覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
63 / 89
第五章「聖女と神騎士」

63.素直になれないお姫様

しおりを挟む
『英雄色を好む』

 まだアンナがロレンツに出会う前、公務室で侍女のリリーから聞いた言葉である。アンナがリリーの報告を聞いて答える。


「そう。お父様の手掛かりはなしですか……」

『氷姫』と呼ばれていたアンナ姫。
 それに似合う冷たい表情のままリリーに答えた。父親が突如行方不明になって数か月、アンナはもちろん軍の協力も得て捜索したが一向に見つからない。アンナは抱いてはいけない『諦め』という感情を必死に心の奥に押し込んでいた。


「カイトは? カイトはまだ病気なの……?」

 その父親が決めた婚約者。
 キャスタール家を支える有力貴族であり、武芸の嗜みもあることから『護衛職』の地位を与えられた男。『剣遊会』の出場が決まっていたのだがここ最近ずっと病気のため顔をすら見ていない。


(またジャスター家、なのかな……)

 アンナは最近露骨に嫌がらせをしてくるようになったジャスター家のことを思った。昵懇にしていた貴族達。それが今や引き行く波のように次々と離れて行き、気が付けば周りには誰もいなくなっていた。アンナが言う。


「『剣遊会』に出てくれる人はいないかしら。ひとりでみんな倒しちゃうような人。颯爽と現れて私達を助けてくれるような人……」

「アンナ様……」

 リリーは珍しく感情がこもったアンナの言葉にやや驚く。


「そしてこの暗いもやがかかったようなネガーベルをね、ぱあっと明るくしてくれて、国に安寧をもたらしてくれるような人……」


 リリーが答える。

「そんな人、いるとは思えません。でも、もしいるとするなら……」

 アンナがリリーの顔を見つめる。リリーが言う。


「その方は『神騎士しんきし』と呼ばれる英雄様ではないでしょうか」


『神騎士』
 神に選ばれし騎士で、聖女の危機に現れて救うとされる英雄。だが聖女だった母親の時代でも現れなかった幻の人物であり、それは伝説上のおとぎ話とされている。リリーが言う。


「でももしそのような方が現れたら、とてもおモテになるんでしょうね」

「モテる? どうして?」

 その意味が分からないアンナが尋ねる。


「どうしてって、そのような魅力的な方、国中の女性が放っておくと思われますか。『英雄色を好む』とも言いますし、魅力的な女性が自然と集まると思いますよ」

 子供ながら頭脳明晰なリリー。
 過去に読んだ伝記や歴史書、古代の文献から『神騎士』の存在についてもよく知っており、きちんとその頭に記憶されている。


(『聖女』に無縁の私には関係のない話か……)

 ほぼ次期聖女がミセルに決まっていたこの時期。孤独なアンナにはそんな話は全く自分には関係ないものだと、また氷のような表情に戻ってぼんやり思った。





 コンコンコン

「おい、いるかーー?? 俺はここにいる。何かあれば呼んでくれ」

 ここ数日の朝の風景である。
 毎朝アンナの部屋の前にやって来た『護衛職』のロレンツがそのドアを叩き、中の住人に語り掛ける。あの日以来ずっと部屋に入れて貰えないロレンツは、こうして護衛の時間は部屋の前でひとり立ち続けている。


「聞いた? 姫様の『護衛職』の男ってマサルトのスパイだったんだって!!」

 そんな噂はアンナや当事者のロレンツが思うよりもずっと早く城内に広がって行った。
 ジャスター卿ことガーヴェルの虚偽の流布。アンナ襲撃時に『護衛職』の責務を果たせなかったロレンツの失態。毎朝部屋に入れて貰えずひとり外に立つロレンツ。
 様々な策略や偶然が重なり、【赤き悪魔】からネガーベルを救った男の評判は地に落ちつつあった。


(アンナ様……)

 リリーは再び『氷姫』のように冷たく感情を持たなくなってしまった主を見て悲しみを覚えた。
 そんな中、ジャスター家主催の『昼食会』がたくさんの貴族を招待して開かれた。





「よお、嬢ちゃん。久しぶりだな」

 ジャスター家主催の昼食会の日。
 随分久しぶりにアンナに会ったロレンツが声をかけた。


「……」

 部屋から出て来たアンナは深く帽子を被り、ロレンツに目を合わせないようにしてリリーを従えて歩き出す。アンナがリリーに言う。


「行くわよ」

 リリーがそれに返事をして後に続く。


(やれやれ……)

 ロレンツは未だに怒りの収まらない金色の長髪の姫様にため息をつきながらその後に続いた。アンナが思う。


(なんで、なんでよ!! 私のこと『綺麗』とか『愛してる』とか、『ひとつになろう』とか言っていたくせに、他の女ばかりにへらへらして!!!)

 アンナは帽子に顔を半分隠しながら後ろに続く武骨な男に苛立つ。


(どうしてひと言『好きだ。愛してる。お前を離さない!!』と言えないのかしら!? そうすればすぐに許してあげるのに!!!)

 実は久し振りに彼の顔を見て興奮に包まれていたのだが、数日ロレンツに会えなかったアンナはその鬱憤も同じぐらい溜まっていた。そしてやはり何も話そうとしないロレンツを後ろに感じ苛立つ。


(あー、もう!! 後ろからがばっと抱きしめて『もう二度と離さない!』とか言えばすぐに……)


「なあ、嬢ちゃん」


(ひゃっ!?)

 妄想にどっぷり浸かっていたアンナは、突然名前を呼ばれたその男の声に驚く。アンナが背を向けたまま立ち止まる。ロレンツが言う。


「この間はすまなかった」


(え!?)

 ロレンツから出た謝罪の言葉。
 アンナが驚いて振り向こうとした時、ロレンツが続けて言った。


「嬢ちゃんを危険な目に遭わせちまった。『護衛職』として謝りたい」


(あ、そっちか……)

 アンナは振り向こうとしていた顔をそのまま再び前へ向ける。そっちじゃなかった。謝って欲しいのは『ロレンツの浮気』についてだった。それを聞いていたリリーがアンナに言う。


「アンナ様。それはアンナ様に非があります!」

「おい……」

 ロレンツが驚く。リリーがアンナに言う。


「あの日、あの時間は外出禁止の時間です。『護衛職』がいる時間なら彼の責任ですが、それ以外の時間に外に出てしまっては護衛もできません。私もそれについてはご注意申し上げたはずです。ですよね、アンナ様?」


「え、ええ。そうね……」

 アンナはその件についてはまったくロレンツを責めるつもりはなかった。ただただ『ロレンツの浮気』に怒っていた。リリーが言う。


「それを守れと言うのならばアンナ様は『護衛職』と寝食を共にしなければなりません。でもそんなことは……」


 ――えっ、寝食を共にする!?

 リリーがアンナに説教をする中、アンナはアンナでロレンツと一緒の部屋で暮らす妄想を始める。


『さあ、おいで。嬢ちゃん』

 ベッドの上で半裸になったロレンツが、ドアの入り口で下着姿のまま恥ずかしがるアンナに声をかける。見つめるロレンツ。アンナは顔を上げてゆっくりと近付く。


 かあああ……

「そんな、どうしよう……、でもあなたがどうしてもって言うのならば……」

 真っ赤な顔になったアンナが両手で顔を抑えながら小さくつぶやく。


「嬢ちゃん……?」

 おかしな反応に戸惑うロレンツ。
 アンナが何か言おうとした時、リリーが中庭の方を指差して言う。


「さあ、もうすぐ着きますよ。早く行きましょう」

「え、ええ……」

 急に現実に戻されたアンナがちょっとむっとして歩き出す。




「わあ、すごい料理……」

 中庭に設けられた特設の昼食会場。
 庭園に咲く花を横に多数の机の並べられた豪華な料理の数々。ネガーベルの名物から国外の見たこともない料理まで、その種類は数え切れないほど。机に置かれたワインもひと目で分かる年代物ばかり。
 そしてすべての有力貴族が皆参加しているのではないかというほどの人の多さ。広い中庭に並べられたテーブルやイスに座ってその宴の開始を待っている。


「これはこれはロレロレ様ぁ。ようこそいらっしゃいました」

 そこへこの昼食会の主催者のひとり、ミセル・ジャスターが現れた。
 いつも通り赤のドレスだが、今日は体のラインがはっきりと分かるタイトなもの。そのくせ胸元はしっかりと大きく開いており、すれ違う若い男の貴族達の視線をひとり集める。アンナがミセルの前に出て言う。


「この男は付き添い。隅で立っていて貰うわ」

 アンナがむっとした顔でミセルを睨む。


「まあ、それは可愛そうに。ロレロレ様、私と一緒にあちらで座りませんか?」

 ミセルはそう言って会場の前方にある主催者テーブルを指差す。ロレンツがちょっと首を振って答える。


「いや、遠慮する。俺の仕事は嬢ちゃんの護衛。ここで大丈夫だ」

 アンナは『浮気者のロレンツ』が、ふらっとそちらへ行ってしまうのではないかと思っていたので少し安心した。ミセルが悲しそうな顔で言う。


「まあ、それは残念でございます。ロレロレ様、お会いしましょう」

 ミセルはウィンクし、そう甘い声で言いながら小さく手を振って去って行った。


(むかっ、むかっむかっむかっ!!!!)

 アンナはミセルのそのすべての態度に苛立ちの炎に包まれる。
 無表情で護衛を続けるロレンツ。だがしかし、この後彼はネガーベルに来て以来最も大きな窮地に追い込まれることとなる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

無自覚チートで無双する気はなかったのに、小石を投げたら山が崩れ、クシャミをしたら魔王が滅びた。俺はただ、平穏に暮らしたいだけなんです!

黒崎隼人
ファンタジー
トラックに轢かれ、平凡な人生を終えたはずのサラリーマン、ユウキ。彼が次に目覚めたのは、剣と魔法の異世界だった。 「あれ?なんか身体が軽いな」 その程度の認識で放った小石が岩を砕き、ただのジャンプが木々を越える。本人は自分の異常さに全く気づかないまま、ゴブリンを避けようとして一撃でなぎ倒し、怪我人を見つけて「血、止まらないかな」と願えば傷が癒える。 これは、自分の持つ規格外の力に一切気づかない男が、善意と天然で周囲の度肝を抜き、勘違いされながら意図せず英雄へと成り上がっていく、無自覚無双ファンタジー!

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

処理中です...