覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
20 / 89
第二章「騎士ロレンツ誕生」

20.解雇通知

しおりを挟む
(くそぉ……、なぜこの私が、なぜ、この私が……!!!)

 マサルト王国辺境。
 日々強まる蛮族の攻撃にマサルト軍は大苦戦していた。苛立ったゲルガー軍団長に直々に命じられたゴードン歩兵団長が前線に立ち指揮をとる。
 飛び交う血。奇声。叫び声。
 ゴードンが来たことで更に指揮系統が悪化したマサルト軍は敗戦一方となっていた。歩兵団の兵士達が震えながら言う。


「無理だ、こんな戦無理だ!! 士気も無いも同然。これじゃあ勝てない……」

 突撃しか作戦のないマサルト軍。
 以前は豊富にあった物資も尽きかけ、前線の兵士は空腹に耐えながら蛮族の攻撃にさらされている。


「ロレンツさんが居てくれれば……」

 在軍歴の長い兵士のひとりがぼそっと口にする。

「……」

 それを聞いた兵士達が無言になる。
 誰もがそう思っている。彼が軍裁判を受けることになった事件も、明らかに軍上層部によって仕組まれたもの。結局その責を取って彼は居なくなったのだが、それを助けられなかった自分達も同罪だと皆は感じていた。


「ひとりで敵に斬り込む人なんて見たことないからな……」

 皆がそのかつての上官の雄姿を思い浮かべる。
 たったひとりで戦局を変えられる男。その圧倒的強さでどんな困難な作戦でもほぼ成功させていた。



「何をやっている、お前達っ!!!!!」


 そう昔話をしていた兵士達に、後方から馬に乗った人物が声を荒げて言った。

「ゴードン歩兵団長!!!」

 どれだけ人員や物資を注ぎ込んでも一向に変わらぬ戦局。
 敗北に次ぐ敗北で焦るゴードンは冷静さを失っていた。大きな声で再度叫ぶ。


「何をサボっているというんだ!!! 突っ込め!!! どんどん突撃せよ!!!!!」


「は、はいっ!!!」

 ゴードンの怒りに触れ慌てた兵士達が武器を持って立ち上がった瞬間、目の前を数本の矢が通り過ぎていった。


 シュンシュン!!


「ぎゃあああああ!!!!!」

 兵士達が振り返ると、そこには蛮族の矢を受けて落馬するゴードンの姿があった。


「ゴードン様!!!」
「ほ、歩兵団長!!!」

 指揮官を失ったマサルト軍はこれまでで最大の敗戦を喫し、それに比例するだけの大きな領土や街を失った。一命は取り留めたものの、矢による怪我や毒に侵され朦朧とした頭でゴードンが思う。


(なぜこんな事に……、ロレンツだ、全部奴が悪いんだ……、あいつが諸悪の根源で……)

 ゴードンはそのまま意識を失うように眠りについた。





「うそ、こんな事って……」

 アンナの侍女を務めるリリーはその封書に入った手紙を見て固まった。


『あなたを侍女の職を解任します。両日中に王城を退去すること』


 アンナからの封書。最後にはもう新しい侍女が内定していること、そして二度と私の前に姿を見せぬようと記されている。


(どうして? 一体どうしてなんですか……)

 身に覚えがないと言えば嘘になる。
 姫であるアンナに対して『服が庶民じみている』とか、護衛職に就いたロレンツのことを『あいつは信用できない』とかアンナの怒りを買うことを幾つかしてきている。


(だからってこんな急な解雇って、私、どうすれば……)

 アンナからの手紙を手にリリーが涙を流す。


(アンナ様にお会いして直接お聞きしたい……、でも……)

『二度と姿を見せるな』と記された文面がまだ少女リリーの心を潰しかかる。頭脳明晰なリリー。完璧に侍女としての仕事をこなす一方、まだその心は決して熟しているとは言い切れない。涙を拭いながら思う。


「最後にご挨拶だけでもしたかったけど、仕方ないのかな……」

 リリーはいつの間にかアンナの中に溜まっていた自分への不満を感じ、ここは潔く消えようと心に決めた。




 翌日、公務室で仕事をしていたアンナが部屋にやって来たロレンツに声をかける。

「今日からだっけ?」

「何がだ?」

「何がってイコちゃんの学校」

「ああ」

 いつもながらあまり興味のなさそうな返事にむっとしながらアンナが言う。


「早く慣れるといいわね」

「ん、ああ……」

(むかっ!!)

 適当な相槌だけで答えるロレンツにアンナがいらいらする。
 ただロレンツはロレンツなりに初めての王都学校に出掛けたイコのことを心配していた。これまで通り『読心術』のスキルは決して使わぬよう指示し、周りの級友達と仲良くやるよう話をした。


「ねえ、聞いてるの?」

「何が?」

 ロレンツは公務室の椅子に座りながら答える。アンナがむっとした顔で言う。


「何がって、まさか聞いてなかったの?」

「ああ」

(むかっむかっ!!!)

 ふたりしかいない部屋。
 自分が、それもこんなに可愛い女の子が話し掛けているのに、平然と『聞いていなかった』と口にする目の前の男が信じられない。


「何か用か?」

 アンナは信じられないと言った顔で答える。

「だから今朝からリリーが来ていないのよ。無断で休む子じゃなかったし。あなた何か知らない?」

 ロレンツも『リリーがいない』という違和感を部屋に入った時から感じていた。首を振って答える。


「知らない。俺はあいつに嫌われているからな」

 どっちもどっちだろう、と思いながらアンナが言う。


「そう、ちょっと心配ね。ねえ、あなた。リリーの部屋を見て来てくれる?」

 ロレンツがゆっくりと顔を上げてアンナに言う。

「俺に言ってるのか?」

 アンナは怒りを通り越して呆れた顔で言う。


「私以外にあなたしかいないでしょ? やっぱり馬鹿なの、ねえ、あなたやっぱり馬鹿なの!?」

 ロレンツが溜息をつきながら立ち上がって言う。


「分かったよ。で、青髪の嬢ちゃんの部屋はどこだ?」

 アンナはこれ以上目の前の男と話すと怒りで寿命が縮まりそうだと思い、首を振りながら住居番号を紙に書きロレンツに手渡した。



 お昼前になって戻って来たロレンツにアンナが言う。

「随分時間がかかったのね。何かあった?」

「場所を間違えて時間がかかった」


(え?)

 まさか迷って場所を間違えてこんなに時間がかかったのかとアンナが思う。


「それでどうだったの?」

「居なかった」

「……」

 無言になるアンナにロレンツが続ける。

「部屋の荷物もなかった」


「はあ!?」

 居ないのは分かるとして部屋の荷物がないと言うのはおかしい。ロレンツは懐から一通の手紙を取り出してアンナに渡して言う。


「部屋にこれが置いてあった。嬢ちゃんに向けたものじゃねえのか」

 その手紙には『アンナ様へ』と記されている。恐る恐るアンナがその封書を開け手紙を読み始める。



「……うそ」

 アンナの体が固まる。壁にもたれ腕を組んでいたロレンツが尋ねる。

「どうしたんだ? なんて書いてあった?」

 無言のアンナ。気のせいか体が震えている。


「おい、嬢ちゃん……?」

 手紙から顔を上げたアンナは涙を流していた。そして言う。


「リリーが侍女を辞めて実家に帰るって……」

「辞める? そりゃまた急な話だな」

 アンナが首を振ってそれを否定する。


「違うの。どうもそれを命じたのが『私』みたいなの!!」

 言っている意味が分からないロレンツが首をかしげる。アンナが言う。


「探して来て!!」

「ん?」

 ロレンツがアンナを見る。


「探して来て、お願い!!!」

「探すってどこを?」

「知らないわよ、自分で考えて!! うえ~ん……」

 アンナはそう言うと声をあげて泣き出した。


「やれやれ……」

 ロレンツは仕方なく部屋を出て当てもなくリリーを探しに出掛ける。


「リリーまで。リリーまでいなくなっちゃ嫌だよ……」

 アンナはその場に座り込み小さく声をあげて泣いた。





(アンナ様、これでお別れです……)

 朝早く王城を出たリリーはひとり馬車に乗りティファール家のある実家へと向かっていた。王都を出て数時間、周りは木に囲まれた静かな森。馬車の車輪の音だけが森に響く。


「ううっ……」

 リリーは青いツインテールを風に揺らしながらアンナとの思い出が頭に浮かんできてしまい、目を赤くして感傷的になる。


「アンナ様……」

 当たり前だったアンナとの日常。
 それが急に終わってしまった寂しさは簡単には割り切れない。


(私のせい。私が悪いんだから仕方ない……)


 ギギギーッ!!!

 そう思った時、馬車が急停車した。アンナが御者に言う。


「ど、どうしたのですか!?」

 御者は前を向いたまま小さく答える。


「私の仕事はここまでです。では……」

 そう言うと御者は馬車から飛び降り走り去って行く。残されたリリーが驚いて言う。


「ちょ、ちょっと待ってよ!!!」

 しかしすぐに居なくなった御者に代わるように見知らぬ人物が数名現れた。異常事態を感じたリリー。馬車に乗ったまま震える声で言う。


「な、なんなの、あなた達!?」

 黒いフードを被った男達はあっという間にリリーが乗った馬車を取り囲む。そしてリーダーっぽい男がリリーに言った。


「リリー・ティファール様ですね?」

 無言のリリー。男が続ける。

「少しだけ我々と来て貰いましょうか。なーに、あなたが素直で居てくれればことはしませんよ」

 そう言って馬車に乗るリリーの腕を強く掴んだ。


(やだ、うそ、どうして……)

 まだ少女のリリー。
 経験のない事態に恐怖で動けなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

無自覚チートで無双する気はなかったのに、小石を投げたら山が崩れ、クシャミをしたら魔王が滅びた。俺はただ、平穏に暮らしたいだけなんです!

黒崎隼人
ファンタジー
トラックに轢かれ、平凡な人生を終えたはずのサラリーマン、ユウキ。彼が次に目覚めたのは、剣と魔法の異世界だった。 「あれ?なんか身体が軽いな」 その程度の認識で放った小石が岩を砕き、ただのジャンプが木々を越える。本人は自分の異常さに全く気づかないまま、ゴブリンを避けようとして一撃でなぎ倒し、怪我人を見つけて「血、止まらないかな」と願えば傷が癒える。 これは、自分の持つ規格外の力に一切気づかない男が、善意と天然で周囲の度肝を抜き、勘違いされながら意図せず英雄へと成り上がっていく、無自覚無双ファンタジー!

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...