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第一章
王太子の寝所へ
この日、とうとう私は王太子殿下の寝所へ呼ばれた。
嬉しい、という気持ちはない。なんとか自分の役目を果たさなければと、気合ばかりが入る。
王太子殿下の側近から『爪を短く切り、ヤスリをかけて整えておくように』と言われた。
交合は向かい合って行うのが一般的だ。王太子殿下の背中に爪を立てるわけにはいかない。私は老齢の側近の指示に頷いた。
王太子殿下に興奮して貰えるような、夜着を選ばなくては。クローゼットを開け、色とりどりのナイトドレスを見ながらうんうん唸っていると、戸を叩く音がした。
返事をすると、部屋に入ってきたのはミラテだった。
「ミラテ様……」
私が王太子殿下の寝所へ呼ばれた事を知り、駆けつけて下さったのだろうか。ミラテは口にすることは変態じみた狂人だが、面倒見は良い方だと思う。閨事に不慣れな私に、手とり足とり男性を悦ばせる方法を教えてくださったのだから。
ミラテは薄い夜着を手に取る私を見て、細い片眉をつりあげた。
「リアネ様、今宵はナイトドレスではなく、社交界で着るような淑女のドレスを着てください。ああ、胸元は空いてたほうがいいですね、多分汚れると思うので」
淑女のドレスはコルセットを締めるため、脱ぎにくい。
夜の行為には不向きではないのか。
私がそう疑問を投げかけると、ミラテはさらにこう付け加えた。
「ああ、リアネ様は一切お脱ぎにならないから大丈夫ですよ。むしろ、脱いだら駄目です」
「脱いだら、駄目……?」
「殿下は奥様以外の女性の裸は目にしないと決めておられるのですよ」
「では、着衣のまま行為をするのですか?」
「ふふっ、それは寝所へ行ってからのお楽しみです」
王太子殿下は正妻一筋の誠実な男性だと知られている。
たしかに王太子夫妻は仲が良い。よくお二人で中庭を散策されている姿を見かける。
しかし、わざわざ王太子殿下のために後宮を作り、側女を呼んだのだから、普通に子作りをすべきではないのだろうか。
心の中で思っていても、口には出来ない。
私はミラテの力を借りて、淑女のドレスを身につけ、顔に化粧を施す。なるべく顔が華やかに見えるよう、瞼に黒い目張りを入れ、つけまつげを付ける。
ドレスは裾がふんわり広がった、ロイヤルブルーのものを選んだ。胸元は谷間が見えるほど開いている。
汚れるかもしれないとミラテは言っていたが、王太子の御前に立つのに失礼な格好はできない。ドレスを着ると決めたならば、それなりの装いをしなければ。
「……リアネ様って真面目ですよね~。疲れません?」
気合いが空回る私を見てミラテは呆れたように、はっと息を吐く。
ふと、ボイツェフが私の前からいなくなってしまったのも、私の真面目さが原因なのではないかと思った。
胸にずきりと痛みが走るが、顔には出さないようにする。
「ご心配頂き、感謝いたします」
「う~ん、固いですねえ。ま、でも、お堅い女性がエロいことする方が、男性は興奮するっていいますしね」
「そう、なのですか?」
「そうそう。ギャップ萌えってやつですよ」
ミラテの言うことが理解できないことは良くある。彼女は公爵の令嬢だが、娼館の経営者でもある。型破りな方だ。理解できなくても当然かもしれない。
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