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第一章「氷姫が出会った男」
11.キャロル・ティンフェルはオジサマ好き?
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キャロル・ティンフェルは退屈だった。
上官である聖騎士団長エルグから命じられたとは言え、剣の素人ふたりしかいないキャスタール家の相手をしなければならないことを。
「ふわわぁ……」
案の定、リリーそしてアンナも剣を持つ手は震え、恐怖の為か腰が引けてしまっている。
自分の出番などないと踏んだキャロルは待機場で座りながら大きなあくびをしていた。温かな日差し、心地よい風。淡いピンク色の髪をいじりながらうとうとしかけていた彼女は突如感じた強い覇気に目が覚めた。
「え? なに!?」
飛び起きて見ると下らない茶番を行っていると思っていた舞台の上に、見たこともない銀髪の男が立っている。後ろ姿しか見えないがひしひしと感じる強者のオーラ。キャロルは隣にいたミセルに尋ねた。
「ミセル様ぁ、あれは誰なんですぅ??」
眉間に皺を寄せたまま状況を見つめるミセルが答える。
「分かりませんわ。突然現れて……」
退屈だと思っていたキャロル。それをぶち壊してくれそうなその男を嬉しそうにじっと見つめた。
「うそ、うそ……、なんで、あなたが……」
アンナは止まることのない涙をぼろぼろと流しロレンツに言う。ロレンツはアンナに手を差し出しながら笑顔で言った。
「なんでって、嬢ちゃんと約束したろ。助けるって」
「私が、私は言ってないよ。そんなこと……」
アンナはロレンツの手を取り、立ち上がりながら溢れた涙を拭う。ロレンツが答える。
「言ったぞ。あの夜に」
(あっ)
酒に酔った夜。
アンナに記憶はなかったがもしかしたら酔って本音が出てしまったのかも知れない。『誰も助けてくれない。助けて』と。ロレンツが思う。
(まあ『救う』って約束したんで、これもその範疇だよな)
ロレンツはアンナの言葉を拡大解釈していた。
「で、でも……」
目を真っ赤にして涙を流しながら何かを言おうとしたアンナにロレンツが言う。
「よく頑張ったな。後は俺に任せろ」
そう言いながらアンナの頭を撫でるロレンツ。
(うっ、ううっ、こんなの、こんなの反則だよぉ……)
「ロレンツぅ……」
アンナは堪えていた感情をさらけ出し、ロレンツの胸に顔を埋めて泣いた。
「アンナ、様……」
それを舞台下で見ていたリリーは驚きを隠せなかった。
(誰なの、あの人……? アンナ様があんな表情をして涙を流して……)
常にアンナの傍に仕え、誰よりも自分こそが彼女の理解者であると思っていたリリー。しかし目の前で感情を表して泣くアンナを見て、それは間違いなのかもしれないと思い直した。
「お、おい、誰だよあれ?」
「姫様、泣いてるぞ……」
小隊長の覇気迫る攻撃。それに防戦一方の姫。
誰もが危ないと思った時に現れた謎の男。知り合いなのか、その男に抱かれる形で姫が泣き始める。
「姫様……」
氷姫と呼ばれるアンナ。
その名前は一部国民にも知れ渡っていたが、感情をあらわにして涙する彼女の姿にその面影はなかった。ロレンツが小隊長に言う。
「おい、この女はもう戦えねえ。棄権させるんでお前の相手は俺がする」
「あ、ああ……」
鋭い眼光。低い声でそう言われた小隊長が反射的に返事をする。
「ロ、ロレンツ……」
涙を拭ったアンナが名前を口にする。
「嬢ちゃんは下で見てろ。ここはお前が立つ場所じゃねえ」
「う、うん……」
アンナは素直に頷くと審判に自分の棄権と『遅れて来た剣士』との交代を告げ、舞台から降りる。
「アンナ様!!」
戻って来たアンナにリリーが走り寄る。
「アンナ様、大丈夫ですか!?」
アンナはまだ赤い目をしたまま頷き言う。
「ええ、大丈夫よ」
「彼は、あの男は一体何者で……?」
アンナは舞台の上に立ちその大きな背中を見て答える。
「誰かな……、そうね。とっても失礼な奴、かな?」
そう言って笑うアンナの顔はまるでどこかの少女のようだとリリーは思った。
「おい、ルールを教えてくれ」
ロレンツは闘技場の床に突き刺さった剣を引き抜きながら審判に尋ねた。
「ルールって、相手が降参するか……、あ、大怪我や殺しは厳禁。大雑把にはその程度で……」
「分かった」
ロレンツはそうひとこと言うと、剣を構え小隊長に言う。
「来い」
(うっ)
小隊長は震えていた。
明らかに実力差がある相手。なまじ剣をかじった為に分かる相手の強さ。混乱し掛かった小隊長の頭に娘の顔が浮かんだ。
「うおおおおおおっ!!!!」
出鱈目に斬りかかった。
あまりの実力差に対峙しているだけでも震える彼にはそれしかできなかった。
カン!!!
(え?)
気付けば手にしていた剣はなくなり、代わりに目の前に相手の剣が突きつけられていた。
「降参でいいな?」
「は、はい……」
小隊長はそのまま両膝を床に着きがっくりと下を向いて涙を流した。
目の前の男との勝負は終わった。その安心感と共に、会えない家族の顔が脳裏に浮かぶ。小隊長はゆっくりと立ち上がり被っていた兜を取ると、頭を下げて言った。
「ありがとうございました……」
この様な強い相手と戦えたことへの感謝。
姫を斬らずに済んだことへの感謝。
小隊長の目には止まらない涙で溢れていた。
「お前、名前は?」
ロレンツは剣を収めながら小隊長に言う。一瞬名乗ることを躊躇った彼だが、武人としての礼儀に反すると思い自分の名を口にする。
「俺はロレンツ。後で話がある」
ロレンツはそう小声で伝えると審判に言う。
「次はどいつだ」
呆然としていた審判だが慌てて勝者ロレンツの名前を叫び、そしてジャスター家最後の対戦相手となるキャロルに手を差し出し言う。
「ジャスター家、舞台へ!!!」
「は~い!!」
緊張感のない甘い返事。呼ばれたキャロルがぴょんと舞台へ飛び乗る。
「おお……」
ネガーベル王国最高部隊である聖騎士団。その副団長を務めるキャロル。堅い肩書とは逆に愛くるしい顔に淡いピンクの髪が印象的な彼女。明るい性格も彼女の特徴である。
キャロルがロレンツの前まで来てその顔をじっと見つめてから言う。
「やだ~、近くで見たらと~っても渋いじゃん! キャロルの好みかも!!」
少女のように目を輝かせてそう言うキャロル。それを聞いたアンナはむかっとしながら言う。
「な、なによ、あのデレっとした顔っ!! 若い女の子に言い寄られて、ああ、なんてだらしない!!」
それを隣で聞いていたリリーは、全く表情を変えない銀髪の男のどこがデレっとしているのか理解できなかった。ロレンツが剣を構えて言う。
「さあ、早くやるぞ」
その言葉を聞いたキャロルが頬を赤らめながら答える。
「やだ~、こんなみんなの前で『早くやる』だなんて!! キャロル、恥ずかしい~」
ロレンツには目の前の生き物が一体何を言っているのかさっぱり分からない。
「やらぬのならこちらから行くぞ」
そう言って剣を構えるロレンツに、キャロルもようやく腰につけたレイピアを抜く。
「うん、じゃあちょっとだけお相手してあげるね。私が勝ったらデートでもしようね!!」
(な、何を口説いてるの、試合中なのに!!! むかっ、むかむかっ!!!)
『デート』と言う言葉だけ聞こたアンナは苛立ちを隠せない。
「そぉ~れ!!」
「!!」
キャロルはレイピアを構えると、高速でロレンツの間合いまで移動し連続の突きを放った。
シュンシュンシュン!!!
(こいつぁ、驚いた!!)
ロレンツはキャロルの高速の突きを紙一重でかわしながら思う。
(軟弱そうなお嬢ちゃんだと思ってみたが、これはえらい間違いだ。気ィ抜くとやられる!!)
高速のキャロルの突き。
ただそれ以上の速い動きでそれをかわすロレンツは、傍から見るとゆらりゆらりと揺れているだけのように見える。ロレンツは見た目とは違い相当な実力を持つキャロルに舌を巻いて驚いた。
無論この時点で彼女が聖騎士団の副団長だとは知らない。
「な、何をしているの? 一体どうなって……?」
目の前の光景をまったく理解できないミセルが焦りながらつぶやく。絶対の信頼を持って連れてきたキャロルが仕留められない。その焦りはこれまでに経験のないほどのものだった。
しかしそれ以上に焦っている女性が舞台の上にいた。
(な、なんで!? なんで当たらないの~!!??)
確実に捉えたはずの突きがすべてかわされる。ほとんど経験のない事態にキャロルの焦りが強くなる。
(も、もう一段階ギアを上げて……)
キャロルは持っているすべての力と集中力を突きに注ぎ込む。
「はあああっ!!!!」
(こりゃまずい!!)
さすがのロレンツも真剣なキャロルに少しだけ本気にならざるを得なくなる。
(はあっ!!!!)
「え?」
一瞬。
ほんの一瞬だがロレンツの体から真黒い漆黒のような覇気が放たれる。それに飲み込まれたキャロルのレイピアが一瞬止まる。
カン!! カランカラン……
キャロルが気付くと手にしていたレイピアが飛ばされ、床に音を立てて転がり落ちた。そして目の前に突き付けられる剣。
「降参でいいか?」
優しく深みのある声。
「はい……」
キャロルは何も迷うことなくそれに従った。
「しょ、勝者、キャスタール家っ!!!」
「うおおおおおおっ!!!!」
轟く歓声。響く拍手。
そんな中、キャロルは目の前の銀髪の男を見てただただ思った。
(強い、強くてカッコいいわ。好き……)
猛者だから分かるロレンツの実力。
あの一瞬の覇気、彼がまだ実力の半分も出していないことはすぐ分かった。その強さはもしかしたら騎士団長以上かもしれない。
強くて渋い。オジサマ好きのキャロルはこの戦いで完全にロレンツの虜となってしまった。ロレンツが言う。
「強かったよ、嬢ちゃん」
「ロレロレ、素敵……」
「ん?」
結局ロレンツはロレンツで、最後まで彼女が何を言っているのか理解できなかった。
上官である聖騎士団長エルグから命じられたとは言え、剣の素人ふたりしかいないキャスタール家の相手をしなければならないことを。
「ふわわぁ……」
案の定、リリーそしてアンナも剣を持つ手は震え、恐怖の為か腰が引けてしまっている。
自分の出番などないと踏んだキャロルは待機場で座りながら大きなあくびをしていた。温かな日差し、心地よい風。淡いピンク色の髪をいじりながらうとうとしかけていた彼女は突如感じた強い覇気に目が覚めた。
「え? なに!?」
飛び起きて見ると下らない茶番を行っていると思っていた舞台の上に、見たこともない銀髪の男が立っている。後ろ姿しか見えないがひしひしと感じる強者のオーラ。キャロルは隣にいたミセルに尋ねた。
「ミセル様ぁ、あれは誰なんですぅ??」
眉間に皺を寄せたまま状況を見つめるミセルが答える。
「分かりませんわ。突然現れて……」
退屈だと思っていたキャロル。それをぶち壊してくれそうなその男を嬉しそうにじっと見つめた。
「うそ、うそ……、なんで、あなたが……」
アンナは止まることのない涙をぼろぼろと流しロレンツに言う。ロレンツはアンナに手を差し出しながら笑顔で言った。
「なんでって、嬢ちゃんと約束したろ。助けるって」
「私が、私は言ってないよ。そんなこと……」
アンナはロレンツの手を取り、立ち上がりながら溢れた涙を拭う。ロレンツが答える。
「言ったぞ。あの夜に」
(あっ)
酒に酔った夜。
アンナに記憶はなかったがもしかしたら酔って本音が出てしまったのかも知れない。『誰も助けてくれない。助けて』と。ロレンツが思う。
(まあ『救う』って約束したんで、これもその範疇だよな)
ロレンツはアンナの言葉を拡大解釈していた。
「で、でも……」
目を真っ赤にして涙を流しながら何かを言おうとしたアンナにロレンツが言う。
「よく頑張ったな。後は俺に任せろ」
そう言いながらアンナの頭を撫でるロレンツ。
(うっ、ううっ、こんなの、こんなの反則だよぉ……)
「ロレンツぅ……」
アンナは堪えていた感情をさらけ出し、ロレンツの胸に顔を埋めて泣いた。
「アンナ、様……」
それを舞台下で見ていたリリーは驚きを隠せなかった。
(誰なの、あの人……? アンナ様があんな表情をして涙を流して……)
常にアンナの傍に仕え、誰よりも自分こそが彼女の理解者であると思っていたリリー。しかし目の前で感情を表して泣くアンナを見て、それは間違いなのかもしれないと思い直した。
「お、おい、誰だよあれ?」
「姫様、泣いてるぞ……」
小隊長の覇気迫る攻撃。それに防戦一方の姫。
誰もが危ないと思った時に現れた謎の男。知り合いなのか、その男に抱かれる形で姫が泣き始める。
「姫様……」
氷姫と呼ばれるアンナ。
その名前は一部国民にも知れ渡っていたが、感情をあらわにして涙する彼女の姿にその面影はなかった。ロレンツが小隊長に言う。
「おい、この女はもう戦えねえ。棄権させるんでお前の相手は俺がする」
「あ、ああ……」
鋭い眼光。低い声でそう言われた小隊長が反射的に返事をする。
「ロ、ロレンツ……」
涙を拭ったアンナが名前を口にする。
「嬢ちゃんは下で見てろ。ここはお前が立つ場所じゃねえ」
「う、うん……」
アンナは素直に頷くと審判に自分の棄権と『遅れて来た剣士』との交代を告げ、舞台から降りる。
「アンナ様!!」
戻って来たアンナにリリーが走り寄る。
「アンナ様、大丈夫ですか!?」
アンナはまだ赤い目をしたまま頷き言う。
「ええ、大丈夫よ」
「彼は、あの男は一体何者で……?」
アンナは舞台の上に立ちその大きな背中を見て答える。
「誰かな……、そうね。とっても失礼な奴、かな?」
そう言って笑うアンナの顔はまるでどこかの少女のようだとリリーは思った。
「おい、ルールを教えてくれ」
ロレンツは闘技場の床に突き刺さった剣を引き抜きながら審判に尋ねた。
「ルールって、相手が降参するか……、あ、大怪我や殺しは厳禁。大雑把にはその程度で……」
「分かった」
ロレンツはそうひとこと言うと、剣を構え小隊長に言う。
「来い」
(うっ)
小隊長は震えていた。
明らかに実力差がある相手。なまじ剣をかじった為に分かる相手の強さ。混乱し掛かった小隊長の頭に娘の顔が浮かんだ。
「うおおおおおおっ!!!!」
出鱈目に斬りかかった。
あまりの実力差に対峙しているだけでも震える彼にはそれしかできなかった。
カン!!!
(え?)
気付けば手にしていた剣はなくなり、代わりに目の前に相手の剣が突きつけられていた。
「降参でいいな?」
「は、はい……」
小隊長はそのまま両膝を床に着きがっくりと下を向いて涙を流した。
目の前の男との勝負は終わった。その安心感と共に、会えない家族の顔が脳裏に浮かぶ。小隊長はゆっくりと立ち上がり被っていた兜を取ると、頭を下げて言った。
「ありがとうございました……」
この様な強い相手と戦えたことへの感謝。
姫を斬らずに済んだことへの感謝。
小隊長の目には止まらない涙で溢れていた。
「お前、名前は?」
ロレンツは剣を収めながら小隊長に言う。一瞬名乗ることを躊躇った彼だが、武人としての礼儀に反すると思い自分の名を口にする。
「俺はロレンツ。後で話がある」
ロレンツはそう小声で伝えると審判に言う。
「次はどいつだ」
呆然としていた審判だが慌てて勝者ロレンツの名前を叫び、そしてジャスター家最後の対戦相手となるキャロルに手を差し出し言う。
「ジャスター家、舞台へ!!!」
「は~い!!」
緊張感のない甘い返事。呼ばれたキャロルがぴょんと舞台へ飛び乗る。
「おお……」
ネガーベル王国最高部隊である聖騎士団。その副団長を務めるキャロル。堅い肩書とは逆に愛くるしい顔に淡いピンクの髪が印象的な彼女。明るい性格も彼女の特徴である。
キャロルがロレンツの前まで来てその顔をじっと見つめてから言う。
「やだ~、近くで見たらと~っても渋いじゃん! キャロルの好みかも!!」
少女のように目を輝かせてそう言うキャロル。それを聞いたアンナはむかっとしながら言う。
「な、なによ、あのデレっとした顔っ!! 若い女の子に言い寄られて、ああ、なんてだらしない!!」
それを隣で聞いていたリリーは、全く表情を変えない銀髪の男のどこがデレっとしているのか理解できなかった。ロレンツが剣を構えて言う。
「さあ、早くやるぞ」
その言葉を聞いたキャロルが頬を赤らめながら答える。
「やだ~、こんなみんなの前で『早くやる』だなんて!! キャロル、恥ずかしい~」
ロレンツには目の前の生き物が一体何を言っているのかさっぱり分からない。
「やらぬのならこちらから行くぞ」
そう言って剣を構えるロレンツに、キャロルもようやく腰につけたレイピアを抜く。
「うん、じゃあちょっとだけお相手してあげるね。私が勝ったらデートでもしようね!!」
(な、何を口説いてるの、試合中なのに!!! むかっ、むかむかっ!!!)
『デート』と言う言葉だけ聞こたアンナは苛立ちを隠せない。
「そぉ~れ!!」
「!!」
キャロルはレイピアを構えると、高速でロレンツの間合いまで移動し連続の突きを放った。
シュンシュンシュン!!!
(こいつぁ、驚いた!!)
ロレンツはキャロルの高速の突きを紙一重でかわしながら思う。
(軟弱そうなお嬢ちゃんだと思ってみたが、これはえらい間違いだ。気ィ抜くとやられる!!)
高速のキャロルの突き。
ただそれ以上の速い動きでそれをかわすロレンツは、傍から見るとゆらりゆらりと揺れているだけのように見える。ロレンツは見た目とは違い相当な実力を持つキャロルに舌を巻いて驚いた。
無論この時点で彼女が聖騎士団の副団長だとは知らない。
「な、何をしているの? 一体どうなって……?」
目の前の光景をまったく理解できないミセルが焦りながらつぶやく。絶対の信頼を持って連れてきたキャロルが仕留められない。その焦りはこれまでに経験のないほどのものだった。
しかしそれ以上に焦っている女性が舞台の上にいた。
(な、なんで!? なんで当たらないの~!!??)
確実に捉えたはずの突きがすべてかわされる。ほとんど経験のない事態にキャロルの焦りが強くなる。
(も、もう一段階ギアを上げて……)
キャロルは持っているすべての力と集中力を突きに注ぎ込む。
「はあああっ!!!!」
(こりゃまずい!!)
さすがのロレンツも真剣なキャロルに少しだけ本気にならざるを得なくなる。
(はあっ!!!!)
「え?」
一瞬。
ほんの一瞬だがロレンツの体から真黒い漆黒のような覇気が放たれる。それに飲み込まれたキャロルのレイピアが一瞬止まる。
カン!! カランカラン……
キャロルが気付くと手にしていたレイピアが飛ばされ、床に音を立てて転がり落ちた。そして目の前に突き付けられる剣。
「降参でいいか?」
優しく深みのある声。
「はい……」
キャロルは何も迷うことなくそれに従った。
「しょ、勝者、キャスタール家っ!!!」
「うおおおおおおっ!!!!」
轟く歓声。響く拍手。
そんな中、キャロルは目の前の銀髪の男を見てただただ思った。
(強い、強くてカッコいいわ。好き……)
猛者だから分かるロレンツの実力。
あの一瞬の覇気、彼がまだ実力の半分も出していないことはすぐ分かった。その強さはもしかしたら騎士団長以上かもしれない。
強くて渋い。オジサマ好きのキャロルはこの戦いで完全にロレンツの虜となってしまった。ロレンツが言う。
「強かったよ、嬢ちゃん」
「ロレロレ、素敵……」
「ん?」
結局ロレンツはロレンツで、最後まで彼女が何を言っているのか理解できなかった。
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