花言葉を俺は知らない

李林檎

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幸せの日々

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ハイドは瞬でも時々驚くほどに、とても嫉妬深い。
リチャードの行動もそうだが、誰かと瞬が二人っきりになってるだけで噂を聞き飛んでくる。
結局は道案内とかそういう些細な事で、会話も一言二言しか交わしていない。

瞬も心配掛けたくないが、ハイド以外の人とだけ話すのはここに住んでいて難しい。

昔を知るリチャードは「愛ってすげぇ」という感想しか出なかった。

ハイドはリチャードを睨みつけながら念押しで睨む。

「…リチャード、今度やったら」

「はいはいごめんなさい!二人でごゆっくり!」

恋人のいないリチャードにとって嫌味にしか見えないのか大股で歩き部屋を出ていってしまった。
女好きだが、特定の相手を作らないリチャードはもしかしたらもう既に心に決めた人がいるのかもしれない。
そんな話を瞬は勿論の事、幼馴染みのハイドにすらしないから分からない。

リチャードは誰にも心の内を見せたりしないが、時々二人の仲の良さを羨ましそうに見ている事がある。
その相手に想いを伝えられず目の前でイチャイチャを見せつけられて意地悪をしたくなったんだろう。
だけどそんなリチャードだが本気で邪魔をしているわけではない。

瞬達を必死に結婚させようと思ってる気持ちに二人は気付いている。

しかしお互い思ってる事が一緒なのに上手く伝えられずじれったいからリチャードじゃなくても早くくっ付けようと思うだろう。

告白はスムーズに上手く行ったのに、その先はなかなか進めない。
どうしたらいいのか、お互い分からずに探っている状態だから一歩が怖い。

瞬は恋人どころか親しい人もいなかったからこういうのに慣れていない。

ハイドは過去に恋人の一人や二人居ても不思議ではない。
しかし学生の頃は騎士になる事だけを考えていて、好意を寄せる相手は断っていた。
一人前ではない今は、他の事に目を向ける余裕はなかった。

軽い気持ちで真剣な気持ちを抱く人に向き合えないと思ったからだ。

騎士団に入団してからは上を目指す事だけを考えていた。
そして努力と才能で最年少騎士団長にまでなった。

これでやっと一段落して恋愛に余裕が出来てこれからだった。

いざ恋愛をしようにも、長年恋とは無縁だったからどうしたらいいのか分からない。
焦って相手を作る気持ちもなく、真剣に向き合う気持ちは変わらない。
いつか本気で好きになる相手が現れるその時を静かに待とうと思っていた。

もし現れなくても、それもまたハイドの人生となる。

そして、ハイドが運命の出会いを果たしたのは瞬だった。

ハイドもまた、恋人にどうすればいいのか分からない初心者だった。

ハイドと瞬は初めて同士で、二人で一緒に学んでいる。
きっとこの先も手探りでゆっくりだけど、いろんな時間を歩んでいく。
リチャードが気にするほど遠くない未来に関係もいい方向に変わるだろう。

「全く、アイツは…」

「リチャードさんは本気じゃないよ」

「本気だったら困る」

ハイドは小さくため息を吐いて、ハイドの腕に触れた。
瞬もリチャードもそういう気はないから大した事だとは思っていない。

でも、恋人が迫られているところを見たハイドからしたら嫌な気持ちになるだろう。
瞬もいくら友人であっても、リチャードから離れるべきだった。

リチャードだけが悪いわけではない、瞬も考えが甘かった。
もしこれが逆の立場だったなら、瞬の心が痛くなる。

ハイドの胸に頭を埋めて「ごめんなさい」と謝った。

背中に腕を回すと、すぐにハイドに抱きしめられた。

「瞬は悪くない」

「俺も考えが甘かったから、ハイドさんの気持ちを考えなかった」

「それで言うなら俺も取り乱して悪かった、すまなかった」

ハイドに前髪を触れられて、少し離れると額に軽く口付けをされた。
それは、ハイドの愛情がいっぱい詰まった行為だった。

瞬もそれを分かっているからドキドキした気持ちが止まらない。

瞬とハイドが喧嘩はしていないが仲直りしても、リチャードとはまだ何もしていない。
ハイドとリチャードは瞬が分からないくらい強い絆がある。
いつもの事だから瞬が余計なお世話をするべきではない。

いつも通り、次にあった時には普通に戻ってるだろう。
瞬の頭を撫でているハイドの顔が見たくて見上げた。

「んっ、んぅ…」

「…っは」

ハイドの美しい顔が近付いたと思ったら息が出来ないほどの口付けをされた。
軽いキスではなく、舌が絡み合って息が苦しくなるほどのキスをされた。
足がガクガクしてハイドにもたれかかると優しく抱きしめてくれた。

その温もりを抱き締めるように瞬は腕をハイドの背中に回した。

ハイドから与えられる全てが愛おしいと思っている瞬だが、一番好きなのは口付けだった。
どんな時でも、ハイドの気持ちと体温が伝わって頭がボーッとする。

ハイドもそれが分かっているのか、身体を重ねる時に瞬の身体にキスの雨を降らせる。
ハイドを求めて瞬もキスに夢中になるのが愛しくて、ハイドの気持ちも穏やかになる。

ハイドに優しく頬を包まれて今度は優しいキスをされた。
首筋に顔を埋めてチュッチュッと音を立てた。
それがくすぐったくて笑うとヌルっとした感触がしてピクッと感じた。

「…ハイド、さん」

「もう少し待ってくれ、もう少ししたらお前を…」

ハイドの言ってる意味が分からなかったが頭を撫でられて頷いた。
ハイドがそう言うのなら、言葉を信じて待ってみよう。
もう少ししたら、意味も分かるだろうと考えた。
瞬はハイドの首に腕を回してギュッと抱きしめた。

…大好きで大切な貴方との生活、それが壊れるなんてこの時の瞬とハイドは知らなかった。






ーーー

「本当に馬鹿だよね、君」

「…?」

お菓子作りに厨房を借りて料理をしていたある日の事。
今日は甘くないサクランボみたいなルルの実を使ったカップケーキを作ろうとしていたら、突然厨房に誰かが現れた。
いつもはいいニオイに誘われて来る人がいてカップケーキをお裾分けするが、まだ小麦粉を混ぜてる段階だからニオイに誘われたわけではなさそうだ。

現れたのは茶色い髪が肩まで長い可愛らしい少女だった。
でも、実は男の子でハイドの部下の見習い騎士のイブだ。
ハイドに憧れて入ったといろんな人に言っていたのが印象的な子だった。
イブは瞬が気に入らないのかいつも瞬に突っかかり瞬を困らせていた。

でも瞬は嫌いになれなかった、自分が作った事を言わずにイブに食べさせたいとリチャードにカップケーキを渡してイブに食べさせた時があった。
その時のイブの顔と「美味しい」と呟く素直な心に瞬はイブが何を言おうとも嫌いになれなかった。
後に瞬が作った事がバレて殴り込みに来たけど…

今日はどうしたのだろうかとルルの実をすり潰しながらイブを見る。
イブはいつもみたいないたずらっ子のような悪い顔じゃなく、なんか元気がない印象だった。

「何にも知らないなんて本当に幸せものだよね、結婚するって言うのに…」

イブから発せられた言葉に身に覚えがなく首を傾げる。
結婚?誰が?誰かがするなんて聞いた事がない。
瞬に言うって事は瞬の知り合いだろうかと考える。

リチャードは恋人いないし、なにかあったら教えてくれそうだ。
他の騎士が結婚するのだろうか、でもわざわざイブが言いに来るのは変だ。
となるともしかして報告に来たのだろうか、それだったら納得出来た。

「えっと、イブくんが結婚するの?」

「ばっかじゃないの!…本当なら僕が結婚したかったよ」

イブは震える声で辛そうな顔をして俯いてしまった。
なんか変な事を言ってしまっただろうかと容器を置きイブに駆け寄る。
するとイブの頬に一筋の涙が溢れていて驚いた。

いつも瞬に弱味を見せたりしないのに…イブが泣いてるのを初めてみた。

なにかまずい事でも言ってしまっただろうか。
どうしようかとオロオロしていたらキッとイブに睨まれた。

「ハイド様のお前への愛は偽者だったって事だよ!!」

「……え?」

イブはそれだけ言い走って厨房を出てしまった。
…なんでそこでハイドの名前が出て来るのか…偽者ってなんなのか分からなかった。
分からなくて分からなくて、とても不安な気持ちになった。

後ろを振り返ると混ぜかけの生地が入った容器が見えた。
明日からハイドはしばらく出かけるみたいだから御守りのカップケーキを作っていたんだと思い出し続きを作る。
…その間でも瞬の心に残るのはイブの涙と言葉だった。

瞬は気付いていなかった…イブはハイドが好きなのだと…
でもイブはハイドが自分を見てくれない事にすぐに気付き、ハイドの前では自分の気持ちを表に出さないようにしていた。
だからそのストレスが瞬に向かうわけだけどイブを嫌わず苦笑いで全て受け流す瞬に困惑していた。

…そしていつしか瞬なら、ハイドを幸せに出来るのではないかと思い始めていた。
だからイブは悔しくて、悲しくて、涙したんだ。
偶然あの噂を聞いてしまったから…
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