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第15話 神様なんて信じません。
しおりを挟むその日は転生屋の仕事が休みのはずだったが、夕方、ディーとマリーにラダの執務室へ来るよう連絡があった。そんなことはめったにないことだ。
「お呼びと聞きました」
「ディー、マリー、お休みのところ、すみませんね」
いつにも増してラダの目の下のクマが色濃い。ラダのクマなど見慣れているディーでさえもさすがに心配になった。
「お疲れの様子ですが、何かありましたか」
「少しばかり面倒なことが起きました。あなた方をお呼びすることになったのも、そのためなのですが、まずは紹介したい方がいます。どうぞ、お出ましください」
ラダがどこへともなく声を掛けると、ぼわんと音を立てて一人の小柄な老齢の神が現れた。ラダの身に着けている白い布に似た、ゆったりとドレープを描く服を身に着けて、長い樫の木でできた杖を突いて立っている。豊かにウェーブした白髪は腰のあたりまでの長さがあり、光を放っているようだった。なんといっても特徴的なのは、長く伸ばされたあごひげ。髪と同じ白色で、ふさふさと胸のあたりまである。
ディーはその姿に驚きと畏敬の念を持った。なぜなら、その姿はディーが「神」と聞いてまず思い浮かべる姿そのものだったからだ。
「神様だ…」
唖然と言った感じでディーがつぶやくと、神は鷹揚にうなづいた。
「我が民よ、苦しうない、楽にせよ」
「は、はい」
神の声はバリトンで重々しく響いた。マリーはポカンとしている。
「えーと、どちらの神様ですか?」
「マリー、失礼だぞ。この方は我らの世界の神様、ゲーラス様だ」
「ゲーラス様?あんまり知らないけど、おばあちゃんの家に飾ってあった?」
「飾ってるんじゃない。祀ってるんだ」
「ああ、そうなの?でも、たしかにちょっと似てるわ」
「こら、失礼だぞ」
ゲーラス世界で山奥にわけあって捨てられた時、ディーは7歳、マリーはまだ3歳であった。ディーは自分の身に起きたことも、それまでの生活のことも、子供ながらに把握している。街で暮らしていたころは、大きな神殿に礼拝に出かけることもあったので、どこの教会でもゲーラスは主神として祀られ、民の信仰の中心であったことも記憶している。
幼かったマリーは礼拝のことも覚えていないし、山奥でミランダと三人で暮らしている限りにおいて、信仰心を深めるような機会もなかった。
(神殿に祀られている像が、まさかこのように本物の神様の姿にそっくりだとは。実際に会ったことのある者が作ったのだろうな。しかし、神様に会える人間なんかいるのか?まさか、ご自分で?自画像的な?)
ディーの考えていることも、マリーほどではないがそこそこに不敬ではある。
「いかにも!我はゲーラスだ。我が民よ、いらぬ苦労をかけたな。そも其方らの養母である女人が艱難辛苦を受けねばならなかったことから始まり、我が民がかような所で死神の仕事をしなくてはならなくなったのは、甚だ遺憾である。我にも思いもよらぬことであった。我の望んだことではあらない。どうか宥恕願いたい」
マリーは困り顔でディーを見て、コソコソと小さい声で聞いた。
「お兄ちゃん、神様は何て言ってるの?」
「ばあちゃんが苦労したのも、俺らが転生屋をやってるのも、神様が望んだことじゃないけど、許せって」
「え~?そんなこと言ってるの?」
「たぶん」
マリーは意思の強い視線をゲーラスに向けた。
「私、神様なんか信じません。いえ、神がいるのは、こうして目の前にしているのですから信じますけど、私たちの人生に神様が影響を与えるなんてことは信じていません。だから、許すも許さないもないと思います」
「俺も別に、許すとかないです。ばあちゃんが苦労したことも、俺たちが捨てられたことも、死んでここで働いていることも、別に大丈夫なんで。だから謝罪とか大丈夫です」
兄妹はあっさりしたものである。それなのになぜか引き下がるゲーラス。
「いや待て。人々の営みに我は多大なる影響を与えておるのじゃ。だから其方らが不幸になってしもうたのも我のしくじりなのじゃ」
「いや、そんな。人々の幸不幸まで神様のせいになんかしませんよ。ね、お兄ちゃん」
「ああ。それに、そんなに不幸でもなかった」
「そうよ、わたしたち幸せだったわ。神様が謝るような人生だったなんて、まさかそう思われているなんて逆にひどいわ」
謝罪から入ると言う初手を間違えたゲーラスは、ラダにすがるような視線を送って助けを求めた。
いつものように麗しいラダだが、ゲーラスの思い通りにいかない様子に薄い笑いをもらした。ゲーラスの突然の訪問に予定が狂わされたことを、少しだけ恨んでいるのかもしれない。
「ディー、マリー。少し話を聞いておやりなさい。ゲーラス世界は、ミランダ、ディー、マリーの三人が消えたことで、未曽有の事態が発生しているようですよ」
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