子育てママは突然の異世界に、ワクワクしかありません

イトウ 

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不思議

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 それまでの幸せな日々。

 ただ思い返せば、「不思議だな」と思うことが多かった。
 自分が家族に縁がないことで、普通の家族というものが分からないから、気付かないだけだったのかもしれない。
 もしくは、わざと気にしないフリをしていただけなのか。今となっては分からない。

 無意識に、ノルドの過去や私が居ない時に何をしているのか。簡単な、他愛もない事を聞くのを避けていた。
 彼と一緒にいられる、この幸せを失うことが何よりも怖かったから。
 聞けば、答えてくれたのだろうか。でも、聞く必要のないくらい愛情を受けている自信はあった。

「ママぁー。お腹すいた」
「そうね。ペコペコだね」

 それに……、失いたくない存在が出来たから。
 足元に揺れているフワフワの柔らかい髪に、しゃがんで手をそっと手を乗せる。
 ノルドと私の子供であるリンクだ。

 私はともかく、この子は絶対に愛されていた。
 名前だって、決めかねている私にノルドがいくつも案を出してくれて、2人で相談して決めたのだから。
 少し珍しい名前に、どんな意味があるのか聞いてみると、「めぐりめぐって、僕たちの間に生まれてきてくれた事に感謝してるから」と返ってきて、不思議な気分になったのを覚えてる。

「漢字じゃないの?」と聞くと、「サクラも僕もカタカナでしょ?」と笑ってノルドは肩を軽くすくめた。
 少しだけ、明るい髪と目をした赤ちゃんには合っているかもしれない。日本人にしては、やや色素の薄い遠い国の血が入っているらしいノルドの遺伝なのだろう。
 その証は、確かに私とノルドを繋ぐ存在で……。

 この子がいたから、というのは言い訳かもしれないけれど。少しでも、何かが変化して家族の仲を壊したくなかった。
 何も聞かずに済むなら、それで良い。


「……ねぇ、ママ?」

 リンクが、ぼんやりしている私の腕を軽く引っ張る。
 いけない。心配させてしまう。

「ごめん。朝ごはんにしようね」
「……ママ、どうしたの? 泣いてるの?」
「ううん。……えっと、春だから。うん、花粉が多いのよ」

 とっさに嘘を付くが、とても感の良いリンクは何か私の変化に気付いてしまっているだろう。
 でも、私だって何もわからないから。だから何も答えられない

 すぐに、懐かしい思い出が目の前に浮かんできて、涙があふれてしまう。

 でも、ノルドが帰ってこない事を、リンクになんとか説明をしなくてならなくて「パパは遠い旅行に行っているの」なんて不自然な言い訳を使った。
 それなのに笑って頷いて、何もないフリをしてくれている。
 申し訳なさも加わって、さらに涙があごを伝い床に落ちた。

「ね! きょうの朝ごはんは僕がつくるよ。パン焼く。5にしてから3に戻す!」

 トースターの使い方を元気よく一生懸命に説明している3歳児に、気を使わせて心配させてるなと思う。
 でも、この明るさに助かっているのも事実だ。この子がいなければ、自分がどうなっているか分からない。

「うん。朝ごはん食べたら、施設長さんのところに遊びに行って、それから幼稚園の入園準備しようね」

 気分を切り替えようと、普段より高めの声を出して今日の予定を話す。
 手に持っていたままの、口拭きタオルやら水筒やらをかばんにつめていく。

「あっ、念のためのオムツいらないよー! おもらししないから」
「……もう、分かってるわよ」

 そう、明るく笑うリンクは成長するにつれ、顔立ちがノルドにそっくりになっていった。
 愛してやまない2人の顔が重なって、この子に悲しい顔をさせたくないと心に誓う。

「今日は、特別にミルクにハチミツいっぱい入れてあげるね」

 大きいマザーバッグを玄関に置いて、冷蔵庫をいきおいよく開けた。



「しっぽ雲、ある!」
 
 外を歩きながら、リンクが声を出す。
 次第に太陽が雲の隙間から出てきて、それが動物のしっぽのよう見えるらしい。
 横には桜並木があり、枝から離れた花びらは川を桜色にする。……何度も見慣れた風景だ。
 その桜の木は、私が生まれ育った施設まの入り口まで続いている。
 最後の大きな桜の木から、ヒラヒラと舞い落ちる花びらを手に入れようと、リンクが踊っているかのように手を広げ空を仰ぐ。
 それを横目で見ながら、何年も過ごした住み慣れていた施設の門に入っていった。

 すると、人影を見つけたリンクが真っ先に走り出して、大声を出し、中で花壇に水をあげていた施設長に挨拶をする。

「こんにちはーーー!」
「こんにちは、リンクくん。……久しぶりね、サクラちゃん」

 軽く挨拶を交わした後、いつものリンクなら日々の出来事を矢継ぎ早に話すのに、今日は一目散に広場にある遊具に走っていく。
 私と施設長の二人きりにしてくれるらしい。空気を読んだのかもしれない、年齢の割にしっかりしている。

「こんにちは。そろそろ、リンクが幼稚園に入園するので挨拶に来ました」
「そう。……おめでとう。大きくなったわね」
「はい。あっという間でした」
「ね、ノルドはまだ帰ってこないの? もう一週間になる?」

 きっと、私の母親くらいの年齢である施設長は、自分の子供のように心配してくれる。
 私の不安そうな表情を察してくれたのか、落ち着いた声で話を振ってくれた。

「はい。探そうにも、何も手がかりがなくて……」
「……でもね、ノルドが黙って、サクラちゃんとリンクくんを置いていくわけはないわ。きっと、理由があると思うの」

 私の目を見て、心配そうに落ち着かせてくれる。
 それでも、安心は出来ない。事件に巻き込まれた可能性だってある。

「何でもいいんです。何か、知っていませんか? 施設長はノルドの親戚なんですよね? 誰かの元にいるかもしれない。だから……!」

「どんな情報でもよいから」と、縋り付くように聞いてみるけれど、施設長の表情は浮かないままだ。
 そして、ゆっくりと口を開く。

「ごめんなさい。実は……、ノルドは私の親戚じゃないの。突然、ここに現れてボランティアとして採用しただけ。だから、どこに住んでいたかも知らなくて……」

 しどろもどろに、説明をする。
 私を不安にさせないためか、たいしたことでもないと思っていたのか、今まで内緒にしていたらしい。

「そんな……!」

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