メモリーストーン

深宮こゝ

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メモリーストーン

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「……何これ」
「メモリーストーンだ」
 私は確かに、ずっと一緒にいたいと願った。でもそれは人としての彼であり、掌の上で輝く石ではない。
「馬鹿じゃないの」
「そう言ってやらないでくれ。ザイの判断がなかったら全団滅んでたんだ」
 副隊長であったディーンが哀しそうに笑う。
「いくら、周りが英雄だって言ったって。私にとっては約束を守らなかった大馬鹿もんよ」
「ま、そうなるか。……でもな」
「ディーン隊長お時間です」
 部下のような男が、小さな声で囁く。彼、ザイが居なくなったことにより、位が一つ押し上げになったようだ。
「戦後の処理は大変なようね、隊長様」
「わりぃ、また顔出すな」
 嫌味で言ってやったのに、ディーンは私を心配するように去っていった。


 一団が去り、エンジン音やらで騒がしかった外は一気に静かになった。
 部屋の中には私と、ディーンから手渡されたメモリーストーンだけだ。

──必ず、帰ってくるから。
 思い出すのはザイと交わした最後の言葉。
 あのね、ザイ。帰ってくるのはメモリーストーンじゃ意味ないのよ。

 メモリーストーン、つまりは形見の石である。
 この石の中に故人の記憶が詰められており、記憶を再生する事ができる──なんてハイテク機能は付いていない。
 ただ、この石を見て"自分"を思い出して欲しい、側に置いていて欲しい。そんな人に贈る、故人の身体から一つだけしか精製できない、そんな身勝手な石。
 そんなメモリーストーンを家族にではなく、私に贈った。

──必ず、帰ってくるから。
──ずっと一緒にいよう。
──結婚、してくれないか。

 沢山、約束を破ったくせに。
 考えれば考えるほどに憎たらしくなる。こんな石がザイの代わりになるはずがない。側に置いたって虚しいだけだ。
「馬鹿じゃないの!」
 叫びながら、ザイの瞳と同じ色した石を床へと投げつけた。鈍い音をたてた石は床に弾かれ、転がり私から遠ざかっていく。
「一緒にいたかっただけなのに!」
 どれだけ泣いても、当たり前だ、メモリーストーンは背中に腕を回してくれない。
 私は自分で自分を抱きしめた。
 どこかの英雄になり、名を残すよりも私の側に居て欲しかった。こんな石を創る時間があるのなら、ボロボロでいいから駆けつけて欲しかった。
 私がもう今さら何を言ったって、どうにもならないけれど。


 数日後、ディーンが再び訪ねてきた。今日はどうやら一人で来たらしく、外は静かだった。
「また顔出すって、いったろ」
「社交辞令かと」
 正直に言えばディーンは苦笑いした。
「まあ、いい。今日来たのはな──」


 本当に、心底どうっでもいい話だった。
 英雄様になったザイは、石像になるらしい。
「みんな石が好きなのね。好きついでに、どうぞメモリーストーンも持っていってちょうだい」
 私は無造作に石を掴みディーンへと投げつける。慌ててキャッチしたディーンは私を鋭く睨みつけてきた。
「?! お前それは!」
「ザイじゃない」
 私は言い切る。
「ザイじゃないわよ、そのメモリーストーンは」
「そりゃ、本人じゃないけど──」
「本人じゃないと意味がないのよ!」
 一緒にいたい、そう私が思った──ザイじゃないと。
「……そうだな。悪かった」
「ディーンが謝っても意味ない」
「ああ。でもな……そのメモリーストーン……お願いだ。もっと大切にしてやってほしい」
 ディーンが駆けつけた時、ザイはもう虫の息だったらしい。いつ灯火が消えてもおかしくない、そんな状況だったが、メモリーストーンを創るそれだけのために、心臓を動かしていたそうだ。
 先の戦いで両親に先立たれた私が、独りになるのを恐れて──。
「メモリーストーンが完成したのと……同時にな」
 初めて聞かされた最期に、胸がぐっと圧迫されたように苦しくなる。
「"ずっと一緒に"って」
「いないよ。いないじゃん、馬鹿」
 分かってる、そういう意味じゃないって分かってる。
 このメモリーストーンは、ザイが最期に残してくれた、私への──。
 それでも、今はひたすらに呼吸が苦しかった。


「まさか、来ると思わなかったな」
「嘘でしょ? 愛する人の石像よ?」
 ディーンと軽口を交わし、広場へ向かえば沢山の人が集まっていた。大きな布で覆われたものが広場の中心に鎮座している。あれがきっと、ザイの石像なのだろう。
──一緒に居る事は叶わなかったけれど
 私はペンダントに加工してもらった、メモリーストーンをそっと握りしめる。
──ずっと一緒にはいられるから

 大きな布が取り払われ、一気に歓声が上がる。
「本人の方がイケメンね」
 現れた石像を前に、私は大きく笑うのだった。
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