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第24話 絶対に許さない
しおりを挟むマリアベルはちょこんとひざを折ってお辞儀をし、退室した。
(なんとか、やり過ごしたわ)
マリアベルとシャールがひそかに肩の力を抜いているころ。
王家の紋章の入った馬車に乗り込んだエルネストとアドンは、何やら難しい顔をして向かい合っていた。
「アドン…。先ほどのクララベル嬢なんだが…。私はずいぶん彼女を怒らせてしまったのだろうか」
「どうでしょうか。怒っているようには見えませんでしたが」
「そうか?しかし、いつもと表情がまったく違った」
「そうですね」
マリアベルは上手にクララベルを演じたつもりだったが、二人には多少の違和感を与えてしまっていた。
クララベルはそもそも感情が豊かでない。
表情があまり変わらないのだ。
マリアベルは感情豊かに演じすぎてしまったのだ。
「あれが素のクララベル嬢なんですかね」
アドンは、意外にしたたかそうなしぐさを見せたマリアベルを少し見直していた。
気が弱いだけのお嬢様でないなら、エルネストの相手として歓迎である。
「おい、名前で呼ぶな」
「あ、申し訳ありません。シモン侯爵令嬢もご自宅にいる時は、少し緊張が解けるのかもしれません」
「それはあるかもしれないな。それにしてもシャールはあんなに妹思いだったのか」
マリアベルが聞いたら白目を剥きそうなセリフである。
「アルフレッドも妹に目がないらしいですよ。先日もシモン侯爵令嬢が倒れたとき、すっとんで帰りましたからね。アルフレッドが婚約者を作らないのは、妹がかわいすぎるせいだって、もっぱらの噂です」
それを聞いて、エルネストは少しムッとした。
いかにも貴公子然としたアルフレッドが、クララベルを溺愛していると想像すると、なんだか気分が悪い。
エルネストは苛ついた気持ちを持て余しながら、王宮へと帰って行った。
◆◆◆
時は少し戻る。
ジラール侯爵邸の一室で、マノンは父親のヴィクトル・ジラール侯爵から厳しく叱責されていた。
娘の愚かな行為の結果、ライバルともいえるシモン侯爵家に借りを作ることになってしまった。少なくない慰謝料も支払わなければならない。
そのうえ、家門の令嬢たちが出家することとなり、ジラール侯爵家への求心力が弱まり、責任を問う声が上がり始めている。
「聞いているのか、マノン。シモン侯爵家のご令嬢をいじめた挙句、王太子様に嘘偽りの証言をするなど、なんと愚かなことをしてくれたのだ。我がジラール侯爵家は武で身を立てし家門。力を持つからこそ、正義を問わねばならぬ立場である。わかっているのか!」
マノンは不貞腐れた表情を隠しもせず、父親に口ごたえをする。
「いじめてなんかいないわ。あの女は黙っていじめられているような女ではないのです。嘘つきで傲慢で意地悪なのです!腹黒いのです!わたくしの方がいじめられていたのです」
「馬鹿なことを。シモン侯爵家のクララベル嬢と言えば物静かで引っ込み思案と有名ではないか。だれがそのようなたわごとを信じるか」
「何が物静かで引っ込み思案よ!そんなのは全部作り物です!娘のわたくしの言葉を信じてくださらないのですか。みんなあの女にだまされているのよ!」
「ええい、黙れ!」
ヴィクトルはマノンの頬を平手で打った。
マノンは床にひれ伏し、叩かれた頬を手で覆った。
「痛いっ!なんで信じてくださらないの!なんでわたくしが謹慎などしなくてはならないのですか」
「仮にお前の言う通りクララベル嬢がイヤな女だとしても、もはや関係ない。お前は王太子様に嘘の証言をした。そのことは申し開きようがないのだ!エルネスト様はたいそうお怒りだ。いじめを認めて謹慎するか、王族を謀った罪で処刑されるか、その二択しかなかったのだ。謹慎するよりなかろうが!」
「エルネスト様だって騙されているのです!お可哀そうに、本当は嫌な女だって知らないのよ」
「まだ言うか!お前の軽率な言動のせいで家門の令嬢たちは修道院へと送られることになったのだぞ。愚かな主のもとに仕えると一門が破滅するのだ。お前は自分のしでかしたことを何度も顧みて、己の何がいけなかったのかを考えよ。心から反省するまでは、学園に戻ることは認めん。反省したら、王都中の教会や孤児院、救護院へ出向き奉仕活動をして参れ!」
マノンは床に突っ伏して声を上げて泣いた。
ヴィクトルは一瞬哀れに思い、娘をなぐさめたい気持ちに駆られたが、ここで甘やかしてはいけないと心を鬼にして立ち去った。
「うっ、うっ、なぜわたくしだけがこのような罰を受けなくてはいけないの?あの女がわたくしを見下そうとするから、身分と礼儀を教えてやっただけなのに…。クララベル…絶対に許さないわ。絶対に許さないわ。絶対に本性を暴いてやる」
憎しみを湛えたマノンの瞳は揺らめいて暗く光った。
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