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第四章「姫様の盾になる男」
59.ジャスターミーティング
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「エルグ、すまないな。忙しいところを」
日に焼けた肌に白髪のオールバック、鋭い眼光で集まった皆を見つめる父ガーヴェルがエルグに言った。広いガーヴェルの部屋にはエルグのほかに、娘のミセルも来ている。
「いえ、大丈夫です。父上」
エルグはさらさらの赤髪をかき上げながら答える。ガーヴェルがミセルに言う。
「ミセル、聖女訓練の方は順調か?」
『偽装聖女化』に失敗したジャスター家。
今は一旦返上という形になっているが、心に傷を負ったミセルに再び『輝石』での聖女化は不可能。今は正々堂々、本物の聖女となる為の訓練をミセルは行っている。ミセルが答える。
「はい、訓練は順調です。ただ、私の才がないために聖女への道は険しいと感じております」
アンナ同様、治癒の初歩魔法である『回復』ですら発動できない。聖女誕生がいかに難しいのかとミセルは改めて思い知らされていた。ガーヴェルが言う。
「まあ、よい。焦らずに自分のペースでやればいい。それよりミセル。お前に相談がある」
「私に、ですか?」
少し驚いた顔をするミセル。強気の父親は『相談』などという言葉は使わず、いつも『命令』するのが普通だからだ。
「ああ、そうだ。ロレロレのことなんだが……」
(ロレロレ様……)
ミセルの心が一瞬ときめく。ガーヴェルが言う。
「ミセル、お前に『ロレロレ攻略』を頼みたい。引き受けてくれるか?」
「え?」
ミセルは驚いた。
ジャスター家の敵として、今最も危険な人物として名が挙がっているロレンツ。それを落とせとは。ガーヴェルが言う。
「お前も知っての通り、この役目はリーガル家の娘に頼んでおった。だがその女が逆に落とされた。今は向こうの家政婦をしている始末」
(ミンファが、落とされた……!?)
ミセルは例の『首飾り』のことを思い出すと同時に、底なしに女にモテるロレンツを思い少しむっとする。
「あの男は危険だ。だがやはり味方になればこれほど頼もしい男もいない。他の策略も進めるが、ミセル。裏切ることのないお前には籠絡を頼みたい。どうだ?」
ミセルは真っ赤な衣装に負けないぐらい顔を朱に染めながら答える。
「お、お父様のご命令とあらば、このミセル・ジャスター。死に物狂いで指令を全うしますわ。ロレロレ様の攻略。全力をもって当たります!!!」
言葉とは裏腹に嬉しそうな顔で答えるミセル。エルグはそれを無表情で見つめる。
「それではロレロレ様を落とすため、私はこれから街にお洋服を買いに行って来ますわ!! あ、新作の化粧品も見に行かなきゃ。いいですか、お父様?」
もうそれは『任務』というよりは、ただのひとりの『恋する乙女』状態。ガーヴェルが答える。
「ああ、好きにしなさい」
「では、行って参りますわ!」
ミセルはそう言ってくるりと回り、赤い長髪を揺らしながら部屋を出て行った。
「不満そうだな。エルグ」
その妹の様子をじっと見ていたエルグに、父ガーヴェルが言う。
「いえ、そんなことはありません。仕事ですから」
明らかに不満そうな態度でエルグが答える。ガーヴェルが言う。
「それで私とお前もそれぞれ策を練ろうと思っている。お前はどうだ?」
エルグが答える。
「はい。徐々に外堀を埋め、奴を合法的に始末する計画でございます」
「ほお」
ガーヴェルは日に焼けた頬を触りながら言う。
「篭絡と抹殺。中々良いではないか。では私は『仲違え』と行こうか」
「仲違え?」
聞き返すエルグにガーヴェルが答える。
「ああ、そうだ。姫とロレロレを引き離す。どれだけ強い男でも自分の居場所となっている拠り所を失えば脆いものよ。……ヴァン!」
「……ははっ」
ガーヴェルの呼び掛けに暗闇からひとりの男が現れる。驚くエルグにガーヴェルが言う。
「こいつは暗殺者のヴァン。以前姫の暗殺を依頼したが、見事あの『護衛職』に防がれたわ」
「あ、あれは、ただ運が悪くて……」
「黙れ!!」
「はい……」
言い訳をしようとしたヴァンにガーヴェルが一喝する。
「プロの暗殺者が失敗にいい訳とは感心できぬな」
「申し訳ございませぬ」
頭を下げて謝るヴァン。ガーヴェルが言う。
「エルグ。私の策にはヴァン、そしてお前にも協力してもらう。よいか?」
「かしこまりました」
エルグは右手を胸の前に掲げ答える。ガーヴェルが言う。
「このジャスター家にたったひとりで対抗するとは、いやはや大した男よ」
ガーヴェルは窓の外の景色を一度見てから言う。
「だが我々は決して負けぬ。どのような手段を使ってでも『ネガーベル掌握』という目的を達成する!!!」
「はっ!!!」
エルグとヴァンは敬礼してそれに応える。
ジャスター家の策略。三者三様の策を持って攻略に当たるが、この後それぞれの策が見事に融和し予想以上の効果を上げることになろうとはガーヴェルですら予想はしていなかった。
山岳国家ミスガリア。
その深く高き山にある巨大な魔法陣の周りで、真っ黒なローブを着た魔導士達が一心不乱に魔法の詠唱を続けていた。
「我らが求めし黒き王よ。この地肉を食らい今その姿を見せん。その名は……、ぐっ……」
バタン!
もう何人目だろうか。
寝食も忘れ詠唱を続ける魔導士達がまたひとり倒れて行く。ミスガリア国王からの強い指令を受けて以来、一体どれだけの時間が過ぎたのかもう誰も分からない。ただ皆の心にあったのは、
――ネガーベルに一矢報いる
ミスガリアを侮辱した敵国に一矢報いたい。ただそれだけであった。
バタン……
そしてまたひとり魔法陣の傍で魔導士が倒れた時、皆が待ち望んだその瞬間が訪れた。
ボワーン、ボワーン……
急に音を立てて回転し始める魔法陣。
やがてそれ全体が空に向かって光りを放ち、大地の震えと共に眩い閃光を放った。
「ギャガワアアアアアアアン!!!!!」
そこに現れたのは先に召還した【赤き悪魔】の数倍はあるかと思われる漆黒の竜。
禍々しいオーラに、黒き翼。見るだけで動けなくなる鋭い眼光に、鋭利な爪に牙。精魂尽きて疲れ切っていた魔導士達は、その姿を見て喜びと共に次々と倒れて行く。残った魔導士が血を流しながら叫ぶ。
「討つべき敵は……、ネガーベルの聖騎士団長エルグ・ジャスター!!! ネガーベルのエルグ・ジャスター……」
「ギャガワアアアアアアアン!!!!」
そして漆黒の竜は、その大きな口から吐き出された闇のブレスによって魔導士達をひとり残らず灰と化した。
「それー、突撃だあああ!!!!」
そこから少し離れた王都ミスガリア。
各関所を突破し、順調に王城へと進軍していたネガーベル軍は、ついに本丸である王都への侵攻を開始していた。
必死に抵抗するミスガリア兵。しかしネガーベルの洗練された武器や戦術の前に、数では勝るミスガリアがどんどん押されていく。ネガーベルの指揮官が叫ぶ。
「あれがミスガリア王城!! あそこに目指す敵の将あり!! 全軍、突撃っ!!!」
士気も物資も豊富なネガーベル軍が破竹の勢いで王城へと迫る。
「国王、避難を!!! ネガーベルが迫っております!!!」
一方ミスガリア王城内では敗戦濃厚な雰囲気の中、家臣達が王の避難を勧める。国王が答える。
「皆が必死に戦っておる。儂ひとり逃げる訳にはいかぬ!!」
梃でも動かぬ国王。
その頑固さと意志の強さは皆の知るところ。徹底抗戦を覚悟した一同だが、その中にひとりが窓の外に見える真っ黒な何かに気付いて言う。
「あれは、なんだ……?」
真っ黒な飛翔体。
禍々しい翼を持つそれは後の世に『終焉をもたらす悪魔』として恐れ、語り継がれることとなる。
日に焼けた肌に白髪のオールバック、鋭い眼光で集まった皆を見つめる父ガーヴェルがエルグに言った。広いガーヴェルの部屋にはエルグのほかに、娘のミセルも来ている。
「いえ、大丈夫です。父上」
エルグはさらさらの赤髪をかき上げながら答える。ガーヴェルがミセルに言う。
「ミセル、聖女訓練の方は順調か?」
『偽装聖女化』に失敗したジャスター家。
今は一旦返上という形になっているが、心に傷を負ったミセルに再び『輝石』での聖女化は不可能。今は正々堂々、本物の聖女となる為の訓練をミセルは行っている。ミセルが答える。
「はい、訓練は順調です。ただ、私の才がないために聖女への道は険しいと感じております」
アンナ同様、治癒の初歩魔法である『回復』ですら発動できない。聖女誕生がいかに難しいのかとミセルは改めて思い知らされていた。ガーヴェルが言う。
「まあ、よい。焦らずに自分のペースでやればいい。それよりミセル。お前に相談がある」
「私に、ですか?」
少し驚いた顔をするミセル。強気の父親は『相談』などという言葉は使わず、いつも『命令』するのが普通だからだ。
「ああ、そうだ。ロレロレのことなんだが……」
(ロレロレ様……)
ミセルの心が一瞬ときめく。ガーヴェルが言う。
「ミセル、お前に『ロレロレ攻略』を頼みたい。引き受けてくれるか?」
「え?」
ミセルは驚いた。
ジャスター家の敵として、今最も危険な人物として名が挙がっているロレンツ。それを落とせとは。ガーヴェルが言う。
「お前も知っての通り、この役目はリーガル家の娘に頼んでおった。だがその女が逆に落とされた。今は向こうの家政婦をしている始末」
(ミンファが、落とされた……!?)
ミセルは例の『首飾り』のことを思い出すと同時に、底なしに女にモテるロレンツを思い少しむっとする。
「あの男は危険だ。だがやはり味方になればこれほど頼もしい男もいない。他の策略も進めるが、ミセル。裏切ることのないお前には籠絡を頼みたい。どうだ?」
ミセルは真っ赤な衣装に負けないぐらい顔を朱に染めながら答える。
「お、お父様のご命令とあらば、このミセル・ジャスター。死に物狂いで指令を全うしますわ。ロレロレ様の攻略。全力をもって当たります!!!」
言葉とは裏腹に嬉しそうな顔で答えるミセル。エルグはそれを無表情で見つめる。
「それではロレロレ様を落とすため、私はこれから街にお洋服を買いに行って来ますわ!! あ、新作の化粧品も見に行かなきゃ。いいですか、お父様?」
もうそれは『任務』というよりは、ただのひとりの『恋する乙女』状態。ガーヴェルが答える。
「ああ、好きにしなさい」
「では、行って参りますわ!」
ミセルはそう言ってくるりと回り、赤い長髪を揺らしながら部屋を出て行った。
「不満そうだな。エルグ」
その妹の様子をじっと見ていたエルグに、父ガーヴェルが言う。
「いえ、そんなことはありません。仕事ですから」
明らかに不満そうな態度でエルグが答える。ガーヴェルが言う。
「それで私とお前もそれぞれ策を練ろうと思っている。お前はどうだ?」
エルグが答える。
「はい。徐々に外堀を埋め、奴を合法的に始末する計画でございます」
「ほお」
ガーヴェルは日に焼けた頬を触りながら言う。
「篭絡と抹殺。中々良いではないか。では私は『仲違え』と行こうか」
「仲違え?」
聞き返すエルグにガーヴェルが答える。
「ああ、そうだ。姫とロレロレを引き離す。どれだけ強い男でも自分の居場所となっている拠り所を失えば脆いものよ。……ヴァン!」
「……ははっ」
ガーヴェルの呼び掛けに暗闇からひとりの男が現れる。驚くエルグにガーヴェルが言う。
「こいつは暗殺者のヴァン。以前姫の暗殺を依頼したが、見事あの『護衛職』に防がれたわ」
「あ、あれは、ただ運が悪くて……」
「黙れ!!」
「はい……」
言い訳をしようとしたヴァンにガーヴェルが一喝する。
「プロの暗殺者が失敗にいい訳とは感心できぬな」
「申し訳ございませぬ」
頭を下げて謝るヴァン。ガーヴェルが言う。
「エルグ。私の策にはヴァン、そしてお前にも協力してもらう。よいか?」
「かしこまりました」
エルグは右手を胸の前に掲げ答える。ガーヴェルが言う。
「このジャスター家にたったひとりで対抗するとは、いやはや大した男よ」
ガーヴェルは窓の外の景色を一度見てから言う。
「だが我々は決して負けぬ。どのような手段を使ってでも『ネガーベル掌握』という目的を達成する!!!」
「はっ!!!」
エルグとヴァンは敬礼してそれに応える。
ジャスター家の策略。三者三様の策を持って攻略に当たるが、この後それぞれの策が見事に融和し予想以上の効果を上げることになろうとはガーヴェルですら予想はしていなかった。
山岳国家ミスガリア。
その深く高き山にある巨大な魔法陣の周りで、真っ黒なローブを着た魔導士達が一心不乱に魔法の詠唱を続けていた。
「我らが求めし黒き王よ。この地肉を食らい今その姿を見せん。その名は……、ぐっ……」
バタン!
もう何人目だろうか。
寝食も忘れ詠唱を続ける魔導士達がまたひとり倒れて行く。ミスガリア国王からの強い指令を受けて以来、一体どれだけの時間が過ぎたのかもう誰も分からない。ただ皆の心にあったのは、
――ネガーベルに一矢報いる
ミスガリアを侮辱した敵国に一矢報いたい。ただそれだけであった。
バタン……
そしてまたひとり魔法陣の傍で魔導士が倒れた時、皆が待ち望んだその瞬間が訪れた。
ボワーン、ボワーン……
急に音を立てて回転し始める魔法陣。
やがてそれ全体が空に向かって光りを放ち、大地の震えと共に眩い閃光を放った。
「ギャガワアアアアアアアン!!!!!」
そこに現れたのは先に召還した【赤き悪魔】の数倍はあるかと思われる漆黒の竜。
禍々しいオーラに、黒き翼。見るだけで動けなくなる鋭い眼光に、鋭利な爪に牙。精魂尽きて疲れ切っていた魔導士達は、その姿を見て喜びと共に次々と倒れて行く。残った魔導士が血を流しながら叫ぶ。
「討つべき敵は……、ネガーベルの聖騎士団長エルグ・ジャスター!!! ネガーベルのエルグ・ジャスター……」
「ギャガワアアアアアアアン!!!!」
そして漆黒の竜は、その大きな口から吐き出された闇のブレスによって魔導士達をひとり残らず灰と化した。
「それー、突撃だあああ!!!!」
そこから少し離れた王都ミスガリア。
各関所を突破し、順調に王城へと進軍していたネガーベル軍は、ついに本丸である王都への侵攻を開始していた。
必死に抵抗するミスガリア兵。しかしネガーベルの洗練された武器や戦術の前に、数では勝るミスガリアがどんどん押されていく。ネガーベルの指揮官が叫ぶ。
「あれがミスガリア王城!! あそこに目指す敵の将あり!! 全軍、突撃っ!!!」
士気も物資も豊富なネガーベル軍が破竹の勢いで王城へと迫る。
「国王、避難を!!! ネガーベルが迫っております!!!」
一方ミスガリア王城内では敗戦濃厚な雰囲気の中、家臣達が王の避難を勧める。国王が答える。
「皆が必死に戦っておる。儂ひとり逃げる訳にはいかぬ!!」
梃でも動かぬ国王。
その頑固さと意志の強さは皆の知るところ。徹底抗戦を覚悟した一同だが、その中にひとりが窓の外に見える真っ黒な何かに気付いて言う。
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