シリウスをさがして…

もちっぱち

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思い通りにいかないもの

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ざわついた教室に入った。
今日もいつも通りの授業が始まる。
まだ、担任の先生は来ていない。

 紬は、バックを机の横にかけた。

「紬ちゃん、おはよう。」

 最近、美嘉は瑞季と美由紀ばかり話していて、紬と会話することが少なかった久しぶりに声をかけてきた。

 話の内容は基本、洸との話ばかりだったらしい。

 愚痴を瑞季から聞いていた。

 ラブラブぶりの話を聞きすぎて、ちょっと2人ともぐったりしてきた感じらしい。

「あ、おはよう。」

「今日、屋上行かない?」

「え、別に、大丈夫だよ。最近、ダウンロードした音楽に没頭したいのと、好きな漫画の新作が公開されてて、今、読むのに夢中だから。」

「え、電子書籍の? あぁ、無料で見れるやつかな。」

「うん。そう。今、10冊くらい同時進行で読んでるんだ。一日に無料で読めるページ数が決まっててね。今、この『好かれすぎて困る』って言うタイトルの漫画にハマってるの。主人公がかっこよくて優しいんだけどね。いじわるなところが欠点で…。」

「ん? 紬ちゃん。大丈夫? その主人公の性格が陸斗先輩と似てる感じするよ。喧嘩でもしたの?」


「……ううん。そんなことないよ。美嘉ちゃんこそ、洸さんとどう?」

 少し、うつむいて答える。思ってもない質問を投げかけた。



「え!? 聞いてくれる? 最近、瑞季たちがいやな顔して聞いてるから誰にも話せないって思っててさぁ。紬ちゃんなら洸さんのこと知っているし、話しやすいなって思ってたの。今、すっごいアツアツの激アツで、ラブラブなのぉ。もう、この間のデートで…。」



 紬は、テンション高めに話す美嘉に着いていけないと思いながら、うんうんとあいづちを打ちつつも、視線は机の凸凹しているところはないかなと触っていた。

 カッターで傷でもついてたのかなと白い線をなぞってみた。




「…ってちょっと聞いてる?それでね、ここの首筋にマークつけてくれたの~。見てみてー、鎖骨辺り。もう、幸せすぎて、逆に不安になるよぉ。紬ちゃんにしか言わないから内緒ね。」




 両手で頬をおさえて、くりくりと体を動かす美嘉をみて、ちょっと、紬は引いた。

 そこまで聞いてないのにどんどん話してくる。



「紬ちゃんは? 陸斗先輩とラブラブ? 男の人って、きちんと相手してあげないと浮気されちゃうよぉ。肉食的な性格の人は本当、どこ見てるか分からないから。でも、洸さんも…他の人いるかもしれないもんなぁ。」




 何だか、紬の頭の中は、陸斗のことより、美嘉と洸がそういう関係になっていることが逆に気になった。
 



 ーー「泣きたくなったら言ってね。」って言ってた洸を思い出す。




 別に期待しているわけじゃない。
 隣の芝生は青く感じることもある。

 相手がいるの人を奪うほど、勇気はない。






 チャイムが鳴った。

ホームルームが始まる時間だ。

 やっと担任の先生が教室に入ってきて壇上に上がった。

「はーい、ホームルーム始めるぞー。」


「紬ちゃん、気が向いたら、昼休み屋上来てね。漫画読んでても良いから一緒に行こう。」



「……。」



 美嘉をじっと見つめて何も言わない。美嘉は紬に手を振った。



「早速だけど、抜き打ちテストします。英語ねぇ。後ろに配ってー。」


「えーーー、聞いてないよー。」



「それが抜き打ちテストだ!」



「最悪ー。」




 そう言いながらも一瞬にして教室内は静かになった。みな、真面目にカリカリとテストを解き始める。








****







昼休みのチャイムが鳴る。

「紬ちゃん。屋上行こう。」

 スマホとお弁当箱を手に持った美嘉が
紬の机の前に立つ。

 すこし間を置いてから。

「トイレ寄ってから行くから、先に言っててくれないかな。」



「うん。いいよ。んじゃ、先に行って待ってるね。」




 陸斗と一切連絡取らなくなって、10日間は経っていた。
 

 昼休みも放課後も会っていない。


 
 12月になって、もうすぐクリスマスだと言うのに全然何も計画もしていない。


 
 美嘉には何も言ってないが、自然消滅になりかけている関係だった。


 前まではラインのスタンプ一個でも毎日送りあっていたのに、あのDVDを紬の家で一緒に見たという日から気まずい思いしていた。



 何て話そう。


 何て言おう。


 むしろ、何て言うかそっちの緊張感の方が高かった。





 屋上の扉を開けると、風が頬を打つ。


 ベンチに美嘉と陸斗が隣同士に座っていた。

 何の話をしているか聞こえない。



 今日は康範は来ていないようだ。



 少し何も言わずに佇んでいると、美嘉が陸斗の体に近づいているのに気づく。



 何しているんだろう。
 変な想像を掻き立てる。



「陸斗先輩、何かほっぺたにまつ毛ついてますよー。」



 近づく距離が友達ではない雰囲気だった。



 そっと、頬についたまつ毛をとってあげただけだった。
 
「あ、ごめん。ありがとう。」



 紬はそれを見て、キスしているもんだと勘違いした。



 屋上に出た体を振り返って、来た道を戻った。



 ガタンと扉が閉まる。


「あれ、紬ちゃん、来てたのかな。」

「……。」

 美嘉はたちあがり、屋上の扉を確かめに言ったら誰もいなかった。



 陸斗は何も言えなかった。


 
 少しして、康範が屋上に上がってきた。



「お待たせー。購買からパン買ってたら遅くなった。」



「いや、誰も待ってないよ。」



 陸斗は返事する。



「康範先輩、お久しぶりですね。」



「あら、本当。あれ、紬ちゃん、戻ってくる?トイレかな。」



「え、そうなの?」



「だって、俺、ここ来る時、紬ちゃん、走って向こうに行くの見えて、追いかけようかと思ったけどトイレに急いでたのかなってレディに失礼かと思って声かけなかった。」 


       
「んじゃ、さっき来てたの紬ちゃんだったんだ。なんで、こっち来なかったのかな。」



「……ちょっと行ってくるわ。先に食べてて。」



 陸斗は神妙な面持ちで立ち上がって、紬が行くであろう場所に向かった。




 連絡をしばらくとってなかったため、陸斗も何だかソワソワしていた。



 紬は見たさっき景色を信じられなかった。



 嘘だと思いたい。



 誰もいないトイレ近くにある廊下の洗面台で、水で顔を洗っていた。



 小さなハンカチで顔を拭いた。
 鏡に手を触れ、顔を確かめた。



 自分はなんてずるいんだろう。




 洸のこと考えていたら、逆に誰かに陸斗が取られることを考えていなかった。



 何もしてないのに。



 美嘉が「きちんと相手しないと浮気されちゃうよ。」の言葉が頭によぎる。



 もしかして、そう言うことなのかなと考えた。



顔を上げて、改めて鏡を見ると、横の壁に寄りかかり、腕組んで立っている陸斗がいた。



「…何かあった?」



「……。」




「急にいなくなることないんじゃないの?」




「……美嘉ちゃんと何か付き合ってるみたいに見えた。」




「ふーん。」




沈黙の空気が流れる。



「俺らってまだ付き合ってるの?」




「……。」



「ここ最近、連絡ずっとしてないし、会ってもなかったよね。既読スルーで着信スルー。学校の廊下ですれ違ってもさ、こっち見てなかったのかな。手振っても反応なかったし。無視したでしょう。」



「それは…。」




「……俺、森本さんと付き合おうかな。洸と付き合ってるのって何かしゃくにさわるんだよね。」




「……。」



 下を向いて、前髪で顔を隠した。



「その方が都合いいの?」



「違う…。」




「ごめん、もうやめようか。俺たち、別れよう。」


顔を見ずに後ろ向きで言った。


「え…。」



 顔を少しあげた。
 離れようとする気持ちがあるとなぜか追いかけたくなるのはなぜだろう。




「お互いに見てる方向が違うんなら、キッパリやめた方いいと思うんだ。」      
 


 そう言って、陸斗は立ち去った。


別れようと言った言葉あっさりしていた。



 モヤモヤした気持ちを引きずって、10日間を過ごしていた。
 


 浮ついた気持ちを持っていたからかなと反省する。


 
 紬は何も言えずに喪失感を抱えたまま、教室に戻って、腕の中に顔を埋めた。


 自分自身がよく無かったはずだ。


 
 あの時、あの瞬間が、きっとよく無かった。



 もう時間は取り戻せない。




ーーー
 放心状態で家に帰って、1人部屋の中、ぼーっとスマホの充電器を取ろうと、引き出しの中を覗いた。中には、思い出のアースキャンディを見つけた。

 
 もったいなくて食べずにずっと入れていた。少し端が溶けかかっていた。


いまだに青くキラキラしていた。

 
 初めてプラネタリウムで見に行ったことを思い出す。


 あの時はすごくドキドキして、楽しかった。


 引き出しの上にあるアクセサリーケースに入れていた土星の形のネックレスは、
 
付き合って1ヶ月記念日。


 十字架のデザインのシルバーリングは

付き合って3ヶ月記念日に買ってもらった。


 何度か学校の自販機で陸斗に買ってもらったいちごみるくの紙パックを写真で撮ってスマホの写真アプリに残っていた。


思い出の写真を振り返る。

デートでバスに乗っている陸斗の後ろ姿。

お互いに誕生日プレゼント交換しようと言って行ったアウトレットで突然の雨にびしょ濡れになった瞬間。


 夏は、水族館に行ってイルカのショーに喜んだあの時。

 今まで気づかなかった陸斗にしてもらったたくさんのこと。


 振り返ると嬉しかったことがほとんどで、喧嘩なんて全然してなかった。

 

 失ったときに思い出す。



 すごく大事にされてたこと。



 そして、物凄く当たり前のように過ごしていた存在で必要な人だと言うこと。

 


 日常生活でも、当たり前に使っている水や電気も、いざ震災や、水道工事などで使えないとあんなに自然に使ってきたものが急に使えないとすごく大事だったと気付かされる。




 恋愛でも慣れてくると失わないとわかならないことがあるのかもしれない。



 紬は無意識のうちに宮島洸の連絡先を探してた。




『泣きたいときはいつでも言って』の言葉を信じて、電話をかけた。


『もしもし、紬ちゃん?どうした?』



「…洸さん、私、陸斗にぃ。」



『ふへ? ごめん、今、どこ? 店の準備してたから直接そっち行っても良い?』


 ちょうど洸はバイトの準備していたところにスマホが鳴り出した。


 黒いエプロンに白いワイシャツ、今、まさに店の開店準備の真っ最中で掃除していたところだった。

 紬が学校から家に帰ってくるところをお店側から見えて知ってた。

「店長!すいません、紬ちゃんから連絡あって、ちょっと調子悪いらしく、様子見てきてもいいですか??」


「え、そうなの?んじゃ紬のことは任せるわ。」


 箒を壁に立てかけて、急いで、靴を脱ぎ、階段を駆け上る。



まさか、呼び出しを受けるとは思ってなかった。


 ドアをノックしてすぐに開けた。


「中、入るよー。」

 部屋の真ん中に、ぺたんとラグマットの上に座っていた。丸いテーブルの上には鼻をかんだであろうティッシュが乱雑に散らかしていた。

 涙と鼻水が止まらない。


「ど、どうした?」

 風邪をひいたのかと思って、少しホッとした。

「洸さん! 陸斗が、陸斗が!」


目の前が見えないくらいに涙で溢れる。

思い出に浸りすぎた。



「何?陸斗、またバイク事故でも起こした?落ち着いて。」


 紬は、洸のワイシャツを引っ張った。
 ぐしゃぐしゃな顔になっていた。
 こんなに人前で感情をむき出しにするのは初めてだった。

 紬は、首を横に振った。


「陸斗に別れようって言われましたぁ。」



 でろんでろんの鼻水が洸のワイシャツについてしまう。



「え、陸斗に言われたの?なんでそうなった?鼻水、しっかりかんでー。」



 洸はティッシュをとって鼻をかんであげた。


「もうお互いに見てる方向が違うって言われたんですぅ。ズズズ…。」


「……そっか。ヨシヨシ。うわお、鼻水めっちゃついてるぅ…。」


 洸のワイシャツに顔を埋めて、泣き続ける。鼻水を気にしないようにしたが、やはり気になる。一応、仕事着だから。

 洸の腰に手を回した。

 

(おかしいなぁ…陸斗、紬ちゃんに溺愛してたはずなんだけどなぁ、急に別れ話になるかなぁ。陸斗…何か企んでるのかな。まあ、紬ちゃんからハグするなんてないからな。ちょっとラッキー。)


一喜一憂しながら、なだめると、紬は冷静になり、ワイシャツが鼻水でびしょ濡れになってることに気づく。慌ててティッシュで拭こうとしたが、肌が透けて見えてくる。

「わわわ…ごめんなさい。これではお仕事できないですよね。」

 泣きながらその辺にあったタオルで拭こうする。

「紬ちゃん、それではもう無理だよ。着替えるから、気にしないで。」


 濡れたワイシャツをバサっと脱ぐと中のインナーも濡れてしまっていたため、目の前で上半身裸になってしまった。

 
 紬はなるべく見ないように両手で隠すが間からチラ見する。
 筋肉が見え隠れした。

「ちょっ…隙間から見てるっしょ?」


「わ、わ、ごめんなさい。代わりのシャツありますから!はい、どうぞ。」


 紬はクローゼットから白いワイシャツを取り出して洸に渡した。


「別に、いいんだけどね。見ても。え、これ、レディースものじゃないの?」

「それ、私がサイズ注文間違いで大きいサイズの男女兼用のワイシャツなので、大丈夫だと思いますよ。私も仕事する時それ、着てたので。」

「あ、まー、大丈夫か。見ても良いよってさっきから目隠してるようで隠してないし。そんなに見たいの?」


 片方の目だけ手のひらで隠してしっかり反対の目で見ている。


「いえ、見ないようにしますから。」


 ぐるりと後ろを振り返って、直視するのを避けた。

「俺は、紬ちゃんなら喜んでお見せしますけどね。良ければのお話ですが…。」


洸は後ろから両腕を紬の首に通して手を組んだ。

前はあんなに嫌がっていたのに、避けない紬に逆に洸はドギマギした。またやめてと跳ね返されるだろうと思っていた。嫌ではないのだろうか。

 
 目を前髪で隠して,少し俯いた。

 頬を少し赤くしている。


「…あー、そろそろ、戻らないと店長に怒られちゃうかな。」

 ごまかすように、洸はそっと離れようとしたが、紬の手は離さなかった。


「もう少しだけ…ほんのちょっとで良いので、そばにいてもらえますか?」


 目の下には涙の跡が残っていた。

 どこか寂しげの表情だった。

 これはイケると洸は紬が目を一瞬閉じた瞬間に左後ろから顔を近づけて、唇を交わした。

 抵抗しない。

 動かない。

 遠くで父の遼平の声がした。

 洸は、静かに紬の両肩に触れて、部屋を出た。


「今、行きます!」


駆け降りていく洸の足音を聞いてから、ぺたんとその場に座り込んだ。

 自分の口を両手で塞ぐ。


(今、何をしてたんだっけ!?)

 
 記憶が飛んだ。


 洸にキスされたことが嫌じゃ無かった。

 むしろ嬉しかった。


 前は拒絶していたのに受け入れられた。

 
 自分はどうしてしまったんだろう。

 
 手足に力が入らなかった。


 小刻みに震えた。


 陸斗に別れを告げられた紬の気持ちは完全に洸に方向転換しているようだ。
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