常夜行計画、実行せよ

イトウ 

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五:討伐

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 極限状態になると、怖さもなくなって無になって、何も考えられない。

 こうやって、人は消えるのか……と諦念を抱く。
 頭のどこかに「これは夢だから」という自分もいるが、夢の中だって恐怖はある。

 すると、何かあたたかい空気のようなものに包まれた。

 この、安心感は何だろう。

 少し前も、ずっと前もこんなことがあったな。
 しかも、一回じゃない。何度も。
 あれは、いつだっただろうか。

「…………大丈夫?」

 少し、気持ちが落ち着くと、陽尊の優しい声が聞こえてきた。

 ……夢から覚めてない。

「大丈夫」

 言われたまま、繰り返した。
 痛いところも、動かないところもない。

「いきなり、前に飛び出すから驚いたよ」
「なんか、調子に乗った。……なぁ、あのバケモノ?動いてた蔓がいなくなってる。もしかして、陽尊がやっつけた?」
「奏採に攻撃するなんて、許せないよね。落ち着かせるだけのはずが、やっちゃった。……ま、また生えてくるから」

 爽やかな笑顔で答えてくるが、けっこう、あれはゲームで言ったら終盤の中ボスぐらいのヤバさだった。

 それを一瞬で消し去るなんて、もしかして、陽尊はかなり強いのだろうか。
 筋肉はついているが、全体に線が細いので、そうは見えないけど。
 陽尊の体を不躾にみる。
 すると、左腕が少しだけ赤くなっているのに気付いた。

「……あ、怪我」
「ん?……本当だ。かすり傷だよ。奏採、心配してくれるの?」
「そりゃ、するだろ。庇ってくれたんだし」
「うれしいな」
「痛くない?」
「少しだけ、ね」
「……と言うことは。ここさ、夢じゃ、ないのか?」

 これで夢だとしたら、現実世界で生きているのか?というくらい、深い眠りだろう。
 地震でも、台風でも起きないのではないだろうか。
 だから、きっと、これは夢じゃない。……かもしれない。そう、仮説を立てた。

「夢じゃないよ。まだ、信じてなかったんだ」

 少しだけ、あきれたように笑って、陽尊はこちらを見る。

「まぁ、さすがに。うん。信じられないけど、信じたほうが身の危険は少なそうだし。そういうことだと、思う事にした」

 そうしたら、もう、あんな無茶なことはしない。
 かすり傷のようだけど、陽尊に怪我もさせてしまったし。

「ありがとう。そうしてくれると、嬉しいな」
「……そういや、それ、何?」

 陽尊の手に持っている武器を指差す。
 自分の神剣とやらは、もう回収されてしまった。
 その分、陽尊の持っている刀らしい武器が気になる。

七支刀ななつさやのたちのこと?」
「うん。さっき、借りてた俺の剣もだけどさ。なんか、すごくない? もしかして、陽尊って神様なの?」

 少し、驚いたように陽尊は、美しい弧を描いた唇を何度も開けたり閉じたりして、どう言おうか悩んでいる。

「神ではないよ。だけど、今は神から名前とか存在とか借りて、討伐依頼を受けて、この世界を整えてる」
「は?ちょっと、情報量が多くて理解できなかった」
「ひっくるめると、社長にこき使われている普通の会社員みたいなものだよ。しかも、本社じゃなくて地方の支社の、方」

 分からない。
 異世界を行き来する平会社員なんているもんか。

「で、その七支刀ってのを使って、あぁいう、何か、バケモノ?みたいのをやっつけてるんだ?」
「まぁ、化物ではないけど、そうだね」
「でも、その刀。飾りっぽいけど、どうやって攻撃するの?」
「呪道具に近いから。あまり、直接の攻撃力はないかな」
「あまり?ってことはさ、物理攻撃で、刺そうと思えば刺せるの?」

 その言葉に、陽尊は動揺して目を泳がす。
 なんだか、気になる。
 ファンタジーは、もともと好きなタイプだし、攻略本や設定資料集は付箋を貼って読み込むタイプだ。
 剣に関しては、魔法属性よりも物理攻撃を重視したい!

「……刺せる、よ」

 陽尊は、言いづらそうに、小さく言葉を発する。

「え?刺したことあんの?」
「ある」
「何を?妖怪?怪物?人?」

 わくわくしてきて、詳しく知りたくなってしまった。

「……人」

 え?……今、人って言ったか?
 人を刺したことがあるって事か?
 軽い気持ちで聞いてしまったが、ヤバいことじゃないか。

「ご、ごめん」
「いや。こっちこそ、ちゃんと守れなくて、怖い思いさせたよね」

 それから、沈黙が続く。
 気まずい。

 人には、聞かれたくないことの、ひとつやふたつあるもんなのに。
 何で、俺は、こう気を遣って言葉を喋られないんだ。

「忘れてよ。陽尊の過去がどうだってさ、今、俺のこと助けてくれたし。うん」

 美しい顔を、苦しそうな顔にさせてしまった。都合よく、無遠慮にぶつけられた言葉を忘れてもらえるはずもないけど。

 陽尊は、悪人じゃないのは分かる。
 でも、善人じゃ、ない、のかもしれない……。

 そう思って、ジッと見ていると、やっぱり陽尊は相当に気詰まりのようで、俺の腕を軽く掴んで切羽詰まったように話し出す。

「……黙っておこうかと思ったけど、やっぱり、奏採を誤解させたくないな。嘘も付きたくない」
「…………どういうこと?」
「刺したの自分だから。僕が自分自身を刺した。だから、お願い。僕を怖がらないで欲しい」

 …………重い。

 いや、誰かを人間を刺したよりは、まだ罪はない分、良いかもしれないが、それでもヤバいくらい重い。
 冷や汗が出てきた。

「そ、そういう時もあるよなっ!うん。分かる分かる。俺も、ここ来る前、そんな感じだったもん。よーしよし」
「奏採……」

 少し、俺より高い身長だから、背伸びをしてサラサラした長髪の頭を撫でてあげる。
 軽く結んだ髪が、少し崩れるが気にしないでガシガシ髪をこする

 陽尊の考えを変えたい。命の大切さを俺が教えてあげたい。
 まぁ、神頼みに走った俺が言える立場ではないかもしれないが。

 でも、まぁ、不運が続いても、何とか生きてる俺を参考にして欲しい。

「なっ?」

 めいいっぱい自分に出来る笑顔で、つま先立ちになり陽尊に軽く抱きつく。
 不安な時は、誰かにハグされると良いと言っているのをスマホニュースで見た。

 これで、元気になるだろう。

 すると、笑顔になって欲しいという思いに反して、陽尊は泣き出す。

「奏採……、ご、ごめんなさい。悲しいわけじゃなくて……」
「べつに、良いけど……?」

 じゃあ、うれし涙だろうか?
 不思議だな。どこの部分でだろうか。

 まぁ、涙もストレス発散になるっているし、別にいいか。
 そう納得して、そのまま背伸びをしたまま、抱きついて、背中をポンポンしてあげた。

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