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わたしは姫君のお人形
わたしは姫君のお人形。
ツヤツヤの黒い髪に白い肌、パッチリ開いた目に小さく赤いおちょぼ口。
おすまし顔の、赤い着物を着たお人形。
わたしは姫君の大事な大事なお人形さんなのよ。
だから病床の姫君の隣に、わたしはいるの。
早く元気になって、わたしの姫君。
わたしが側にいるから大丈夫。
すぐに元気になるわ。
なのに姫君は、わたしの願いを裏切るようなことを口にした。
「姫や。このお人形をあなたにあげましょう」
姫君は自分の娘にわたしを差し出した。
あらいやだ。
わたしは姫君のお人形なのに。
姫君は母君になったら、わたしのことが要らなくなったの?
姫君は、同じ布団で横になっていたわたしをそっと抱き上げると、優しくわたしに話しかけた。
「お人形さん。わたくしの可愛いお人形さん。わたくしの命が儚くなっても、どうか我が子が寂しくないように。愛しい我が子をお願いしますよ、お人形さん」
病床の姫君はわたしの頭を優しく撫でました。
命が儚くなるとはどのようなことなのか、わたしには分かりません。
ですがわたしの大好きな姫君が、自分の御子さまにわたしを譲ったことは分かりました。
「今日からお人形さんは、あなたのものよ。わたしの可愛い姫。お人形さんを大事にしてあげてね」
姫君の御子さまは、わたしを大事に大事に抱きしめて、母君に向かってコクリとうなずきました。
こうしてわたしは、姫君のお人形から、姫君の御子さまのお人形になりました。
その時からわたしの姫君は、姫君の御子さまに変わったのです。
ほどなくして、姫君の母君は亡くなりました。
わたしが寂しくないように御子さまに託した姫君の母君の思いを感じながら、新しくわたしの姫君となった御子さまが寂しくなりすぎないように寄り添いました。
わたしは姫君のお人形。
大事な大事なお友達。
尊い身分の姫君には、親しい友などおりません。
わたしは寂しい姫君の体と心に寄り添いました。
小さな姫君の世界はとても狭い。
御殿の自室と広間、そしてお庭。
そこが姫君の世界です。
人間関係もとても狭い。
父君や家臣の姿をチラリと見かける以外は、護衛と女中、そしてばぁやだけ。
ばぁやはいつも側にいます。
ですが、お年寄りの女性です。
優しさはあふれるほどあっても、若々しさには欠けますね。
その点、わたしはお人形ですから、何年経っても若いまま。
幼い姿のお人形は、姫君にとってはお友達。
わたしは姫君のお人形ですから、どこに行くのも一緒です。
母君を亡くした悲しみに笑顔を忘れた姫君が、笑顔を取り戻すのにそう時間はかかりませんでした。
小さな、とても小さな狭い世界で、わたしと姫君だけがお友だち。
外の世界で何が起きているのか、大人たちが何を考えているのか。
そんなことを気にする必要のない、幼い時間が流れていきます。
ですが姫君が手毬を上手につけるようになった頃、その変化は突然にやってきました。
荒々しく御殿にやってきた乱入者たちは、荒々しく暴れて回り、しまいには火まで放ったのです。
あっという間に火は回り、御殿は火の海となりました。
わたしは黒い髪をしゅるしゅる伸ばし、怯える姫君を包み込みます。
守りたい。わたしはわたしの姫君を守りたい。
その一念が黒い髪を伸ばさせたのです。
黒髪の繭のなかで、姫君は怯えて、ぽろぽろと涙を流しています。
ばぁやはとうに刀の露と消え、火の海のなかへと沈みました。
怯える姫君に優しい言葉をかけたいけれど、わたしは姫君のお人形。
話しかけたくても、話す言葉を持ちません。
炎のぱちぱちという音と、何かがドサリと落ちる音を聞きながら、姫君に寄り添うことしかできません。
暗くあるべきの黒髪の繭のなかは周囲の炎で明るく不気味に照らされて。
熱気がじわじわと中のほうにまで迫ってきます。
気が遠くなりそうです。
姫君はグッタリしています。
とても心配ですが、わたしはお人形。
何もできることなどありません。
ああ……あぁ、よかった。
姫君。
母君が、迎えに来ましたよ。
さぁ、一緒に参りましょう――――
ツヤツヤの黒い髪に白い肌、パッチリ開いた目に小さく赤いおちょぼ口。
おすまし顔の、赤い着物を着たお人形。
わたしは姫君の大事な大事なお人形さんなのよ。
だから病床の姫君の隣に、わたしはいるの。
早く元気になって、わたしの姫君。
わたしが側にいるから大丈夫。
すぐに元気になるわ。
なのに姫君は、わたしの願いを裏切るようなことを口にした。
「姫や。このお人形をあなたにあげましょう」
姫君は自分の娘にわたしを差し出した。
あらいやだ。
わたしは姫君のお人形なのに。
姫君は母君になったら、わたしのことが要らなくなったの?
姫君は、同じ布団で横になっていたわたしをそっと抱き上げると、優しくわたしに話しかけた。
「お人形さん。わたくしの可愛いお人形さん。わたくしの命が儚くなっても、どうか我が子が寂しくないように。愛しい我が子をお願いしますよ、お人形さん」
病床の姫君はわたしの頭を優しく撫でました。
命が儚くなるとはどのようなことなのか、わたしには分かりません。
ですがわたしの大好きな姫君が、自分の御子さまにわたしを譲ったことは分かりました。
「今日からお人形さんは、あなたのものよ。わたしの可愛い姫。お人形さんを大事にしてあげてね」
姫君の御子さまは、わたしを大事に大事に抱きしめて、母君に向かってコクリとうなずきました。
こうしてわたしは、姫君のお人形から、姫君の御子さまのお人形になりました。
その時からわたしの姫君は、姫君の御子さまに変わったのです。
ほどなくして、姫君の母君は亡くなりました。
わたしが寂しくないように御子さまに託した姫君の母君の思いを感じながら、新しくわたしの姫君となった御子さまが寂しくなりすぎないように寄り添いました。
わたしは姫君のお人形。
大事な大事なお友達。
尊い身分の姫君には、親しい友などおりません。
わたしは寂しい姫君の体と心に寄り添いました。
小さな姫君の世界はとても狭い。
御殿の自室と広間、そしてお庭。
そこが姫君の世界です。
人間関係もとても狭い。
父君や家臣の姿をチラリと見かける以外は、護衛と女中、そしてばぁやだけ。
ばぁやはいつも側にいます。
ですが、お年寄りの女性です。
優しさはあふれるほどあっても、若々しさには欠けますね。
その点、わたしはお人形ですから、何年経っても若いまま。
幼い姿のお人形は、姫君にとってはお友達。
わたしは姫君のお人形ですから、どこに行くのも一緒です。
母君を亡くした悲しみに笑顔を忘れた姫君が、笑顔を取り戻すのにそう時間はかかりませんでした。
小さな、とても小さな狭い世界で、わたしと姫君だけがお友だち。
外の世界で何が起きているのか、大人たちが何を考えているのか。
そんなことを気にする必要のない、幼い時間が流れていきます。
ですが姫君が手毬を上手につけるようになった頃、その変化は突然にやってきました。
荒々しく御殿にやってきた乱入者たちは、荒々しく暴れて回り、しまいには火まで放ったのです。
あっという間に火は回り、御殿は火の海となりました。
わたしは黒い髪をしゅるしゅる伸ばし、怯える姫君を包み込みます。
守りたい。わたしはわたしの姫君を守りたい。
その一念が黒い髪を伸ばさせたのです。
黒髪の繭のなかで、姫君は怯えて、ぽろぽろと涙を流しています。
ばぁやはとうに刀の露と消え、火の海のなかへと沈みました。
怯える姫君に優しい言葉をかけたいけれど、わたしは姫君のお人形。
話しかけたくても、話す言葉を持ちません。
炎のぱちぱちという音と、何かがドサリと落ちる音を聞きながら、姫君に寄り添うことしかできません。
暗くあるべきの黒髪の繭のなかは周囲の炎で明るく不気味に照らされて。
熱気がじわじわと中のほうにまで迫ってきます。
気が遠くなりそうです。
姫君はグッタリしています。
とても心配ですが、わたしはお人形。
何もできることなどありません。
ああ……あぁ、よかった。
姫君。
母君が、迎えに来ましたよ。
さぁ、一緒に参りましょう――――
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