覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
71 / 89
第五章「聖女と神騎士」

71.脱出

しおりを挟む
 圧巻だった。

 その銀髪の男は周りのアンナを拘束にやって来た兵士達を、掴まえては投げ、素手で殴って吹き飛ばし、戦意喪失し恐怖で震える兵士達を徹底的に叩きのめした。


(こんなのに、勝てるはずがない……)

 拘束部隊のリーダーは床に倒れ、血を吐きながらここに来たことを心底後悔した。ネガーベル最強と言われた相手を敵に回したことを悔やみつつ、成す術もなく倒れて行く部下を見ながら意識が遠のいて行った。



「ロレンツ……」

 アンナは床に蹲っていたリリーと抱き合いながら、ひとり兵士達を相手に無双する自分の『護衛職』を見つめた。


(ごめんなさい、ごめんなさい……)

 アンナはリリーを抱きしめながら心の中で何度も謝った。
 あんなに酷いことをしたのに彼はいつも体を張って助けに来てくれる。嫌な顔ひとつせずに悪い奴をいつもやっつけてくれる。


 ――これで好きにならない方がおかしいよ


 アンナの目から再び涙がこぼれる。
 そしてその銀髪の男は全ての兵士を叩きのめしてから、ふたりのところにやって来て言った。


「すまなかった。遅くなって」

 私が追い返したのに、コーヒー投げつけて追い返したのに。ロレンツの優しい顔を見て思う。


(そんな顔、ずるいよぉ……)


 アンナが涙を拭きながら言う。

「謝んないでよ……、悪いのは私なんだからぁ……」

 そう言って涙を流すアンナの頭を撫でながらロレンツが言う。


「綺麗な顔が台無しだ。嬢ちゃんをこんな目に遭わせたのは俺の失態。本当に申し訳ない」

「う、ううっ、うわーん!!!」

 アンナは再びロレンツを抱きしめると大声で泣いた。リリーがロレンツに言う。



「ありがと。助けてくれて……」

 リリーも痛むお腹を押さえながらロレンツにお礼を言い、小さく頭を下げた。


「大丈夫か。痛むか?」

 リリーが首を振って答える。


「大丈夫です、このくらい。それよりアンナ様に国家反逆罪がかけられ、このままでは処刑されてしまうそうなんです!!」

 ロレンツはアンナをしっかり抱きしめながら答える。


「ああ、聞いている。全く滅茶苦茶やってくれるぜ」

 リリーはそう危機感なさそうに答えるロレンツを見て溜息をつく。


「じゃあ、これからどうすれば……」

 そう言うリリーにロレンツが答える。


「お前は俺の部屋に行って銀髪の嬢ちゃん達と一緒に居てくれ。イコもいる。何があっても三人で耐えてくれ」

 リリーが尋ねる。


「じゃあ、あなたとアンナ様は?」

 ロレンツがアンナにもきちんと説明するように話す。


「ここに居ても仕方ない。直に数で押される。だから嬢ちゃんと一緒に一旦ここを出る」

「ここを出るって、どこへ行くの?」

 不安そうに尋ねるリリーにロレンツが答える。


「さあな。とりあえず不可侵協定が結ばれている『ルルカカ』が一番かな」

「なるほど……」

 少し距離はあるが、『ルルカカ』まで逃げられれば身の安全は確保される。リリーがアンナに尋ねる。


「アンナ様、よろしいでしょうか」

 アンナはすっとロレンツの傍に立ち腕を掴んで見上げながら答える。


「はい、あなたに付いていきます」

 それはもう姫と『護衛職』と言う関係ではない、ひとりの女としての言葉であった。ロレンツがアンナに言う。


「嬢ちゃん、何があっても俺から離れるんじゃねえぞ」

 アンナはロレンツの腕をぎゅっと抱きしめて答える。


「うん、離れない」

 ロレンツは頷いてリリーに言う。


「じゃあ、姫さんは俺に任せな。おめえさんも無事で」

「分かったわ。アンナ様……」

 リリーはアンナを見つめる。アンナもそれに気付いてリリーをぎゅっと抱きしめる。


「ご無事で」

「あなたも、気を付けて」

 ふたりは最後に強く抱きしめ合うと、涙を拭って別れを告げた。



「じゃあ、行くぞ」

 リリーが走り去るのを見てから、ロレンツは右手に呪剣を発現させた。

「うん」

 アンナがロレンツの手を握りしめる。ロレンツが言う。


「絶対にその手を離すなよ」

「うん、もう絶対に離さない!!」

 ロレンツは右手に持った漆黒の剣を前に構えながら城内を走り出した。





「エ、エルグ様、報告します!!!」

 ネガーベル王城最上階のエルグの部屋。
 そこに慌てて兵士が報告にやって来た。エルグが余裕の笑みを浮かべて尋ねる。


「アンナ姫のことだな?」

「あ、はい。そうです!!」

「言ってみろ」

 兵士は敬礼して報告を行う。


「逆賊アンナを拘束に向かった兵士は、救助に現れたその『護衛職』の男によってすべて倒されました。男は姫を連れて逃走。中庭にいた……」

「馬を奪って西門から逃走。『ルルカカ』方面に逃げた、ってとこだろ?」

 兵士は唖然とした。
 これから報告すべき内容を全て先に言われてしまったからだ。


「お、仰る通りでございます。なぜ……?」

 エルグが笑って答える。


「なぜって、そう仕向けたからだよ。一般の兵が束になってかかってもロレロレの拘束は不可能。馬を奪うのも、西門も、そして『ルルカカ』に向かうのも全て計算済みだ」

「さ、さすがでございます……」

 兵士は驚いて頭を下げ、そして退出して行った。
 エルグはゆっくりと出撃の用意をして、最後に白銀の剣を持ち頭上に掲げる。


「これこそ女神が遣わせた神騎士しんきしに与えられたという白銀の剣!! この聖剣を持ってこのエルグがネガーベル最強だということを今日こそ示してやる!!」

 エルグは剣を腰に携えると、そのサラサラな髪と同じ真っ赤な団長専用マントを羽織り部屋を出た。





 ネガーベル王城内でアンナと共に逃げていたロレンツを、軍の者達は執拗に襲って来た。

黒波斬こくはざん!!)

「ぎゃああ!!!」

 ロレンツは手にした呪剣を何度も振り、立ちはだかる者達を蹴散らせて行く。
 軍の中には【赤き悪魔】を倒したネガーベルの英雄に刃を向けるのを躊躇う者達もいたが、一方で突然現れた敵国出身の不愛想な男を嫌う者も多くここぞとばかりに剣を振り上げ立ち向かって来た。


「もう大丈夫だ」

「うん……」

 それでもロレンツは降りかかる火の粉を払うように兵を蹴散らし、王城を脱出。一路中立都市『ルルカカ』へと馬を走らせた。
 アンナを前に乗せ巧みに馬を操るロレンツ。アンナはそんな彼の右手の甲を見つめた。


「ねえ……」

 風を切りながら馬を走らせるロレンツが答える。

「なんだ?」

「だいぶ、消えちゃったね。これ……」

 アンナはロレンツのそのほとんど消えてしまった手のアザを見つめる。ロレンツが答える。


「ああ、でも仕方ない。これでいい」

(いい訳ないでしょ……、それが消えたら、あなたは……)

 アンナは抑えていた感情が溢れ出し、涙となって頬を流れる。
 自分が巻き込んでしまった。あのまま彼は冒険者をしていればこんな危険な目に遭わせることもなかった。出会わなければ、私なんかと……


「ねえ……」

 アンナはロレンツの右手に手を置いて言う。

「死なないでよ、絶対……」

 風を受けながら馬を操るロレンツが大きな声で尋ねる。


「あ? 嬢ちゃん、何か言ったか?? 聞こえねえ!!」

 アンナは涙を拭って小さく答えた。


「言ったわよ、何度も」

 そう言ってロレンツに体を預けその逞しい体をぎゅっと抱きしめた。

「嬢ちゃん……」


 突然、ロレンツが手綱を持っていない左手でアンナを抱きしめた。驚くアンナが思う。

(えっ、ええ!? なになに!? と、突然強く抱きしめらて!? こ、こんな所で私を求められても……、えっ、えっ、どうしよう!!??)


「はあっ!!」

 そしてロレンツによって止められる馬。
 そこは『ルルカカ』へ繋がる荒野の道。周りには何もない。アンナが思う。


(こ、こんな昼間っから、こんな何もない場所で!? ど、どうしよう!? でも何でこんな時に??)

 ロレンツが言う。


「嬢ちゃん」

「わ、わ、私は、あ、あなたがどうしてもって言うのならば、別にいいだけど。場所をちょっとは考えて……」

 ロレンツが落ち着いて言う。


「ああ、ここが最高の場所だったんだろうな……」

(えっ、ええ!? ここが最高ですって!? か、彼はそっち系に興味が……)



「あれを見な」

「え?」

 馬上のふたり。
 ロレンツが指さす方には、ネガーベルの軍服を着た一団が立ちはだかっている。ようやくその意味に気付いたアンナが震えた声で言う。


「な、なんでここに軍隊が……?」

「待ってたんだろうな、俺達を」

「そ、それって……」

 ロレンツが右手に呪剣を発現させて答える。


「だったら応えてやるよ、その期待にっ!!!」

「ちょ、ちょっと、きゃーーっ!!!」

 ロレンツは馬を全力で走らせネガーベル軍へと突撃した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

処理中です...