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第9話 お引越し
ラファーガが出迎えのために玄関ホールへ行くと、毛皮のマントを脱いだイーリスが立っていた。
(あぁ。久しぶりにイーリスさまが、こんな近くにっ)
恋しいイーリスが目の前にいるという事実に、ラファーガは浮かれる気持ちを止められなかった。
イーリスもこちらを見ているが、ムスッとした表情をしていて明らかに不機嫌そうだ。
既に馬車からは荷物が下ろされていて、使用人たちがバタバタと忙しく働いている。
イーリスはスラリとした引き締まった身体を、青地に白地をアクセントに使った貴族服で包んでいた。
たっぷりの銀刺繍を施された貴族服にレースのクラバット、白いブラウスにはフリルやレースがたっぷり使われている。
(そういえば、幼い時のイーリスさまはシンプルな服が好きだけど、レースやフリルが多い物を着せられると嘆いていたな。よく似合っているけれど……)
ラファーガはブスッとして突っ立っているイーリスの前に右膝をつくと、右腕の肘を折って右手を左胸の上におき、左腕を背中に回した。
「ようこそ、イーリスさま。シャイン伯爵家は貴方を歓迎いたします」
跪き首を垂れるラファーガに、イーリスは不意を突かれたように驚いた表情を浮かべた。
「お世話になります……というか、軍神殿に、そのような態度を取られては、恐縮してしまいます」
「いえ、軍神など……」
「控え目ですね、ラファーガさまは。なのになぜ褒賞として私との結婚を求めたりなさったのですか?」
今度はラファーガが不意を突かれて慌てる番だった。
ラファーガは立ち上がると、両手を胸の前で広げてブンブンと振りながら言う。
「いえいえ違いますっ。私がイーリスさまを……いえ、そんな。今回のことはオラノスの……いえ、国王さまの独断ですっ」
「おや、そうだったのですか。私はてっきり……」
イーリスは怪訝そうな表情を浮かべてラファーガを見つめている。
(そんなっ! 私が無理矢理にイーリスさまとの結婚を進めたと思われている⁉)
ラファーガは青くなったり赤くなったりしながら、たどたどしく言う。
「えっと……今回のことは、オラノスの……いえ国王さまの気まぐれで……驚いたのは、お互いさまです。うぅ……えっと……私が、イーリスさまの意志を尊重せずに……など。そんなことはあり得ませんっ」
ラファーガが一生懸命に誤解を解こうとしている姿を見て、イーリスの態度は周囲からもはっきりと分かるほど軟化していった。
「そうか。私は褒賞ではないのか」
「はい、もちろんです。私はイーリスさまを傷付けるようなことは致しません」
「フーン」
イーリスの表情は狡猾な色合いを帯びて面白そうにラファーガを眺めていたが、誤解を解くことに集中しているラファーガはそれに気付かない。
「それでは、私はこちらへ引っ越してこない方がよかったのかな?」
「いえ、それは……」
(正直、イーリスさまと一緒に生活できるのは嬉しい。最後の我が儘として……)
余命がどのくらい残っているのか分からないが一緒に生活してくれたら嬉しいな、とラファーガは思った。
「えっと……客間をご用意していますので、できればそちらで……」
(あぁ、でもイーリスさまが、それも嫌だとしたら……)
ラファーガの胸はツキンと痛んだ。
だからイーリスの変化に気付かなかった。
イーリスはさっきまでの不機嫌な表情はどこかへいってしまったように、ニヤニヤしながらラファーガに聞く。
「私が使うのは、奥さま部屋でなくていいのか?」
「いや、そんな……イーリスさまを奥さま部屋などには……」
(ああ、顔が熱いっ。イーリスさまを奥さま部屋へ? 母上の部屋にか?)
ラファーガは真っ赤になった頬を両手で押さえながら言う。
汗をダラダラ流しながら説明するラファーガは、イーリスの表情の変化に気付いてはいない。
ただ一生懸命に、状況の説明をした。
「あ、あの。私はまだ子どもの頃から使っている部屋で暮らしていますので……」
「おや、主人の部屋をお使いではない?」
イーリスが怪訝そうな表情を浮かべた。
「はい。魔王の襲撃により両親が亡くなり、本来であれば家を継ぐ兄も亡くなって……」
「ぁ」
ラファーガの説明にイーリスが息を呑む気配がした。
「爵位は継ぎましたが、まだそんな気持ちになれなくて……そこまで考える余裕がありませんでした。仕事は執務室で出来ますので問題はありません。もともと使っている部屋もそれなりの広さがありますし。いまは忙しくて寝るために帰るだけなので、ほぼ寝室と化しています」
「……そうか」
イーリスはバツの悪そうな顔をして話題を変えた。
「この婚姻が国王さまの気まぐれによる王命だとしても、結婚式は一応、するらしい。国王さまがノリノリだった」
「は⁉」
ラファーガは驚いて目を見開いて固まった。
「なんだ、知らなかったのか? 対外的に【軍神ここにあり】というところを見せたいらしくて……」
「結婚式? 私と……イーリスさまの?」
「ああ。形だけだがな」
ラファーガの表情が歓喜に染まっていくのを、イーリスは面白そうに眺めている。
イーリスはラファーガの反応を見て、子どもの頃とあまり変わらないなと思った。
ラファーガは「結婚式、かぁ……」と呟きながら、予期せぬ大きなプレゼントに、これで心おきなく死ねると考えていた。
(あぁ。久しぶりにイーリスさまが、こんな近くにっ)
恋しいイーリスが目の前にいるという事実に、ラファーガは浮かれる気持ちを止められなかった。
イーリスもこちらを見ているが、ムスッとした表情をしていて明らかに不機嫌そうだ。
既に馬車からは荷物が下ろされていて、使用人たちがバタバタと忙しく働いている。
イーリスはスラリとした引き締まった身体を、青地に白地をアクセントに使った貴族服で包んでいた。
たっぷりの銀刺繍を施された貴族服にレースのクラバット、白いブラウスにはフリルやレースがたっぷり使われている。
(そういえば、幼い時のイーリスさまはシンプルな服が好きだけど、レースやフリルが多い物を着せられると嘆いていたな。よく似合っているけれど……)
ラファーガはブスッとして突っ立っているイーリスの前に右膝をつくと、右腕の肘を折って右手を左胸の上におき、左腕を背中に回した。
「ようこそ、イーリスさま。シャイン伯爵家は貴方を歓迎いたします」
跪き首を垂れるラファーガに、イーリスは不意を突かれたように驚いた表情を浮かべた。
「お世話になります……というか、軍神殿に、そのような態度を取られては、恐縮してしまいます」
「いえ、軍神など……」
「控え目ですね、ラファーガさまは。なのになぜ褒賞として私との結婚を求めたりなさったのですか?」
今度はラファーガが不意を突かれて慌てる番だった。
ラファーガは立ち上がると、両手を胸の前で広げてブンブンと振りながら言う。
「いえいえ違いますっ。私がイーリスさまを……いえ、そんな。今回のことはオラノスの……いえ、国王さまの独断ですっ」
「おや、そうだったのですか。私はてっきり……」
イーリスは怪訝そうな表情を浮かべてラファーガを見つめている。
(そんなっ! 私が無理矢理にイーリスさまとの結婚を進めたと思われている⁉)
ラファーガは青くなったり赤くなったりしながら、たどたどしく言う。
「えっと……今回のことは、オラノスの……いえ国王さまの気まぐれで……驚いたのは、お互いさまです。うぅ……えっと……私が、イーリスさまの意志を尊重せずに……など。そんなことはあり得ませんっ」
ラファーガが一生懸命に誤解を解こうとしている姿を見て、イーリスの態度は周囲からもはっきりと分かるほど軟化していった。
「そうか。私は褒賞ではないのか」
「はい、もちろんです。私はイーリスさまを傷付けるようなことは致しません」
「フーン」
イーリスの表情は狡猾な色合いを帯びて面白そうにラファーガを眺めていたが、誤解を解くことに集中しているラファーガはそれに気付かない。
「それでは、私はこちらへ引っ越してこない方がよかったのかな?」
「いえ、それは……」
(正直、イーリスさまと一緒に生活できるのは嬉しい。最後の我が儘として……)
余命がどのくらい残っているのか分からないが一緒に生活してくれたら嬉しいな、とラファーガは思った。
「えっと……客間をご用意していますので、できればそちらで……」
(あぁ、でもイーリスさまが、それも嫌だとしたら……)
ラファーガの胸はツキンと痛んだ。
だからイーリスの変化に気付かなかった。
イーリスはさっきまでの不機嫌な表情はどこかへいってしまったように、ニヤニヤしながらラファーガに聞く。
「私が使うのは、奥さま部屋でなくていいのか?」
「いや、そんな……イーリスさまを奥さま部屋などには……」
(ああ、顔が熱いっ。イーリスさまを奥さま部屋へ? 母上の部屋にか?)
ラファーガは真っ赤になった頬を両手で押さえながら言う。
汗をダラダラ流しながら説明するラファーガは、イーリスの表情の変化に気付いてはいない。
ただ一生懸命に、状況の説明をした。
「あ、あの。私はまだ子どもの頃から使っている部屋で暮らしていますので……」
「おや、主人の部屋をお使いではない?」
イーリスが怪訝そうな表情を浮かべた。
「はい。魔王の襲撃により両親が亡くなり、本来であれば家を継ぐ兄も亡くなって……」
「ぁ」
ラファーガの説明にイーリスが息を呑む気配がした。
「爵位は継ぎましたが、まだそんな気持ちになれなくて……そこまで考える余裕がありませんでした。仕事は執務室で出来ますので問題はありません。もともと使っている部屋もそれなりの広さがありますし。いまは忙しくて寝るために帰るだけなので、ほぼ寝室と化しています」
「……そうか」
イーリスはバツの悪そうな顔をして話題を変えた。
「この婚姻が国王さまの気まぐれによる王命だとしても、結婚式は一応、するらしい。国王さまがノリノリだった」
「は⁉」
ラファーガは驚いて目を見開いて固まった。
「なんだ、知らなかったのか? 対外的に【軍神ここにあり】というところを見せたいらしくて……」
「結婚式? 私と……イーリスさまの?」
「ああ。形だけだがな」
ラファーガの表情が歓喜に染まっていくのを、イーリスは面白そうに眺めている。
イーリスはラファーガの反応を見て、子どもの頃とあまり変わらないなと思った。
ラファーガは「結婚式、かぁ……」と呟きながら、予期せぬ大きなプレゼントに、これで心おきなく死ねると考えていた。
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