。

「目が覚めたのけ。強く打たれてたみたいだけど、うちで貰ってるポーションを使ったから、きっと大丈夫なのけ」
「そ、それより、王后陛下は!?」
「王后? あそこには一人しかいなかったのけ」

 ルナーリスは血の気が引いていくのが分かった。鏡を見たら顔が真っ青になっていることだろう。もしもルナーリスのせいで王后キュウに傷の一つでも付いたらどうなるか。考えるまでもなく恐ろしい未来が待ち受けているはずだ。

 ルナーリスは飛び起きて、窓の外を確認する。空は赤く染まり、すっかり夕方になっていた。一体何時間寝ていたのだろうか。

「馬車とかはそのままになってるのけ。官憲も鍵盤商会相手に右往左往してるから、事情聴取のため気が付いたらすぐに来て欲しいと言われたのけ」
「そんな場合ではありません!」

 エイルギャヴァにお礼は後日すると告げた後、心臓が張り裂けそうなくらいに全力疾走して鍵盤商会へ戻る。アーサーに頼んで王后キュウを救って貰わなければならない。

 ルナーリスは従業員寮の扉を勢い良く開ける。

 するとそこには、王后キュウが居た。

「え?」
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