賞金王と呼ばれた男 〜童貞の果てしなき挑戦〜

桐谷 碧

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第十三話 地獄の三角関係

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「あー恥ずかしい」
 莉菜はお昼を過ぎても布団にくるまったまま、先日のラブホテルの出来事を思い出して赤面していた。勝手に妄想した上に勘違いしてとんでもない行動に出てしまった。

 自分のセリフ、佐藤のセリフを脳内に蘇らせる。

『関係なくない、好きな子が涙を流してたらほっとけないだろ』

 好きな子――。

 えっ、私の事だよね、えー。莉菜は枕を抱きしめたままベッドの上を左右に転がり回る。

『ほっとけないだろ――』

 カッコよ、佐藤寿木也カッコよ。
 莉菜はスマートフォンを手に取りフォトギャラリーを開く。先日、星野屋で撮影した写真だが写っているのは佐藤と莉菜の父親だった、記念撮影を撮るように頼まれた物を保存しておいたのだ、指先を画面に当てて佐藤をアップにすると、莉菜はニヤけたまま枕に顔を埋めた。

『舐めてあげる、私上手いんだよ』

 ハッ、と枕から顔を上げた顔が今度は青褪める、なんてことだ、あれじゃあまるで淫乱女だ。絶対引いているに違いない、そう言えば三日前に送ったラインの返事がない。

 斡旋ではないはずだ、佐藤の情報は競艇のウェブサイトで常にチェックしている、やはりもう連絡をくれないのかも知れない、するとスマートフォンが震えてラインに未読が付いたので慌てて開く。

『響子ちゃーん、今日同伴しなーい?』
「しねーよ」

 もう辞めよう、好きな人が出来た今、キャバクラで働く意味はない。彼以上に好きになる事なんて今後一生無いような気さえした。

 再びスマートフォンが震える。
「しつこいな、行かないっつーの」

『返事遅れてごめんね、ちょっと事故っちゃって入院してる』

「ええー!」
 佐藤からのラインを見て莉菜は布団から飛び起きると凄まじいスピードで返事を打つ。

『寿木也くん大丈夫? どこの病院』
 なかなか既読にならない、もしかしてラインを見るのも困難な程の大怪我をしてるんじゃ、様々な妄想をする事一時間、やっと返信がきた。

『大丈夫だよ、大したことないんだ、病院は埼玉中央病院だよ』
 メッセージを確認するや否や慌ててメイクをして私服に着替えた、全身鏡に映る膝上二十センチのミニスカートを見て莉菜は考えを巡らせる。

 病院にはご家族がいるかも知れない、あまりはしたない格好よりも清楚な方がウケが良いだろう、結婚前に悪いイメージを持たれたくない。

 まだ付き合ってもいないのに、結婚の心配をしながらクローゼットの中を物色したが、莉菜の私服はギャル系の露出が高い物しか無かった。

 自分の部屋を出ると姉の部屋に無断で侵入した、誰もいない部屋のクローゼットを開けると白のワンピースとピンクのカーディガンを手に取り自分の部屋に戻る。

 幸いな事に、似たような体型なのでサイズは同じはずなのだが胸の辺りが苦しかった、無理矢理背中のファスナーを閉じるとカーディガンを羽織る。

 まだ一月なのでこれだけでは寒過ぎるが、この格好に合わせるコートが無い、仕方なく寒いのを我慢する事にした、どうせタクシーだ。

 スマホアプリで迎車タクシーを家の前まで呼び出すと、運転手に駅前までお願いしますと告げる、まずは駅前の花屋でお見舞い用の花を買わなければならない。

「いらっしゃいませぇ」
「お見舞い用のお花をお願いします」
「どれくらいでお作りしましょう?」

 どれくらい、と言うのが予算だと気がつくのに少し時間がかかった
「どれくらいが相場なんですか?」
「お友達なら三千円から五千円くらいですね」

 友達がその金額なら恋人、いや未来の旦那様が同額という訳にはいかないだろう、莉菜は店員の眼前にピースサインを突き付ける。

「じゃあ、二万円で」
「え?」
「いえいえ、大丈夫です、こう見えて稼ぎは中々……ええ」
「いや、だいぶサイズが、まあ分かりました」

 莉菜は支払いを済ませると待たせてあるタクシーに戻る、アレンジメントに三十分程かかると言われたので待たせておくのは申し訳ない。

「運転手さん、ごめんなさい、時間かかるみたいなので精算しちゃいます」
「いいよ、いいよ、待っててあげる、メーターも止めとくよ」
 おでこの辺りから禿げ上がった人の良さそうな運転手が、後ろを振り返りながら言った、好好爺と表現するには若過ぎるかも知れない。

「え、でも」
「あんた星野屋さんとこの娘だろ、茂とは飲み仲間なんだよ」
「あ、お父さんと、えー、じゃあ甘えちゃおうかな」
「随分と美人になっちまって、見違えたよ」
「でしょー」
 小さな頃は姉とお店の手伝いを良くしていた、手伝いと言っても常連客のマスコットみたいなものだが、おそらくこのオジサン客の一人なのだろう。

 指定された時間通りに花屋に顔を出すと、想像していた三倍の花束がレジカウンターに鎮座していた、まさかアレではあるまいな、先程対応してくれた店員が笑顔で話しかけてくる。

「では、コチラになります」
 莉菜が花束を抱えるとほとんど前が見えない、花と花の隙間から前を確認しながらタクシーに向かった。

「随分と立派な花束だなあ、誰かのコンサートでもあるのかい」
 運転手のオジサンに曖昧に返事をすると目的地の病院名を告げた、二十分程で到着して手伝おうかと言ってくれたオジサンにお礼を告げると一人花束を抱えナースステーションに向かった。

「あの、佐藤寿木也さんの病室は?」 
 若い看護師は莉菜が抱えている花束を見て呆れた表情に変わったが、親切に病室までの行き方を教えてくれた。花束を抱えたまま何とか最上階の個室までたどり着いた。流石に有名な競艇選手だけあって団体部屋ではないようだ。

 ドアの前まで来ると急に緊張してきた、先日のラブホテル以来、顔を合わせていない。鏡でメイクをチェックしたかったが両手に花束を抱えているので不可能だ。

「寿木也くーん、大丈夫?」
 何とかドアを開けて体を病室に滑り込ませる。しかし広い室内には誰もおらず抜け殻のようなベッドが中央に佇んでいる。莉菜は花束をテーブルに置くとベッドの布団に触れた。

 温かい――。つい先程まで寝ていたであろう温度だ、彼はまだ近くにいる。名探偵よろしく一人で推理を楽しむとベットの脇にあるパイプ椅子に腰掛けた。

 莉菜はあたりをキョロキョロと見渡して誰もいない事を確認すると布団を顔に押し付けて匂いを嗅いだ。

 寿木也くんの匂いだ――。
 犬のようにクンクンと布団の匂いを嗅いでいると後ろから扉が開く音がする。

「あれ、なんだよ絵梨香、忘れ物か――、え、莉菜ちゃん?」
 莉菜は嗅いでいた布団を瞬時に離して元に戻して椅子から立ち上がる。

「寿木也くん、心配で来ちゃった」
「えー、嬉しいよ莉菜ちゃん、逢いたかった」

 逢いたかった――。

 莉菜は耳まで真っ赤にして頷いたが、目をあわせる事も出来ないでいた。彼は莉菜の爪先から頭までじっくりと観察している。

「その服装、流行ってるんだね」
「あ、変かな」 
「いや、可愛いよ、すごく似合ってる」
 白い服だから余計に顔が赤くなるのが目立ってしまう、しかしこれからはお姉ちゃんの店で服を買おうと決めた。

「いつもの服装も好きだけど」
 惑わせるわ、惑わせる男なのね、佐藤寿木也。

「具合は大丈夫? どっか痛くない」 
「お陰様で、ピンピンしてるよ」
「良かった」

 それから二人は他愛もない話をして時間を過ごした、それが莉菜には何より幸せな時間で、この時間が永遠に続けば良いのにと考えていた。

 しかしそれは一瞬で終わりを告げる、病室のドアが突然開くと莉菜と同じ格好をした美しい女が突然入室してきた。

「時計忘れちゃったー」
 莉菜と目が合うと女はその場で固まり、じっくりと観察するように睨めつけてきた。まったく同じ格好をした人間二人が対峙している、旗から見たら不気味な光景であろう。

「お、時計、何処に置いたんだよ」 
 佐藤が慌てて話しかけたがその女は聞こえていないのか、聞いていないのか返事をしない。

「ねえ寿木也、明日もお弁当作ってきてあげる、何が良い?」
「明日もってお前」
「私が食べかけのお握りまで食べちゃうんだもん」
「食べかけを……」
 莉菜は目の前の女が作った弁当を佐藤が美味しそうに食べている姿を想像した、彼女が食べかけのお握りをちょうだいと言って口にする。

「私だって……」
 莉菜は呟いたが声が小さくて誰にも届かない。

「私だって寿木也くんとキスしたもん」
 普段の莉菜なら引き下がる所だった、しかし本当に大切な人を手に入れる為に負ける事は許されない、莉菜の本能が訴えていた。

「ちょっと、ちょっと、莉菜ちゃん」
「ふーん」

 その女はツカツカとベッドに近づくと上半身を起こしている佐藤にキスをした。

「ん――――――」
 佐藤は塞がれた口から声を発したが女は構わず舌を絡ませた。
「じゃ、またね」
 呆然とする莉菜と佐藤を尻目にその女は病室を後にした。

「違うんだ、これは何かの間違い」
 莉菜は歯を食いしばって今にも泣き出しそうな顔で佐藤を睨みつけている。

「何が違うのよ」
「あいつは幼馴染で、俺は、あの」
「さようなら」

 テーブルの上の花束を佐藤に投げつけると莉菜は走ってその場を立ち去った、室内には花まみれの佐藤と不気味な香りだけがいつまでも病室に取り残されていた。
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