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第九話 空っぽな女
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夕方五時、赤羽の駅前は沢山の人達で賑わっていた。ギターを演奏しながらスタンドマイクで歌を歌う売れないシンガー、真冬なのによれたシャツ一枚でウロつく老人、ロータリーではワンボックスの車が何故か窓を開けながら洋楽を爆音で聞いていた。
一応東京都を名乗っているが電車で一駅乗れば埼玉という立地は、洗練された都会の雰囲気とはかけ離れている。
莉菜は赤羽駅から埼玉方面に三駅離れた蕨で生まれ育った、両親は赤羽の商店街で寿司屋を営んでいる、赤羽にしては高級な江戸前寿司を出す『星野屋』は贔屓目にも美味しいネタを出した。高校時代は赤羽の女子校に通い、放課後はもっぱら池袋に集合してギャル仲間と何をする訳でもない日々を過ごした。池袋には埼玉県民が集まると言うのは本当なのだ、その頃の友達とも今では殆ど合うこともなくなったが、いい思い出だった。
空っぽの人間――。
莉菜が自分に対する評価はいつもこうだったが、周りにいる人間もまた空っぽに見えたので安心していた。
高校時代に付き合った大学生の彼氏を一度『星野屋』に招待した事がある、父は彼氏に何か将来の夢とか、やりたい事はあるんですかとたずねた。
「特にありません、フツーに生きてれば」
父は笑っていたが寂しそうな目をしていた、空っぽの人間と空っぽの人間が結婚したらどんな子供が生まれてくるのだろう、想像すると怖かった。
父は夢だった自分の店を持ち、母は大好きな父の仕事を手伝う事を生き甲斐にしていた、二つ年上の姉はアパレルショップを開くのが夢で今は新宿のデパートで働いている。
家族でなにも無いのは莉菜だけだった――。
初めて佐藤がお店に来た時に軽口を叩く様子を見て、同じような空っぽ人間だと思った、世の中の人間達の殆どがそうである様に。
しかし彼は違った、テレビの中で優勝インタビューを受ける佐藤は汗と涙で顔がぐちゃぐちゃになり、せっかくのイケメンも台無しだった、インタビュアーの質問にもまともに答える事が出来ない姿が返って莉奈の心に響いた。
努力して力の限り生きた人だけが流せる涙だと思った。
私とは違う――。
どんどん彼に惹かれていくのはわかっていた、しかし緊張してしまってうまく話す事が出来ない。こんなことは初めてだった。
そこで今日は『星野屋』に招待する事にした、味には自信があるし自分のホームなら少しはリラックス出来ると考えたからだ、両親に合わせたい気持ちもある、星野一家は恋愛に対してオープンだ。
「莉菜ちゃんお待たせ、待った」
時間ぴったりに現れた佐藤は昨日、いや、今朝と同じ格好だった、一度も家に帰っていないのだろうか。
「ううん、今来た所だよ、お寿司で良いかなあ」
「寿司大好き、やったね」
良かった、これで寿司が苦手だったら次の手がなかった、もっとも彼は寿司が苦手だとしても嘘を付いて付き合うに違いないが。
商店街に入ると二分程で『星野屋』に到着した、見慣れた光景なのに心臓がドキドキする。
「あのね、ここなんだけど」
「おー、星野屋さん、知ってるけど入った事ないよ、高級そうだから」
ハハッと頭を掻きながら笑った。
「あたしのお父さんがやってるの」
「え、り、り、莉菜ちゃんの父上の店って事?」
父上、思わず吹き出しそうになったが何とか堪えた。
「そうなの、ゆっくりしていって」
「う、うん、はい」
どうしよう、彼がアワアワしてる、いくら何でもいきなり両親に合わせるのは急過ぎたか、しかし今更後には引けない。莉菜は入口の格子戸をカラカラと開けた。
「へいっ、いらっしゃい! って莉菜じゃねえか、そうだ来るって言ってたな、おう好きな所座んな」
白木のカウンターからお父さんが威勢よく声をかけてきた、カウンター十席、座敷三席の小さなお店だ。
「テーブルの方が良いよね?」
「あの、あの、あの、私、お父様、えっと」
大変だ、彼が緊張のあまりおかしな事になっている。ちょっと面白いが冷静にさせなければ。
「えー!」
お父さんのデカい声が聞こえてきたかと思うと、一度裏に引っ込んでカウンターから出てきた、佐藤の顔をマジマジと見つめている、確かにイケメンだがそんなにじっくり見なくても。
「佐藤選手ですよねえ」
「え?」
「最年少賞金王、佐藤寿木也選手」
「あ、はい、そうです」
「うわー、まじか、え、莉菜とお付き合いしてるんですか」
「えっと……」
「ちょっと、そんなんじゃないから、お友達」
すかさず否定すると彼の顔が一瞬悲しげになった。
「いやー、すごい活躍で。いや小汚い店にようこそ、さあコチラに座った座った」
お父さんは勝手にカウンターのど真ん中に彼を座らせると莉菜を無視して話しだした。
「誰なのよ?」
いつの間にか横にお母さんが立っていた、手にはおしぼりを持っている。
「えっとね、競艇、の選手なの」
「競艇って、船が走るやつかい」
「そうそれ」
「ふーん、で、なんでお父さんはそんな選手を知ってるのかねえ」
確かにお父さんが競艇、いやギャンブルをやるなんて聞いたことがなかった、競艇をやらない人でも知っているくらい有名な選手って事だろうか。
「おう、ちょっと母さん、暖簾しまってくれ、今日は貸し切りだ」
「え、ちょっとお父さん駄目ですよ」
「良いんですよ、佐藤選手を赤羽の下衆げすい連中と一緒になんて出来ませんぜ」
「お父さん、僕もバリバリの赤羽出身です」
「おっとそうだった、こりゃあ失礼」
結局、暖簾はしまわれて店は臨時休業になった。
「佐藤選手、なんか苦手な食べ物あるかい」
「いえ、大丈夫です」
江戸前寿司にサーモンは出てこない、前回の鉄板焼の様にはならないだろう、しかし莉菜はあの時の光景を思い出すと吹き出しそうになった。
「はい、佐藤くん」
「あっ、お母さん、ありがとうございます」
なぜか彼の横に座ったお母さんがビールを注いでいる、これでは全く二人で会話が出来ないが何やら楽しそうな二人を見て諦めた、彼も落ち着いたようだ。
「佐藤くんはすごい選手なの?」
お母さんが聞くと、お父さんがすかさず話しに入ってくる、あんまり喋ると唾が刺し身に――。
「なーに言ってやがんでい、このスットコドッコイが、佐藤選手はなあ去年の賞金王よ、No.1なのよ」
「いえ、そんな大したもんじゃ」
「あら、No.1なの、莉菜と一緒じゃないねー」
「こーのトンチキがぁ、赤羽ごときのキャバクラの一番と史上最年少賞金王の佐藤選手を一緒にするんじゃねえ」
ちょっとちょっとお父さん唾が――。
「あなた、随分競艇に詳しいみたいね」
お母さんに言われるとそっぽを向いて刺し身を切り出した、恐らく店が終わった後に詰められるだろう。
「今日はねえ、新鮮なとり貝が入ったんですよ、莉菜の野朗は寿司屋の娘のくせに貝が苦手でねえ、美味いのに」
まな板の上にとり貝を叩きつけながら佐藤に話しかけている、叩きつけることで貝の食感が増すのだと昔教わった。食べられないけど。
「とり貝……」
目の前に置かれたとり貝を見て固まっている、莉菜は一瞬で佐藤が苦手な食材なのだと気がついた。
「お父さん、後ろの時計狂ってないかな?」
莉菜はカウンターの後ろの壁にかかっている時計を指差した、お父さんが手を止めて後ろを向いたスキに佐藤のとり貝を自分の口に放り込む。
「何だよ、狂ってないだろ」
「ああ、ごめんね、あたしの時計が狂ってた」
流れるような一連の動きをみて佐藤と、その奥にいるお母さんが唖然あぜんとした顔でコチラを見ていた、莉菜は人差し指を口元に当てて黙っているように合図すると、二人同時に頷いた。
店に入って二時間、すでにお父さんも一緒に飲み始めていると格子戸がカラカラと開いた。
「何よ、臨時休業って、いるじゃないの」
姉の夏菜が入ってくる、滅多に店には顔を出さないくせにタイミングが悪い。
「なんだ夏菜、飯か」
「うん、無性に食べたくなる時があるのよ」
「ちょっと待ってな、それより莉菜の彼氏にちゃんと挨拶しろい」
「だから、彼氏じゃ――」
そこまで言って否定するのを止めた、また彼が悲しい顔になったら嫌だから。
「これはご挨拶が遅れました、莉菜の姉で――、えっ」
夏菜が佐藤の顔をみて固まっている、しかし今度は佐藤も夏菜の顔をみて驚いていた。
「あのー、今日お店に来ましたよね?」
夏菜が佐藤にたずねる。
「あっ、やっぱりお店の店員さんですか」
二人の話によると今日のお昼くらいに佐藤が夏菜のお店に来店したらしい、すごい偶然だがそれよりも気になることが有る、夏菜のお店にはメンズがない。
もしかして私にプレゼント、と思ったが佐藤は手ブラだった、聞いて良いものかどうか迷っていると彼がトイレに行ったスキに夏菜が耳打ちしてきた。
「すごい美人と一緒だったよ」
「え」
「女の方は彼にべた惚れって感じだったし、彼女さん可愛いですねって聞いた時も否定しなかったけど、でもどーせ客でしょ」
「うそ……」
心の何処かで佐藤も自分のことを好きなんじゃないかと期待していた、勘違いだったのだろうか。
何人もいる女の内の一人――。
佐藤がそんな器用な男には見えなかったが、夏菜の言葉は思った以上に莉菜の心を動揺させた、その後一時間ほど飲んで店を後にしたが頭の中は整理が付かない、会ったこともない女に嫉妬するなんてどうかしている、でも、説明くらいしてくれても。
鬱陶しい女――。
付き合っている訳でもないのに両親に会わせて、付き合っている訳でもないのに嫉妬して、付き合っている訳でもないのに他の女といた理由を説明させようとしている。
『すごい美人と一緒だったよ』
夏菜の言葉が脳裏にこびり付いて離れなかった。
空っぽな人間の癖にこんな素敵な人に愛されるわけないじゃない、沢山いる女の一人がお似合いよね、体だけの関係――。
今までもそう、見た目だけは可愛く産んでもらった、男は外見だけは褒めてくれる、ヤレる迄は優しくしてくれる、彼も同じ。
莉菜は自分の中で考えを整理すると気持ちが楽になった、隣で楽しそうに話している彼の声はもう莉菜の心に響かない。
「ねえ、寿木也くん」
「え」
「ホテル行こ、今日は寝ないから」
佐藤の腕に手を絡めると強引に引っ張っていく、莉菜はこぼれ落ちる涙を悟られないように必死に前に進んだ。
一応東京都を名乗っているが電車で一駅乗れば埼玉という立地は、洗練された都会の雰囲気とはかけ離れている。
莉菜は赤羽駅から埼玉方面に三駅離れた蕨で生まれ育った、両親は赤羽の商店街で寿司屋を営んでいる、赤羽にしては高級な江戸前寿司を出す『星野屋』は贔屓目にも美味しいネタを出した。高校時代は赤羽の女子校に通い、放課後はもっぱら池袋に集合してギャル仲間と何をする訳でもない日々を過ごした。池袋には埼玉県民が集まると言うのは本当なのだ、その頃の友達とも今では殆ど合うこともなくなったが、いい思い出だった。
空っぽの人間――。
莉菜が自分に対する評価はいつもこうだったが、周りにいる人間もまた空っぽに見えたので安心していた。
高校時代に付き合った大学生の彼氏を一度『星野屋』に招待した事がある、父は彼氏に何か将来の夢とか、やりたい事はあるんですかとたずねた。
「特にありません、フツーに生きてれば」
父は笑っていたが寂しそうな目をしていた、空っぽの人間と空っぽの人間が結婚したらどんな子供が生まれてくるのだろう、想像すると怖かった。
父は夢だった自分の店を持ち、母は大好きな父の仕事を手伝う事を生き甲斐にしていた、二つ年上の姉はアパレルショップを開くのが夢で今は新宿のデパートで働いている。
家族でなにも無いのは莉菜だけだった――。
初めて佐藤がお店に来た時に軽口を叩く様子を見て、同じような空っぽ人間だと思った、世の中の人間達の殆どがそうである様に。
しかし彼は違った、テレビの中で優勝インタビューを受ける佐藤は汗と涙で顔がぐちゃぐちゃになり、せっかくのイケメンも台無しだった、インタビュアーの質問にもまともに答える事が出来ない姿が返って莉奈の心に響いた。
努力して力の限り生きた人だけが流せる涙だと思った。
私とは違う――。
どんどん彼に惹かれていくのはわかっていた、しかし緊張してしまってうまく話す事が出来ない。こんなことは初めてだった。
そこで今日は『星野屋』に招待する事にした、味には自信があるし自分のホームなら少しはリラックス出来ると考えたからだ、両親に合わせたい気持ちもある、星野一家は恋愛に対してオープンだ。
「莉菜ちゃんお待たせ、待った」
時間ぴったりに現れた佐藤は昨日、いや、今朝と同じ格好だった、一度も家に帰っていないのだろうか。
「ううん、今来た所だよ、お寿司で良いかなあ」
「寿司大好き、やったね」
良かった、これで寿司が苦手だったら次の手がなかった、もっとも彼は寿司が苦手だとしても嘘を付いて付き合うに違いないが。
商店街に入ると二分程で『星野屋』に到着した、見慣れた光景なのに心臓がドキドキする。
「あのね、ここなんだけど」
「おー、星野屋さん、知ってるけど入った事ないよ、高級そうだから」
ハハッと頭を掻きながら笑った。
「あたしのお父さんがやってるの」
「え、り、り、莉菜ちゃんの父上の店って事?」
父上、思わず吹き出しそうになったが何とか堪えた。
「そうなの、ゆっくりしていって」
「う、うん、はい」
どうしよう、彼がアワアワしてる、いくら何でもいきなり両親に合わせるのは急過ぎたか、しかし今更後には引けない。莉菜は入口の格子戸をカラカラと開けた。
「へいっ、いらっしゃい! って莉菜じゃねえか、そうだ来るって言ってたな、おう好きな所座んな」
白木のカウンターからお父さんが威勢よく声をかけてきた、カウンター十席、座敷三席の小さなお店だ。
「テーブルの方が良いよね?」
「あの、あの、あの、私、お父様、えっと」
大変だ、彼が緊張のあまりおかしな事になっている。ちょっと面白いが冷静にさせなければ。
「えー!」
お父さんのデカい声が聞こえてきたかと思うと、一度裏に引っ込んでカウンターから出てきた、佐藤の顔をマジマジと見つめている、確かにイケメンだがそんなにじっくり見なくても。
「佐藤選手ですよねえ」
「え?」
「最年少賞金王、佐藤寿木也選手」
「あ、はい、そうです」
「うわー、まじか、え、莉菜とお付き合いしてるんですか」
「えっと……」
「ちょっと、そんなんじゃないから、お友達」
すかさず否定すると彼の顔が一瞬悲しげになった。
「いやー、すごい活躍で。いや小汚い店にようこそ、さあコチラに座った座った」
お父さんは勝手にカウンターのど真ん中に彼を座らせると莉菜を無視して話しだした。
「誰なのよ?」
いつの間にか横にお母さんが立っていた、手にはおしぼりを持っている。
「えっとね、競艇、の選手なの」
「競艇って、船が走るやつかい」
「そうそれ」
「ふーん、で、なんでお父さんはそんな選手を知ってるのかねえ」
確かにお父さんが競艇、いやギャンブルをやるなんて聞いたことがなかった、競艇をやらない人でも知っているくらい有名な選手って事だろうか。
「おう、ちょっと母さん、暖簾しまってくれ、今日は貸し切りだ」
「え、ちょっとお父さん駄目ですよ」
「良いんですよ、佐藤選手を赤羽の下衆げすい連中と一緒になんて出来ませんぜ」
「お父さん、僕もバリバリの赤羽出身です」
「おっとそうだった、こりゃあ失礼」
結局、暖簾はしまわれて店は臨時休業になった。
「佐藤選手、なんか苦手な食べ物あるかい」
「いえ、大丈夫です」
江戸前寿司にサーモンは出てこない、前回の鉄板焼の様にはならないだろう、しかし莉菜はあの時の光景を思い出すと吹き出しそうになった。
「はい、佐藤くん」
「あっ、お母さん、ありがとうございます」
なぜか彼の横に座ったお母さんがビールを注いでいる、これでは全く二人で会話が出来ないが何やら楽しそうな二人を見て諦めた、彼も落ち着いたようだ。
「佐藤くんはすごい選手なの?」
お母さんが聞くと、お父さんがすかさず話しに入ってくる、あんまり喋ると唾が刺し身に――。
「なーに言ってやがんでい、このスットコドッコイが、佐藤選手はなあ去年の賞金王よ、No.1なのよ」
「いえ、そんな大したもんじゃ」
「あら、No.1なの、莉菜と一緒じゃないねー」
「こーのトンチキがぁ、赤羽ごときのキャバクラの一番と史上最年少賞金王の佐藤選手を一緒にするんじゃねえ」
ちょっとちょっとお父さん唾が――。
「あなた、随分競艇に詳しいみたいね」
お母さんに言われるとそっぽを向いて刺し身を切り出した、恐らく店が終わった後に詰められるだろう。
「今日はねえ、新鮮なとり貝が入ったんですよ、莉菜の野朗は寿司屋の娘のくせに貝が苦手でねえ、美味いのに」
まな板の上にとり貝を叩きつけながら佐藤に話しかけている、叩きつけることで貝の食感が増すのだと昔教わった。食べられないけど。
「とり貝……」
目の前に置かれたとり貝を見て固まっている、莉菜は一瞬で佐藤が苦手な食材なのだと気がついた。
「お父さん、後ろの時計狂ってないかな?」
莉菜はカウンターの後ろの壁にかかっている時計を指差した、お父さんが手を止めて後ろを向いたスキに佐藤のとり貝を自分の口に放り込む。
「何だよ、狂ってないだろ」
「ああ、ごめんね、あたしの時計が狂ってた」
流れるような一連の動きをみて佐藤と、その奥にいるお母さんが唖然あぜんとした顔でコチラを見ていた、莉菜は人差し指を口元に当てて黙っているように合図すると、二人同時に頷いた。
店に入って二時間、すでにお父さんも一緒に飲み始めていると格子戸がカラカラと開いた。
「何よ、臨時休業って、いるじゃないの」
姉の夏菜が入ってくる、滅多に店には顔を出さないくせにタイミングが悪い。
「なんだ夏菜、飯か」
「うん、無性に食べたくなる時があるのよ」
「ちょっと待ってな、それより莉菜の彼氏にちゃんと挨拶しろい」
「だから、彼氏じゃ――」
そこまで言って否定するのを止めた、また彼が悲しい顔になったら嫌だから。
「これはご挨拶が遅れました、莉菜の姉で――、えっ」
夏菜が佐藤の顔をみて固まっている、しかし今度は佐藤も夏菜の顔をみて驚いていた。
「あのー、今日お店に来ましたよね?」
夏菜が佐藤にたずねる。
「あっ、やっぱりお店の店員さんですか」
二人の話によると今日のお昼くらいに佐藤が夏菜のお店に来店したらしい、すごい偶然だがそれよりも気になることが有る、夏菜のお店にはメンズがない。
もしかして私にプレゼント、と思ったが佐藤は手ブラだった、聞いて良いものかどうか迷っていると彼がトイレに行ったスキに夏菜が耳打ちしてきた。
「すごい美人と一緒だったよ」
「え」
「女の方は彼にべた惚れって感じだったし、彼女さん可愛いですねって聞いた時も否定しなかったけど、でもどーせ客でしょ」
「うそ……」
心の何処かで佐藤も自分のことを好きなんじゃないかと期待していた、勘違いだったのだろうか。
何人もいる女の内の一人――。
佐藤がそんな器用な男には見えなかったが、夏菜の言葉は思った以上に莉菜の心を動揺させた、その後一時間ほど飲んで店を後にしたが頭の中は整理が付かない、会ったこともない女に嫉妬するなんてどうかしている、でも、説明くらいしてくれても。
鬱陶しい女――。
付き合っている訳でもないのに両親に会わせて、付き合っている訳でもないのに嫉妬して、付き合っている訳でもないのに他の女といた理由を説明させようとしている。
『すごい美人と一緒だったよ』
夏菜の言葉が脳裏にこびり付いて離れなかった。
空っぽな人間の癖にこんな素敵な人に愛されるわけないじゃない、沢山いる女の一人がお似合いよね、体だけの関係――。
今までもそう、見た目だけは可愛く産んでもらった、男は外見だけは褒めてくれる、ヤレる迄は優しくしてくれる、彼も同じ。
莉菜は自分の中で考えを整理すると気持ちが楽になった、隣で楽しそうに話している彼の声はもう莉菜の心に響かない。
「ねえ、寿木也くん」
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