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お出かけと隣人
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矢賀さんに宣言した以上出かけなくては。そんな意地にも似た衝動に駆られ、私は重い腰をよっこいしょとあげた。
今日、明日と土日だが、独り身の私には特に予定があるはずもない。街をブラブラと散策する、というのもただの散歩というよりも彷徨に近い感じがして気が引ける。
そういうちょっとした葛藤を経て、結局本屋さんに行くことに決めた。一応しっかり服は選ぶ。テーパードシルエットのチノパン、オックスフォード生地のホワイトシャツ……紺色のカーディガンにバックスキンのローファーでいいか。小さめのショルダーバッグに財布とスマートフォンを放り込めば準備完了だ。
外に出て玄関の鍵をがちゃがちゃしているところで、ちらりと隣室の方を見てしまう。本日はまだ彼女の声は聞いていない。きっと元気に……元気かどうかは分からないが、仕事に励んでいるのだろう。完全週休2日制で限界の私にはとても真似できない。
そんなことを思いながら、私は玄関を出てすぐにあるエレベーターを待つのであった。
たまにのぞいてみると面白いもので、つい三冊も小説を買ってしまった。SF、ミステリー、群像劇、どれも表紙裏の紹介文を見てもさっぱり展開が分からないものを選んだ。私の中にわずかに残っていた少年心が少しだけ励起しているようで、この調子なら『私だって植物ではないんだぞ』と胸を張って言えるような気がする。
私は楽しい気持ちをいだきつつ、会社に通っている頃に良く寄っていたカフェで持ち帰り用のコーヒーも買う。これを楽しみながら家で小説を読む、いい三十路の休日だと思う。
『……誠司せんぱい、植物というかもはや枯れて……いやなんでもないっす』
週明けに矢賀さんからそんなことを言われてしまいそうな気もするが、私としては良い休日の過ごし方なのだからいいだろう。
ゆっくり歩いていたつもりだったが、自然と早足になっていたようだ。行儀が悪いのだが、両手が塞がっているので仕方がなく、肘でエレベーターのスイッチを押す。
そういえば先日はこの辺りで金髪の方と一緒になったのだったが、今日は一人だ。まあ、今まであまり人と遭遇することなんてなかったのだからそんなに頻繁に誰かに会うこともないだろう。
そう思っていたのだが……
エレベーターを降りたところで何かを発見した。
まあ、隠す必要もないので言ってしまうと人間の女性なのだが。腰の中頃まで伸びた真っ黒な髪はややボサボサになっており、服装は上下ジャージ。中々エキゾチックというか、昭和の頃に流行っていたような不思議な幾何学模様が施されている。おそらく学校の指定ジャージなのだろう。中々派手だが、これを着こなせる人類はどれくらいいるのだろうか――ちょっと私も混乱しているのか、恐ろしく益体もないことを考えてしまっていた。
もし立っていれば直立不動、といった形で地面に対して真っ直ぐ水平にうつ伏せになっている。少し心配になるくらい動かないので、放置しておくわけにもいかない。
私はコーヒーと小説をエレベーターの入り口の脇に置いて、彼女に近づくことにした。
「もしもし、大丈夫ですか?」
いきなり身体にふれるわけにもいかず頭の近くにしゃがんで声を掛ける。近づいてみると分かったことだが、少なくとも呼吸はしているようだし、素人目には眠っているようにしか見えない。
「もしもし!」
少し大きな声を出してみても、やはり反応はない。
どうしたものか、そう考えた矢先に目の前の女性の指の間から携帯電話の着信音が鳴る。私と彼女しかいないその廊下では妙にその音が響いているように感じた。
どうする、とも思うが、とりあえずそれに出てみれば彼女の知り合いと話せるかもしれない。そうすれば、彼女の窮状を伝えて助けになれるかもしれない。
そう思い、とりあえず私はその携帯電話を彼女の手から取った。
その画面には『佐須杜さん』という表示があり、昨日の隣人の彼女がその名前を読んでいたことを思い出した。
そうするとこの彼女は――いや、まずは電話に出よう。
「もしもし」
さて、一体どうなるだろうか。
今日、明日と土日だが、独り身の私には特に予定があるはずもない。街をブラブラと散策する、というのもただの散歩というよりも彷徨に近い感じがして気が引ける。
そういうちょっとした葛藤を経て、結局本屋さんに行くことに決めた。一応しっかり服は選ぶ。テーパードシルエットのチノパン、オックスフォード生地のホワイトシャツ……紺色のカーディガンにバックスキンのローファーでいいか。小さめのショルダーバッグに財布とスマートフォンを放り込めば準備完了だ。
外に出て玄関の鍵をがちゃがちゃしているところで、ちらりと隣室の方を見てしまう。本日はまだ彼女の声は聞いていない。きっと元気に……元気かどうかは分からないが、仕事に励んでいるのだろう。完全週休2日制で限界の私にはとても真似できない。
そんなことを思いながら、私は玄関を出てすぐにあるエレベーターを待つのであった。
たまにのぞいてみると面白いもので、つい三冊も小説を買ってしまった。SF、ミステリー、群像劇、どれも表紙裏の紹介文を見てもさっぱり展開が分からないものを選んだ。私の中にわずかに残っていた少年心が少しだけ励起しているようで、この調子なら『私だって植物ではないんだぞ』と胸を張って言えるような気がする。
私は楽しい気持ちをいだきつつ、会社に通っている頃に良く寄っていたカフェで持ち帰り用のコーヒーも買う。これを楽しみながら家で小説を読む、いい三十路の休日だと思う。
『……誠司せんぱい、植物というかもはや枯れて……いやなんでもないっす』
週明けに矢賀さんからそんなことを言われてしまいそうな気もするが、私としては良い休日の過ごし方なのだからいいだろう。
ゆっくり歩いていたつもりだったが、自然と早足になっていたようだ。行儀が悪いのだが、両手が塞がっているので仕方がなく、肘でエレベーターのスイッチを押す。
そういえば先日はこの辺りで金髪の方と一緒になったのだったが、今日は一人だ。まあ、今まであまり人と遭遇することなんてなかったのだからそんなに頻繁に誰かに会うこともないだろう。
そう思っていたのだが……
エレベーターを降りたところで何かを発見した。
まあ、隠す必要もないので言ってしまうと人間の女性なのだが。腰の中頃まで伸びた真っ黒な髪はややボサボサになっており、服装は上下ジャージ。中々エキゾチックというか、昭和の頃に流行っていたような不思議な幾何学模様が施されている。おそらく学校の指定ジャージなのだろう。中々派手だが、これを着こなせる人類はどれくらいいるのだろうか――ちょっと私も混乱しているのか、恐ろしく益体もないことを考えてしまっていた。
もし立っていれば直立不動、といった形で地面に対して真っ直ぐ水平にうつ伏せになっている。少し心配になるくらい動かないので、放置しておくわけにもいかない。
私はコーヒーと小説をエレベーターの入り口の脇に置いて、彼女に近づくことにした。
「もしもし、大丈夫ですか?」
いきなり身体にふれるわけにもいかず頭の近くにしゃがんで声を掛ける。近づいてみると分かったことだが、少なくとも呼吸はしているようだし、素人目には眠っているようにしか見えない。
「もしもし!」
少し大きな声を出してみても、やはり反応はない。
どうしたものか、そう考えた矢先に目の前の女性の指の間から携帯電話の着信音が鳴る。私と彼女しかいないその廊下では妙にその音が響いているように感じた。
どうする、とも思うが、とりあえずそれに出てみれば彼女の知り合いと話せるかもしれない。そうすれば、彼女の窮状を伝えて助けになれるかもしれない。
そう思い、とりあえず私はその携帯電話を彼女の手から取った。
その画面には『佐須杜さん』という表示があり、昨日の隣人の彼女がその名前を読んでいたことを思い出した。
そうするとこの彼女は――いや、まずは電話に出よう。
「もしもし」
さて、一体どうなるだろうか。
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