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第10話 祝辞(Speech)
しおりを挟むえ? なにか言った、あなた? ごめんなさい。ちょっと考えごとをしていて聞いていなかったわ。
ううん。別に気分が悪いとか、そういったことじゃないの。マリッジブルー? あはは。まさか。そんなものになるならもっと早くなっているわよ。いくらわたしがどん臭くっても、結婚式の真っ最中にそんなものになったりしないって。
それならなんで披露宴が始まってからこっち、ずっとそんなに暗い顔をしているのかって? う~ん、やっぱり分かっちゃったか。これでも結構一生懸命、笑顔を作っていたつもりなんだけどな。さすが未来の……て言うか、もう現在形で言っていいのかな? とにかく旦那さま! 愛する奥さまの内心くらいお見通しってわけですか。
茶化すなって? そんな、茶化しているつもりなんかないけど。だけど、そうね。一応あなたには話しておいたほうがいいかもね。万が一の事態が起きた時のために、心の準備くらいはしておいてもらいたいし。
ええ、そう。あまり穏やかじゃない話よ。だけどそんな深刻な顔をしないで。仮にもあなたは新郎。結婚披露宴の準主役なんだから。それがそんなむっつりとした顔をしていたら、せっかく来てくれたお客さんたちがなにごとかと訝るでしょう? 分かった? ならほら笑顔、笑顔!
ぎこちないわねえ。もっと自然な笑顔は出来ないの? え? あんな思わせぶりな前振りをされて自然な笑顔なんか浮かべられるわけない? ……まあ、そりゃそうか。
だけどまあ、結婚式の当日になってあなたとの結婚を後悔しているとか、実は他に好きな男の人がいたんだとか、そういった類の話じゃないから安心してね。いや、実のところそう安心出来る話でもないんだけどさ。
どっちなんだって? いいからとにかくあなたはお客さんたちが不審に思わない程度に幸せそうな笑顔を浮かべながら、わたしの話を聞いていてくれればいいの。わたしもニコニコしながら話すから。
幸いと言うか、いまはあなたの会社の上司が延々と長いスピーチを続けているせいで会場全体がなんとなくだらけている感じだしね。これならわたしたちがちょっと小声で話をしていても、誰も気がつかないと思うし。
わたしが心配しているのはね。この上司の次にスピーチをしてくれる予定の人のことなの。そう、あなたの従妹の山田亜美さんよ。
実はね、彼女。わたしの小学校時代の同級生だったの。初耳だ? そりゃそうでしょう。わたしもいま初めて言ったんだから。
何故いままで黙っていたのかって? 別に悪気があったわけじゃないわよ。わたしだって今日この式場に来て、直接彼女の顔を見るまで気づかなかったんだから。苗字が変わっていたし。まさか社会人になってから知り合って結婚することになった男の人の従妹が、実は自分の小学校時代のクラスメートだなんて思わないじゃない?
世の中って案外狭いわよねえ。もっとも知り合いの知り合い……っていうふうにたどっていけば、六人目で世界中の誰とでもつながるって言われているくらいだから、このくらいの偶然は大したことないのかもしれないけど。
それでね。ちょっと話はずれるけど。実はわたし、小学校時代はいじめられっ子だったのよ。さすがに自殺を考えるほどじゃあなかったけど。それでも集団で無視されたり持ち物を隠されたり教室がある階のトイレを使わせてもらえなかったりと、結構ひどいことはされていたわけよ。
もしかして、そのいじめの首謀者が亜美ちゃんだったのかって? ううん、そうじゃないわ。と言うか逆ね。彼女は敵だらけだったクラスの中で唯一、わたしの味方になって色々かばってくれた娘なのよ。
いじめられっ子の味方になんかなっていたら、当人だっていじめの標的にされちゃうかもしれないのにね。彼女ももちろんそんなことは分かっていたはずだけど。それでもひるまずおびえず敢然とわたしの味方になって、いじめグループを非難していたわ。正義感の強い娘だったのね。
で、どうなったかっていうと予想通りよ。あまりにも堂々といじめグループに立ち向かっていたものだから、リーダー格だったクラスの女子に疎まれて。わたしから彼女のほうにと、いじめの対象がシフトしていったの。皮肉なことにそのお陰でわたしは陰湿ないじめから解放されることになったわ。
自分がいじめの対象にされても、それでも彼女はくじけることなくいじめグループと戦い続けていたわ。そんな彼女が気に食わないもんだから、いじめグループはさらに彼女を迫害する。まさに悪循環ね。
それで、いじめから解放されたわたしはどうしたのかって? もちろん昔かばってもらった恩を忘れることなく、今度はわたしが彼女の盾となっていじめグループと戦い続けた……って、言いたいところだけどね。
残念ながら現実は違うわ。わたしはね、いじめの標的から外れるや否や今度はいじめグループに入って、リーダー格の女子らと共に率先して彼女をいじめる側の人間に回ったの。
ひどい? 幻滅した? そう思われても仕方ないわね。だけど考えてもみてよ。それまでわたしはクラス全体からひどいいじめを受け続けていて、その苦しみからようやく解放されたばかりだったんだからね。
これが言い訳になるとは思っていないけど。わたしだって好きで彼女をいじめる側に立ったわけじゃないわ。だけどリーダー格の女子たちに囲まれて、あんたも自分らと一緒に彼女をいじめるグループに入れと強要されたのよ?
これを断ることが出来るくらいなら、最初からいじめられっ子になんかならないわ。
で。わたしは小学校を卒業するまで、彼女をいじめ続けていたってわけ。その後? 中学は一緒だったけど、三年間一度も同じクラスにはならなかったこともあって、ほとんど口も利かなかったわ。ま、そりゃそうよね。
高校は別だったし。その後はわたしが東京に出たこともあって、完全に没交渉。あれから彼女がどうなって、どういうふうに暮らしていたかなんてまるっきり分からなかった。正直、存在すら忘れていたわね。今日、披露宴の会場であなたに、これが自分の従妹の山田亜美だって紹介されるまさにその時までね。
だけど彼女のほうは、従兄であるあなたの結婚相手がわたしだってことにずいぶん前から気がついていたんじゃないかな。だってあなた、彼女にわたしの名前を言ったり写真を見せたりしたことがあったでしょう?
ふぅん。やっぱりあったんだ? ううん、別に責めているわけじゃないわよ。あなたの立場からすれば、親戚である彼女に結婚相手の名前やある程度の情報を伝えるくらい当然だもんね。わたしだって親戚にはあなたのことを話したり、写真を見せたりしたんだし。
それで、改めて確認するけど。彼女、この披露宴であなたの上司の後にスピーチをしてくれることになっているのよね? それも、これは是非とも自分にやらせて欲しいって強く立候補したって話だけど……。
あ、顔が青くなったわね。そう。わたしがなにを心配しているか分かった? 彼女、もしかしたらこのスピーチで自分が小学校時代にわたしから受けた仕打ちを、洗いざらい暴露するつもりなんじゃないかって思うの。
まさか、いくらなんでもそんなことはない? わたしもそう思いたいけどね。彼女からすればわたしは、いじめから身をもってかばってあげたにも関わらず、その後きれいに手のひらを返して自分をいじめる側に立った相手よ?
わたしだったらそんな奴、絶対に許せないな。たとえここで親戚中からひんしゅくを買う羽目になろうが、あの時の恨みを晴らしてやるって思うわ。
もちろん、そうじゃない可能性もあるけどね。正義感の強い彼女のことだし。そんな過去の恨みはきれいさっぱり忘れて、大好きな従兄と小学校時代の同級生の結婚を心から祝福してくれて、本気でお祝いの言葉を述べたいと思ってスピーチを引き受けてくれたかもしれないわけだし。
どっちにしろ結果はすぐ分かるわね。もうすぐあなたの上司のスピーチも終わりそうだし。いまさら彼女にスピーチをさせないわけにはいかない。まあ、こうなったらなるようになれと思って成り行きに任せるしかないわ。
「……さま。どうもありがとうございました。続きましては新郎の従妹であり、幼いころはよく遊んでもらっていたという、山田亜美さまからお祝いの言葉を頂きたいと思います。それでは山田さま、お願いいたします!」
司会役の男性のその言葉に応え、彼女は万雷の拍手に迎えられながらはにかむような笑顔を浮かべゆっくり立ち上がると、係員の差し出すマイクを受け取った。
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