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第一章
彼女を元気付けたい
ベイジルとリアネが、王太子の当て馬係として任命されてから、二ヶ月の月日が経とうとしていた。
ベイジルはリアネのために茶の準備をしながら思う。
──リアネ様はお痩せになられた。
王都の貴族女性は腰回りを締め付けるドレスを着る都合で、痩せている者が多い。しかしリアネは側女となるまではずっとサウスロージス領にいたからか、健康的な体型をしていた。
だが王太子の命令で、ベイジルを性的に攻める役割を担うことになったリアネは気が滅入っているからか、目に見えて食が細くなった。
ベイジルはそんなリアネが心配でたまらない。
「ベイジル、お茶をありがとう。このお茶請けもとっても美味しいわ」
「気に入って頂けて嬉しいです」
ブランをこねて丸めて焼いたクッキーに、リアネは笑みを零す。二個三個と口に運ぶ様を見て、ベイジルはホッと胸を撫で下ろす。
リアネの、以前よりすっきりした首周りに切なさを覚えるベイジル。世間一般的に見ればリアネは綺麗になったのだろうが、ベイジルは彼女が痩せてしまった理由を知っている。
彼の胸の奥はずきりと痛んだ。
「剣技大会?」
「ええ、来月城内で開催される剣技大会に出る予定なんです。良かったら見学されませんか?」
リアネになんとか元気を出して欲しい。ベイジルが考えて考えてひねり出した案は、スカッとするものを見せるというものだった。ベイジルは恋人どころか、女性の友人すらいない。兄弟や親戚も男ばかりで、本当に女性に縁がない人生だった。剣技大会の見学を喜ぶ女性はごく少数だという事すら、頭にまったく浮かばない。甘やかな美形であるベイジルが顔を出して闘うのならば女性客は喜ぶだろうが、残念ながら来月開催される大会は真剣で闘う本気のものなので、面覆いのある兜を被る。
「私、こう見えてもけっこう強いんですよ!」
「知ってるわ。いくつもの大会で優勝してるんですってね」
「百聞は一見にしかず、ですよ! ぜひ私の勇姿を見てほしいです!」
「ふふっ、きっととてもカッコいいのでしょうね。いいわ、見学に行くわ。でも、私が見てるからといって、無理をしてはダメよ?」
「はい! 死力を尽くし、全身全霊を掛けて頑張ります!」
「……ほどほどに頑張ってね?」
──リアネ様に見に来て頂けるなんて。これは頑張らなくては!
ベイジルは頬を上気させる。リアネのためなら、どんな事だって頑張れる。
現在三日に一度、王太子の寝所で痴態を演じさせられている彼は、今まで何度も無気力に陥りそうになった。どうして自分がこんな目に、と思うことはある。しかし、リアネの存在が彼と彼の雄を何度も奮いたたせる。
端的に言えば、ベイジルはリアネに惚れていた。
末端の兵にさえ丁寧に挨拶するリアネに元々好感を抱いていたが、辛い勤めの最中であっても、ベイジルを常に労り、優しさと時折厳しさを持って接してくれるリアネに、彼は堕ちた。
何より王太子の寝所で最初に痴態を演じさせられたあの日、リアネは、『穢れてしまった』と啜り泣く自分のために、乳房をさらけ出してまで慰めてくれた。あの勇気ある行為に、ベイジルは骨の髄まで感銘を受けたのだ。
そして、めそめそと泣くばかりの己の姿にベイジルは恥を覚えた。リアネのほうがもっと辛いはずなのに、自分は自分のことしか考えていなかった。
主君に忠誠を誓う騎士は、たとえ主君が横暴だったとしても聞き従わなくてはならない。自分は正騎士になる本当の意味を分かっていなかったのだ。世間知らずだった。騎士になろうとする自分を両親が必死になって止めようとしたのも、今なら分かる。両親は知っていたのだろう。王太子の隠された性癖を。
ベイジルはリアネのことを女神だと本気で思っている。女神が望むのならば、たとえ主君の首だって跳ね飛ばせる。主君を八つ裂きにしろとリアネが望むならその通りにする。世界中を敵に回すことになっても、自分だけはリアネのために闘う──などと、明るい笑顔の裏で激重すぎる感情を抱いていた。この感情が明らかになっても、貴族の子息である彼が処刑される事はないだろうが、国外追放はありえるだろう。
「リアネ様、お願いがございます」
「なぁに?」
「もしも私めが来月の剣技大会で優勝しましたら、ご褒美を頂きたいです!」
ベイジルには夢があった。それは剣技大会で優勝したら、愛する人からの祝福のキスが欲しいという、なんとも初々しい願望であった。
──リアネ様に、もしも頬にキスされたら……! 私は嬉しすぎて昇天してしまうかもしれない! ……まぁ、本望だがな!
すでにリアネから、頬にキスどころではない夜の奉仕を数えきれないほど受けているベイジルだが、彼の心は未だ穢れてはいなかった。ベイジルの純真さは失われていない。
「ご褒美? 亀の甲羅模様に身体を紐で縛ってから、乳首を吸うとかかしら? それとも、乳首に鈴がついた輪をつけて鞭打ちとか?」
「それはいつもやって頂いていることなので……もっと、別な事です」
「別なこと……? 今はまだ、教えてもらえないの?」
「はい! 私が優勝しましたら、お伝えします!」
ベイジルは頬を染め、両手の指を擦り合わせた。彼は俯きながらもじもじしていたせいで、リアネの表情が曇ったことに気がつかなかった。
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