15 / 16
第15話 神様なんて信じません。
しおりを挟むその日は転生屋の仕事が休みのはずだったが、夕方、ディーとマリーにラダの執務室へ来るよう連絡があった。そんなことはめったにないことだ。
「お呼びと聞きました」
「ディー、マリー、お休みのところ、すみませんね」
いつにも増してラダの目の下のクマが色濃い。ラダのクマなど見慣れているディーでさえもさすがに心配になった。
「お疲れの様子ですが、何かありましたか」
「少しばかり面倒なことが起きました。あなた方をお呼びすることになったのも、そのためなのですが、まずは紹介したい方がいます。どうぞ、お出ましください」
ラダがどこへともなく声を掛けると、ぼわんと音を立てて一人の小柄な老齢の神が現れた。ラダの身に着けている白い布に似た、ゆったりとドレープを描く服を身に着けて、長い樫の木でできた杖を突いて立っている。豊かにウェーブした白髪は腰のあたりまでの長さがあり、光を放っているようだった。なんといっても特徴的なのは、長く伸ばされたあごひげ。髪と同じ白色で、ふさふさと胸のあたりまである。
ディーはその姿に驚きと畏敬の念を持った。なぜなら、その姿はディーが「神」と聞いてまず思い浮かべる姿そのものだったからだ。
「神様だ…」
唖然と言った感じでディーがつぶやくと、神は鷹揚にうなづいた。
「我が民よ、苦しうない、楽にせよ」
「は、はい」
神の声はバリトンで重々しく響いた。マリーはポカンとしている。
「えーと、どちらの神様ですか?」
「マリー、失礼だぞ。この方は我らの世界の神様、ゲーラス様だ」
「ゲーラス様?あんまり知らないけど、おばあちゃんの家に飾ってあった?」
「飾ってるんじゃない。祀ってるんだ」
「ああ、そうなの?でも、たしかにちょっと似てるわ」
「こら、失礼だぞ」
ゲーラス世界で山奥にわけあって捨てられた時、ディーは7歳、マリーはまだ3歳であった。ディーは自分の身に起きたことも、それまでの生活のことも、子供ながらに把握している。街で暮らしていたころは、大きな神殿に礼拝に出かけることもあったので、どこの教会でもゲーラスは主神として祀られ、民の信仰の中心であったことも記憶している。
幼かったマリーは礼拝のことも覚えていないし、山奥でミランダと三人で暮らしている限りにおいて、信仰心を深めるような機会もなかった。
(神殿に祀られている像が、まさかこのように本物の神様の姿にそっくりだとは。実際に会ったことのある者が作ったのだろうな。しかし、神様に会える人間なんかいるのか?まさか、ご自分で?自画像的な?)
ディーの考えていることも、マリーほどではないがそこそこに不敬ではある。
「いかにも!我はゲーラスだ。我が民よ、いらぬ苦労をかけたな。そも其方らの養母である女人が艱難辛苦を受けねばならなかったことから始まり、我が民がかような所で死神の仕事をしなくてはならなくなったのは、甚だ遺憾である。我にも思いもよらぬことであった。我の望んだことではあらない。どうか宥恕願いたい」
マリーは困り顔でディーを見て、コソコソと小さい声で聞いた。
「お兄ちゃん、神様は何て言ってるの?」
「ばあちゃんが苦労したのも、俺らが転生屋をやってるのも、神様が望んだことじゃないけど、許せって」
「え~?そんなこと言ってるの?」
「たぶん」
マリーは意思の強い視線をゲーラスに向けた。
「私、神様なんか信じません。いえ、神がいるのは、こうして目の前にしているのですから信じますけど、私たちの人生に神様が影響を与えるなんてことは信じていません。だから、許すも許さないもないと思います」
「俺も別に、許すとかないです。ばあちゃんが苦労したことも、俺たちが捨てられたことも、死んでここで働いていることも、別に大丈夫なんで。だから謝罪とか大丈夫です」
兄妹はあっさりしたものである。それなのになぜか引き下がるゲーラス。
「いや待て。人々の営みに我は多大なる影響を与えておるのじゃ。だから其方らが不幸になってしもうたのも我のしくじりなのじゃ」
「いや、そんな。人々の幸不幸まで神様のせいになんかしませんよ。ね、お兄ちゃん」
「ああ。それに、そんなに不幸でもなかった」
「そうよ、わたしたち幸せだったわ。神様が謝るような人生だったなんて、まさかそう思われているなんて逆にひどいわ」
謝罪から入ると言う初手を間違えたゲーラスは、ラダにすがるような視線を送って助けを求めた。
いつものように麗しいラダだが、ゲーラスの思い通りにいかない様子に薄い笑いをもらした。ゲーラスの突然の訪問に予定が狂わされたことを、少しだけ恨んでいるのかもしれない。
「ディー、マリー。少し話を聞いておやりなさい。ゲーラス世界は、ミランダ、ディー、マリーの三人が消えたことで、未曽有の事態が発生しているようですよ」
20
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる