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最終話 生々流転②

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『ハロー海斗くん、この手紙を読んでいるという事は美波は成仏したんだと思います。
 海斗くんに出会えたのがほんの数日前に感じます、どうしてこんな怖そうな人に話しかけたんだろう。今考えると不思議です。いつまでも成仏しない美波へ神様からのギフトだったのかな。
 寂しがりやの海斗くん、はやく素敵な人を見つけてね、海斗くんの子供絶対に可愛いよ。
 今度生まれ変わったらもう自殺なんてしないよ。生きていれば素晴らしい出来事が待っているって分かったから、教えてくれたのは海斗くん。
 たくさん美波のお願いを叶えてくれたのに海斗くんのお願いは何も聞いてあげられなかったね、それが心残りです、おっと心残りがあると成仏できない笑
 海斗くん、海斗くん、海斗くん、何回呼んだかな、心の中も入れたら数えきれないよ。今度生まれ変わったらお嫁さんにしてね。
 海斗くんはこれからも色んな人に出会い、色んな経験をすると思います。あと何回の夏を過ごすか分からないけど、もし、気が向いたらでいいから――。
 夏休みに変わった女の子がいたな、なんて、ちょっとで良いから美波の事を思い出してください。
 PS 料理のレシピを同封します、ちゃんと自炊もするんだぞ。佐藤美波』

「あれ、兄貴どうしたんすか、目が赤いですよ」
「ん、ああ、ちょっと徹夜でな」
「もー、お嬢がいなくなった途端に夜更かしですかー、兄貴の事頼まれてるんですから」
「ハッシー、美波は確かにいたよな?」
「は、どうしたんすか、確かにあんな美少女は中々いないですけども」
「頑張って生きないとな」
「ええ、お嬢に怒られちゃいますから」
 
 ファストフードで突然話しかけてきた謎の美少女、お人好しで誰も疑わない女の子は夏休みのあいだ毎日付き纏ってきた、生活は一変、灰色の生活に急に彩りを与えた彼女は、また急にいなくなった。涙は出たが不思議と悲しくはなかった、夢の様な出来事は確かに僕の心を動かした。
「ありがとう、美波」

       ※

 子供の頃、夏休みの終わりはどうしてあんなに寂しいのか、特段学校が嫌いだった訳でもない、にも関わらずまるで地球最後の日のような絶望感は社会人の日曜日の夜に酷似しているのかも知れない、つまりはサザエさん症候群だ。
 大人になると八月三十一日はなんて事がない普通の日だ、同時にあんなに希望に満ちていた七月二十日もいたって普通の日に降格した、毎年七月二十日を心待ちにする中年は自分以外には学校の先生くらいだろうか。
「ちっ、早くしろよババア」
 後ろの若い男が舌打ちをした、ファストフードのレジには初老の女性がオロオロと財布の中から小銭を探している。
「急がれてるなら僕の前どうぞ」
「え、あ、いや」
「どうぞどうぞ」
 男性に前を譲るとスマートフォンで野球中継を見始めた、この年になるとハンバーガーは胃に応えるが毎年この日だけは必ず食べる様にしていた、特に意味はない。
『どっちが勝ってますか?』
 なんて聞いてくる不思議な少女はもちろんいないが、なぜか心の準備はできていた。
 チーズバーガーのセットを受け取ると自宅のマンションに戻る、新築だったマンションも至る所に老朽の跡が見て取れる、いい加減新しいマンションに引っ越しても良いのだが。

「かーいーとーくん」
 マンションに入る手前で不意に後ろから声を掛けられた、その声に聞き覚えはなかったが、なぜか誰だかはすぐに理解した。振り向く事ができない、その場で固まっていた。
「まさか、まだ一人で暮らしてるんじゃないでしょうねえ」
「ああ」
「もしかして待っててくれたのかな」
「ああ」
「じゃあ今度こそ結婚しようか?」
「ああ」
「もう、こっちむいてよ」
 振り返るとそこには、真っ白なオーバーオールを着た少女が腰に手を当てて立っていた。
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