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第一章「氷姫が出会った男」
7.ロレンツの事実、アンナの事実。
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「無礼なっ、許さねえぞっ!!!」
ロレンツの元上官である歩兵団長ゴードン。アンナを侮辱するような言葉を発した彼に、怒りの表情を向けたロレンツの右手が斜め下に下ろされる。それに気付いたゴードンがすぐに言う。
「おいおい、ロレンツ。まさかここで揉め事を起こす気なのか?」
(くっ……)
ゴードンの言葉を聞きロレンツの右手が止まる。
中立都市『ルルカカ』では喧嘩などの揉め事は厳禁であった。安全を最優先するこの街では争いはご法度であり、法を破った者に対しては居住権はく奪など重い処罰が下される。
アンナがそんな彼を見て小さな声で言う。
「ロレンツ……」
自分の為にこれほど真剣に怒ってくれることが嬉しかった。ここでは何もできないことは分かっていたがその気持ちが嬉しかった。
ロレンツは自分が取り乱していたことに気付き、ふうと息を吐いてからゴードンに言う。
「失礼する……」
ロレンツはもうこれ以上関わりたくないというオーラを発しながら立ち去ろうとした。ゴードンは貴族でありロレンツの元上官。その元部下の自分に対する反抗的な態度が気に食わないゴードンが言う。
「待てよ。もっと話をしようぜ。せっかく追い出してやったのによぉ」
ロレンツの足が止まる。
「追い出した……?」
そう小さく言って視線をゴードンに向ける。ゴードンが言う。
「ああ、そうだよ!! 庶民の分際で生意気にも貴族よりも目立とうとするからだ。バチが当たったんだよ、バチが!!」
「そりゃ、どういう意味で……?」
冷静なロレンツの声が少し震える。
「ああ? やっぱりまだ分かってねえのか? 作り出してやったんだよ、あの状況を。俺が!!」
「!!」
ロレンツが例の事件、軍を追放されることになったあの出来事は、実はゴードンによって意図的に作り出されたものだった。
ゴードンは出自が卑しいくせに自分より戦果を挙げ続けるロレンツに嫉妬や妬みをずっと抱いており、『ロレンツ追放』は彼が仕組んだ策略であった。ロレンツが思う。
(あれが、あの事件が仕組まれていたなんて……)
冷静沈着なロレンツの体が震える。
敵に追い詰められ仕方なかったとはいえ『呪剣』の暴走により、関係のない民間人や味方まで巻き沿いにしてしまったあの辛い出来事。大切な部下達もあの戦いで失った。
ロレンツは悔しさと無念さと怒りを胸にゴードンを睨み、ぎゅっと拳を強く握り締めた。そしてその気持ちが切れかかろうとした時、隣にいたアンナが大きな声で言った。
「ちょっと、あなた!! 良く分からないけど、謝りなさいよ、今すぐっ!!!」
ロレンツが我に返る。アンナ自身は詳しい状況は分からないが、明らかに非道なことをしてロレンツを苦しめているだろうと感じゴードンに向かって言った。
「ああ?」
誰よりも大きな声でそう叫ぶアンナにゴードンがしかめっ面をして言う。
「だから娼婦風情が、マサルト王国幹部に生意気言ってんじゃねえよ!!!」
「な、なんですって!!!」
その言葉に怒りを露わにしたアンナ。自分が『ネガーベルの姫』だと明かせばすぐにでも解決できる。だがそれはできない。ゴードンがアンナに言う。
「おいおい、だからここで揉め事を起こす気か? 本当に馬鹿だな、お前らは」
アンナとロレンツはゴードンとのやり取りに集まって来た野次馬たちに気付き、深呼吸をして自分を落ち着かせる。揉め事は厳禁。冷静にならなくてはならない。
自分の一喝が効いたと勘違いしたゴードンがアンナに近付き手を出して言う。
「なあ、おめえ、娼婦のくせに随分と美人だな。幾らだよ? 俺がその男の倍払ってやるぜ。さあ、来いよ」
パン!!
アンナはそう言って差し出して来たゴードンの手を思いきり叩き返した。そして言う。
「馬鹿じゃないの、あなた? 死んでもあんたなんかと一緒に行かないわ!! というか、あなた死んで!!!」
そしてロレンツの腕をぎゅっと抱きしめて言う。
「彼は私の特別な人なの!! 消えなさいっ、このゲス男っ!!!」
「ゲ、ゲス男……」
マサルト王国歩兵団長であるゴードン。国軍の重職である彼が娼婦ごときに受けた屈辱は計り知れないものであった。
「き、貴様……」
しかしここは中立都市『ルルカカ』。
揉め事を起こせばマサルト国軍幹部であろうがここの法には抗えない。ゴードンが周りの視線を気にしながら背を向け言う。
「くそっ、覚えておれよ。この下賤な奴ら共め!!!」
そう言ってぶつぶつ文句を言いながら立ち去って行った。
「なんなのあいつ!! 頭に来るわね!!」
アンナは再び一緒に歩き出したロレンツに言った。ロレンツが謝りながら言う。
「すまなかったな、嬢ちゃん。嫌な思いさせちまって……」
アンナが首を振って答える。
「いいわよ、あれぐらい。慣れてるし」
興奮のせいか、気付かぬうちに思わず本音が出てしまったアンナ。ロレンツはそんな彼女を見て思った。
(『慣れてる』か。こんなもんに慣れなきゃいけねえ環境って一体なんなんだ……?)
ロレンツは隣を歩く不思議な女性を見て少し考えた。その視線に気付かないアンナがロレンツに言う。
「それよりさあ、騙されたとか策略とか言ってたけど、大丈夫なの?」
心配そうな顔で尋ねるアンナ。ロレンツが笑って答える。
「ああ、大丈夫だ。悪いな、心配掛けちまって……」
アンナはそのロレンツの笑顔が作り物であることはすぐに分かった。自分を心配させないためにそうしている、不器用だがロレンツのそんな気持ちがアンナには十分伝わっていた。
(いつか話してくれるのかな……)
アンナは隣を歩くロレンツを横目で見ながらふとそんなことを考えた。
「じゃあね!」
「ああ」
それからふたりは予定通りギルドへ行きロレンツが護衛の依頼を受けた。昼を過ぎていたので軽く昼食をとり、その後馬車に乗って帰って行くアンナをロレンツが見送った。
(俺は騙されていたんだ……)
感情とか涙なんてものはあの戦場に捨ててきた。
それでも戦闘には関係ない人を殺めてしまった罪の意識は、あの日以来一度も消えたことはない。ロレンツは目にうっすらと涙を溜めながら、ひとりそのまま自宅へと帰って行った。
「パパ。お帰り!!」
「ああ、イコ。ただいま」
家には既に学校から帰ったイコがゴロゴロとしていた。ロレンツはアンナが帰ったことをイコに話し残念がる彼女の頭を撫でた。
(彼女は俺の贖罪。そして俺が生きていてもいいと自分に説明ができる存在。言い方は変だが、本当に感謝している)
もしイコがいなければ生きる目的を失いとっくに野垂れ死んでいただろう。ロレンツは常にそう思っている。彼女を育て上げるまでは死ねない。あの日父親らしき男から託された約束だ。
「パパ、どうしたの?」
真剣な顔になっていたロレンツにイコが言う。
「ああ、なんでもない。それより教えてくれるか?」
ロレンツの真面目な顔を見てイコが答える。
「うん……」
少し困った顔をするイコ。
「辛い役目ですまねえな」
ロレンツの言葉にイコが反応して答える。
「ううん。いいんだよ。あのね、お姉ちゃんなんだけど……、多分貴族の家の人……」
イコの能力。
それは『読心術』、相手の心を読む能力。普段はロレンツによって厳しく制御されている彼女特有のスキル。イコが抑えている時は他人の心が勝手に流れ込むことはないが、強い感情にさらされるとその通りではない。
「貴族か……」
ロレンツはある程度予想していたその言葉を聞いて頷く。だが次の言葉はそんな彼をも十分に驚かせるものであった。
「うん、貴族の人。でね、多分だけど『ネガーベル』の人……」
ネガーベル王国。
それは強大な隣国であり、自分が元いたマサルトの敵国。さすがのロレンツもその事実にしばらく唖然となった。
ロレンツの元上官である歩兵団長ゴードン。アンナを侮辱するような言葉を発した彼に、怒りの表情を向けたロレンツの右手が斜め下に下ろされる。それに気付いたゴードンがすぐに言う。
「おいおい、ロレンツ。まさかここで揉め事を起こす気なのか?」
(くっ……)
ゴードンの言葉を聞きロレンツの右手が止まる。
中立都市『ルルカカ』では喧嘩などの揉め事は厳禁であった。安全を最優先するこの街では争いはご法度であり、法を破った者に対しては居住権はく奪など重い処罰が下される。
アンナがそんな彼を見て小さな声で言う。
「ロレンツ……」
自分の為にこれほど真剣に怒ってくれることが嬉しかった。ここでは何もできないことは分かっていたがその気持ちが嬉しかった。
ロレンツは自分が取り乱していたことに気付き、ふうと息を吐いてからゴードンに言う。
「失礼する……」
ロレンツはもうこれ以上関わりたくないというオーラを発しながら立ち去ろうとした。ゴードンは貴族でありロレンツの元上官。その元部下の自分に対する反抗的な態度が気に食わないゴードンが言う。
「待てよ。もっと話をしようぜ。せっかく追い出してやったのによぉ」
ロレンツの足が止まる。
「追い出した……?」
そう小さく言って視線をゴードンに向ける。ゴードンが言う。
「ああ、そうだよ!! 庶民の分際で生意気にも貴族よりも目立とうとするからだ。バチが当たったんだよ、バチが!!」
「そりゃ、どういう意味で……?」
冷静なロレンツの声が少し震える。
「ああ? やっぱりまだ分かってねえのか? 作り出してやったんだよ、あの状況を。俺が!!」
「!!」
ロレンツが例の事件、軍を追放されることになったあの出来事は、実はゴードンによって意図的に作り出されたものだった。
ゴードンは出自が卑しいくせに自分より戦果を挙げ続けるロレンツに嫉妬や妬みをずっと抱いており、『ロレンツ追放』は彼が仕組んだ策略であった。ロレンツが思う。
(あれが、あの事件が仕組まれていたなんて……)
冷静沈着なロレンツの体が震える。
敵に追い詰められ仕方なかったとはいえ『呪剣』の暴走により、関係のない民間人や味方まで巻き沿いにしてしまったあの辛い出来事。大切な部下達もあの戦いで失った。
ロレンツは悔しさと無念さと怒りを胸にゴードンを睨み、ぎゅっと拳を強く握り締めた。そしてその気持ちが切れかかろうとした時、隣にいたアンナが大きな声で言った。
「ちょっと、あなた!! 良く分からないけど、謝りなさいよ、今すぐっ!!!」
ロレンツが我に返る。アンナ自身は詳しい状況は分からないが、明らかに非道なことをしてロレンツを苦しめているだろうと感じゴードンに向かって言った。
「ああ?」
誰よりも大きな声でそう叫ぶアンナにゴードンがしかめっ面をして言う。
「だから娼婦風情が、マサルト王国幹部に生意気言ってんじゃねえよ!!!」
「な、なんですって!!!」
その言葉に怒りを露わにしたアンナ。自分が『ネガーベルの姫』だと明かせばすぐにでも解決できる。だがそれはできない。ゴードンがアンナに言う。
「おいおい、だからここで揉め事を起こす気か? 本当に馬鹿だな、お前らは」
アンナとロレンツはゴードンとのやり取りに集まって来た野次馬たちに気付き、深呼吸をして自分を落ち着かせる。揉め事は厳禁。冷静にならなくてはならない。
自分の一喝が効いたと勘違いしたゴードンがアンナに近付き手を出して言う。
「なあ、おめえ、娼婦のくせに随分と美人だな。幾らだよ? 俺がその男の倍払ってやるぜ。さあ、来いよ」
パン!!
アンナはそう言って差し出して来たゴードンの手を思いきり叩き返した。そして言う。
「馬鹿じゃないの、あなた? 死んでもあんたなんかと一緒に行かないわ!! というか、あなた死んで!!!」
そしてロレンツの腕をぎゅっと抱きしめて言う。
「彼は私の特別な人なの!! 消えなさいっ、このゲス男っ!!!」
「ゲ、ゲス男……」
マサルト王国歩兵団長であるゴードン。国軍の重職である彼が娼婦ごときに受けた屈辱は計り知れないものであった。
「き、貴様……」
しかしここは中立都市『ルルカカ』。
揉め事を起こせばマサルト国軍幹部であろうがここの法には抗えない。ゴードンが周りの視線を気にしながら背を向け言う。
「くそっ、覚えておれよ。この下賤な奴ら共め!!!」
そう言ってぶつぶつ文句を言いながら立ち去って行った。
「なんなのあいつ!! 頭に来るわね!!」
アンナは再び一緒に歩き出したロレンツに言った。ロレンツが謝りながら言う。
「すまなかったな、嬢ちゃん。嫌な思いさせちまって……」
アンナが首を振って答える。
「いいわよ、あれぐらい。慣れてるし」
興奮のせいか、気付かぬうちに思わず本音が出てしまったアンナ。ロレンツはそんな彼女を見て思った。
(『慣れてる』か。こんなもんに慣れなきゃいけねえ環境って一体なんなんだ……?)
ロレンツは隣を歩く不思議な女性を見て少し考えた。その視線に気付かないアンナがロレンツに言う。
「それよりさあ、騙されたとか策略とか言ってたけど、大丈夫なの?」
心配そうな顔で尋ねるアンナ。ロレンツが笑って答える。
「ああ、大丈夫だ。悪いな、心配掛けちまって……」
アンナはそのロレンツの笑顔が作り物であることはすぐに分かった。自分を心配させないためにそうしている、不器用だがロレンツのそんな気持ちがアンナには十分伝わっていた。
(いつか話してくれるのかな……)
アンナは隣を歩くロレンツを横目で見ながらふとそんなことを考えた。
「じゃあね!」
「ああ」
それからふたりは予定通りギルドへ行きロレンツが護衛の依頼を受けた。昼を過ぎていたので軽く昼食をとり、その後馬車に乗って帰って行くアンナをロレンツが見送った。
(俺は騙されていたんだ……)
感情とか涙なんてものはあの戦場に捨ててきた。
それでも戦闘には関係ない人を殺めてしまった罪の意識は、あの日以来一度も消えたことはない。ロレンツは目にうっすらと涙を溜めながら、ひとりそのまま自宅へと帰って行った。
「パパ。お帰り!!」
「ああ、イコ。ただいま」
家には既に学校から帰ったイコがゴロゴロとしていた。ロレンツはアンナが帰ったことをイコに話し残念がる彼女の頭を撫でた。
(彼女は俺の贖罪。そして俺が生きていてもいいと自分に説明ができる存在。言い方は変だが、本当に感謝している)
もしイコがいなければ生きる目的を失いとっくに野垂れ死んでいただろう。ロレンツは常にそう思っている。彼女を育て上げるまでは死ねない。あの日父親らしき男から託された約束だ。
「パパ、どうしたの?」
真剣な顔になっていたロレンツにイコが言う。
「ああ、なんでもない。それより教えてくれるか?」
ロレンツの真面目な顔を見てイコが答える。
「うん……」
少し困った顔をするイコ。
「辛い役目ですまねえな」
ロレンツの言葉にイコが反応して答える。
「ううん。いいんだよ。あのね、お姉ちゃんなんだけど……、多分貴族の家の人……」
イコの能力。
それは『読心術』、相手の心を読む能力。普段はロレンツによって厳しく制御されている彼女特有のスキル。イコが抑えている時は他人の心が勝手に流れ込むことはないが、強い感情にさらされるとその通りではない。
「貴族か……」
ロレンツはある程度予想していたその言葉を聞いて頷く。だが次の言葉はそんな彼をも十分に驚かせるものであった。
「うん、貴族の人。でね、多分だけど『ネガーベル』の人……」
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