トラウマ奴隷少女剣士は異世界でも生き延びられますか?

月見もや

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第20話 契約

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 宿の一室でロウドが奴隷達と相変わらず向き合っている。
 4人の奴隷が満場一致で、奴隷として仕えるという結論に至ったのにいささか面食らったようだったが、彼はこれからの事に目を向けるのも早かった。

「お前たちの言いたい事は分かった。望むなら、奴隷として仕える事を止めはしない。だが、いきなりこれだけの大所帯だ。それぞれ、働いてそれなりに役立ってもらう。金も無限ではないんだ」

 ロウドの言う通り、奴隷の維持にはお金がかかる。    
 奴隷である以上給金は発生しないが、生きているだけで、衣食住を賄うために消費していく。ここの宿代だってそうだ。

「そうですね。淑音様達を買い戻すのに市場の二倍の金額は払わされましたしね。あまり浪費は出来ません」

 チサトが、ロウドのお財布事情について触れながら補足する。
 しかし奴隷を4人、それも市場の倍額で購入出来ることから、相当に裕福であることが分かって改めて、淑音達はロウドという人物が何者であるかが気になった。
 ただの成り上がりで、そんなお金持ちがいるだろうか。恐らくだが、一代でなし得た富ではないような気がした。立ち振る舞いからしても、相当にいい育ちをしているように伺える。
 しかし、目的を明かしていないところからすると尋ねたところで素直に話すとは思えない。だから、淑音しとね達は黙っていた。

「我々は、しばらくこのアパタイトに留まるつもりだ。その間、それぞれには働いてもらう。それでどうだ」
「別にそれは構わねえんだけどよ」

 ミツキが頭を掻きながら言った。

「このアパタイトで何をするつもりなんだ?」
「我々はあるものを探している」
「さっきからまどろっこしいな、具体的に言えよ」

 ロウドは沈黙した。

「まただんまりかよ」

 ミツキは憮然とする。

「わたし達が探しているものに関して、あなた達には頼りませんので、あなた達は資金を集める事に集中してください」

 横から割り込むようにチサトが言った。それに反応して、チサトをミツキは軽く睨む。

「さっきからこのお嬢ちゃんなんなんだ? 随分話に割り込んできやがるが」
「チサトは俺の護衛だ」

 ロウドが間髪入れずに言う。

「はぁ!? このちっこいのがあんたの護衛!?」

 ミツキは驚いたような顔でロウドを眺めた。今度はチサトが気分を害されたように言い放つ。

「舐めないでください。これでも、あなたよりは強いつもりですので」
「はぁ?! なんだと──」

 ミツキは、依然自分の強さにプライドを持っている。それを自分より遥かに年下に侮られたのだから、憤慨するのも当然だ。
 とはいえ。
 と、淑音は思う。
 チサトの立ち振る舞いは、既に達人の域に達しているように見える。年端もいかない少女がどうしてそんな領域に達しているのか不思議でもあったし、それでも、自分と同じように鍛錬を積んできたのかと思えば、親近感を抱かずにはいられなかった。

「やめておいたほうがいい。どちらも怪我する」

 淑音はミツキの肩を押さえつけながら言った。
 半分本当で半分嘘だった。ミツキの手前言わなかったが、実力差は歴然で、本気でやり合ったらミツキ致命傷、チサトかすり傷といったところだ。
 それ程の差があるのが、淑音には分かった。

「大人気ない真似は、およし」
「そうだぞ。我らの神に」

 ミリィとレオも止めにはいる。ややチサトは不本意な止められ方をしたが、争いを好む質ではないようで、飲み込むように後ろに下がった。

「とりあえず、話すべき時に話す。それでいいか?」

 やれやれとロウドはいがみ合っている奴隷と従者を見遣りながら言った。

「まあ……。わたしらは奴隷だ。本来主人の言うことに何も言うべきではないんだろうしな。わたしが出過ぎた真似をした」
「……今話せる事だけ話そう。ある目的の為に我々はここに来た。それを達成したらカクシミヤに行く」
「カクシミヤ? あの東方の」

 今度は淑音だけが会話についていけなかった。
 『カクシミヤ』。初めて聞いた土地の話題だったし、そこに移動すると聞いたとしてどれくらいの距離なのか、どんな場所なのか皆目見当がつかなかったからだ。
 ミリィと目が合ったので、淑音は小さな声で尋ねる。

「カクシミヤって?」
「わたしも行ったことはないんだけど、かなりの大都市だよ。ここよりずっと文化が発展しているって、聞いたことがある」

 淑音はまだ見ぬ都市に思いをはせようとしたが、やはり何のイメージもわかない。あまりにも情報が少なすぎる。なにか、地図やこちらの文化を解説した本が欲しいところだ、と、思った。
 そもそも本はあるのだろうか。宿屋の主人が宿帳に記載していた様子をみるに、紙というものはあるらしい。印刷技術はどの程度発展しているのだろう。
 そこまで思考したところで、ロウドに呼びかけられているのに気付いた。

「淑音。少し話をしていいか?」

 淑音は思わず身を縮める。

「俺の部屋で話したいことがある」

 嫌な予感がして、冷汗が流れた。

 ******

 ロウドの部屋は高級宿にふさわしく、ベッドや、部屋を照らすランプ、絨毯が先ほどの部屋とは比べ物にならないほど高価であることに淑音は気が付いた。
 どちらかというと、先ほどの部屋は一応ベッドなど必要なものは置いてあるものの、物置に近いような印象を覚えていた。
 こちらの世界の一般的な宿屋を知らなかったので、こういうものかと思っていたのだが、この部屋と比べるとあちらは従者、もしくは奴隷用の部屋なのかもしれない。
 しかし、淑音はロウドの部屋を観察するどころではなかった。
 もしかしたら、という嫌な予感が当たったようで、気が気ではない。

──わたし、どうしよう……。ミリィ、ミツキ……。

 心の中でミリィとミツキを呼ぶが、動揺はおさまらなかった。
 淑音が酷く動揺しているのを見て取って、ロウドは気になって尋ねた。

「どうした? 具合でも悪いのか」
「い、いえ……」

 淑音は首を振る。
 とはいえ、仲間を守るために何でも捧げるという覚悟で、ロウドに自分たちを買ってもらえるようにお願いしたのだ。
 今更、嫌だともいえないだろうと、淑音は考えていた。
 考えてはいたが、感情がそれについてくるかは別問題だ。
 ロウドはそんな淑音を知ってか知らずか、ベッドに腰を下ろして

「淑音もこちらに座れ」

 と言う。

「あ、あの……」
「どうした?」
「ふ、服は脱いだほうがいいのでしょうか」
「ん?」

 淑音の決死の質問にロウドは一瞬ぽかんとした顔をした。部屋に流れる気まずい沈黙。
 ややあってようやく状況を理解したとばかりに、ロウドは吹き出した。

「ふははは! なるほど緊張していたのはそのせいか」

 ロウドとしては淑音になにかするつもりはなかったが、奴隷として買われたとなれば、そういう想像をするのも無理はない。
 先ほどのミツキとの会話を聞いていれば、さらにそういう勘違いを深めてしまうだろう。
 自分の配慮が足りなかった、と、ロウドは思う。
 それと同時にこの可愛らしい奴隷を、もう少しいじめてしまいたくもなったが、湧き出た被虐心は沈めておくことにした。

「淑音。お前に手を出すことはしない。もっとも、お前がそうして欲しいというのなら話は別だが」
「い、嫌です」

 思いのほか食い気味に拒否を示されてロウドは傷ついた顔をした。
 一方、淑音は安堵したようにようやく落ち着きを取り戻しつつある。

「これでも女には受けがいいほうなのだが……」
「あ、いえ、別にロウド様が嫌というわけではなく」
「……まあいい。本題に入ろう」

 ロウドは咳ばらいをして話題を切り替えようとした。こんな気まずい空気は誰だってはやく解消したいと思うだろう。

「淑音は日本から来たと言っていたな。こちらについて何を知っている?」
「いえ何も。こちらが元居た世界とは違うということだけです。こちらに来てすぐに奴隷として売られてしまいましたから」
「そうか。では自分が『迷い人』と言われる存在であることも理解していないのだろうな」
「『迷い人』。確か初めて会った時もそう言っていましたね」
「そうだ。俺がこのアパタイトに来たのは、『迷い人』が現れたという情報を得たからだ。それを手に入れるためにここまで来た。『迷い人』とはお前のような異世界からの来訪者だ。彼らは我々では知りえない知識をもたらし、世界に繁栄をもたらすといわれている。故に、『迷い人』を自分の手元に置いておくことを望まない支配者はいない」

 淑音ははっとしたようにロウドを見た。思いついたことがあったからだ。
 けれど、それを口にしていいものかためらいがあった。

「では、ロウド様は支配者──なのですか」
「鋭いな。だが、今はただのロウドだ。いずれ支配者になるつもりの、ただのロウドだ。実のところ今の俺にあるのは、富と優秀な護衛だけだ。今のままでは俺には何の力もない。今のままではな」

 自嘲するように、しかし、どこか遠くを見据えるようにロウドは言った。

「では、ロウド様は自分が支配者になるためにわたしを買ったと、そういう訳ですか」
「……まあ、簡単に言うとそういうことだ」
「でも、わたしにはロウド様に役に立つような知識や情報はありません」
「知識や情報、それも欲しいがお前のように腕の立つ戦士が欲しかった。お前ほどの戦士は、この広い大陸を見渡してもほとんど見たことがない。お前は俺の役に立つ」

 淑音は口を閉ざした。自分が、思っていたより大きなことに巻き込まれていることに気が付いたからだ。
 けれど残念なことに、ほかに行き場もない。逃げだしたところでほかの人間に利用される未来があるだけだ。
 それならば、情報を開示してくれる分、ロウドの方がましなのではないかと思う。

「いきなり言われても……といったところか、だが悪い話ではない。俺は自分で言うのもなんだが、寛大なご主人様だ。裏切りさえしなければ、淑音、お前の望みをかなえてやろう」

 『裏切りさえしなければ』の部分を語るときの、ロウドの目が怖かった。

「望み……」

 恐怖を振り払うように、淑音は繰り返す。
 自分の望みとは果たしてなんだったのか。そもそも、ここにたどり着いたのも全くの偶然だ。目的があったわけではない。
 コロシアムではただ生き残ることだけを考えてきた。だが、解放されてみればこれからのことを考えなければならない。
 戻る方法は見当がつかないし、もし戻れるとしてもあの街に戻るのは嫌だった。
 そうしたら、ここでこれからの人生を送っていかなければならないのだ。ここで暮らす。
 一体どうやって。どんな風に。どんな目的で。
 そこでふと思い出した。あの声のことを。
 淑音は噛みしめるように、ゆっくりと話し出す。

「わたしをここに導いた『声』があったのです。その声の主を探したい。今はそれが望みです」

 それを聞いてロウドは何かを考えこむように顎に手をやった。考えるときの彼の癖なのだろう。

「淑音を導いた『声』。もしそうなら、意図的に『迷い人』をこちらに呼び寄せる方法があるということになるが……。もしそうなら、大変なことだぞ。……いいだろう。その声の主を探すのを手伝ってやろう」

 しかし、『声の主』を探すということは、砂漠に落としたたったひとつの宝石を探すより難しいことに思える。
 疑問に答えるようにロウドが言った。

「この街での目的を果たしたら、『星詠み』のところに連れて行ってやる」

 『星詠み』とは予言者のような存在で、淑音が街に現れることを予告したのも、この『星詠み』だという。
 だとしたら、有益な情報を何か手に入れられるかもしれない。

「よし。話はまとまったな。では改めて契約を結ぼう」

 ロウドは改めて淑音に向き合った。そこで淑音は初めてロウドをまともに見た。
 これまでは、新たなご主人様への恐怖からきちんと見ることができなかったからだ。
 全体的に線の薄い青年で、とても綺麗な目をしていた。それに金色に近い髪は淑音の髪に負けず劣らず美しい。
 『女受けがいい』というのも多分間違いではないだろう。考えてみれば、ミツキも宿屋の主人の娘もロウドを見つめる瞳に、どこか憧れが入り混じっていたことに淑音はようやく気が付いた。
 それに、これまでのご主人様然とした話しぶりから、余程の年上のように見えていたが実際には淑音より少し年上なだけかもしれない。
 そう思ったら、ふたりきりで部屋にいることを、そして先ほどの醜態を思い出して耳が赤くなる。

「これは『星詠み』から買い取ったもので、この契約を結べば互いに約束を反故に出来なくなる」

 ロウドはそういって自分の手の甲に、紙きれを張り付けてなにやらこすっている。
 紙には丸くて赤い図形が描かれていたが、それが何なのか淑音にはわからない。その図形は紙越しにロウドの手の甲にこすりつけられて、手の甲にタトゥーシールみたいに張り付いた。
 その手の甲をロウドは淑音の方に差し出す。

「ここにキスしろ。それで契約は結ばれる」
「え?」

 キスという単語に淑音は過剰に反応する。

「はやくしろ。刻印が消えてしまう」

 ロウドに急かされて、淑音はロウドの手の甲に唇を寄せた。
 それが、手の甲だったとしても淑音にとって初めてのものだ。心臓は高まり、何が何だか分からなくなりかける。
 唇が皮膚に触れた感触がして、ぎゅっと淑音は目を閉じる。

「もういいぞ」

 ロウドに言われて淑音は放心したように、その場に立っていた。
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