週末は迷宮探検

魔法組

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 最下層である地下一〇階に邪竜ゲドゥルフの死体が安置され封印されているこの地下迷宮は、現れる魔物の種類やレベルに違いこそあれ。全体的な作りは一階から九階までのどの場所でも、さほど変わりはない。

 天井までの高さは一〇メートルほど。通路の幅はおよそ六メートル。周囲の壁はゴツゴツとした手触りの、硬い石で出来ている。

 迷宮内はもちろん暗いが、光が全く差さない真の暗闇というわけでもない。
 四〇〇年前にこの迷宮が造られた際、岩肌に植えつけられた光ゴケがいまではかなり大量に殖えているためだ。そのため明かりを全く持たなくても、半径三、四メートルほどの範囲なら薄ぼんやりと周囲の様子を見てとることが出来るのである。

 もっとも、光源がそれだけでは頼りなさすぎるので。聖たちは全員、小型の懐中電灯を持っているのだが。
 その懐中電灯であちこち照らしてみると。ここで多くの戦闘が行なわれていたことを証明するかのように、至る所に人や魔物の血と体液の跡がこびりついており。かすかに、排泄物みたいなえた臭いも漂っている。

 また、地下ということで空気はしっとりと湿り、どこからか漂ってくる風は底冷えがするほどヒンヤリと冷たい。
 こんなに静かで暗く、うすら寒い迷路を黙って歩いていると。地獄へと至る通路を進んでいるようで、時々ゾッとするような気持ちになる。

 せめて魔物でも出てきて戦闘になれば少しは気が紛れるのだけど。魔物たちも自分より強い相手というのは本能的に分かるらしく。先程のゴブリンたち以来、新手の魔物は一匹も出てきていなかった。
 半年前。聖たちがまだ新米の週末冒険者だった頃は、数歩進むごとに次から次へと魔物たちが姿を現してきたものだけど。

 もっとも。地下一階では仮に戦闘になったとしても、先程のようにこちら側の一方的な虐殺に終わるので。あまり気分のいいものではない。
 もっと手ごたえのある魔物と戦うため、早いところ下の階に降りたいところだが。そのためには階段を下りるかエレベーターに乗るか、さもなければ魔法使い系の呪文である『転位』を使うしかなかった。

 『転位』とはテレポーテーション……つまり瞬間移動の呪文のことだ。
 移動可能範囲は、半径三キロメートルほどなので、邪竜の地下迷宮全体をすっぽり覆い尽くすことが出来る。つまりこの呪文を使える魔法使いが一人いれば、迷宮内のどんな場所にも一瞬で移動することが出来るのである。

 ただしこの呪文。移動先の空間座標を計算によってかなり正確に算出する必要があり。計算を間違えると空中高くや地中深く、あるいは壁の中などのとんでもない場所に実体化して、そのまま死亡するという危険があった。

 そのため使用の際には細心の注意を重ね、何度も検算を行なわなければならないので時間はかかるし。魔力のみならず、尋常ならざる精神力と集中力をも消費することになり。気軽には使えないという欠点がある。

 敦哉はレベル的にはすでに『転位』を唱えられるのだが。前述のリスクもあるし。不要不急の場面で無闇に使って、魔力や精神力を無駄にするべきではないとの判断から、どうしても必要という時以外は使わないと取り決めていた。

 従って下の階に降りる手段は階段かエレベーターのみということになるのだが。階段は一階分ずつ別の場所に設置されているため、聖たちスカイ5が主に冒険する階層である地下四、五階に降りるまでは時間も手間もかかりすぎる。

 なので手早く下の階に降りるためには、エレベーターを使うのが常套だ。
 ただしエレベーターは新米の冒険者が誤って乗って下の階に降りすぎるのを防ぐため、迷宮の奥まった場所に設置してあるので、そこにたどり着くまでにはやっぱり少し時間がかかるのだけれど。

「ところで、熊さん。おれ、さっきから気になってたんですけど」
 ただ黙々と進むのに飽きたのか、賢悟が横を歩く熊さんに向けて声をかけた。

「ん? なんだね、賢悟くん」
「さっき熊さんは地下迷宮管理ギルドの人に呼ばれて、結構長い時間話してたんですよね? なんの話をしてたんですか?」
「ああ、そのことか。実はね、最近この地下迷宮にもぐっている冒険者たちの未帰還率が、著しく上がっているらしいんだ」
「え? それって、遭難者が増えてるってことですよね!?」
 熊さんの言葉に、聖はびっくりして声をあげた。後の三人も声にこそ出さなかったが、一様に驚いた表情を浮かべているのがチラと視線の隅に映る。

「それは、週末冒険者だけの話ですか? それとも本職もあわせた、迷宮に入った全ての冒険者が、ですか?」
「本職週末関係なく、全ての……だそうだ」
 聖の問いに、熊さんは鹿爪らしい表情を浮かべて、物憂げに言葉を続ける。

「君たちも知っての通り。迷宮探検をする冒険者はまず、何人のパーティーで何日間どのあたりの階層で冒険をするという大まかな予定表を作成して、ギルドに提出しなければならないのだが」
「はい。もし予定の時間を大幅に過ぎても帰らなかった冒険者がいた場合に救助隊を組織したり。新たに迷宮に入る冒険者に頼んで、捜しに行ってもらったりしなければならないからですね」
 聖はうなずいた。実際スカイ5も、毎回予定表を書いて提出している。もっとも実際に書いているのはほとんど賢悟であり、聖は最後にざっと目を通すだけということが多いのだけれど。

 半年前に聖たちが遭難した時も、この予定表を書いていたお陰で、ギルドから依頼を受けて捜索に来た熊さんに発見され助けられたのだ。

「ここのところ、その予定表に書かれた期間を過ぎても、戻ってこない冒険者の数が非常に増えているらしい。もちろんギルドは行方不明者が出る度に捜索隊を派遣しているが。発見されて無事助け出された冒険者はごくわずかだとか」
「そうなんですか?」
「ああ。迷宮探検は子供の遊びじゃないから、それまでにも帰ってこなかった者や、不幸にも遺体となって戻ってくることになった冒険者もいたが」
 ふうと物憂げなため息を一つこぼしてから。熊さんはさらに言葉を続ける。

「だが一か月くらい前までは、大体〇・〇〇五パーセントから〇・〇二五パーセントくらいの割合だった未帰還率が。半月ほど前からなんと三・五パーセント程度にまで上がっているらしい」
「三・五? そんなにですか!?」
 賢悟は目をまん丸にして声をあげた。

 もちろん聖も驚いた。これではそれまで最悪だった期間の一四〇倍ではないか。

「原因はなにか、分かってるんですか? たとえばこれまで見たこともないような未知の魔物が現れたとか。なんらかの原因で、普段は地下九階にいるような魔物が上の階まで上ってくるようになったとか」
 賢悟は質問を重ねたが。熊さんは、そういった事態は起きていないようだと首を横に振って見せる。

「地下迷宮管理ギルドは、そんな事態が起きたらすぐに把握出来るように迷宮内のほうぼうに常に監視の目を光らせているからね。もっともこの広い迷宮内の全てをくまなく監視するのは難しいから、見落としがある可能性も否定は出来ないが」
「じゃあ、原因は全く不明なんですか?」
「残念ながら、いまのところはそのようだね」
「それは、ちょっと不気味ですね……」
 熊さんの話を聞いて愁貴は顔色を少し青ざめさせ、肩を震わせた。

 無理もない。冒険者であり、年齢の割にはかなりしっかりしているとは言っても愁貴はまだ一〇歳になったばかりなのだから。怖がるのも当然だろう。

「大丈夫よ。なにがあっても、愁くんだけはあたしが守ってあげるから」
 そんな彼の身体を聖は軽く抱き寄せてやりながら、力強い口ぶりで言った。

 その様子を見て、敦哉がなにかイヤミのようなことを呟いたようだが、聖は寛大にも黙殺してやることにする。
 いつもは聖が身体をくっつけようとすると、恥ずかしがってなんとか逃れようとする愁貴だが。今回は彼も本気で怖がっているようで。身体を離そうとするどころかますますくっついてきたので、聖としては非常に気分がよろしいのだ。

「まあ、そんなに怖がることはないと思うよ。君たちはだいぶ強くなっているし。調子に乗って下の階に降りすぎるなんていうことがない限り、遭難することもないだろうから大丈夫だよ。もちろんだからと言って、油断は禁物だがね」
 愁貴が怯えているらしいと気づいて。熊さんがわざわざ後ろを向いて、安心させるような口調で言ってきた。

 熊さんの低く穏やかな声で大丈夫だよと言われると、根拠などなにもなくても本当に大丈夫のような気がするから不思議だ。

「ともあれ。そんな話があるから、私たちにも気をつけるようにと。それと、出来れば地下六階あたりまで降りて。冒険のついでにでいいから、遭難者がいないかどうか探してきてくれないかと頼まれたんだ」
「地下六階……ですか」
「ああ。遭難者が増えてきているせいで捜索隊の人手が足りなくなり、ギルドも困っているらしくてね。特に地下六階以下まで降りられるほどの実力を持つ冒険者は、ギルドにもそれほど沢山いるわけではないからということで」
 独り言のように言った賢悟の言葉に、熊さんは小さくうなずきながら応える。

 そんなことを話しているうちに。聖たちはエレベーターの前にたどり着いた。
 このエレベーターを使えばわざわざ階段を使わなくても、地下二階から地下九階まで好きな階に降りることが出来るの。ただ地下一〇階だけは、政府関係者が管理している特殊なキーカードがなければ降りられないようになっていたが。

「さて。今日はどの階に降りようか」
 熊さんが、その意思を諮るように賢悟の顔を見た。
 聖と敦哉と愁貴も、黙って賢悟の言葉を待つ。

 パーティーがどの階層のどの辺りに行くのか。あるいはいつキャンプを張ったり迷宮を出るのかといった判断は、全てリーダーの決定に任せられていた。
 山登りのパーティーと同じで。いつどんな危険がやってくるか分からない状況で、呑気に話し合いをしている余裕などはないからというのが一つ。

 いちいち民主的にメンバー全員の意見を聞いていたら話がまとまらず、パーティーが分裂する危険があるからというのが、もう一つの理由だ。

 そのため冒険者パーティーのリーダーは、どんな時にも的確な判断が出来る絶対君主であることが求められる。他のメンバーもたとえ内心では不服や不満があっても、リーダーの決定には従わなければならない。

 熊さんが、どの階に降りたいかとメンバー全員に尋ねるのではなく、賢悟一人に訊いたのはそういう理由からだ。聖たちもそのことは理解しているので、自分はどこの階に行きたいということは口にしないのである。

「……地下六階に、降りてみようと思います」
 しばし黙考した後、賢悟はおもむろに口を開いた。

「実を言うと、今日は安全地帯で無難かつ地道に経験を積むつもりだったので。ギルドに提出した予定表には、地下四階を中心に探索すると書いてたんですけどね。さっきの熊さんの話を聞いて、気が変わりました」
 冒険者たちの未帰還率がそんなに高くなっているなら、スカイ5も遭難者捜索の手伝いをするべきだと思ったのだと、賢悟は言葉を続けた。

 そのつもりなら、地下六階まで降りるほうがいい。四階や五階までたどり着ける週末冒険者はそれなりに存在するが。六階まで降りられるだけの実力があるパーティーは、自分たちを含めてごく少数しかいないのだから、とも。

「そうか」
 熊さんはそうとだけ言って、うなずいた。

 その顔がどことなくホッとしているようなのは、熊さんも本心では地下六階まで降りて、行方不明者の捜索をしたかったからだろう。

 もちろん、聖にも異存はない。リーダーの決定だからということもあるが、聖自身地下六階を探検したかったからだ。
 下の階に降りればそれだけ魔物は強くなるし。強い魔物と戦えば、それだけ早くレベルが上がる。
 レベルアップすれば、賢悟や敦哉との差がわずかでも縮まるし。スカイ5の総合的な実力も上がることになるからだ。

 敦哉と愁貴も、地下六階に降りられると聞いて嬉しげだった。
 彼らも弱い魔物をネチネチと斃して地道に経験値を稼ぐよりも、強い魔物と戦うほうが性に合っているのである。

「では、行くぞ」
 確認するように賢悟は言って、エレベーターの開閉ボタンを押した。扉は開き、賢悟を先頭に五人が中に入る。そして扉が閉じると賢悟は『B6』のボタンを押すために、その手を伸ばしたのだった。


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