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第一章
高潔な騎士
時は少し遡る。
この日、正騎士の叙任を受けた青年がいた。
名はベイジル・フォン・ウエストイニア。
名門侯爵家の次男として生まれた彼は、十三歳で見習いの立場である準騎士となり、実直に日々の業務に当たっていた彼はその働きぶりが評価され、この度王太子の目に留まる事となった。
ベイジルが王太子の気を引いた点は実直さだけではない。
彼は違い稀なる、剣技の使い手だった。
まだほんの少年だった準騎士時代に、数々の剣技大会で優勝を飾り、彼を将軍に推す声はそこかしこから出ていた。
まだ背が伸びきっていない、顔立ちだけ見れば令嬢に見えなくもない麗しい少年が、屈強な大人たちを打ち倒す姿に国中が熱狂していた時期もある。
しかしどれだけ人気が出ようが、ベイジルが驕りたかぶる事は無かった。
どれだけ名声を集めても偉ぶることはなく、誰に対しても誠実で明るく接するベイジル。
そんなベイジルに、王太子は己の側近になるよう命じた。
ベイジルは次代の王である王太子に認められたと素直に喜んだ。来る日も来る日も剣を振り続け、国を護れる存在になれるよう、努力を続けて来て良かったと彼は思う。
ここ数年でぐんぐん背が伸び、少年時代のあどけなさが抜けてきていたベイジルであったが、叙任の知らせを耳にした彼は破顔したという。
しかし、ベイジルの喜びは打ち砕かれる事となる。
◆
正騎士となり、王太子の側近の護衛となったベイジルに言い渡された最初の役目は、側女の御付きになる事だった。
ベイジルは『後宮に、男である自分が……?』と疑問に思ったが、それだけ信頼されているのだと自分を納得させた。
後宮は、端的言えばお世継ぎを作る場所だ。王妃や側女の不貞を防ぐため、男子禁制の場所であることも少なくない。
ベイジルが担当する側女は、サウスロージス侯爵家の末娘、リアネ。ベイジルの実家領であるウエストイニアと、リアネの実家領であるサウスロージスは近隣だ。ベイジルは貴族の嗜みとして、有力貴族の情報はだいたい頭に入っていて、リアネのことも当然知っていた。
──リアネ様は、確かご婚約中であったはずでは……。
結婚間近だった高級貴族の娘が、後宮入りする。
何か複雑な事情があるに違いない。だが、それは自分が知らなくても良いことだろうと、ベイジルは素知らぬ顔をしてリアネに接した。
ベイジルは元々、リアネに好感を持っていた。
準騎士時代、王宮で舞踏会がある時には、ベイジルはいつも門番として城の前に立っていた。
槍を待ち、甲冑を身につけ、面覆い付きの兜を被る彼に労いの言葉をかける人間はいない。ただ、一人を除いて。
リアネだけは、顔のわからぬベイジルにいつも労いの言葉をかけてくれた。『ありがとう』『いつもお疲れ様』と。
ベイジルは自分を労ってくれるリアネに対し、淡い恋ごころのようなものを抱いていたが、彼女が自分と同い年でかつ婚約者がいると知り、落胆した。
だがこの度、側女と御付きの騎士として、彼らは出逢った。
ベイジルはこの状況を素直に喜べなかった。
リアネと毎日のように顔を合わせ、言葉も交わせるが、彼女との未来は到底望めないからだ。
リアネは派手さはないが、落ち着いた雰囲気のある美人だ。それに何より優しい。きっと王太子殿下は彼女に夢中になり、御子も出来るだろう。それは側女のリアネにとって喜ばしい事なのだが、ベイジルはそのことを考えると目の前が暗くなるような気がした。
ミラテに『わ、私はリアネ様の御付きである前に、王太子殿下の側近の近衛騎士です! 側女の女性に恋慕するなどあり得ません!』とベイジルは宣言したが、彼はもうすでにリアネに恋慕する一歩手前まで来ていた。
現在、ベイジルはリアネの閨事の練習相手を務めている。頭ではこんな卑猥な練習をしなければならないリアネに同情しているが、身体は彼女に触れられることを悦んでいた。
ベイジルは剣の訓練中でも、ふとした事でリアネの口や手の感触を思い出してしまい、もよおしてしまうことが増えてきた。
夢の中でもリアネに無体を強いてしまい、朝起きてから自己嫌悪することは度々あった。
そんな、笑顔の下で混沌とした日々を送っていたベイジルだったが、ある日彼にとんでもない命令が届く。
命令を出したのは、彼の主君である王太子。
『後孔を清め、今夜王太子殿下の寝所へ向かうように』
二代続けて王に仕える老齢の側近の言葉に、ベイジルは固まった。なぜ、不浄の孔を清めてから王太子殿下の寝所へ行かねばならないのか。勘の良い彼は、冷や汗をだらだらかきながらも、すぐに気がつく。
自分の職場は後宮。後宮は王や王族の妻や側女が住まう場所。何故男である自分が、後宮で勤める事になったのか。
最悪な考えだが、自分も側女の立場だと考えれば合点がいく。
王太子の命令で、リアネはベイジルの身体を性技の練習台として使うようになった。王太子はリアネに、ベイジルの性感帯開発をさせたのではないか。
最初のうちはリアネはベイジルに対し、口淫や手淫しかしていなかったが、最近は全身への愛撫も行うようになっている。ベイジルはもはや腕の内側を舐められただけで喘ぐようになってしまった。
そんな性の開発が進んでいるベイジルも、後孔だけは手付かずだった。
──殿下は、私の尻を狙っていたのか……。
ベイジルは誰もが認める美青年だ。幼少期から麗しかった彼を狙う男は多かった。ベイジルが強くなったのは、己の貞操を守るためもあった。
しかし王太子が望めば、この守り続けた後孔を明け渡さなければならない。自分は貴族。そして王や王族を護る騎士。主君の要求を跳ね除ける事など出来ない。
「クッ……!」
ベイジルは悔しげに拳を握りしめると、王太子の側近から渡された下剤を口へ放り込む。バリバリと噛み砕くと、グラスに残っていた水を煽る。
騎士とはなんと弱い立場なのか。
ベイジルは目尻に浮かんだ涙を騎士服の袖でぐっと拭った。
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