覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

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第五章「聖女と神騎士」

76.真っすぐに、正々堂々と。

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「お、おい。嬢ちゃん、あんまりくっつくなよ……」

【漆黒の悪魔】を討伐したロレンツ。
 聖女となったアンナの治療魔法で体力も全回復し、軍が残していった馬に乗りネガーベルへと帰還していた。
 馬を操るロレンツの前で横に座りべったりとくっつくアンナ。それを後ろから見ているキャロルが思う。


(う~ん、なんかぁ、ロレロレって~、ラスボスを倒したヒーローみたいでぇ、アンナ様はお姫様みたいじゃん?? って、アンナ様はお姫様かぁ~)

 ゆっくりと歩く馬にふたり一緒に乗って歩く。それはまさに世界を救ったヒーローとヒロインの凱旋のようである。


(え~、ってことは、キャロルってばぁ、引き立て役の脇役ってことぉ~??)

 今更ながらキャロルは自分の置かれた立ち位置に気付き、むっとする。だが思う。


(でも聖女様に、神騎士様だからなぁ。しっかたないか~)

 そこでめげないのが彼女の獲り柄。そう思いつつも絶対にロレンツを諦めない。



(むふっ、むふふっ……)

 一方のアンナは幸せの絶頂だった。
 念願の聖女になれ、しかもロレンツと口づけを交わし永遠とわの愛を誓った。もはや彼女はロレンツの恋人とか婚約者と言う地位を得た気分であった。


「ねえ、ロレンツぅ~」

 ロレンツに抱きつきながらアンナが甘い声で言う。ロレンツが困った顔で答える。


「だからあんまりくっつくんじゃねえ。危ないぞ」

「むふっ、むふふっ……」

 アンナはそんな照れているロレンツが可愛いと心から思った。





「あ、パパだ!!!!」

 ネガーベル王城。戻ってきた王城前ではロレンツ達を心配していたイコやリリー、ミンファ、そして小隊長達がその帰りを待っていた。


(良かった、本当に良かったご無事で。……でも、何あれ)

 銀髪の美しい女性ミンファ。彼女も先のキャロルと全く同じ感情を抱く女性のひとりだった。ミンファが馬上でロレンツに抱き着きながら凱旋するアンナを見て思う。


(きっとご主人様がその竜ってのを倒してくれたんですね。でも、凱旋は分かるんだけど、なんかヒーローとお姫様って感じで面白くないわ……)

 そんな嬉しさと嫉妬が混じったミンファをよそに、体全身で喜びを表すイコが一直線にロレンツの元へと駆け寄る。


「パパぁ!!」

「よお、イコ。無事だったか!!」

 ロレンツもアンナと共に馬から降りてイコを抱きしめる。


「良かった。無事で……」

 イコを抱くロレンツの顔が優しい父親の顔となる。その目にはうっすらと涙も浮かぶ。そしてリコと一緒にいたリリーとミンファに向かって礼を言った。


「ふたりともありがとう。心から礼を言う」

「いえ、私はご主人様の言いつけを守って……」

 褒められたミンファが照れそうに答える。ロレンツはその後ろにいた小隊長にも気付き声を掛ける。


「おめえは……? そうか、ありがとよ」

 小隊長が敬礼して答える。

「いえ、とんでもないです!! 我々はロレンツ殿に恩を返したいだけ。お礼を言うのはこちらです」

 ロレンツがそれに笑顔で応える。


「アンナ様!!!」

 そしてリリーが涙を浮かべながらアンナに抱き着く。

「リリー」

 アンナもリリーをぎゅっと抱きしめて言う。


「ただいま、リリー」

「アンナ様ぁ……、くすん……」

 あの強気なリリーが珍しく涙ぐむのを見て、アンナもやはりまだ彼女も子供なんだなと思い直した。


「キャロル様!!」

 小隊長と兵士達が、ロレンツと一緒に戻ってきたキャロルに敬礼して挨拶する。小隊長が尋ねる。


「キャロル様、あの黒い竜は討伐されたんでしょうか」

 キャロルがピンク色の髪をかき上げながら答える。


「えー、黒い竜ぅ?? うん、ロレロレがやっつけちゃったよ~」

「おお!!」

 兵士達の間から歓声が上がる。そしてキャロルの続けて言った言葉は更に皆を驚かせた。


「あとね~、アンナ様が聖女になっちゃったよ!! それからロレロレは何とぉ……、神騎士になりましたぁ~!!」

 あまりに唐突で驚愕の言葉に皆が一瞬静かになる。そしてすぐに狂喜乱舞となる。


「ア、アンナ様、本当ですか!!?? おめでとうございます!!!!」
「やりましたね!! アンナ様!!!」

「え? 神騎士って、あのおとぎ話の中の人物でしょ??」
「ロレロレ様、神騎士って、すごーーーーーい!!!」

 周りに集まり出す兵士達。
 一緒に並ぶアンナとロレンツに祝福の拍手が送らされる。アンナは照れながら皆に感謝する。


「うん、みんなありがとう。私、諦めなくて良かったわ!!」

 そう言ってアンナが隣に並ぶロレンツの腕に抱き着く。


(むかっ!!)
(むかっ、むかっ!!)

 それを見たミンファとキャロルがむっとする。兵士のひとりが前に出てアンナに言った。


「アンナ様、実は先の避難の際に腕を怪我してしまって……、早速なんですが聖女様のお力で治癒して頂けませんでしょうか……」

 アンナは笑顔で頷いて言う。


「ええ、もちろんよ。みんなを癒して安寧をもたらす。それが私の仕事。さ、腕を出して」

「ありがとうございます!!」

 兵士は頭を下げてから怪我をした腕をアンナに差し出した。アンナがそれに軽く触れ治癒魔法を唱える。


完全回復パーフェクトキュア

 皆が新聖女アンナに注目した。





 ロレンツとアンナがが【漆黒の悪魔】を討伐してネガーベル王城に帰る少し前、先にこの城に搬送された聖騎士団長エルグの報を聞き妹のミセルが慌てて駆けつけた。


「お兄様っ、お兄様っ!! お気を確かに!!!」

 兵士達の馬に乗せられまったく身動きができないエルグ。
 身に着けていた鎧は破壊され、体中その赤い髪と同じ鮮血の赤に染まっている。もう以前のイケメンの面影はない。エルグは全身の骨を砕かれた後、【漆黒の悪魔】に追撃を受けもう話すこともできない程の危篤状態であった。ミセルが大声で叫ぶ。


「早く、早く、治療室へ!!!!」

 だが半壊したネガーベル王城。
 多数の怪我人で溢れる城内にエルグを運び込む余裕はなかった。エルグに付き添っていた兵士が深刻な顔で言う。


「ミセル様!! 聖女であるあなたが治療をお願いします!!!」


(!!)

 ミセルは思い出した。
 まったく同じような光景を以前経験したことを。


(怖い、怖い怖い……)

 あの時の周りの冷たい視線。
 耳を塞ぎたくなるような心無い言葉。

『聖女就任式』でニセの聖女だとバレそうになった時のことがミセルの頭の中でぐるぐると回り出す。


「お兄様、お、お兄様……」

 震えながら倒れそうになるミセル。
 目の前には真っ赤な血に染まって動かなくなっている兄。ただその目だけしっかりとミセルを見つめ、助けを求めているような気がする。兵士が言う。


「ミセル様、早く!!」

「わ、私……」

 そんな彼女の頭にその男の声が響いた。


『正々堂々とやりな。だったら褒めてやる』


(正々堂々……)

 ミセルは震えている体に力を入れぎゅっと兄を見つめる。そして兵士に言った。


「ちょっと待ってて!! すぐに戻るわ!!」

『輝石』を持ち合わせていないミセルは、急ぎ自室へと向かう。半壊した王城。多くの混乱した人がごった返す中、ミセルは一心不乱に走った。


(お兄様を助ける、お兄様を助ける。それは決して聖女じゃなくてもいいこと!!!)

 ミセルは半壊した部屋の中から『輝石』を手にすると、すぐに兄の元へと向かった。


「ミセル様!!!」

 戻って来たミセルに兵士が声をかける。
 ミセルは片手にその奇跡の石を握りながら言う。


「私はまだ聖女じゃありません。でも、お兄様は私が助ける!!!」


「おお……」

 そして光るミセルの手。
 同時に傷が癒えて行くエルグ。


「ミ、ミセル……」

 擦れた声で兄のエルグが名前を口にする。ミセルはその兄の手を握りしめて言う。


「お兄様、お兄様、良かった……」

 ミセルは涙を流しながら兄の一命を取り留めたことに安堵した。そして思う。


(ミセルはまっすぐ頑張りました。少しは褒めて頂けますか、ロレ様……)

 ミセルは兵士に運ばれて行くエルグと共に城内へと向かった。





完全回復パーフェクトキュア

 そう治癒魔法を唱えたアンナを皆が見つめた。


「……あれ?」

 何も起こらない。
 聖女であるはずのアンナの治癒魔法が発動しない。


「え、え? なんで!?」

 焦ったアンナが下位魔法を唱える。


回復キュア……」

「……」

 やはり何も起こらない。


(な、なんで、どうして!!??)

 真っ青になるアンナ。周りからは冷たい視線と共に猜疑の目が向けられる。


「あ!」

 その時ロレンツが急に驚いたような顔をした。そして隣に居るアンナと共に、皆にを向け小さな声で言う。


「お、おい、嬢ちゃん!!」

「な、なによ!」

 治癒魔法が発動しなくて焦るアンナが苛ついて答える。ロレンツは自分の右手の甲を見せて言った。


「模様が、ハートの模様が復活している……」

「!!」

 ロレンツの右手甲には先程聖女の解呪で消えたはずの黒のハートの模様が、見事に完全な形で復活していた。ロレンツが言う。


「ま、まさか……」


(呪剣……)


(げっ!!)

 ロレンツの右手には神騎士になり現れるはずのない漆黒の剣が再び握られていた。ロレンツが言う。


「戻っちまったんだ、俺も……、嬢ちゃんも……」


「ちょっと~、ふたりで何を話しているんですぅ~??」

 背を向けて何やらひそひそ話をするふたりにキャロルが不満そうに言う。アンナが青い顔でロレンツに言う。


「ど、どうしよう……」

「まあ、仕方ねえな。振り出しに戻る、だ。はははっ」

 アンナはこんな状況になっても呑気に笑う銀髪の男を見て深く溜息をついた。
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