モラハラ夫との離婚計画 10年

桐谷 碧

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「あー腹立つ!」

 会議室を出た勢いでそのまま会社の外まで出てきてしまった。彼は繋いだままの手を見て「ごめん!」と言いながら慌てて離す。

「なんかごめん、井上さんに迷惑かけたみたいで、でも絶対に契約切りとかそんな事させないからさ」

「いえ、私は全然」

「なんか会社戻りにくいなぁ……」

「たしかにそうですね」

 二人で戻ったりしたらそれこそ針のむしろだ。

「サボろう!」

「は?」

「今日はこのままばっくれ、いや、外回りだ」

「外回りって、部長は経理部じゃないですか」

 外回りは営業さんの仕事だ。しかし、私の話は無視されて彼は続ける。

「井上さんは俺の付き添い、なにせ直属の部下だから、よし行こう」

 チラッとみた時計はまだ夕方の四時、鞄も置きっぱなしで私たちは会社を離れ歩き始めた。

 上司命令だし、仕方ない。そう言い聞かせて。

 駅前、ガード下の古びた看板に赤ちょうちん。カウンター席が五席あるだけの立ち飲み屋で私たちは乾杯した。

「かんぱーい!」

「あ、あの何にですか?」

「わかんない」

 そう言って彼は一気にビールを半分くらい飲み干した。私も軽く口をつける。罪悪感が半端ない。

 辺りを見渡す。剥がれ落ちそうなメニューに謎のポスターには昭和のアイドルがレオタード姿で生ビールのジョッキを掲げている。

 カウンターの中では初老のおじさんが煙にまみれながら焼き鳥を焼いていた。

「斬新なお店ですね」

「ハハっ、ごめんね、小洒落た店じゃなくて。でも焼き鳥はココが一番! 間違いない」

 高そうなスーツとネクタイが煙にまみれて、明日はきっと使い物にならないだろう。正直意外だった。

「それに、ここならあいつらも来ないし」

「あいつら?」

「うちのフロアの女子社員、どうせデマ情報流したのもあいつらだよ、くそっ。暇人が」

 爽やかで誰にでも優しく差別しない、仕事が出来て出世確実。三十六歳独身のハイスペ男子が毒を吐く姿を初めて見た。思わず「プッ」と吹き出してしまう。

「部長も大変ですね、人気あるから」

 狙っているのは主に三十過ぎたお局組の独り者。お互いを牽制し合いながらいつ来るか分からないチャンスを虎視眈々と狙っている。

「昔からなんだ、嫌な奴に好かれる」

「へー」

「そんで、好きな子にはフラれる」

「部長もフラれるんだ」

「ちょーフラれるよ、だから独身なんだよ」

「選り好みしてるのかと」

「まあ、そりゃあ出来れば可愛くて、性格がよくて、ナイスバディで……」

「もういいです」

「優香ちゃんみたいな子が理想だけどね」

「え?」

 優香、優香。ああ、タレントのね。びっくりしたあ。心臓が飛び出るかと思った。

「結婚してるんだもんなあ」

 そうだっけ? そう言えば子供もいたような。

「部長面白いですね、結婚してなかったら優香に行く気だったんですか?」

「もちろん、ドストライクだし。でも結婚してても良いかなあ、この際」

 まったくどこまで本気なんだこの人は。でも一緒にいて楽しい。こんな気分は久しぶりだな。時計の針はまだ五時をさしたばかりだった。
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