囚われ

天田れおぽん

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 音もなく扉は開き、宇宙人が私を呼ぶ。
「時間だ」
 私は、腹が空いているのか、いないのか。それすらも曖昧になっている。呼ばれるからベッドの端に腰かけていた体を持ち上げて立ち、宇宙人の後に続いた。銀色の上の色彩は今日も気まぐれに色と質感を変えながら、食堂へといざなっていく。耳の奥がキーンとなるほどの静寂は、動物たちがわめき立てるのと同じくらい、私の心をざわつかせた。曲線を描く廊下を進めば、窓の外にあるヘビの姿が目に入る。ヘビは昨日と同じく、虚空を見ながら息絶えた姿のまま、窓の端に引っ掛かっていた。風も無い宇宙空間では、ただそこにあるだけだ。白いヘビは弧を描き、窓の端から命の無い目で何かを見ていた。
 音もなく扉が開けば、だだっ広い食堂には動物たちが溢れている。生き物たちは今日も食事をして、生き長らえるのだ。地上では当たり前だったことが宇宙船でも当たり前に行われることで異常に見えるのは、なぜだろう。動物たちは疑問など無さそうに、出されたものを食べていた。
 最初に宇宙船で目覚めた時、私は恐れ慄き混乱した。見た事の無い姿をした【宇宙人】と名乗る生き物が目の前に居たからだ。此処が宇宙船の中であると告げられ、その証拠を窓の外に見た時、私は更に混乱した。宇宙人は、私の心中で起きた嵐など無視して言った。「神になるのです」と。不器用な発音の言葉が、頭の中に響いた。ギリギリ意味が読み取れる程度の拙い言葉でありながら、その意味するところは命令じみていて、いっそ笑えた。私の反応に宇宙人が少し意外そうな表情を浮かべたのを覚えている。何がどう意外だったのかが気になったが、今となっては問う機会を失った。事は次から次へと起こり、前から来ては後ろに流れて消えていく。動き出した物事を止められはしないのは、地上でも宇宙船でも同じだ。人間ですら何も出来ないのに、動物たちにそれを求めても酷な話だ。
 私は、ふと、耳障りな声がしないことに気付いて聞いた。
「カラスは、どうしたのですか?」
「カラス……ああ、あの黒い鳥ですか。アレは知恵があるゆえに死にました」
「死んだのですか」
「ええ、死にました」
 カラスの持つ知恵の何が、命を奪うものとなったのか。私は気になったが、宇宙人は質問を受け付ける様子を見せなかった。だから、聞けなかった。だから、理由は知らない。カラスが命を失った理由を、私は生涯に渡って知ることはないのだ。
「席について、食事をしてください」
 私は宇宙人に言われるまま、食卓についた。いつもと同じように、何が材料か分からない食べ物を口に運ぶために。
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