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5,出会い
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「おい、朝鮮人」
昼食を食べ終わった昼休み、文庫本を読みながらウトウトしていると頭上から悪意のある声が響いた、ゆっくりと視線を上げると額にニキビが浮いた男がニヤけた顔で宣美を見下ろしている、同じクラスの確か、山岡何たらだったか、思い出せない。
「なにか用?」
無視しても良いが、いつまでも付き纏う事は目に見えているので手っ取り早く要件を聞く事にした。
「お前らの国は日本の植民地だったんだろ」
何が言いたいのだろうか、とりあえず曖昧に頷いておいた。
「つまり、日本人の奴隷って事だ」
どういう歴史教育を受けたらそう解釈するのか、先生が言ったとは思えないし、まさか教科書には記載されていないだろう。しかし中学生の感覚からすれば、植民地支配とは奴隷に等しいのかも知れないと妙に納得した。
「韓国併合」
別に言い返す必要性も感じなかったが、せめて正しい知識は教えてあげようという親切心が芽生えた訳ではもちろんない、少し馬鹿にしてやろうと思っただけだった。
「はあ?」
「当時の大韓帝国は内政がボロボロで他国の支援を受けなければ立ち行かない状況だったの、わかる?」
日本は財政の十パーセントを大韓帝国の復興とインフラ整備、教育の為に投資した、そのおかげでソウルなどは近代化が進み他国に引けを取らない国家に成長、人口は三十年余りで倍に増えた事を簡単に説明した、もちろんこれは肯定派の意見だし宣美自身もあまり納得していないが、あえてそれは伏せておいた。
「意味わからねえ」
これだけ丁寧に説明しても分からないとなるとお手上げだ、先生の苦労が垣間見えた。
「ようするに日本人は朝鮮人を助けてくれたってことよ、どうもありがとう」
日本の建前としてはそうだろう、しかし韓国や北朝鮮としてはそうはいかない、徴用工問題や慰安婦問題はいまだに解決していない、というか韓国側がゴネているだけにも見えるが。
「だから奴隷だろーが!」
しびれを切らせて怒鳴り声をあげるニキビ男と宣美を、教室に残っている数人の生徒が遠巻きに観察している、つまらないドラマを見るようなその視線はどちらの味方でもないと主張しているようだった。
「ふっ、そうね」
だめだコイツは、話がまるで通じない、宣美は馬鹿を見るような目で一瞥した後に鼻を鳴らして視線を文庫本に戻した。次の瞬間、頭から何かをかけられる、冷たい。それが購買に売っている紙パックの牛乳だと認識するのに数秒かかった。
「奴隷なら奴隷らしく謙虚にしろやブス!」
机も文庫本も牛乳でビチャビチャになった、一瞬何かがプツリと切れそうな感覚を覚えた、教室には昼休みの為それほど人がいないがクスクスと声を押し殺した笑い声が聞こえてくる。
自分の味方はこの学校にはいない、そう確信した所で冷静さを取り戻した。あえてハンカチも出さずに濡れたままでいる事で抵抗した、期待はしていないが誰か、例えば教師がこの姿を見れば少なからず問題にしてくれるのではないか、しかしその思いはすぐに掻き消された。
「なにをしている、ふざけてないで席につけ」
五時間目の授業の為に入ってきた国語の教師はそれだけ言うと何事もないように授業を始める。一瞬、宣美と目が合うが面倒くさそうにため息を吐いただけだった。
――くだらない。
教師も生徒も、日本人とはこうも残念な民族なのか、ならば自分は朝鮮人で良かった、どうせコイツらと過ごす時間など人生のほんの僅かだ、台風が来た時のように静かにやり過ごせば良い。
だまって教室を出るとトイレで濡れた頭と制服をハンカチで拭いた、ハンカチを水道水でゆすいで絞っては、また拭いてを繰り返す、ポタポタと床に落ちた雫が涙だと気づいて余計に惨めになった。
悔しい――。
悲しいでもない、辛いでもない、悔しいというのが一番しっくりくる、では何が悔しいのか、日本人じゃないことか、朝鮮人が馬鹿にされたことか、いくら考えても分からなかった。
トイレの個室で時間を潰して帰宅時間になった所で教室に戻った、もちろん話しかけてくるような生徒はいない、鞄を掴むと逃げるように教室を後にした。
赤羽駅の西口に位置する私立『聖望学園』から東口の自宅に帰る、はやく牛乳臭くなった制服を脱ぎたかった、頭も洗いたいがその前に駅前で麗娜を回収しなければならない、麗娜は隣の駅の朝鮮学校から電車で赤羽に帰ってくる。
駅から自宅は距離があるので行きも帰りも二人で登下校していた、少しだけ早く終わる麗娜は既に駅前で待っていた。宣美が手をふると笑顔で駆け寄ってくる。
商店街を避けて人気のない裏道を使った、誰もが自分達を朝鮮人だと非難しているように見える、家族以外に味方がいない世界、さっきは少しの間の辛抱だと強がってみたが、考えてみればこの差別は永遠になくならないのではないか。
高校、大学、社会人になっても朝鮮人は迫害され続けるのではないか、考えると背筋が凍った。
自宅までもう少しの所で、背中に強い衝撃を受けてそのまま前に倒れ込んだ、膝をアスファルトに強く打って血が滲んでいる、振り返ると先程、牛乳をかけてきた山岡とその取り巻きが二人、宣美を見下ろしていた。どうやら後ろからおもいきりとび蹴りされたようだった。
昼食を食べ終わった昼休み、文庫本を読みながらウトウトしていると頭上から悪意のある声が響いた、ゆっくりと視線を上げると額にニキビが浮いた男がニヤけた顔で宣美を見下ろしている、同じクラスの確か、山岡何たらだったか、思い出せない。
「なにか用?」
無視しても良いが、いつまでも付き纏う事は目に見えているので手っ取り早く要件を聞く事にした。
「お前らの国は日本の植民地だったんだろ」
何が言いたいのだろうか、とりあえず曖昧に頷いておいた。
「つまり、日本人の奴隷って事だ」
どういう歴史教育を受けたらそう解釈するのか、先生が言ったとは思えないし、まさか教科書には記載されていないだろう。しかし中学生の感覚からすれば、植民地支配とは奴隷に等しいのかも知れないと妙に納得した。
「韓国併合」
別に言い返す必要性も感じなかったが、せめて正しい知識は教えてあげようという親切心が芽生えた訳ではもちろんない、少し馬鹿にしてやろうと思っただけだった。
「はあ?」
「当時の大韓帝国は内政がボロボロで他国の支援を受けなければ立ち行かない状況だったの、わかる?」
日本は財政の十パーセントを大韓帝国の復興とインフラ整備、教育の為に投資した、そのおかげでソウルなどは近代化が進み他国に引けを取らない国家に成長、人口は三十年余りで倍に増えた事を簡単に説明した、もちろんこれは肯定派の意見だし宣美自身もあまり納得していないが、あえてそれは伏せておいた。
「意味わからねえ」
これだけ丁寧に説明しても分からないとなるとお手上げだ、先生の苦労が垣間見えた。
「ようするに日本人は朝鮮人を助けてくれたってことよ、どうもありがとう」
日本の建前としてはそうだろう、しかし韓国や北朝鮮としてはそうはいかない、徴用工問題や慰安婦問題はいまだに解決していない、というか韓国側がゴネているだけにも見えるが。
「だから奴隷だろーが!」
しびれを切らせて怒鳴り声をあげるニキビ男と宣美を、教室に残っている数人の生徒が遠巻きに観察している、つまらないドラマを見るようなその視線はどちらの味方でもないと主張しているようだった。
「ふっ、そうね」
だめだコイツは、話がまるで通じない、宣美は馬鹿を見るような目で一瞥した後に鼻を鳴らして視線を文庫本に戻した。次の瞬間、頭から何かをかけられる、冷たい。それが購買に売っている紙パックの牛乳だと認識するのに数秒かかった。
「奴隷なら奴隷らしく謙虚にしろやブス!」
机も文庫本も牛乳でビチャビチャになった、一瞬何かがプツリと切れそうな感覚を覚えた、教室には昼休みの為それほど人がいないがクスクスと声を押し殺した笑い声が聞こえてくる。
自分の味方はこの学校にはいない、そう確信した所で冷静さを取り戻した。あえてハンカチも出さずに濡れたままでいる事で抵抗した、期待はしていないが誰か、例えば教師がこの姿を見れば少なからず問題にしてくれるのではないか、しかしその思いはすぐに掻き消された。
「なにをしている、ふざけてないで席につけ」
五時間目の授業の為に入ってきた国語の教師はそれだけ言うと何事もないように授業を始める。一瞬、宣美と目が合うが面倒くさそうにため息を吐いただけだった。
――くだらない。
教師も生徒も、日本人とはこうも残念な民族なのか、ならば自分は朝鮮人で良かった、どうせコイツらと過ごす時間など人生のほんの僅かだ、台風が来た時のように静かにやり過ごせば良い。
だまって教室を出るとトイレで濡れた頭と制服をハンカチで拭いた、ハンカチを水道水でゆすいで絞っては、また拭いてを繰り返す、ポタポタと床に落ちた雫が涙だと気づいて余計に惨めになった。
悔しい――。
悲しいでもない、辛いでもない、悔しいというのが一番しっくりくる、では何が悔しいのか、日本人じゃないことか、朝鮮人が馬鹿にされたことか、いくら考えても分からなかった。
トイレの個室で時間を潰して帰宅時間になった所で教室に戻った、もちろん話しかけてくるような生徒はいない、鞄を掴むと逃げるように教室を後にした。
赤羽駅の西口に位置する私立『聖望学園』から東口の自宅に帰る、はやく牛乳臭くなった制服を脱ぎたかった、頭も洗いたいがその前に駅前で麗娜を回収しなければならない、麗娜は隣の駅の朝鮮学校から電車で赤羽に帰ってくる。
駅から自宅は距離があるので行きも帰りも二人で登下校していた、少しだけ早く終わる麗娜は既に駅前で待っていた。宣美が手をふると笑顔で駆け寄ってくる。
商店街を避けて人気のない裏道を使った、誰もが自分達を朝鮮人だと非難しているように見える、家族以外に味方がいない世界、さっきは少しの間の辛抱だと強がってみたが、考えてみればこの差別は永遠になくならないのではないか。
高校、大学、社会人になっても朝鮮人は迫害され続けるのではないか、考えると背筋が凍った。
自宅までもう少しの所で、背中に強い衝撃を受けてそのまま前に倒れ込んだ、膝をアスファルトに強く打って血が滲んでいる、振り返ると先程、牛乳をかけてきた山岡とその取り巻きが二人、宣美を見下ろしていた。どうやら後ろからおもいきりとび蹴りされたようだった。
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