賞金王と呼ばれた男 〜童貞の果てしなき挑戦〜

桐谷 碧

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第二十二話 先走る女

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なんなのあいつ――。

 絵梨香は部屋に戻ってからもシャンパンを空けて、一人部屋で飲んでいた、機嫌の悪さを察した佐藤は逃げるように大浴場に消えていったまま一向に戻ってこないでいる。

 二人で温泉旅行に行こうなんて誘うから、てっきりあの時の約束を果たしてくれるのかと思っていた。それがなに。

『今は彼女の事が好きだよ』

 はぁ! じゃあ私は何なのよ、恥ずかしいのにこんなにアピールして、普段は履かないスカートまで履いて、キスまでしたのに。それも私のファーストキスだったのに。

 絵梨香はソファに置いてあったクッションに当たり散らすとやっと落ち着きを取り戻した、切り替えの速さは頭の良さに直結する、現状を把握して正しい行動を起こさなければ残るのは後悔だけだ。

『人事を尽くして、天命を待つ』

 尊敬するプロ野球選手が座右の銘で色紙に書いていた、絵梨香はまだ自分に出来ることは何か、佐藤が何を考えているかを冷静に分析した。

 まずは佐藤が絵梨香を温泉に誘った理由から洗う事にした、右手の違和感に効能があるかも知れないと言っていたが、恐らく嘘だ。それなら絵梨香である必要はない、おじさんや、おばさん、直子さん達、家族で来れば良いではないか。

 『つまり佐藤は絵梨香と温泉旅行に来る必要があった』

 次に、先程「ヤリたかっただけでしょう」と言う絵梨香の問に対して、佐藤は初めはそうだったが、今では彼女の事が好きだといったニュアンスの発言をした。

 これも良く考えてみると矛盾がある、莉菜と名乗る女を佐藤が本当に好きになったのであれば、温泉旅行には彼女と来れば良いではないか。病室での一件もあるが事情を説明すれば無碍にはされないだろう、恐らく彼女は佐藤に好意を寄せているのだから。

『つまり佐藤が、莉菜を好きだと言ったのは嘘である』

 絵梨香は偏差値八十以上の脳をフル回転させて、答えを導き出した。
 佐藤は絵梨香の事を愛していた、しかし童貞の佐藤は中々その思いを口にする事が出来ないでいる、そんな時にまとまった休みと口実になる怪我を負った佐藤は、チャンスとばかりに絵梨香を温泉旅行に誘うことに成功する。病室のでキスの理由を問いただす佐藤、童貞の彼には絵梨香の行動理由が理解出来なかったに違いない、そして女性をセックスの対象にしか見ていないような男だと絵梨香に勘ぐられない為に、莉菜が好きだと嘘を付いた。

 全ての点が線になって繋がった事に絵梨香は満足した、八方美人で見栄っ張り、彼の性格を理解しているつもりだったのに、つい冷静さを失ってしまった。

 ここは自分が折れなくては、先に進まない「全く童貞の男って子供ねえ」と呟き、自分が処女であることは一旦棚に上げて佐藤の帰りを待っていると程よいタイミングで戻ってきた。

「大浴場も良いよ、すごく広かった」

 濡れた髪を拭きながら話しかけてくる。

「おかえり、そうなんだ、私も入ろうかな」

 満面の笑みで佐藤に微笑みかけると、ホッとしたような表情になる、機嫌が治ったと安堵しているのだろう、絵梨香はこれからの作戦を立てる為にも大浴場に入ることにした、少し飲みすぎた酔いを冷ますのにも良いだろう。

「じゃあ行ってきまーす」

 バスタオル片手に部屋を出た、大浴場は別館の二階にあるようで、渡り廊下を経由してからエレベーターで二階に上がる。

『鮑追加、夕食前にお申し付けください』

『屋上貸切露天風呂、要予約、フロント迄』

 エレベーター内に貼られたポスターを眺めながら絵梨香は閃いた、二階に到着したエレベーターでそのままもう一度、下の階に戻る、先程通った渡り廊下を逆走してフロントのスタッフに話かけた。

「すみません、貸切露天風呂ってまだ予約できますか?」

 着物を着た、五十代くらいの品の良さそうな女性はニコリと笑みを浮かべて「承ります、お時間はどうされますか」と問いかけてきた。一時間単位の予約制で今ならどの時間帯も空いているとの事だ。

 現在の時刻は九時、佐藤は今さっき風呂に入ったばかりなので十一時から予約する事にした。

 絵梨香は不敵な笑みを浮かべると来た道を戻り大浴場に入った、ガラガラの下駄箱は一つだけ埋まっている、やはり平日はあまり客入りが良くないのだろうか、それとも食事後に風呂に入る人は余りいないのかも知れない。

 帯を解き、浴衣を脱ぐと全裸になる、食べて飲んだせいでお腹がポッコリと出ていた。しまった、速く消化しなければ、こんなお腹を見られたら大変だ、息を吸い込み無理やり腹を引っ込める。

 浴室への扉を開けると、ちょうど出るタイミングだった女性客とすれ違う「こんにちは」と挨拶したが返事は無かった。

 失礼な女だな、と視線を送り絵梨香はギョっとする、形の良いバストはかなりのボリュームにも関わらず、重力に逆らい形を保っている、くびれた腰に胸とは逆に小さなお尻は、女性から見てもエロい身体だった。

 俯いたまま通り過ぎた女の顔まで確認する事は出来なかったが、肌の張りからして、恐らくかなり若いだろう。

 あれくらいインパクトがあるボディならば、ヤツもイチコロなのに、いやいや、足りない所はテクニックで――。処女だけど。
 錯綜する思いの中なんとか自分を奮い立たせると、絵梨香は念入りに体を洗った。
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