覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
23 / 89
第二章「騎士ロレンツ誕生」

23.揺れる心

しおりを挟む
 レイガルト卿は『リリー・ティファール拉致監禁』の罪ですぐに拘束された。
 本人の自白により金銭を目的とした誘拐であると判明し、王家の封蠟印を悪用した巧妙な誘拐事件としてすぐに皆の話題となった。
 それでも首謀者であるジェスター家の名前は一切出さず、あくまでレイガルト家単独の犯行だとの主張を貫いた。

 リリーも無事に侍女に復帰。いつもの日常が戻って来た。


「アンナ様、申し訳ございません。私が勘違いして……」

 もう何度目だろうか。
 リリーはアンナに会う度に騙されて城を出て行ったことを謝罪する。アンナが呆れた顔で言う。


「だからもういいってば。あんな事されれば誰だって信じちゃうよ」

「でも……」

「もういいの。無事で良かったわ」

 リリーは何度アンナのその言葉に救われただろうか。自分の失態を笑顔で許してくれる。リリーは以前に増してアンナに忠誠を誓うようになった。アンナが言う。


「それよりもさ、リリー」

「何ですか」

「もうひとり、お礼を言う人がいるんじゃないの?」


(うっ)

 リリーはあまり触れて欲しくない話題になったと顔をしかめる。
 正直あまり好きじゃないあの大男。ただ今回、彼が居なければ自分がどうなっていたか分からない。お礼を言わなきゃならないという気持ちと、その真逆の気持ちの間でリリーは揺れていた。
 アンナが部屋の隅でコーヒーを飲んでいるロレンツに言う。


「ねえ、ロレンツ。リリーが話があるって」


「ちょ、ちょっと、アンナ様!!」

 戸惑うリリ―。アンナが続けて言う。


「ちょっとこっちおいでよ」

「ん? ああ……」

 ロレンツはコーヒーカップをテーブルにおいてこちらへやって来る。動揺するリリー。近付いて来たロレンツを見て汗が噴き出る。ロレンツが先にリリーに言った。


「そうだ、お礼を言わなきゃな。ありがとう」


「は?」

 意味が分からないリリー。お礼を言うのは自分の方である。


「な、何のことなの?」

「何のって、最近イコとよく遊んでくれてるだろ?」


(あっ)

 まだ学校に馴染めないイコ。
 ひとりでいる姿を見てここ最近、リリーが一緒に遊んでくれていた。リリーが照れながら答える。


「いや、別にそんなのはいいんだけど……、それより、ありがとう。助けてくれて……」

 ようやく言えたその言葉。開放感から安堵するリリーにロレンツが言う。


「ああ、気にするな。だからな」


「はあ!?」

 リリーの感情を逆なでするような言葉。
 隣で聞いていたアンナは笑いを堪え切れなくなり吹き出す。


「やっぱりあなたは失礼極まりない男ね。目障りだから出て行って下さい!!」

 突然怒り出したリリーに戸惑うロレンツ。


「ああ、分かった。じゃあ、ちょっと出掛けてくる」

 ロレンツは頭を掻きながら部屋を出て行く。


「きゃはははっ、もう最高!!」

 ロレンツが居なくなってから我慢していたアンナが大きな声で笑い出した。リリーが言う。

「アンナ様、笑い事ではありません。あんな失礼な奴、そうは居ませんから」

「だよね、だよね~、めっちゃ失礼だよね~、ぷぷっ……」

 そう言いながらも笑いが止まらないアンナ。
 リリーはそんな彼女を見ながら、『ロレンツのことになるとどうしてこんなに表情豊かになるのだろう』とちょっと嫉妬に似た気持ちを覚えた。





 それより少し前。急ぎ妹ミセルの部屋へやって来たエルグが口早に話をする。

「ミセル。ミスガリア王国で新たなが採掘された!! これからすぐに出て調達してくる!!」

「それは素晴らしいですわ!! お気を付けて!!!」

「ああ、留守は頼むぞ」

 エルグはそう告げると、外交用の服に着替え馬を飛ばした。


 輝石。
 魔法が十分に解明、発達していなかったこの時代では、治癒魔法と同等の力を持つ『輝石』と呼ばれる石が大変重宝された。貴重な石ゆえ、その存在は貴族や軍部などごく一部の人間しか知らされておらず、国家間の交渉等にも使われるほどの価値があった。
 致命傷の怪我や、時には重病すら回復させてしまう輝石。触れながら念じることで誰でも聖女顔負けの治癒ができる輝石は、まさに国宝と呼ぶに相応しいものであった。


(新たな輝石。これで私はまたひとつ聖女に近付くわ……)

 ジャスター家はそれを利用した。
 ミセルを『治癒魔法が使える女』として認知させ、聖女に仕立てる。そうすれば結婚相手が国王となり実質ネガーベル王国を支配できる。

 その為にジャスター家にとって輝石確保は何よりも優先しなければならない事だった。時には戦争にも発展する輝石の奪い合い。エルグが新たな輝石確保に急ぐのも当然のことである。


(お兄様、どうかご無事で……)

 危険を伴う輝石回収の交渉。ミセルは兄の無事を祈った。




 コンコン

 その夜、ミセルの部屋のドアがノックされた。
 こんな時間に誰かしら、と思いながら返事をすると低い声がドアに響いた。


「俺だ」

 ミセルは緊張しながら答える。

なんてお方は存じません」


「いいから開けろ」

 低いが威圧感のある声にミセルがゆっくりとドアを開ける。


(ロレロレ……)

 ドアの前に立つ大きな銀髪の男を見てミセルに緊張が走る。


「入るぞ」

 ロレンツはミセルの返事を聞く前に無理やり部屋の中へと入る。


「ちょ、ちょっと。一体どういうつもりなの!!」

 突然の失礼な行動にミセルがむっとする。


「し、失礼な人ですね。このような蛮行、許されると思ってでも……」


「青髪の嬢ちゃんの件、おめえさん達のやってることの方がずっと蛮行じゃねえか」


(!!)

 ミセルは固まった。
 絶対に口外されていないはずの監禁の指示。どうして目の前の男がそれを知っているのだろうか。


「な、何のことでしょうか? ティファールさんの件ならレイガルト家の仕業だったはずでは? それとも何か証拠でもおありで?」

 ミセルは自分の声が震えていることに気付かなかった。ロレンツが言う。


「証拠はねえ。ただ知りたいって言うのなら、今お前を締め上げて吐かせる」

 とても冗談を言っているとは思えないロレンツの覇気。ミセルは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり体中から汗が噴き出る。


「今回は見逃してやる。ただこれで二度目だ。三度目はないと思え」


(え? 二度目……??)

 思わぬ言葉。
 二度目と聞いて思い出される小隊長家族の監禁。ミセルの体が震え始める。


(どうして、どうしてこの男はそんなに知っているの……?)

 どれだけ秘密裏にして行動してもなぜか目の前の男には隠せない。レイガルトの事がバレたのも未だ謎。言い表せぬ恐怖にミセルが震える。そして思わず尋ねる。


「あなたは、私が怖くないの……?」


「怖い?」

 意味が分からないロレンツが聞き返す。


「そ、そうよ。私はジェスター家の令嬢。そして間もなく聖女になる女。私に逆らっていいとでも……」


「どうでもいい」


「え?」

 全く予想外の言葉に驚くミセル。ロレンツが言う。

「嬢ちゃんが聖女になろうが俺には関係ねえ。ただ正々堂々とやれ。今回みたいなふざけた真似をするなら俺が叩き潰す」


(な、なによ、この男……)

 圧倒的権力を持つジャスター家。
 その中心にいる自分に対して全く恐れもせずこれほど堂々としている男など見たことが無い。

(貴族なら、普通の男ならこれだけ圧力をかければ簡単に跪くのに……、この人は一体……)

 ミセルが震えた声で尋ねる。


「あ、あなたは一体何者なの……?」

 ロレンツが表情を変えずに答える。


「俺は、姫さんの護衛者だ」

「そ、そんなこと分かってるわよ!! 違うの、私が聞きたいのは……」


「俺は彼女をためにやって来た。それだけだ」


(えっ)

 ミセルはその言葉を聞き全身の力が抜けてしまった。


(婚約者でも、親族でもない女の為に……、こんな命懸けのことを……)


「話は以上だ。邪魔したな」


「あっ……」

 ロレンツはそう言い残すとドアを開けて静かに出て行った。


「なんなの、あれ……」

 ミセルは脱力してその場にへなへなと座り込んでしまった。


 ――彼女を救いに来た。


 その言葉がミセルの頭の中で繰り返される。
 似たような言葉は何度も貴族の男達に言われたことがある。だが、ミセルが思う。


(何なの、あの心をぎゅっと掴まれるような言葉。全然違う、全然違うわ……)

 ミセルは全身を包み込む心地良い感覚に身を任せる。そして思う。


(羨ましい……、私もあんな風に言われたい……)

 アンナ同様、ミセルもまた権力争いの中で生きて来た人間。損得勘定なしの真っすぐなロレンツの言葉はある意味衝撃的だった。
 それでもミセルはジャスター家の一員として、その胸の底に芽生えた感情を無理やり押し込めようとした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

無自覚チートで無双する気はなかったのに、小石を投げたら山が崩れ、クシャミをしたら魔王が滅びた。俺はただ、平穏に暮らしたいだけなんです!

黒崎隼人
ファンタジー
トラックに轢かれ、平凡な人生を終えたはずのサラリーマン、ユウキ。彼が次に目覚めたのは、剣と魔法の異世界だった。 「あれ?なんか身体が軽いな」 その程度の認識で放った小石が岩を砕き、ただのジャンプが木々を越える。本人は自分の異常さに全く気づかないまま、ゴブリンを避けようとして一撃でなぎ倒し、怪我人を見つけて「血、止まらないかな」と願えば傷が癒える。 これは、自分の持つ規格外の力に一切気づかない男が、善意と天然で周囲の度肝を抜き、勘違いされながら意図せず英雄へと成り上がっていく、無自覚無双ファンタジー!

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

処理中です...