賞金王と呼ばれた男 〜童貞の果てしなき挑戦〜

桐谷 碧

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第三十四話 見栄っ張りな男

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 数年後。

 佐藤は今日も朝から絵梨香の病室で何をするでもなく過ごしていた、最近では仕事よりも、家よりもここにいる時間が最も長い。

 佐藤の成績はぐんぐん下がっていった。A1からA2、さらにはB1と、期をまたぐ毎にランクは落ちていく。斡旋要請も何かしら理由を付けては休むようになっていた、休みの日は絵梨香の病室で一日中、過ごすのが日課になっていた。

 莉菜とも事故以来、連絡を取っていない。武志もどこかに姿を消した。そう言えば白石と名乗る保険屋もいつの間にか諦めたようだ。もっとも彼が求めていたのは賞金王の佐藤寿木也、今の平均以下のレーサーに用は無いのかもしれない。

 右手の違和感はとっくに回復していた、しかし、成績が上がらない言い訳にする為に周りには完全に治っていないと吹聴していた。

 何の為に走るのか――。

 絵梨香が眠りについてからそんな事を考える様になった。

 何の為に生きるのか――。

 絵梨香に聞きたかった。

『おそらく、目を覚ますことはありません』

 病室で医師が絵梨香の両親に説明している所を、見舞いにきた佐藤は廊下で聞いてしまった。見た感じスヤスヤと眠っているようにしか見えない彼女はいつ起きてもおかしくない、次に見舞いに行った時には、何事も無かったように起きている。そんな風に楽観視していた、いや、自分に言い聞かせていたのかも知れない。

 自分には特別な才能がある訳じゃない、小さな頃から気が付いていた。それでも天才だと思われようと必死に努力した。

 誰に見せたかったのか?

 誰に認めてもらいたかったのか?

 誰に好かれたかったのか?

 運動会の徒競走で一着になった時。リレーのアンカーで相手を抜き去った時。学芸会で主役に選ばれた時。地区大会の決勝でサヨナラヒットを打った時。賞金王を取った時――。

 視線の先にはいつも彼女がいた、絵梨香に褒めてほしくて人の何十倍も努力してきたのだ、そんな事に今更気がついた。

 今の自分を見たらなんて言うだろう、きっと佐藤がもっとも傷つくであろう言葉をチョイスして罵倒されるに違いない。

 しかし――。どうにも力が入らなかった。

「どうしたら良いんだよ?」

 静かに眠る絵梨香に問いかける、小学校の教室で初めて出会った美しい少女、今は目覚めることがない眠れる森の美女、まぁ森じゃないけど。

 そろそろ帰るかと、腰を上げかけた時にポケットに入ったスマートフォンが震えた『武志』と表示された液晶を見てすぐに病室を出た。

「もしもし、お前何処にいるんだよ」

「ご無沙汰してます、これから時間ありますか」

 佐藤の質問には答えないが、無事であることを確認出来ただけで安心した。

「大丈夫だよ」
「以前行った寿司屋、行きませんか」

 すぐに星野屋が浮かんだ、しかし最近はご無沙汰になっている、莉菜の手前、行きづらいのが理由だが。

「えっと、そうだなあ」
「じゃあ、一時間後に」

 答える前に電話は切れていた。



「おう、誰かと思えば佐藤選手じゃねえか、いらっしゃい」

 相変わらず威勢のいい親父さんが出迎えてくれる、店内を見渡すが莉菜はいないようだった。

「テーブル席良いですか」

「良いよ良いよ、すわんねい」

 以前のように二人分のお任せと瓶ビールを注文した、全く変わらないお母さんに安心する。

「で、いったい何処に行ってたんだよ」

 かれこれ三年は連絡がなかった、絵梨香があんな事になってしまったショックで失踪してしまったのかと思ったが両親によるとたまに病室には顔を出していたようだ。佐藤とはバッティングしなかったが。

「ちょっと、ゴミ掃除、いえ、やる事がありまして、でも全て片付きましたので安心してください」 

 そう言うと上着のポケットからUSBメモリを取り出して、佐藤に差し出した。

「何だこれ」

 USBメモリを知らない訳ではない、何のデータが入っているのかを問いかけた、すると中身は競艇を使った詐欺師集団のリストと、証拠になる画像データが収められていると言う。

「この中身を晒せばイカサマ集団はおしまいです、が、僕には興味がないので寿木也さんに預けます、悪党から政治家まで一網打尽ですよ」

 数年前、白石に誘われた詐欺師集団『ヘルメス』武志はこの組織を壊滅する為に動いていたのか。素人目にも危険な集団だったが、絵梨香が天才と謳う男の手にかかれば丸裸にされてしまうのだろうか。目の前で美味そうに刺し身をつまむ男は、佐藤が考えている以上にとんでもない奴なのかも知れない。

「武志、ありがとう」

「いえ、暇つぶしですよ」 

 そんな事よりも、最近の自分の成績はどうなんですか、と詰められた。佐藤は正直に何もやる気が起きないことを告白する。

 「そうですか……」

 武志はそれ以上、何も言わなかない。寿司を最後まで堪能すると武志はさっさと帰って行った。これからキャッチの仕事があるらしい。佐藤はカウンターに移り、焼酎をロックで煽った。

「親父さん、俺、分からないんです、このままレーサーを続けて行って良いのか」

「いいんじゃねえか、嫌ならやめたってさ」

 親父さんは、サーバーからグラスにビールを注ぐと、佐藤の目の前で飲み始めた、先程最後の客が帰り、暖簾もしまっている。

「ただ、その子が目を覚ました時によお、いまの佐藤選手みたら悲しまねえか、責任感じちまわねえか?」

 親父さんは、絵梨香の事を知っていた、莉菜が話したのだろう。温泉旅館で一緒になってから一ヶ月間、あの二人は頻繁に二人で出掛けていたようだ。

「うちのバカはよぉ、その子が目覚めた時に勇気を与える様な人間になるんだって、歩き出したよ」

 元気に過ごしているのであれば良かった、佐藤はそれが気がかりだった。

「親父さんは、寿司屋をやめようと思ったことないんですか?」

 顎に手を当てて、少しだけ考えた後に答えてくれた。

「俺は寿司屋だ、寿司を握る事しか出来ねえし、やる気もねえ。佐藤寿木也、あんたは何だい」

「ボートレーサーです」
 そうだ、俺はボートレーサーだった。

「そうだ、しかも、そんじょそこらのレーサーじゃねえ、史上最年少賞金王だ」

 はるか昔の栄冠に思えた、絵梨香がいたから獲れた。

「仕事に意味を見出すには佐藤選手はまだ若えよ、がむしゃらに頑張った先に見えてくるものが、みんな同じとも限らねえ、でもな、ちんたら生きてる男ってなあ格好悪いぜ」

 親父さんがニコッと笑う、そうだ、そうだよな、佐藤は絵梨香に言われた言葉を思い出した。

『あなたの凄い所は天才と思われる為に人の何十倍も努力できる根性よ、究極の見栄っ張りね』

 佐藤は目の前のかっぱ巻きをすべて平らげると、勢いよく立ち上がった。

「親父さん、俺もう一回賞金王になるよ」

 絵梨香が起きた時に、変わらない自分の姿を見せなければ。八方美人で見栄っ張り、しかし見栄を張るためには努力を惜しまない男、佐藤寿木也を。

 彼女が愛してくれた男の姿を――。
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