覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
57 / 89
第四章「姫様の盾になる男」

57.同盟締結

しおりを挟む
「本当に、本当に申し訳ございませんでした……」

 一体何度謝罪したのだろう。
 ゲルガーは再度アンナに頭を下げると力なく言った。

 失禁し、失神して意識を失ったゴードンは既に別室に運ばれていない。結局『娼婦』とか一体何の話だか全く分からぬまま、姫の後ろにいた自軍の部下であるロレンツに助けられた。アンナが言う。


「もういいわ。ただし部下の指導はしっかりしておいてちょうだい」

「ははっ、しっかりと承りました!!」

 ゲルガーが頭を下げて言う。
 ただでさえ最初からこちらがお願いする不利な交渉。国の存亡がかかる大切な交渉の場に、ゴードンの訳の分からぬ愚行により窮地に追い込まれてしまった。
 ゲルガーは謝罪をする一方、ゴードンへの怒りの炎は頂点に達していた。アンナが尋ねる。


「それでは貴国のご用件を聞きしましょう。どのようなお話で?」

 ゲルガーはようやくここまで来られたと少しだけ胸をなでおろした。顔を上げて言う。


「はい。我が国は貴国との同盟を所望致します」

 ゲルガーはネガーベルがミスガリアと交戦中であること、そして自国の蛮族への対応が少しだけ遅れ苦戦していることを述べた。アンナが尋ねる。


「それで我が国と同盟を結び、蛮族撃退を手伝えと?」

「はっ! 蛮族は貴国にとっても憂いの種になるべきもの。ここで手を組みその芽を刈り取っておくことは、貴国にとっても必ずや有意義なものだと愚考致します」

 ひとりの大臣が前に出て手を上げていった。


「姫様、発言を求めます」

「許可します」

 アンナから許可を貰った大臣がゲルガーに言う。


「ゲルガー軍団長。我が国は蛮族ごときに後れを取ることはございません」

「仰る通りで。だが我等も最初はそう思って敵を軽んじ、今はその反撃を受けております。決して侮れぬ相手であり……」

 そう答えるゲルガーに大臣が言う。


「お言葉ですが、我が国と貴国では力の差があり過ぎではないでしょうか。実際蛮族は我が国にも発生しておりますが、すべて撃退しております」


(ぬぬっ……)

 大国ネガーベル。
 その軍事力の規模はマサルトの軍責任者であるゲルガーですら把握できていない。大臣が続ける。


「それにミスガリアとの戦は間もなく始まりますが、我が軍のほんの一部の部隊で制圧できるでしょう。主力のほとんどを温存しております。もし仮に、貴国がネガーベルに侵攻したとしても十分に対処できるでしょう」

 つまり小国マサルトに助けて貰わなくても何の問題もないと言うことだ。焦ったゲルガーが懐に入れておいた小袋を差し出して言う。


「こ、ここに我が国全ての『輝石』がございます!! これを献上致しますので!!!」

 最後はお願いに近い声となっていた。
 軍の責任者でありながらきちんとした情報と分析を行わず、勢いと思い込みだけで交渉に臨んだゲルガー。無能とまでは言わないが、これがマサルトの現状であった。別の大臣が言う。


「『輝石』? 何でしょう、それは……?」

『輝石』は重要鉱石であり、その存在自体知らされていない者も多い。美しい鉱石ではあるが、そこに秘められた力を知らぬ大臣が言う。


「その程度のもので我が国は貴国との同盟、出兵を決めなければならぬと言うことですな?」


「そ、それは……」

 ゲルガーは焦った。
 ミスガリアなどからの情報によればネガーベルは『輝石』を必死に集めていたとのこと。それがこの冷たい反応は一体……?


(ロレンツ……)

 ゲルガーは姫の後ろでじっと立ちこちらを見ている元部下に目をやった。
 数年前、軍裁判で犯罪者となり追放した男が、いつの間にか敵国の姫の『護衛職』という役職を得てなぜかその中枢にいる。
 全く理解できないゲルガーが憐憫を誘う眼差しでロレンツを見つめるが、その武骨な男は表情ひとつ変えずに立ったままである。


「アンナ様、よろしいでしょうか」

 謁見の間の一番最前列にいた聖騎士団長エルグが手を上げていった。

(エルグ……)

 アンナは一瞬ためらったがすぐに答えた。


「どうぞ」

 許可を得たエルグが言う。


「私は同盟に賛成でございます」

 その言葉に騒めく大臣達。エルグが続ける。


「確かに現状蛮族ごときは我が軍の敵ではありません。多少力をつけたところで我々が負けることは考えられないでしょう」

 黙って聞く大臣達。エルグが続ける。


「ただ、隣国であるマサルト王国が、仮に蛮族によって滅ぼされ『蛮族の国』ができてしまったら話は別です」

 窮地にいたゲルガーが緊張してエルグの話を聞く。


「蛮族の国を討伐する為に、我が軍も出兵する必要に迫られます。それでも負けることはありませんが、我が軍の被害、損失を考えるととても得策とは思えません」

 黙る大臣達にエルグが言う。


「となれば、まだそこまで成長していない蛮族にマサルトと共に討伐するのが最もよい方法だと思います。無法者の蛮族に対しては過去のいざこざはあるとは言え、秩序ある者同士が手を組むことは決して意味のないことだとは思えません」


「おお……」

 聖騎士団長の意見にそれまで黙っていた大臣達が声を上げる。

『輝石』についてはもうどうでも良かった。
 ミセルの『偽装聖女計画』が失敗に終わった今、無理をして『輝石』を集める必要はない。それよりもエルグにとってマサルトに近付き、恩を売っておくことの方が利があった。アンナが言う。


「分かりました。では一度ゲルガー軍団長は待合室にお戻りください」

 アンナの声に再び兵士がゲルガーの元に寄り、控室へと連れて行く。
 この後、アンナの元に集まったエルグや大臣達によって話し合いが行われた。だがもう結論は出ていた。


『同盟締結』

 国の代表は国王代理のアンナであったが、実質一番力を持つジャスター家のエルグの意見に反対する者はいなかった。アンナも納得いかない部分はあったが、ロレンツの出身国の窮地に手を差し出すことに異存はなかった。
 エルグはすべてが自分の思い通りに決まった後、アンナの後ろで仁王立ちする銀髪の男をぎっと睨みつけた。


『同盟締結』の報はすぐに使いの兵によって、ゲルガーと意識を取り戻したゴードンに伝えられた。

「ありがとうございます。ありがとうございます!!!」

 絶望的であったゲルガーはその思いがけぬ吉報に涙を流して喜んだ。
 目覚めてからゲルガーにこっ酷く叱られていたゴードンもその報告を聞いて安堵の涙を流す。何度も何度も感謝の言葉を使いの兵士に述べたふたり。
 兵士は少し戸惑いながらもゴードン宛に書かれた封書を手渡した。


「これは……?」

 驚くゴードン。兵士が答える。


「聖騎士団長様からよりお預かりしたものです。では失礼します」

 唖然とするゴードン。それを見たゲルガーが言う。


「お前の愚行に対する処罰だろう。行って来い。そして謝り通せ!!!」

「は、はいっ!!!」

 ゴードンは追い出されるように部屋を出て、書状にあった聖騎士団長の部屋へと向かう。


(何をされるんだろう。俺は一体何を……)

 ネガーベルの姫を侮辱したゴードン。
 その国の聖騎士団長が黙っているはずがない。どんな仕打ちをされるのだろうか。聖騎士団長エルグと言えばマサルトまで名を轟かせる人物。ゴードンは身を震わせながら最上階にあるその男の部屋を訪れた。


 コンコン……

「マサルト王国、歩兵団長ゴードンです……」

 恐る恐る言った言葉にドアがすぐに開いて応えた。
 そこには笑顔で迎えるエルグ。ゴードンは一瞬恐怖を感じたが、すぐにそれが杞憂に過ぎないことだと気付いた。


「あなたとお近づきになりたい」

 そう言って手を差し出すエルグをゴードンは頭を下げ、力強く握り返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

濡れ衣を着せられ、パーティーを追放されたおっさん、実は最強スキルの持ち主でした。復讐なんてしません。田舎でのんびりスローライフ。

さら
ファンタジー
長年パーティーを支えてきた中年冒険者ガルドは、討伐失敗の責任と横領の濡れ衣を着せられ、仲間から一方的に追放される。弁明も復讐も選ばず、彼が向かったのは人里離れた辺境の小さな村だった。 荒れた空き家を借り、畑を耕し、村人を手伝いながら始めた静かな生活。しかしガルドは、自覚のないまま最強クラスの力を持っていた。魔物の動きを抑え、村の環境そのものを安定させるその存在は、次第に村にとって欠かせないものとなっていく。 一方、彼を追放した元パーティーは崩壊の道を辿り、真実も勝手に明るみに出ていく。だがガルドは振り返らない。求めるのは名誉でもざまぁでもなく、ただ穏やかな日々だけ。 これは、最強でありながら争わず、静かに居場所を見つけたおっさんの、のんびりスローライフ譚。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...