【完結】甘く愛されるだけの簡単なお仕事です? 召喚聖女(?)は王子の溺愛に戸惑う

天田れおぽん

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社畜、召喚されました

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 鈴城零士すずしろ れいじは、どこにでもいる社畜だ。
 23歳という年齢のわりに覇気はなく、元はくっきり二重の大きな目も日々蓄積していく疲労により半分程度しか開いていない。
 だが今は、黒い瞳が零れ落ちそうなほど見開いている。
 青白く血色の悪い肌は、更に血の気を失って灰色に近い。
 状況を考えたら、零士が驚きのあまり固まってしまっていても無理はないのだ。
「こっ、ここは? 僕……会社の仮眠室にいたはずなのに……」
 薄汚れた会社にいたはずなのに、なぜか今はピカピカ輝く大理石でできた部屋に居た。
 寝転がっているのは、小汚くて固い仮眠ベッドではなく、大きくてフカフカしたベッドだ。
「しかもこれ、シルクのシーツなんじゃ……」
 上半身を起こしてシーツを撫でる。
 真っ白ですべすべしたシーツの上に、ヨレた紺色スーツのズボンをはいた自分の足が転がっているのが見えた。
「訳が分からない……」
 幸い、靴は履いていない。

(仮眠ベッドへ寝るときに脱いだからか。あのボロ靴を履いたままココへ乗らずに済んでよかったな。こんなに綺麗なシーツを汚したら悪いし。……ん~、それにしても)
 
 紺色の上着は会社の仮眠ベッドで置いたまま、腹にかかっている。

(会社にいたはずなのに。ココはドコだ?)

 周囲をキョロキョロ見まわして戸惑う零士の目の前に突然、初めて見る金髪碧眼男性の美しい顔がバッと現れた。
「わっ⁉」
 零士は驚いて後ろに身を引いた。
 しかし男性は何の説明もないまま、整った顔をグイグイ寄せながら迫ってきて、零士の痩せこけていて貧相な手を取って握った。
「ようこそ、聖女さま! 私はあなたを、一生愛しぬくことを誓いますっ!」
 こちらの都合を問うこともなく、初対面の男性はいきなり宣言したうえ、零士の腹のあたりに抱きついた。
 跳ね除けられた紺色の上着は、白いシーツの上にダランと広がっている。

(えっ⁉ なにごと⁉)

 こんなの驚きで固まる以外、できることはないだろう。
 零士は、臨機応変に動けるタイプではなかった。
 固まったまま、どうすればいいのか分からずオロオロとする零士の前に、別の人物が現れた。
「ふぉふぉふぉ。驚かせて申し訳ない。遠路はるばる異世界からおいでいただき、ありがとうございます」
 ズルズルした白い服を着た老人がベッドの前に立ち、零士に向かって丁寧な礼をした。
 シワだらけで、長く伸ばした髪も、長く伸ばした髭も真っ白だ。
「あ、どうも」
 零士も軽く会釈した。
 金髪男性が腰をグイグイ抱きしめてくるので、それくらいしか身動きできなかったのだ。
「ワシは、この王国の神官です」
「あ、僕は鈴城零士すずしろ れいじといいます。ただの社畜です」
「社畜?」
 神官は不思議そうに首を傾げた。
 零士は説明が面倒だったので神官の疑問は無視して、自分の疑問を解消することにした。
「で、コレはなんですか?」
「あなたの腰に張り付いているソレは、この国の王子であるセドリックさまです。突然の召喚に驚かれたでしょう」
「えっ⁉ 王子? 召喚?」
 零士は腹に張り付いている男性を見下ろした。
 キラキラした金髪の男性は、王子さまらしい。
 貴族服っぽいデザインの白地の服には、金のコードや刺繍がたくさん施されていてキラキラしている。
 王子ならば納得の派手さだ。

(召喚って……異世界ファンタジーでよくあるアレか?)

「えっと……コレはどういうことですか?」
 零士は、自分の腹にグイグイ抱き着いてくるキラキラした人物を指さして聞いた。
 王子だろうと、キラキラした金髪碧眼の美形だろうと、腰にまとわりつかれたら邪魔だ。
 しかも初対面なのだから、距離感バグッているにもほどがある。
「えっとぉ……説明が難しいですなぁ」
 神官は髭を右手で触りつつ、零士の腰のあたりを眺めて溜息を吐いた。
「この場所は神殿です。先ほど聖女召喚の儀を行いました。その儀式で選ばれ、この世界へと招かれたのが貴方なのです」
「えっ⁉ 僕、男ですよ⁉」
 零士は驚いた。
「そのようですね。ですが、我が国の王子にとっては、どうでもよいことのようです」
 神官はセドリックを眺めて、ポリポリと頬を掻いた。
「聖女さまを召喚させていただいたのは、我が国を救っていただくためなのですか……」
「僕、魔王と戦ったりできませんよ⁉」
 零士は身長こそ178センチと低いほうではないが、筋肉がない。
 ペラッペラな体をしている。ヒョロヒョロだ。
 腕力もないが、体力もない。
 しかも今は寝不足も加わって、頭も回っていない。
 そんな自分に何ができるというのか?
 逃げ腰になった零士は、どうすればいいのかわからず狼狽えた。
「魔王と戦ったりしなくて大丈夫だよ、レージ。レージと呼んでも?」
 腹に張り付いていた王子さまが、零士の顔を見上げて聞いた。
 金髪はキラキラしているし、白い肌は男性にしては滑らかで髭の剃り跡すら目立たない。
 潤んだ青い瞳で真っすぐにこちらを見る視線には、零士の知らない色気含みの熱さがあった。
 零士の心臓は、ドキリと跳ねる。

(な……なに? いまの……)

 カッと体が熱くなり、汗が噴き出した。
 初めての感覚に、零士は戸惑う。
 思考はうまく回らないけれど、期待に満ちた視線をこちらに向けている王子さまに返事をしなければ失礼にあたるだろう。
 ドキドキする心臓を抑えるように胸元へ置いた両手で自分を押さえるようにしながら、零士は王子さまに向かって頷いて見せた。
 王子さまはパッと表情を輝かせると弾むような調子で言う。
「私の事はセドリックと呼んでください、レージ。聖女の務めに関しては心配しないで。私に愛されてくれれば、それだけで魔を払えるから」
「……愛されるだけで?」
 零士は何を言われているのか分からず、セドリックに聞き返した。
 セドリックはニッコリと笑って頷いた。

(綺麗)

 零士はうっとりとしてセドリックに見惚れた。
「そう、愛されるだけでいい。ねぇ? あなたを愛して、構わないかい?」
 妙に色気のある響きを帯びた声が、零士に問いかける。
 いつの間にか神官の姿は、部屋から消えていた。
 セドリックは零士の腰に腕を回したまま上体を起こし、器用にベッドの上へと乗り込んできた。
 そして耳元で囁く。
「聖女の役割は、王子である私に愛されることだけだよ。怖いことなんてなにもない。ねぇ、レージ。あなたを愛していいかい?」
 白くて長くて少し冷たい指が、零士の頬を撫でる。
 気付いた時には、零士は頷いていて。
 セドリックは咲き誇る薔薇のように華やかな笑みを浮かべていた。
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