公園

しま せひろ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

公園

しおりを挟む
 ここに、雑草の生い茂った空き地があります。
 でもよく見ると、草に埋もれてすべり台やブランコ、ベンチなどがあるのがわかるでしょう。そう。ここは昔は公園だったのです。毎日いろんな人がここに来て、遊んだり、おしゃべりをしたり、散歩したり…。みんなが楽しく集まる公園でした。
 それがこんなふうになってしまったのには、実はこんないきさつがあったのです。

 「こないだのテスト返ってきたんだけど、うちの子ひどい点で」
 「あ~、うちの子もひどかったわよ」
 「あの先生って、授業わかりにくくない?」
 「そう思う?あたしも。授業参観の時そう思ったのよ」
 「学校って先生選べないしね~。やっぱ塾に行かせたほうがいいかしら…」
 陽の高くなりはじめた午前のひととき。いつものようにご近所の仲良し主婦3人組がおしゃべりをしています。他にも砂場の周りにはベビーカーを押したお母さんたち、ベンチには散歩の老夫婦が一休みしています。
 そこへ、一人のおじいさんがやってきました。手には火ばさみとビニール袋を持っています。おじいさんは公園に入って来るなり、足下に落ちていた紙くずを火ばさみで拾い、ビニール袋に入れました。
 「おじいさん、おはようございます」
 「ああ、おはようございます。今日も良い天気ですね」
 「ええ洗濯物がよく乾きます」
 そう言葉を交わしている間にも、おじいさんは公園に落ちているゴミを拾っては、ビニール袋に入れていきます。おじいさんはこのゴミ拾いを日課にしていました。大好きなこの公園にいつもゴミが散らかっているのを見かねて拾っているうちに、いつの間にかそれが日課になっていたのです。
 「おじいさんがいつもゴミを拾ってくれるから気持ちいいわ」
 「そうかね。そう言われると嬉しいが、ここに来るみんなが気をつけてくれれば済むんだがな」
 「今どきの人は平気でポイ捨てとかするものねぇ」

 午後になるとしだいに学校から帰った子どもたちが集まり、鬼ごっこや缶けりをしました。日が暮れてからは、部活や塾帰りの子どもたちがベンチに座ってジュースを飲み、ウォーキングの中年夫婦が通りかかったり。そして朝になると、散歩やジョギングの人たちが通るのをはじめに、集団登校の小学生たちの集合場所になり、いつもの仲良し主婦3人組がおしゃべりをしに来る。そんな日々を刻んできました。

 ある日の夕方。公園のベンチには部活帰りの中学生が2人、座ってジュースを飲んでいました。そこにあのおじいさんが通りかかりました。2人の中学生は、飲み終えたジュースの缶を手の中で転がしながらおしゃべりをしていましたが、そのうち缶をベンチに置いて立ち上がりました。
 「ちょっと待て、君たち」
 帰ろうとした彼らに、おじいさんが声をかけました。中学生たちは立ち止まって振り向きましたが、なぜ呼び止められたかは分からないようでした。
 「これ、この缶。ちゃんとゴミ箱に捨てなさい」
 素直な子どもたちでした。おずおずと引き返してくると、缶を取り上げてゴミ箱に捨てました。そして、そそくさと公園を出て帰っていきました。
 何年もゴミを拾い続けているのに、いっこうに減る様子がないことに、いいかげんうんざりしていたおじいさんでした。
 (あの子たちは素直に注意を聞いてくれたが、本当は誰に言われなくてもゴミはゴミ箱に捨てるというのが常識ではないか?)
 ゴミがまたひとつ増えるのを防いだとはいえ、おじいさんは嬉しくはありませんでした。
 中学生のうちひとりは、いつもの主婦3人組のひとりの息子だとわかりました。親に直接言ったほうがいいかとも考えましたが、言いにくいなと思いました。

 「おはようございます、おじいさん」
 次の日の朝、いつものように仲良し3人組がおしゃべりをしているところへ、おじいさんがやってきました。
 「ああ、おはようございます」
 「毎日、ご精が出ますね」
 「うん。そうなんだけどな・・・」
 おじいさんは昨日の夕方の出来事を話しました。
 「まあ!それどこの子です?」
 「あ、いや、暗くて顔はよく見えなかったんだが・・・」
 「今の若い人たちってそうよねぇ」
 「でもさ、公園の掃除とか、市のほうでちゃんとやってくれたらいいのにね」
 「そうよね。隣の公園は毎日掃除の人が来てるみたいよ」
 「なんでこっちは来ないの?同じ市の管轄でしょ?」
 「むこうは大きいし、ほら、大通りに面してるから」
 「あー、人目に付くものね。こっちは目立たないからお金かけないのよ」
  主婦たちの話の行方をおじいさんはため息まじりに聞き流すと、静かにその場を離れ、またゴミを拾い始めました。

 それから何日か経ったある日の夕方。おじいさんは公園の草むしりをしていました。ベンチには部活帰りらしい中学生が座って肉まんを食べていましたが、やがて帰ろうとしました。包み紙をベンチに置いて。おじいさんは立ち上がって中学生を呼び止めようとしましたが、ずっとしゃがんでいたため腰が痛く、声を出すのがおくれました。
 そこへ、おしゃべりしていた主婦3人組のひとりが声をかけました。母親でした。
 「夕飯の前にお風呂入ってなさい」
 「はーい」
 中学生はだるそうに返事をして公園を出て行きました。
 おじいさんはベンチに置き去りにされた包み紙を持って、母親の前に行きました。
 「奥さん。見てたならなんで注意してくれないんだ」
 「ああ、言ってもきかないのよ最近」
 母親である主婦はすかさず答えました。おじいさんは少し面食らって言葉をつなぎました。 「・・・それでも悪いことをしていたら、ただすのが親の役目でしょう」
 「でも親の言うことなんて素直に聞かないわよ」
 「そうそう。たまには別の人に言われるのがいいのよ」
 「子どもってそういうもんですよ。子どもがいたら分かりますよ」
 おじいさんには子どもがいませんでした。
 主婦たちに口々に反論されて、返す言葉もなくなったおじいさんは、だまって包み紙をゴミ箱に捨てて公園を出て行きました。

 次の日から、おじいさんは公園に姿を見せなくなりました。
 ただ風邪を引いて寝込んでいただけだったのですが、一人暮らしだったおじいさんは、自分で病院に行くのが難しかったのです。少し症状が落ち着いたら、と思ううちにだんだん悪くなり、数日後、おじいさんは誰にも知られず静かに息を引きとりました。

 「最近この公園汚くなってきたわね」
 「ホント。ゴミは散らかってるし、草は伸び放題だし」
 「市のほうに苦情言ってみる?」
 「ダメダメ。そんなことで動いてくれるわけないじゃない」
 「たいした票にもならないから、議員も市長も動かないわよね」
 「それより、隣の公園に行ってみない?広いし花や木もたくさん植わってるし、毎日掃除しててキレイだし」
 「そうね。ちょっと遠いけどいい運動になるし」
 それ以来、仲良し3人組は隣の公園でおしゃべりをするようになりました。

 やがて、子ども達も隣の公園や、別の空き地で遊ぶようになりました。部活や塾帰りの中学生たちは、公園に寄らずに家に帰るようになりました。ウォーキングの夫婦はコースを変え、集団登校の小学生たちは、一番学校に近い子の家の前を集合場所にしました。
 人が来なくなった公園は、急速に荒れていきました。
 草は伸び放題になり、わずかな遊具を覆い隠していきました。通りすがりにゴミをポイ捨てする人が増え、そのうちテレビや扇風機なんかも捨てられるようになりました。
 そうして、今ではただの雑草の生い茂った空き地になっているのです。

 先日、あの主婦3人組が地元の議員さんに陳情に行ったようです。汚い「空き地」を整地して、料理教室とかができる公民館を建ててもらうように。実現すれば、この街はもっと住みよくなるでしょうね。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...