怖かったらいいなと思って綴る短編集

天田れおぽん

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性癖公開

 オレの研究者人生は、これで終わる。
 
 今日は研究者たちが一堂に会し、その成果を発表する日だ。
 
 オレは発表する順番を待ちながら、広い会場を埋める人々の姿を眺めて舌なめずりをした。

 午後の早い時間。

 昼食を終えたばかりの参加者は椅子に行儀よく座っているものの、あくびをしたり、ウトウトしたり、瞼が半分落ちたようなありさまだ。

 最近は暑くなるのが早い。

 初夏の時期を迎えていて、昨日は特に暑かった。

 いまは比較的涼しい。

 うたた寝するのに丁度いい陽気だ。

 仕方ない。
 
 だがじきに彼らは目を覚ますはずだ。

 頭を殴りつけられたような衝撃と共に眠気は霧散し、その目は開きの大小を問わずに目いっぱい見開かれ、ハッとして息を呑むはずだ。

 オレの発表は、それだけデカい。

 ニヤつく口元をオレは止められなかった。

 オレの前で発表する時を待っている研究者が、生唾を呑み込む音がする。

 顔色は青白く、全身を細かく震わせている。

 緊張しているのだろう。

 まだ年若いその研究者は、このような集まりにおいては初めて壇上へ立つようだ。

 オレも初めて壇上に立った時には慣れてなくて、こんな風に青臭い態度だったかもしれない。

 しかし今は違う。

 発表会など手馴れたものだ。
 
 もっとも何かしら発表したからといって、何かしらの成果を得られるわけじゃない。

 オレの発表など学会の賑やかしにしかすぎず、オレの手元へ労力に見合ったモノが入ってくることはなかった。

 苦い思いに歯噛みした日もあったが、オレは耐えた。

 耐えることができた。

 もっと楽しく有意義な趣味があったからだ。

 女だ。

 女はいい。
 
 といっても女が好きというわけではなかった。
 
 オレの趣味は、女をいたぶることだ。
 
 女嫌いの女体好きというやつである。
 
 仕事で結果は出せなくてもオレは実家が太いし、なにより見た目がよかった。

 実家が太いとマナーのひとつとして礼儀正しい他人との付き合いというやつも教えられるため、女に困ったことはない。
 
 警戒心の強い高慢な女も、オレのような見た目よくて育ちもいい男が丁寧に扱えば、コロッと落ちる。

 落としたあとに少しずつ本性を出していけばいい。

 その過程も楽しかったりする。

 洗脳に近い状態へもっていけば、オレの性癖をばらされることもない。

 だが――――
 
 そんな順風満帆なオレの人生に、ひとつの躓きがあった。

 女をいたぶりすぎて、殺してしまったのだ。

 そこからオレの性癖は、また新たな局面を見せた。

 死ぬ瞬間に女の全身を走るわななき。

 驚愕に見開かれた目。

 その瞬間、女のなかを駆け抜ける感情は、どのようなものだろうか?

 恐怖?
 痛み?
 憎しみ?
 
 オレは女の感情そのものに興味はない。

 その刹那に達成感やら万能感を味わうのに忙しいからだ。

 オレは新しく開いた扉の向こうを堪能した。

 そして新しい性癖を満たすために精力的に動いた。

 しかし殺すとなれば、今までのようなわけにはいかない。

 オレの周辺は慌ただしくなってきた。

 このままいけばバレてしまうのは時間の問題だ。

 そこでオレは破滅する前に、特大のお楽しみを用意した。
 
 性癖開示だ。

 研究内容を少々変えて、オレは精力的に資料を作った。
 
 それを今日、発表するのだ。
 
 オレの研究者人生は終わるだろう。

 いや、人生が終わる。

 この発表をもって、オレの人生は破滅を迎えるだろう。

 それが何だ?

 うだつの上がらない研究者を続けるよりも、ひと花パッと咲かせて散るほうが潔いし気持ちいい。

 オレが性癖を公開したら、席についてつまらなそうな表情を浮かべている連中は、どんな表情をみせてくれるだろうか?

 興奮する。
 
 オレは背中をぶるりと震わせた。
 
 ひとり前の研究者は、顔色を悪くしたまま冴えない表情を浮かべて発表を終えた。

 会場からは、まばらな拍手があがる。

 次はオレの番だ。

 用意しておいた資料は事前に係の者へ預けてある。

 オレは意気揚々と壇上へ上がった。

 そしてさて発表を、と思ったところで異変に気付いた。
 
 オレの性癖を説明するための導入部であるスライドが消えている。

 消えたのは、死んだ女の顔の画像だ。

 生前に笑顔で撮ったものと、死に顔のものがあったはずだが見当たらない。

 悪事の確信に触れる部分については、オレが手元に持っている。

 他人からはよくある事件の一例としか見えないはずだ。

 なのに運営側から求められて事前に提出したスライドが消えていた。

「これは……」

 オレは何も映らないプロジェクターのスクリーンを呆然と見つめていた。

 そんなオレの背中を、ドンッと衝撃が襲った。

「よくも姉さんを……」

 オレの耳に震えるつぶやきが聞こえた。

 ハァハァという息遣いと共に、憤りに震える熱い息がオレの首にかかっている。
 
 誰だ?

 オレは驚きに目を見開くと、首をねじって後ろを向いた。

 そこにはオレの前に発表をした男の姿があった。

 青白い顔色のまま、目を血走らせてオレを睨んでいる。

「よくもっ……よくもっ……姉さんを……」

 男は憤りのあまり言葉が出てこないようにどもりがちにつぶやいている。
 
 オレの背中には、刃物が刺さったのか?

 よく見えないし、感覚はあまりない。
 
「姉さんを殺したのは、アンタだったんだなっ⁉」

 あぁそういえば。その男とこの女は苗字が同じだったような。

 よく覚えていないが。確かそうだ。
 
 オレのなかには不思議と恐怖も、痛みも、憎しみもなかった。

 会場のざわめきが聞こえる。

 会場にいる者たちは、頭を殴りつけられたような衝撃を受けて、大小を問わずに目いっぱい目を見開いて、息を呑んだはずだ。

 その姿をしっかり見られなかったことと、オレが主役でなかったことは少し残念だった。

 でも記憶には残るな、とオレは呑気に思いながら命を手放したのだった。
 
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