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第五章「聖女と神騎士」
71.脱出
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圧巻だった。
その銀髪の男は周りのアンナを拘束にやって来た兵士達を、掴まえては投げ、素手で殴って吹き飛ばし、戦意喪失し恐怖で震える兵士達を徹底的に叩きのめした。
(こんなのに、勝てるはずがない……)
拘束部隊のリーダーは床に倒れ、血を吐きながらここに来たことを心底後悔した。ネガーベル最強と言われた相手を敵に回したことを悔やみつつ、成す術もなく倒れて行く部下を見ながら意識が遠のいて行った。
「ロレンツ……」
アンナは床に蹲っていたリリーと抱き合いながら、ひとり兵士達を相手に無双する自分の『護衛職』を見つめた。
(ごめんなさい、ごめんなさい……)
アンナはリリーを抱きしめながら心の中で何度も謝った。
あんなに酷いことをしたのに彼はいつも体を張って助けに来てくれる。嫌な顔ひとつせずに悪い奴をいつもやっつけてくれる。
――これで好きにならない方がおかしいよ
アンナの目から再び涙がこぼれる。
そしてその銀髪の男は全ての兵士を叩きのめしてから、ふたりのところにやって来て言った。
「すまなかった。遅くなって」
私が追い返したのに、コーヒー投げつけて追い返したのに。ロレンツの優しい顔を見て思う。
(そんな顔、ずるいよぉ……)
アンナが涙を拭きながら言う。
「謝んないでよ……、悪いのは私なんだからぁ……」
そう言って涙を流すアンナの頭を撫でながらロレンツが言う。
「綺麗な顔が台無しだ。嬢ちゃんをこんな目に遭わせたのは俺の失態。本当に申し訳ない」
「う、ううっ、うわーん!!!」
アンナは再びロレンツを抱きしめると大声で泣いた。リリーがロレンツに言う。
「ありがと。助けてくれて……」
リリーも痛むお腹を押さえながらロレンツにお礼を言い、小さく頭を下げた。
「大丈夫か。痛むか?」
リリーが首を振って答える。
「大丈夫です、このくらい。それよりアンナ様に国家反逆罪がかけられ、このままでは処刑されてしまうそうなんです!!」
ロレンツはアンナをしっかり抱きしめながら答える。
「ああ、聞いている。全く滅茶苦茶やってくれるぜ」
リリーはそう危機感なさそうに答えるロレンツを見て溜息をつく。
「じゃあ、これからどうすれば……」
そう言うリリーにロレンツが答える。
「お前は俺の部屋に行って銀髪の嬢ちゃん達と一緒に居てくれ。イコもいる。何があっても三人で耐えてくれ」
リリーが尋ねる。
「じゃあ、あなたとアンナ様は?」
ロレンツがアンナにもきちんと説明するように話す。
「ここに居ても仕方ない。直に数で押される。だから嬢ちゃんと一緒に一旦ここを出る」
「ここを出るって、どこへ行くの?」
不安そうに尋ねるリリーにロレンツが答える。
「さあな。とりあえず不可侵協定が結ばれている『ルルカカ』が一番かな」
「なるほど……」
少し距離はあるが、『ルルカカ』まで逃げられれば身の安全は確保される。リリーがアンナに尋ねる。
「アンナ様、よろしいでしょうか」
アンナはすっとロレンツの傍に立ち腕を掴んで見上げながら答える。
「はい、あなたに付いていきます」
それはもう姫と『護衛職』と言う関係ではない、ひとりの女としての言葉であった。ロレンツがアンナに言う。
「嬢ちゃん、何があっても俺から離れるんじゃねえぞ」
アンナはロレンツの腕をぎゅっと抱きしめて答える。
「うん、離れない」
ロレンツは頷いてリリーに言う。
「じゃあ、姫さんは俺に任せな。おめえさんも無事で」
「分かったわ。アンナ様……」
リリーはアンナを見つめる。アンナもそれに気付いてリリーをぎゅっと抱きしめる。
「ご無事で」
「あなたも、気を付けて」
ふたりは最後に強く抱きしめ合うと、涙を拭って別れを告げた。
「じゃあ、行くぞ」
リリーが走り去るのを見てから、ロレンツは右手に呪剣を発現させた。
「うん」
アンナがロレンツの手を握りしめる。ロレンツが言う。
「絶対にその手を離すなよ」
「うん、もう絶対に離さない!!」
ロレンツは右手に持った漆黒の剣を前に構えながら城内を走り出した。
「エ、エルグ様、報告します!!!」
ネガーベル王城最上階のエルグの部屋。
そこに慌てて兵士が報告にやって来た。エルグが余裕の笑みを浮かべて尋ねる。
「アンナ姫のことだな?」
「あ、はい。そうです!!」
「言ってみろ」
兵士は敬礼して報告を行う。
「逆賊アンナを拘束に向かった兵士は、救助に現れたその『護衛職』の男によってすべて倒されました。男は姫を連れて逃走。中庭にいた……」
「馬を奪って西門から逃走。『ルルカカ』方面に逃げた、ってとこだろ?」
兵士は唖然とした。
これから報告すべき内容を全て先に言われてしまったからだ。
「お、仰る通りでございます。なぜ……?」
エルグが笑って答える。
「なぜって、そう仕向けたからだよ。一般の兵が束になってかかってもロレロレの拘束は不可能。馬を奪うのも、西門も、そして『ルルカカ』に向かうのも全て計算済みだ」
「さ、さすがでございます……」
兵士は驚いて頭を下げ、そして退出して行った。
エルグはゆっくりと出撃の用意をして、最後に白銀の剣を持ち頭上に掲げる。
「これこそ女神が遣わせた神騎士に与えられたという白銀の剣!! この聖剣を持ってこのエルグがネガーベル最強だということを今日こそ示してやる!!」
エルグは剣を腰に携えると、そのサラサラな髪と同じ真っ赤な団長専用マントを羽織り部屋を出た。
ネガーベル王城内でアンナと共に逃げていたロレンツを、軍の者達は執拗に襲って来た。
(黒波斬!!)
「ぎゃああ!!!」
ロレンツは手にした呪剣を何度も振り、立ちはだかる者達を蹴散らせて行く。
軍の中には【赤き悪魔】を倒したネガーベルの英雄に刃を向けるのを躊躇う者達もいたが、一方で突然現れた敵国出身の不愛想な男を嫌う者も多くここぞとばかりに剣を振り上げ立ち向かって来た。
「もう大丈夫だ」
「うん……」
それでもロレンツは降りかかる火の粉を払うように兵を蹴散らし、王城を脱出。一路中立都市『ルルカカ』へと馬を走らせた。
アンナを前に乗せ巧みに馬を操るロレンツ。アンナはそんな彼の右手の甲を見つめた。
「ねえ……」
風を切りながら馬を走らせるロレンツが答える。
「なんだ?」
「だいぶ、消えちゃったね。これ……」
アンナはロレンツのそのほとんど消えてしまった手のアザを見つめる。ロレンツが答える。
「ああ、でも仕方ない。これでいい」
(いい訳ないでしょ……、それが消えたら、あなたは……)
アンナは抑えていた感情が溢れ出し、涙となって頬を流れる。
自分が巻き込んでしまった。あのまま彼は冒険者をしていればこんな危険な目に遭わせることもなかった。出会わなければ、私なんかと……
「ねえ……」
アンナはロレンツの右手に手を置いて言う。
「死なないでよ、絶対……」
風を受けながら馬を操るロレンツが大きな声で尋ねる。
「あ? 嬢ちゃん、何か言ったか?? 聞こえねえ!!」
アンナは涙を拭って小さく答えた。
「言ったわよ、何度も」
そう言ってロレンツに体を預けその逞しい体をぎゅっと抱きしめた。
「嬢ちゃん……」
突然、ロレンツが手綱を持っていない左手でアンナを強く抱きしめた。驚くアンナが思う。
(えっ、ええ!? なになに!? と、突然強く抱きしめらて!? こ、こんな所で私を求められても……、えっ、えっ、どうしよう!!??)
「はあっ!!」
そしてロレンツによって止められる馬。
そこは『ルルカカ』へ繋がる荒野の道。周りには何もない。アンナが思う。
(こ、こんな昼間っから、こんな何もない場所で!? ど、どうしよう!? でも何でこんな時に??)
ロレンツが言う。
「嬢ちゃん」
「わ、わ、私は、あ、あなたがどうしてもって言うのならば、別にいいだけど。場所をちょっとは考えて……」
ロレンツが落ち着いて言う。
「ああ、ここが最高の場所だったんだろうな……」
(えっ、ええ!? ここが最高ですって!? か、彼はそっち系に興味が……)
「あれを見な」
「え?」
馬上のふたり。
ロレンツが指さす方には、ネガーベルの軍服を着た一団が立ちはだかっている。ようやくその意味に気付いたアンナが震えた声で言う。
「な、なんでここに軍隊が……?」
「待ってたんだろうな、俺達を」
「そ、それって……」
ロレンツが右手に呪剣を発現させて答える。
「だったら応えてやるよ、その期待にっ!!!」
「ちょ、ちょっと、きゃーーっ!!!」
ロレンツは馬を全力で走らせネガーベル軍へと突撃した。
その銀髪の男は周りのアンナを拘束にやって来た兵士達を、掴まえては投げ、素手で殴って吹き飛ばし、戦意喪失し恐怖で震える兵士達を徹底的に叩きのめした。
(こんなのに、勝てるはずがない……)
拘束部隊のリーダーは床に倒れ、血を吐きながらここに来たことを心底後悔した。ネガーベル最強と言われた相手を敵に回したことを悔やみつつ、成す術もなく倒れて行く部下を見ながら意識が遠のいて行った。
「ロレンツ……」
アンナは床に蹲っていたリリーと抱き合いながら、ひとり兵士達を相手に無双する自分の『護衛職』を見つめた。
(ごめんなさい、ごめんなさい……)
アンナはリリーを抱きしめながら心の中で何度も謝った。
あんなに酷いことをしたのに彼はいつも体を張って助けに来てくれる。嫌な顔ひとつせずに悪い奴をいつもやっつけてくれる。
――これで好きにならない方がおかしいよ
アンナの目から再び涙がこぼれる。
そしてその銀髪の男は全ての兵士を叩きのめしてから、ふたりのところにやって来て言った。
「すまなかった。遅くなって」
私が追い返したのに、コーヒー投げつけて追い返したのに。ロレンツの優しい顔を見て思う。
(そんな顔、ずるいよぉ……)
アンナが涙を拭きながら言う。
「謝んないでよ……、悪いのは私なんだからぁ……」
そう言って涙を流すアンナの頭を撫でながらロレンツが言う。
「綺麗な顔が台無しだ。嬢ちゃんをこんな目に遭わせたのは俺の失態。本当に申し訳ない」
「う、ううっ、うわーん!!!」
アンナは再びロレンツを抱きしめると大声で泣いた。リリーがロレンツに言う。
「ありがと。助けてくれて……」
リリーも痛むお腹を押さえながらロレンツにお礼を言い、小さく頭を下げた。
「大丈夫か。痛むか?」
リリーが首を振って答える。
「大丈夫です、このくらい。それよりアンナ様に国家反逆罪がかけられ、このままでは処刑されてしまうそうなんです!!」
ロレンツはアンナをしっかり抱きしめながら答える。
「ああ、聞いている。全く滅茶苦茶やってくれるぜ」
リリーはそう危機感なさそうに答えるロレンツを見て溜息をつく。
「じゃあ、これからどうすれば……」
そう言うリリーにロレンツが答える。
「お前は俺の部屋に行って銀髪の嬢ちゃん達と一緒に居てくれ。イコもいる。何があっても三人で耐えてくれ」
リリーが尋ねる。
「じゃあ、あなたとアンナ様は?」
ロレンツがアンナにもきちんと説明するように話す。
「ここに居ても仕方ない。直に数で押される。だから嬢ちゃんと一緒に一旦ここを出る」
「ここを出るって、どこへ行くの?」
不安そうに尋ねるリリーにロレンツが答える。
「さあな。とりあえず不可侵協定が結ばれている『ルルカカ』が一番かな」
「なるほど……」
少し距離はあるが、『ルルカカ』まで逃げられれば身の安全は確保される。リリーがアンナに尋ねる。
「アンナ様、よろしいでしょうか」
アンナはすっとロレンツの傍に立ち腕を掴んで見上げながら答える。
「はい、あなたに付いていきます」
それはもう姫と『護衛職』と言う関係ではない、ひとりの女としての言葉であった。ロレンツがアンナに言う。
「嬢ちゃん、何があっても俺から離れるんじゃねえぞ」
アンナはロレンツの腕をぎゅっと抱きしめて答える。
「うん、離れない」
ロレンツは頷いてリリーに言う。
「じゃあ、姫さんは俺に任せな。おめえさんも無事で」
「分かったわ。アンナ様……」
リリーはアンナを見つめる。アンナもそれに気付いてリリーをぎゅっと抱きしめる。
「ご無事で」
「あなたも、気を付けて」
ふたりは最後に強く抱きしめ合うと、涙を拭って別れを告げた。
「じゃあ、行くぞ」
リリーが走り去るのを見てから、ロレンツは右手に呪剣を発現させた。
「うん」
アンナがロレンツの手を握りしめる。ロレンツが言う。
「絶対にその手を離すなよ」
「うん、もう絶対に離さない!!」
ロレンツは右手に持った漆黒の剣を前に構えながら城内を走り出した。
「エ、エルグ様、報告します!!!」
ネガーベル王城最上階のエルグの部屋。
そこに慌てて兵士が報告にやって来た。エルグが余裕の笑みを浮かべて尋ねる。
「アンナ姫のことだな?」
「あ、はい。そうです!!」
「言ってみろ」
兵士は敬礼して報告を行う。
「逆賊アンナを拘束に向かった兵士は、救助に現れたその『護衛職』の男によってすべて倒されました。男は姫を連れて逃走。中庭にいた……」
「馬を奪って西門から逃走。『ルルカカ』方面に逃げた、ってとこだろ?」
兵士は唖然とした。
これから報告すべき内容を全て先に言われてしまったからだ。
「お、仰る通りでございます。なぜ……?」
エルグが笑って答える。
「なぜって、そう仕向けたからだよ。一般の兵が束になってかかってもロレロレの拘束は不可能。馬を奪うのも、西門も、そして『ルルカカ』に向かうのも全て計算済みだ」
「さ、さすがでございます……」
兵士は驚いて頭を下げ、そして退出して行った。
エルグはゆっくりと出撃の用意をして、最後に白銀の剣を持ち頭上に掲げる。
「これこそ女神が遣わせた神騎士に与えられたという白銀の剣!! この聖剣を持ってこのエルグがネガーベル最強だということを今日こそ示してやる!!」
エルグは剣を腰に携えると、そのサラサラな髪と同じ真っ赤な団長専用マントを羽織り部屋を出た。
ネガーベル王城内でアンナと共に逃げていたロレンツを、軍の者達は執拗に襲って来た。
(黒波斬!!)
「ぎゃああ!!!」
ロレンツは手にした呪剣を何度も振り、立ちはだかる者達を蹴散らせて行く。
軍の中には【赤き悪魔】を倒したネガーベルの英雄に刃を向けるのを躊躇う者達もいたが、一方で突然現れた敵国出身の不愛想な男を嫌う者も多くここぞとばかりに剣を振り上げ立ち向かって来た。
「もう大丈夫だ」
「うん……」
それでもロレンツは降りかかる火の粉を払うように兵を蹴散らし、王城を脱出。一路中立都市『ルルカカ』へと馬を走らせた。
アンナを前に乗せ巧みに馬を操るロレンツ。アンナはそんな彼の右手の甲を見つめた。
「ねえ……」
風を切りながら馬を走らせるロレンツが答える。
「なんだ?」
「だいぶ、消えちゃったね。これ……」
アンナはロレンツのそのほとんど消えてしまった手のアザを見つめる。ロレンツが答える。
「ああ、でも仕方ない。これでいい」
(いい訳ないでしょ……、それが消えたら、あなたは……)
アンナは抑えていた感情が溢れ出し、涙となって頬を流れる。
自分が巻き込んでしまった。あのまま彼は冒険者をしていればこんな危険な目に遭わせることもなかった。出会わなければ、私なんかと……
「ねえ……」
アンナはロレンツの右手に手を置いて言う。
「死なないでよ、絶対……」
風を受けながら馬を操るロレンツが大きな声で尋ねる。
「あ? 嬢ちゃん、何か言ったか?? 聞こえねえ!!」
アンナは涙を拭って小さく答えた。
「言ったわよ、何度も」
そう言ってロレンツに体を預けその逞しい体をぎゅっと抱きしめた。
「嬢ちゃん……」
突然、ロレンツが手綱を持っていない左手でアンナを強く抱きしめた。驚くアンナが思う。
(えっ、ええ!? なになに!? と、突然強く抱きしめらて!? こ、こんな所で私を求められても……、えっ、えっ、どうしよう!!??)
「はあっ!!」
そしてロレンツによって止められる馬。
そこは『ルルカカ』へ繋がる荒野の道。周りには何もない。アンナが思う。
(こ、こんな昼間っから、こんな何もない場所で!? ど、どうしよう!? でも何でこんな時に??)
ロレンツが言う。
「嬢ちゃん」
「わ、わ、私は、あ、あなたがどうしてもって言うのならば、別にいいだけど。場所をちょっとは考えて……」
ロレンツが落ち着いて言う。
「ああ、ここが最高の場所だったんだろうな……」
(えっ、ええ!? ここが最高ですって!? か、彼はそっち系に興味が……)
「あれを見な」
「え?」
馬上のふたり。
ロレンツが指さす方には、ネガーベルの軍服を着た一団が立ちはだかっている。ようやくその意味に気付いたアンナが震えた声で言う。
「な、なんでここに軍隊が……?」
「待ってたんだろうな、俺達を」
「そ、それって……」
ロレンツが右手に呪剣を発現させて答える。
「だったら応えてやるよ、その期待にっ!!!」
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