覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
16 / 89
第二章「騎士ロレンツ誕生」

16.策略・謀略・計略

しおりを挟む
 窓から流れるそよ風の心地良い朝。
 ジャスター家の令嬢ミセルと兄で聖騎士団団長エルグは、王城の眺めの良いテラスで朝食をとっていた。ベーコンエッグをフォークとナイフで食べながらエルグが聞く。


「それで、例の奴の身元は何か分かったのかい?」

 紅茶のカップを持ちながらミセルが言う。

のことでしょうか?」

「ああ、ロレロレだ」

 ミセルはカップに付いた口紅を手で軽く拭き取りながら答える。


「いいえ、まだはっきりとは。ただネガーベルの人間ではなさそうです」

「国民登録がないってことか?」

「ええ。偽名を使っているかもしれませんが」


 エルグもコーヒーを口にしながら答える。

「そうだな。ロレロレなんてふざけた名前、いかにも偽名っぽい」


 そんなふたりの元へひとりの兵士が報告に現れた。兵士は床に片膝をつき一礼すると、エルグに報告した。

「エルグ様、カルックス様より面会の申し出が届いております」

「カルックス卿が? 一体何の用だろう……?」

 ミセルは嫌な予感がした。
 カルックス家と言えば、先日の『剣遊会』で小隊長の家族を拉致、監禁させた貴族。ミセルのジャスター家に忠誠を誓う貴族だがこんな朝早く面会を申し出るにはそれなりの理由があるはず。エルグが答える。


「分かった。朝食を済ませたらすぐに行く。しばし応接室で待たれるよう伝えてくれ」

「はっ!」

 兵士は再度頭を下げてその場を立ち去る。ミセルが言う。


「お兄様。なにやら嫌な予感がしますわ」

「そうだな。とりあえず早めに食事を終えて話を聞こう」

 ふたりは急ぎ朝食を終えると、カルックス卿が待つ応接室へと急いだ。





「エ、エルグ様、ミセル様!!」


「!!」

 応接室にやって来たエルグとミセル。
 歴史ある調度品に囲まれた落ち着いた部屋。中央に置かれた来客用の重厚なソファーにカルックス卿が座っている。だがその姿を見てふたりは驚いた。


「卿、その怪我はどうなされた!?」

 カルックス卿は腕や足に痛々しいほどの包帯を巻き、血の気のない白い顔をしている。ただ事ではない、ふたりはすぐに思った。
 カルックス卿が周りに誰も居ないことを確認してから小声で言う。


「申し訳ございませぬ。人質を奪われました……」

「なに? 人質を……?」

 カルックス卿はうな垂れて話す。


「はい。昨晩突然フードを被ったひとりの大きな男がやって来まして、門番、守護兵を蹴散らし人質を奪って行きました……」

「たったひとりだと!?」

 驚くエルグにカルックス卿が頷いて言う。


「はい、たったひとりでございます。だが恐ろしく強く、その手にした漆黒の剣は振り下ろすだけで周りの者達がバタバタと倒れて行く始末。多少腕に覚えがあった私もごらんのとおりです……」

 今日の痛々しい姿を見て真顔になるふたり。卿が言う。


「そして奴はこう言い残しました。『二度とこんなことするんじゃねえ。次やったらてめえらの全てを叩き潰す』と」

「ぬぬぬっ……」

 エルグの顔が怒りの表情に染まる。卿が頭を下げて言う。


「申し訳ございません。ただこれ以上あの男に関わるのは、む、無理でございます。恐ろしくて恐ろしくて。奴が発した背筋の凍るような邪気。皆震えて……、ああ、恐ろしい……」

 白かったカルックス卿の顔が真っ青に染まる。卿はその後もその男の強さと恐ろしさを延々と話し、最後に頭を下げて退出して行った。残されたジャスター家のふたり。ミセルが言う。


「一体誰でしょうか……?」

 エルグが答える。

「分からぬが、常識ある貴族ではなかろう」

 ネガーベル王国でいま最も力のあるジャスター家。そのジャスター家に忠義を尽くすカルックス家に対してこのような強行ができるのは通常の貴族ではない。ミセルが言う。


「となるとアンナ姫の手の内の者……」

「ロレロレか……?」

 ふたりは顔を合わせる。エルグが言う。


「キャロルを倒した男だ。十分にあり得るだろう」

「だとしてもなぜカルックス卿だと分かったのでしょう?」

 エルグが腕を組んで考える。


「分からぬ。誰か我が陣営に内通者でもいるのか? それともカルックス卿の自作自演……」

 ふたりは答えの出ない問題に頭を抱える。エルグが言う。


「とりあえずロレロレの調査を優先する。私も一度面会して見よう。あとは計画通り姫の外堀を埋めていく。カイトの方はどうなっている?」

 ミセルが答える。


「はい。今度の茶会でご一緒致しますわ。既に『護衛職』を解かれた凋落貴族。私が軽く落として見せましょう」

 ミセルは真っ赤な髪を色っぽくかき上げながら言う。エルグが頷きながら言う。


「頼もしい妹だ。あとロレロレは独身なのか?」

「ええ、恐らく。ただ小さな連れ子がいるようです」

「連れ子? まあ、いい。奴の調査と同時に、策略も滞りなく頼む」

「分かりましたわ」

 エルグとミセルは突如現れたアンナの強力な助っ人に戸惑いながらも、周到な準備をしてそれを迎えうとうとしていた。





「カイト様!」

 その日の午後。爽やかな風が吹き、色とりどりの花が咲き誇るネガーベル王城中庭にミセルは来ていた。


「ミセル様!」

 アンナの婚約者であるカイト・ジェードは、そんな可憐に咲き誇る花々の中にいても、それよりも美しく輝くミセルに目を奪われた。
 真っ赤なドレス。男を惑わせるような大きく開いた胸元に、彼女のボディーラインがはっきりと分かるようなタイトな衣装。風に揺れる赤髪に唇は情熱の深紅。カイトは自分の中にある興奮を抑える自信がなかった。


「お忙しいところお時間を作って頂き、ミセルは嬉しゅうございます」

 少し頬を赤らめながら上目遣いで言うミセル。確実に男を意識した仕草。真面目なカイトはその姿を直視できないほど緊張していた。


「いえ、僕の方こそミセル様にお会いできて嬉しいです」

 カイトも緊張から顔を赤くして答える。ミセルが言う。


「お茶会にご参加頂けるようでとても楽しみにしております。でも、私などとご一緒でよろしかったのでしょうか?」

 ミセルが少し寂しそうな表情でそう伝える。カイトが大きく首を振って答える。


「と、とんでもない!! ミセル様とご一緒できるなんて僕は光栄です!!」

「まあ、嬉しい!! 私は喜んでよいのですね?」

「あ、はい!」

 ミセルは満面の笑みを浮かべながら内心思う。


(チョロいわ)

 カイトは王家であるキャスタール家に仕える有力貴族。
 そのジェード家のひとり息子であるカイトは、行方不明になった国王から娘アンナの『護衛職』、並びに婚約者として指名されていた。だが国王が不在になって以降ジャスター家が力をつけ彼に接近、結果カイトは『護衛職』を失い、王家との関係も悪化していた。


「でも……」

 物悲しげな表情をするミセル。華やかな彼女だが、一瞬ちらりと見せる彼女のとしての弱さにカイトの心は揺さぶられた。カイトが尋ねる。


「何かご心配なことでも……?」

 ミセルは目を赤くし、少し目線を下に向けながら首を振る。


(ぼ、僕が守ってあげなきゃ!!)

 単純なカイトはミセルの演技にものの見事に嵌り、滝に流される落ち葉の如く騙されて行く。ミセルが言う。


「カイト様はその……、姫君のご婚約者。だから私は抱いてはいけない感情に毎夜苦しんでおりますの……」

 カイトは体の震えが止まらなかった。目の前の女性を救いたい。今彼の頭を支配しているのはただそのひと言であった。


(彼女は恐らく聖女になる人物。その聖女の夫こそ、この国を率いるリーダー。それこそ僕の天命。ならばもう迷うことはない)

 真面目で臆病な一面を持つカイトであったが人並み以上に権力に対する欲は強く、『国王』と言うジェード家の歴史に無い偉業を刻み込みたい気持ちは強かった。ミセルとの関係はまさに渡りに船である。カイトが言う。


「ミセル様」

「はい……」

 カイトが真面目な顔で言う。


「僕の心はあなたのことでもう一杯でございます」

「嬉しいわ……」

 そう言いながらも少し悲しげな表情を浮かべるミセル。それを不安を拭うようにカイトが言う。


「これよりアンナと少し話をして参ります。それであなたのお心が晴れれば僕は本望でございます。では」

「あっ……」

 カイトはそう言って頭を下げると勇ましく歩いて行った。ミセルは彼が消えるまで『恋する乙女』を演じていたがすぐに背を向けて思う。


(ば~か。なんてお馬鹿さんなんでしょう。くくくっ……)

 ミセルはこれから起きるであろう出来事を思いひとりくすくすと笑った。





「アンナ、失礼するよ」

 その日の夕刻。私室にいたアンナの元へカイトが尋ねて来た。部屋の奥にはまだ仮ではあるが『護衛職』を拝命したロレンツがひとりコーヒーを飲んでいる。アンナが少し驚きながら言う。


「カイト……、お久しぶりです」

 アンナの顔が再び氷のように冷たくなる。カイトが言う。

「ああ、久しぶりだ。アンナ」

 無表情のアンナが抑揚のない声で尋ねる。


「一体何のご用で? 病気はもう治って?」

 療養中のため『剣遊会』も辞退したカイト。思い出したように答える。


「あ、ああ。お陰でもう大丈夫だ。それより君に伝えなきゃならないことがある」

 真面目な表情。アンナは何となく次の言葉が予測できた。



「君との婚約を破棄したい」


 アンナが再び『氷姫』となる。
 ロレンツは雑誌を見ながら黙ってコーヒーを啜った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...