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キス事件 side尚雪
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一緒の生活にすっかり慣れた頃。
仕事が早く終わる日には、一ノ瀬に飲みに行こうと誘われる事が増えていた。
その日は輝さんの帰りが遅いと聞いていたので、一ノ瀬に付き合うことにした。
同期の緒方も一緒に、一ノ瀬のオススメの居酒屋へ行った。
ほどほどに飲んで帰ろうと思っていたけれど、焼酎が美味しいお店で少し飲み過ぎてしまったようだ。
この前の事でお酒は控えていたのに参った。
「悪いけど……先に帰るよ……」
「井辻って酒弱いんだな」
一ノ瀬にクスクスと笑われて少し悔しい。
「だから……あまり飲まないようにしてたんだ……」
「大丈夫か? タクシー呼ぶか?」
緒方が心配してくれた。
「そこまでじゃない……はず。二人はゆっくり飲んで」
「ああ。またな」
「気をつけてな」
二人を残して先に店を出た。
どうにか家に着いたけれど、家に誰もいなかった。
眼鏡を外してテーブルに置いて、ここぞとばかりにソファに横になった。
少しだけ……輝さんが帰ってくるまでの間だけ……寝てしまおう……。
◆◇◆
「──さん。──ナオさん。こんな所で寝てると輝に怒られるよ」
「……輝……さん?」
起こされてボーッとしながら目を開ければ、目の前に輝さんがいた。
大好きな輝さん。
手を伸ばしてこちらに引き寄せてキスをした。
いつもと……違う感触……。
「マジか……」
ふと春樹君の声がして、目を開けた。
目の前には、輝さんではなく驚いて目を見開く涼君……。
涼君……!?
体を思い切り引いて、口元を押さえた。
俺を起こしてくれたらしい涼君にキスをしてしまった。
血の気が引く。
俺たちの後ろから春樹君がその光景を見ていたらしい。
涼君が慌てて立ち上がって春樹君に弁解する。
「ハル! 違うよ! 今のは! ナオさんが輝と間違えたんだよ!」
「知ってるよ。見てたから。ナオさん、大丈夫? 水持ってきたよ」
春樹君は、何事もなかったかのように涼君を押しのけて、俺の前にしゃがみ込んだ。
先程の涼君と位置が入れ替わり、グラスに入った水をくれた。
それを受け取ってソファに座り直し、一気に体に流し込んだ。
水の冷たい感触に、酔いも冷めていく。
「ごめん……涼君……」
「大丈夫ですよ」
涼君も動揺しているのだけれど、俺にではなく、キスを見られた春樹君に対してみたいだ。
俺はなんて事を……。
頭を抱えてしまう。
「ごめん……春樹君も……」
「全然気にしなくていいんですよ。相手涼だし」
「待ってハル……なんでそんなに普通なの……?」
「間違えたならキスぐらいしょうがないだろ」
春樹君……なんて大人な対応なんだ……。
今の俺にはジンとくる。
「キスぐらいって──僕はハルが輝とキスしたら嫌だよ!」
確かに俺も輝さんが春樹君とキスしたら嫌だな……。
「俺は別に平気」
「なんで!?」
「涼ならその辺の気に入った相手に普通にしてそうだ」
「ひどい……」
春樹君は本当に気にした様子がない。
涼君が気の毒に思えてきた……。
「少しは気にしてよ……」
「しちゃったものは仕方ないだろ? そんなのいちいち気にしてたら、俺は何回涼に謝らないといけないんだ」
「「え?」」
春樹君は、まずいという顔をして口元を押さえると、そっと立ち上がって後退りながら涼君から逃げようとする。
その腕を涼君が掴む。
春樹君は、視線を彷徨わせた。
「今のは……その……」
「今、何? え?」
涼君が春樹君に詰め寄る。
これ、墓穴を掘るっていうやつ……。
俺の方がドギマギしてくる。
「あー……いや……」
「え? 誰と? 待って……誰としたの? 輝じゃないよね⁉︎」
「そんなわけねぇだろ! その話はもういいよ……」
「よくない! バイト先のあの先輩!? 大学の講師の先生!? 同級生の女!?」
「誰でもいいだろ。めんどくせぇよ」
春樹君の相手……心当たりがいっぱいいるな……。
この人達の中に高部君も入っているわけだ。春樹君は元々男が好きというわけではなく、女の子もあり得るからライバルだらけ……。
「ハルが他の人とキスしたら、僕は嫌だ! それなのに、どうして僕がナオさんとキスしたのに平気なの!? 少しは妬くとかしてよ!」
キスした本人が怒られるのではないこの状況にどうしたものかと思う。
妬いて欲しいとお願いする涼君が不憫過ぎる。
「誰と誰がキスしたって?」
急に聞こえた声に三人で注目すれば、そこにいたのは輝さんだった。
リビングに入ってきた事に気付かずに話していたみたいだ。
笑顔の輝さんに訳のわからない緊張感があって誰も口を開かない。
「で? 誰と誰がキスしたんだい?」
ニッコリ笑顔で聞かれても、全員で視線を逸らす。
「涼。もう一度言いなさい」
名指しをされれば、涼君は答える他にない。
「あ……えっと……僕とナオさんが……キスを……しちゃって……」
「違うんです! 俺が酔っ払って涼君と輝さんを間違えてしまって!」
「ナオ」
低い声で名前を呼ばれて黙り込む。
怒られてしまうのかとビクビクする。
「私と間違えてキスしたわけだね?」
「はい……」
輝さんは、涼君の目の前に立った。
涼君も怒られるのを覚悟しているのか逃げる気配はない。
「輝さん……? あの、涼君は悪くないんで怒らないであげて下さい」
輝さんは涼君の胸ぐらを掴んだ。
まさか殴らないよな!?
そう思って輝さんを止めようと、慌てて立ち上がろうとした。
──ブチュ。
目の前で涼君と輝さんがキスをしている光景に唖然とする。
少しして唇を離した輝さんは、ニッコリ笑った。
「返してもらったよ」
涼君がプルプルと震えた。
「……輝の……ぶぁか!」
涼君は、涙目で洗面所に駆け込んだ。
それを見て輝さんは笑いが止まらないというように肩を揺らして笑っている。
春樹君とゆっくり視線を合わせると、俺と同じように目を見開いていて、お互いに笑いが込み上げてきて笑ってしまう。
春樹君は、涼君の後を追いかけて行った。
輝さんは、俺の隣に座った。
「ナオ。涼と私を間違えるくらい想ってくれてたのかい?」
「はい……」
「嬉しいけれど、酒はほどほどにな。間違えたら、また返してもらわないといけなくなる」
「わかりました。俺も輝さんが涼君にキスするの嫌なんで気を付けます……」
「ふふっ。わかればいいよ。ほら、本物のキスはいらない?」
クスクス笑う輝さんを見つめれば、手を伸ばしてくれた。
本物の感触を確かめるように何度もキスをした。
仕事が早く終わる日には、一ノ瀬に飲みに行こうと誘われる事が増えていた。
その日は輝さんの帰りが遅いと聞いていたので、一ノ瀬に付き合うことにした。
同期の緒方も一緒に、一ノ瀬のオススメの居酒屋へ行った。
ほどほどに飲んで帰ろうと思っていたけれど、焼酎が美味しいお店で少し飲み過ぎてしまったようだ。
この前の事でお酒は控えていたのに参った。
「悪いけど……先に帰るよ……」
「井辻って酒弱いんだな」
一ノ瀬にクスクスと笑われて少し悔しい。
「だから……あまり飲まないようにしてたんだ……」
「大丈夫か? タクシー呼ぶか?」
緒方が心配してくれた。
「そこまでじゃない……はず。二人はゆっくり飲んで」
「ああ。またな」
「気をつけてな」
二人を残して先に店を出た。
どうにか家に着いたけれど、家に誰もいなかった。
眼鏡を外してテーブルに置いて、ここぞとばかりにソファに横になった。
少しだけ……輝さんが帰ってくるまでの間だけ……寝てしまおう……。
◆◇◆
「──さん。──ナオさん。こんな所で寝てると輝に怒られるよ」
「……輝……さん?」
起こされてボーッとしながら目を開ければ、目の前に輝さんがいた。
大好きな輝さん。
手を伸ばしてこちらに引き寄せてキスをした。
いつもと……違う感触……。
「マジか……」
ふと春樹君の声がして、目を開けた。
目の前には、輝さんではなく驚いて目を見開く涼君……。
涼君……!?
体を思い切り引いて、口元を押さえた。
俺を起こしてくれたらしい涼君にキスをしてしまった。
血の気が引く。
俺たちの後ろから春樹君がその光景を見ていたらしい。
涼君が慌てて立ち上がって春樹君に弁解する。
「ハル! 違うよ! 今のは! ナオさんが輝と間違えたんだよ!」
「知ってるよ。見てたから。ナオさん、大丈夫? 水持ってきたよ」
春樹君は、何事もなかったかのように涼君を押しのけて、俺の前にしゃがみ込んだ。
先程の涼君と位置が入れ替わり、グラスに入った水をくれた。
それを受け取ってソファに座り直し、一気に体に流し込んだ。
水の冷たい感触に、酔いも冷めていく。
「ごめん……涼君……」
「大丈夫ですよ」
涼君も動揺しているのだけれど、俺にではなく、キスを見られた春樹君に対してみたいだ。
俺はなんて事を……。
頭を抱えてしまう。
「ごめん……春樹君も……」
「全然気にしなくていいんですよ。相手涼だし」
「待ってハル……なんでそんなに普通なの……?」
「間違えたならキスぐらいしょうがないだろ」
春樹君……なんて大人な対応なんだ……。
今の俺にはジンとくる。
「キスぐらいって──僕はハルが輝とキスしたら嫌だよ!」
確かに俺も輝さんが春樹君とキスしたら嫌だな……。
「俺は別に平気」
「なんで!?」
「涼ならその辺の気に入った相手に普通にしてそうだ」
「ひどい……」
春樹君は本当に気にした様子がない。
涼君が気の毒に思えてきた……。
「少しは気にしてよ……」
「しちゃったものは仕方ないだろ? そんなのいちいち気にしてたら、俺は何回涼に謝らないといけないんだ」
「「え?」」
春樹君は、まずいという顔をして口元を押さえると、そっと立ち上がって後退りながら涼君から逃げようとする。
その腕を涼君が掴む。
春樹君は、視線を彷徨わせた。
「今のは……その……」
「今、何? え?」
涼君が春樹君に詰め寄る。
これ、墓穴を掘るっていうやつ……。
俺の方がドギマギしてくる。
「あー……いや……」
「え? 誰と? 待って……誰としたの? 輝じゃないよね⁉︎」
「そんなわけねぇだろ! その話はもういいよ……」
「よくない! バイト先のあの先輩!? 大学の講師の先生!? 同級生の女!?」
「誰でもいいだろ。めんどくせぇよ」
春樹君の相手……心当たりがいっぱいいるな……。
この人達の中に高部君も入っているわけだ。春樹君は元々男が好きというわけではなく、女の子もあり得るからライバルだらけ……。
「ハルが他の人とキスしたら、僕は嫌だ! それなのに、どうして僕がナオさんとキスしたのに平気なの!? 少しは妬くとかしてよ!」
キスした本人が怒られるのではないこの状況にどうしたものかと思う。
妬いて欲しいとお願いする涼君が不憫過ぎる。
「誰と誰がキスしたって?」
急に聞こえた声に三人で注目すれば、そこにいたのは輝さんだった。
リビングに入ってきた事に気付かずに話していたみたいだ。
笑顔の輝さんに訳のわからない緊張感があって誰も口を開かない。
「で? 誰と誰がキスしたんだい?」
ニッコリ笑顔で聞かれても、全員で視線を逸らす。
「涼。もう一度言いなさい」
名指しをされれば、涼君は答える他にない。
「あ……えっと……僕とナオさんが……キスを……しちゃって……」
「違うんです! 俺が酔っ払って涼君と輝さんを間違えてしまって!」
「ナオ」
低い声で名前を呼ばれて黙り込む。
怒られてしまうのかとビクビクする。
「私と間違えてキスしたわけだね?」
「はい……」
輝さんは、涼君の目の前に立った。
涼君も怒られるのを覚悟しているのか逃げる気配はない。
「輝さん……? あの、涼君は悪くないんで怒らないであげて下さい」
輝さんは涼君の胸ぐらを掴んだ。
まさか殴らないよな!?
そう思って輝さんを止めようと、慌てて立ち上がろうとした。
──ブチュ。
目の前で涼君と輝さんがキスをしている光景に唖然とする。
少しして唇を離した輝さんは、ニッコリ笑った。
「返してもらったよ」
涼君がプルプルと震えた。
「……輝の……ぶぁか!」
涼君は、涙目で洗面所に駆け込んだ。
それを見て輝さんは笑いが止まらないというように肩を揺らして笑っている。
春樹君とゆっくり視線を合わせると、俺と同じように目を見開いていて、お互いに笑いが込み上げてきて笑ってしまう。
春樹君は、涼君の後を追いかけて行った。
輝さんは、俺の隣に座った。
「ナオ。涼と私を間違えるくらい想ってくれてたのかい?」
「はい……」
「嬉しいけれど、酒はほどほどにな。間違えたら、また返してもらわないといけなくなる」
「わかりました。俺も輝さんが涼君にキスするの嫌なんで気を付けます……」
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