賞金王と呼ばれた男 〜童貞の果てしなき挑戦〜

桐谷 碧

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第四話 作戦

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 赤羽駅から埼京線で三つ目、戸田公園駅で降りると幸四郎達は専用バスに乗り込んだ、同じ目的地に向う新聞を手にした中年男性が多い中で若者は少ない。

「寿木也は優勝戦の三号艇か、どうだろうな」

 幸四郎はスマートフォンで今日の出走表を見ながら二人に問いかける、戸田競艇場に向うバスは大会最終日だけあって混雑していた。

「前に三号艇は得意だって、言ってなかったか」

 誠が有料の競艇新聞を睨みつけたまま答えたが慎二はボケーッと窓の外を見ている、どうやら二日酔いのようだ。   
 戸田競艇場専用のバス停に停車すると、我先にと乗客が吐き出されていく、暇なので朝一から来たものの、佐藤が登場する優勝戦までは大分時間がある、それまで種銭が残っているかが問題だった。 
 バス停から橋を渡る途中でレースコースが見渡せる、冬晴れの空の下に広がる水面はキラキラと輝いていた、毎度の事だが行きはテンションが高いが帰りは下を向いている人間が殆どだ。
 自動入場機に入場料の百円を投入するとゲートが開いた、これから散々金を搾り取るくせに入場料まで取るのだ、ブツブツ文句を言いながらいつもの場所に移動すると、テーブルを囲んで椅子に座った、以前ゲームセンターが入っていた場所は今では何もない。それにも関わらず椅子とテーブルが用意されているので幸四郎達は大抵この場所でたむろしていた、もちろんレースが始まれば水面近くに移動する。

「さーて、最初のレースは」
「おっ、竹田が出てるな」

 各自予想を言い合いながらマークシートに記入していく、舟券は百円から買えるので少額で遊べば決して破産するようなギャンブルではない、逆に言えば上限がないので幾らでも散布することが出来る。

『第一レース締切まで残り五分です』

 場内アナウンスが流れると席を立って舟券売場に向かった、現金を投入してからマークシートを入れると購入した舟券が出てくる仕組みになっている、今はまだ価値のある紙だが十分後には紙切れと化すのが殆どだった。

「結局何買ったんだよ」

 慎二が幸四郎の舟券を覗いてくる。

「三号艇を軸に、えっと、十八点かな」 

 舟券の買い方には性格がでる、幸四郎は配当が大きい穴狙い、誠はガチガチの本命、慎二はバランス型なので三人揃って当たる事は滅多にない。
 出走のファンファーレが流れて六艇がピットアウトしてくる、競輪やオートレースと違い競艇のスタートは特殊だ、水の上なのでその場に留まっていることが出来ないボートは、決められた時間内にスタートラインを通過するフライングスタート方式が採用されている。
 スタートライン横に設置されている大時計の針が十二時ちょうどを指した時がスタートの合図だ、このタイミングに合わせて助走からスピードを付けて加速し、全速でスタートを切るのだが、当然早すぎるとフライングになり、遅すぎると出遅れで失格になってしまう。
 フライングした艇は返還対象になり賭けた金は全額戻ってくる、当然競艇場の売上が減少するので選手には厳しい罰則が課せられる、選手は慎重にならざるを得ない。

「さーて、竹田さん頼みますよお」

 舟券を持つ手に力が入る、まずはスタートをしっかり決めてくれなければ話にならない。

『一番、二番、三番、角に引いてダッシュ四番、五番、六番、今一斉にスタートしました』

 場外アナウンスと共に六艇が目の前をすごいスピードで通り過ぎていく、どうやらスタートは正常なようだが肝心の三号艇は一マークを回った所でビリだった、競艇は競輪や競馬など最後にドラマがあるタイプのギャンブルではない、スタートから一マークで勝敗が決する事が殆どだ。

「なーにやってんだよ、誠どうよ」

 隣の誠の舟券を覗き込むがまるで見当違いの買い目だったので安心する、慎二もどうやら外れたようだ、一日に十二レースある競艇で結局この日は十一レースまで誰も当たることはなかった。

「今いくら負けてる?」
「四万」

 誠の問いかけに幸四郎は答えた、誠はすでに八万溶かしているようだ、控えめな慎二も二万やられている。合計十四万、豪華な温泉旅行でも行ける金額だった。

「最終レースは何としても当てねえとな」

 気合を入れた所で自信はなかった、三号艇に佐藤が出るので友達としてはそこから買いたい所だが、今日は戸田にしては珍しく一号艇が圧倒的に強い、優勝戦の一号艇にいる田中は実績のあるA1選手だ、このレースも一号艇がダントツの一番人気だった。

「寿木也には悪いけど一号艇からだよなあ」

 慎二の意見に二人共頷いた、ここはガチガチの本命だろう、席を立ってマークシートがある場所に移動する。誠と慎二はトイレに用を足しに向かった、幸四郎が一人でマークシートを記入していると突然、後ろから声を掛けられた。

「あのーすみません、これの書き方が分からないんですけど」  

 幸四郎は振り返ってギョッとした、そこには競艇場には場違いな、ミニスカートの若い女が一人でマークシートを握りしめて立っていたからだ。

「え、ああ、書き方ですか」 
「はい、すみません、初めてなんです」

 そう言ってはにかんだ女はめちゃくちゃい可愛かったが、どこかで会ったような気がした、気のせいだろうか。

「まずは戸田の所を黒く塗りつぶして、次に十二レースのココを塗りつぶして、三連単ですか?」 
「三連単……」

 なるほど本当にまったくの素人のようだ、これを気にこのかわい子ちゃんとお近づきになれるかも知れないと考えた幸四郎は親切丁寧に指導した。

「一着は誰か決まってますか?」
「はい、佐藤寿木也くんで」 

 チッ、幸四郎は心の中で舌打ちした、元々顔がいい佐藤は女性人気が高かったが、去年の賞金王獲得でさらにその人口は増えたようだ。

「まくりざしってなんですか?」

 女が急に専門用語を使ってきたので幸四郎は耳を疑った。

「え、捲り差し?」
「はい、まくりざしで優勝するって寿木也くんが」
「あのー、もしかして寿木也のお知り合いですか」
「あ、はい、お友達です」

 どういう事だ、幸四郎は頭をフル回転させた、競艇選手は大会中に外部と連絡を取ることは出来ない、つまり捲り差しで優勝すると宣言したのは大会前という事になる。
 捲り差しというのは競艇の決まり手の一つだが、どのコースからでも捲り差しが出来るわけではない、一号艇からは不可能だしやるなら三号艇だろう。
 そして今日の優勝戦、寿木也は三号艇――。 
 幸四郎は女が無事に舟券を購入したのを見届けると誠と慎二の元に急いだ。

「大変だ、あの野郎わざと三号艇になりやがった」
「えっ」

 二人が素っ頓狂な顔をしているので、今起きた出来事を説明した。

「ってことは何か、捲り差しで優勝する為にわざと得点率で三位に入って、優勝戦の三号艇に乗ったってことかよ」 
「それしか考えられねえ」

 正月レースは地元のスター選手も多く帰郷してくるので、一般戦にしてはレベルが高い、いくら佐藤が去年の賞金王とは言っても優勝戦の三号艇に狙って入るのは至難の技だろう。

「で、捲り差しで優勝するってか」

 誠が呆れたように言った。

「あの童貞野郎、女に良いところ見せる為に謎の力発揮してやがる、よし、じゃあ寿木也から一本だ」

 仮に佐藤の宣言通り三号艇から捲り刺しで優勝すると考えると、買い目は二十通り、さらに捲り差しなら二号艇は潰される可能性が非常に高くて逆に一号艇は残るだろう。

「3ー1ー流しの四点勝負で行こう」

 幸四郎が言うと二人は頷いて残りの金を全てつぎ込んだ。
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