5 / 6
現実
しおりを挟む
「今日からココが家です」
そう言って志士に連れて来られた家は、家と呼ぶのが相応しいのかどうかすら怪しい代物だった。
その家には、父親と母親、そして子供が居た。
志士はその家の長男だ。
それは城育ちの異形がはじめて見る『家庭』というものだった。
父親は異形の姿を褒め、母親は食べ物を勧めてくる。
子供は異形にじゃれつき、無邪気に遊んでもらいたがった。
異形は状況の変化に戸惑いはしたものの、やがて慣れた。
絹の衣はズタ袋に代わり、慣れない畑仕事に手肌は荒れた。
貧しい土地からの収穫は、城で食べていたものとは違う食事に化けた。
風の便りに王の死を知った異形だが、特に何も感じる所はなかった。
新しい王は後継だ。
それ以降、城の要求は上がっていくばかり。
城外の民は、今まで以上に苦しくなった生活のなかで喘いだ。
騒ぎの発端は知らない。
用事のために志士が姿を消して幾日か経った頃、その事件は起きた。
家にいた異形が騒々しい声を聞きつけて駆けつけると、子供と母親が震えながら玄関を見ていた。
その視線の先で、一家の主である父親と城の兵とが、入り口を堺にして揉めている。
「帰ってください。」
断固とした口調で父親は言うのだが、兵士の男が耳を貸す様子はない。
力づくで家に入り込もうとしている男の目は、異様にギラギラしていた。
その奥にある底知れぬ欲に異形は怯えた。
その男は、明らかに飢えていた。
飢えは人を狂暴にする。
もともと力があり殺りくの術に長けた兵士に、農民である父親が敵うはずもなく。
押し入ってきた男の胸倉を父親が押し返した、その瞬間。
パァン、と、乾いた音がした。
時間が止まったような、その瞬間。
父親の胸倉から腹にかけては飛び散った。
赤いスジを引きずり飛んでいく欠片たちは、子供の頬を掠め、異形の衣に降り注ぎ、母親の足元に音を立てて落ちた。
叫びが、悲痛な叫びが、誰のものかも判別がつかないほど交じり合いながら上がる。
男は何事も無かったかのように涼しい顔をして台所に入り込み、当然のように少ない食料を漁っていた。
我に返った母親が、
「何をするんですか。それを持って行かれたら、私達は飢えて死ぬしかありません」
と、食って掛かった。
振り返った男の目には、やはり欲が浮かんでいた。
怯えて動けない異形の前で、母親は男に連れ去られていった。
乾いた風が吹く。
乾いた砂を巻き上げて。
異形は呆然と大地を眺めていた。
と、突然。
子供が泣き出して異形は我に返った。
家には異形と子供だけが残された。
志士は出掛けたまま戻らず。
目前には父親の残骸が転がっている。
異形は子供を抱きしめて、そこにある温もりを分かち合い、震えを収めた。
そして、残骸となった父親を乾いた土の下に埋めた。
悲しみに埋もれそうになっても、腹は減る。
異形は台所に立ち、何か用意出来ないか探した。
だが、もとより貧しい台所には何も無かった。
仕方なく異形は畑に行き、まだ育ちかけの作物を少しだけ抜いて持ち帰った。
それをなんとか食べられるようにして子供に食べさせた。
自分も食べた。
涙が零れた。
それでも、生きていかなくてはならないのだ。
異形は畑を耕し、家事をこなし、時折激しく泣く子供を慰めた。
命が尽きてしまえば楽だと思う。
だが、それは叶えてはいけない望みだった。
いまとなっては、父親の分も、母親の分も、食料は要らない。
それなのに何故、食料は足りないのだろう。
異形は拙いながらも畑仕事を続けた。
飢えは募っていくけれど、身体は動く。
そこに死の影は無いように見える。
だが、体は日々弱っていく。
死の影は確実にちらついているのだ。
神が居るとするならば。
神は異形達を、どうしたいのだろうか。
異形の中で疑問は膨らんでいくけれど、答えはなかった。
変化は不意に現れた。
「お母さん……っ!」
子供が叫び駆け寄った、その先に居た人はボロボロで。
異形には、誰なのか一瞬わからなかった。
久しぶりに見たその人は、崩れ落ちるように倒れながらも笑顔を見せた。
母親は三日寝込み、四日目の朝、目覚めた。
目覚めた母親が家の中を切り盛りし始めると、貧しいながらも回っていた以前のような生活が戻って来た。
ひとり増えた分、生活は苦しくなっても不思議ないはずなのに。
貧しいながらも食事は毎日、用意された。
母親の腹が膨らんで急激に縮んだ日にも、食卓には食べ物が並んだ。
異形はどうしても、それを飲み下すことができなかった。
ごめんなさい。
折角、用意してくれた食事を吐いてしまってごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
異形の頬を熱い水滴が伝って、乾いた土地に落ちた。
乾ききった土地は、小さな水滴をあっという間に飲み込んで、何事もなかったかのように普段の顔に戻った。
陽は昇っては落ち、日々は過ぎゆく。
異形は生きた。
今日を必死に生き延びた。
生き残ることに必死だった異形は知らなかった。
城の圧制に苦しむ人々がついに決起したことを。
何の前触れもなく血相変えて飛び込んできた志士の叫び声を聞くまでは、異形は何も知らなかった。
そう言って志士に連れて来られた家は、家と呼ぶのが相応しいのかどうかすら怪しい代物だった。
その家には、父親と母親、そして子供が居た。
志士はその家の長男だ。
それは城育ちの異形がはじめて見る『家庭』というものだった。
父親は異形の姿を褒め、母親は食べ物を勧めてくる。
子供は異形にじゃれつき、無邪気に遊んでもらいたがった。
異形は状況の変化に戸惑いはしたものの、やがて慣れた。
絹の衣はズタ袋に代わり、慣れない畑仕事に手肌は荒れた。
貧しい土地からの収穫は、城で食べていたものとは違う食事に化けた。
風の便りに王の死を知った異形だが、特に何も感じる所はなかった。
新しい王は後継だ。
それ以降、城の要求は上がっていくばかり。
城外の民は、今まで以上に苦しくなった生活のなかで喘いだ。
騒ぎの発端は知らない。
用事のために志士が姿を消して幾日か経った頃、その事件は起きた。
家にいた異形が騒々しい声を聞きつけて駆けつけると、子供と母親が震えながら玄関を見ていた。
その視線の先で、一家の主である父親と城の兵とが、入り口を堺にして揉めている。
「帰ってください。」
断固とした口調で父親は言うのだが、兵士の男が耳を貸す様子はない。
力づくで家に入り込もうとしている男の目は、異様にギラギラしていた。
その奥にある底知れぬ欲に異形は怯えた。
その男は、明らかに飢えていた。
飢えは人を狂暴にする。
もともと力があり殺りくの術に長けた兵士に、農民である父親が敵うはずもなく。
押し入ってきた男の胸倉を父親が押し返した、その瞬間。
パァン、と、乾いた音がした。
時間が止まったような、その瞬間。
父親の胸倉から腹にかけては飛び散った。
赤いスジを引きずり飛んでいく欠片たちは、子供の頬を掠め、異形の衣に降り注ぎ、母親の足元に音を立てて落ちた。
叫びが、悲痛な叫びが、誰のものかも判別がつかないほど交じり合いながら上がる。
男は何事も無かったかのように涼しい顔をして台所に入り込み、当然のように少ない食料を漁っていた。
我に返った母親が、
「何をするんですか。それを持って行かれたら、私達は飢えて死ぬしかありません」
と、食って掛かった。
振り返った男の目には、やはり欲が浮かんでいた。
怯えて動けない異形の前で、母親は男に連れ去られていった。
乾いた風が吹く。
乾いた砂を巻き上げて。
異形は呆然と大地を眺めていた。
と、突然。
子供が泣き出して異形は我に返った。
家には異形と子供だけが残された。
志士は出掛けたまま戻らず。
目前には父親の残骸が転がっている。
異形は子供を抱きしめて、そこにある温もりを分かち合い、震えを収めた。
そして、残骸となった父親を乾いた土の下に埋めた。
悲しみに埋もれそうになっても、腹は減る。
異形は台所に立ち、何か用意出来ないか探した。
だが、もとより貧しい台所には何も無かった。
仕方なく異形は畑に行き、まだ育ちかけの作物を少しだけ抜いて持ち帰った。
それをなんとか食べられるようにして子供に食べさせた。
自分も食べた。
涙が零れた。
それでも、生きていかなくてはならないのだ。
異形は畑を耕し、家事をこなし、時折激しく泣く子供を慰めた。
命が尽きてしまえば楽だと思う。
だが、それは叶えてはいけない望みだった。
いまとなっては、父親の分も、母親の分も、食料は要らない。
それなのに何故、食料は足りないのだろう。
異形は拙いながらも畑仕事を続けた。
飢えは募っていくけれど、身体は動く。
そこに死の影は無いように見える。
だが、体は日々弱っていく。
死の影は確実にちらついているのだ。
神が居るとするならば。
神は異形達を、どうしたいのだろうか。
異形の中で疑問は膨らんでいくけれど、答えはなかった。
変化は不意に現れた。
「お母さん……っ!」
子供が叫び駆け寄った、その先に居た人はボロボロで。
異形には、誰なのか一瞬わからなかった。
久しぶりに見たその人は、崩れ落ちるように倒れながらも笑顔を見せた。
母親は三日寝込み、四日目の朝、目覚めた。
目覚めた母親が家の中を切り盛りし始めると、貧しいながらも回っていた以前のような生活が戻って来た。
ひとり増えた分、生活は苦しくなっても不思議ないはずなのに。
貧しいながらも食事は毎日、用意された。
母親の腹が膨らんで急激に縮んだ日にも、食卓には食べ物が並んだ。
異形はどうしても、それを飲み下すことができなかった。
ごめんなさい。
折角、用意してくれた食事を吐いてしまってごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
異形の頬を熱い水滴が伝って、乾いた土地に落ちた。
乾ききった土地は、小さな水滴をあっという間に飲み込んで、何事もなかったかのように普段の顔に戻った。
陽は昇っては落ち、日々は過ぎゆく。
異形は生きた。
今日を必死に生き延びた。
生き残ることに必死だった異形は知らなかった。
城の圧制に苦しむ人々がついに決起したことを。
何の前触れもなく血相変えて飛び込んできた志士の叫び声を聞くまでは、異形は何も知らなかった。
0
あなたにおすすめの小説
真実の愛の祝福
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。
だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。
それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。
カクヨム、小説家になろうにも掲載。
筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる