神楽坂探偵社の妖怪事件簿

中野莉央

文字の大きさ
35 / 62

35

しおりを挟む
 温かいベッドに入って就寝した私は翌朝、少し遅い時間に起床して兄と共に身支度を整えて一階に降りた。すでに他の宿泊客たちが食事を取っている。私たちが降りてきた時間が遅かったので、ちょうど朝食を終えた宿泊客や、食後のコーヒーを飲んでいる人が多いようだ。

 私たちが食堂のテーブルについたのを確認したウェイトレスの横塚千香さんは、即座に厨房で調理を担当している笹野絵里子さんにオーダーを通したようで、ほどなく私と兄の前にはオレンジジュースとキツネ色に焼けた芳ばしいパン、カリカリに焼けたベーコンと黄金色のスクランブルエッグに新鮮なサラダが添えられている朝食を運んでくれた。

 使い切りのバターのフタを開けて、先が丸くなっている銀色のナイフでバターをすくい熱いパンの上に乗せれば、固形だったバターはこんがりと焼けているパンの熱でトロリと溶けた。

「ところで何時ごろ、ここを発つの?」

「ああ。やることをやってからだな?」

「やること? そういえば以津真天イツマデに毒の件を解決するみたいな約束したのってどうなったの? 約束したのに放置して帰るのは良くないと思うんだけど?」

「心配しなくても以津真天イツマデとの約束は守る」

「でも今日、ここを出るつもりなんでしょう?」

 そんな会話をしていると私たちの食事が終わる頃を見計らって、ウェイトレスの横塚千香さんが食後の飲み物を持ってきてくれた。木製のテーブルに置かれた白磁器のカップを持った兄は食後のホットコーヒーに口を付けた、私もいつも通り熱い紅茶を飲む。

 ふと窓から外を見れば晴れ渡ったサファイア色の空に大小さまざまな積雲が浮かんで濃い陰影と太陽の日差しを受け輝いている輪郭のコントラストが実に鮮やかで目に眩しい。

 都会と違って空気が澄んでいるせいだろう。蒼空の色も純白の雲も何もかもが美しい。針葉樹や広葉樹が広がるこの雪山の景色も今日で見納めかと寂しく思っていると、このペンションに近づいてくる車が見えた。黄色い車体に赤いライン。車の上部には丸い球状の物体が取り付けられ、社名が表示されている。どうやら地元のタクシーのようだ。

「ペンションの宿泊客かしら?」

「来たか」

「え?」

 兄は白磁器のカップに残っていたコーヒーを飲み干すと、ソーサーにカップを置き席を立った。

「ちょっと二階の部屋に荷物を取りに行く」

「荷物を? もう出立するの?」

「いや、その前にやることがある。おまえはここで待ってろ」

「うん?」

 まだ出立しないのに荷物を持ってくるとは、どういうことなのか意味が分からず首を傾げているとペンションの前にとまった黄色いタクシーのリアドアが開いた。何となくタクシーに視線を向けていると後部座席から、まず灰色のファーが付いたハイヒールのブーツを履いた形の良い長い脚が出てきた。

 ヒザ下までがブーツに覆われているにも関わらず素晴らしい曲線美の持ち主だと確信できる。そしてタクシーから降り立った素晴らしい曲線美の女性は毛皮のコートを身にまといながら、肩にかかる艶やかなセミロングの髪を軽く自身の手で払った。ハイヒールのブーツで雪山に来るなんて正気の沙汰とは思えない。しかし、その女性の顔に私は見覚えがあった。

「沖原沙織さん?」

 タクシーから降り立った曲線美の女性は私と兄がここに来る切っ掛けとなった依頼者、沖原沙織さんだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

処理中です...