シリウスをさがして…

もちっぱち

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鉢合わせの待ち合わせ

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   牛丼屋で一度陸斗に別れを告げて、紬はいつものように路線バスに乗り込んだ。


 2回目のお泊まり。


 本当のようで嘘の言い訳を考えてどうにか、ごまかした。




 以前は女友達の家に泊まったと言ったが、今回は半分本当の内容。


 
 一緒にいた人も分かっている。



 なんとなく、家に帰るのも恥ずかしく、両親や弟に顔を合わせると思うと気が気でない。



 バスに乗っている間もそわそわして落ち着いていられなかった。座席があったのに入り口近くで立っていた。

 
 降りるボタンを忘れず押した。


 1人で乗るのもだいぶ慣れてきた。


 外を眺めたが、何を見ていたか忘れるくらいだった。



 出口のドアが開く。



 定期券を出すとピッと音が鳴る。


 そのままささっと降りた。


「発車します。」


 運転手はそう言うとドアを閉めた。



 ふわっと風が吹いた。



 昨日の降っていた雪はもう溶けていた。今朝は晴れていて、少し寒さも和らいでいたが、路面はまだ濡れていた。


 薄く氷が張っている。


 
 お店の前に着くとすでに開店していた。
 

 時刻は午前10時だった。


 裏口から忍者のように入っていく。
 小さな声で


「ただいまー。」


 お店のことで忙しいだろうと思ってすぐに2階に行こうとした。

「紬~。」


 母のくるみに見つかった。
 ホールから紬の姿を見つけたくるみが駆け寄ってきた。



「な、なに?」


「おかえり!」


「う、うん。ただいま。」

「クリスマスプレゼントはどうだった?」


 くるみはニヤニヤしながら聞いてくる。


「え?」


「だって、陸斗くんと一緒だったんでしょう? 何、もらったのかなって思って。もう、私たちのクリスマスプレゼントはいらないかなぁと思いながら…。」

「そ、それは、内緒。え!? プレゼントあるの?」


「ん?」


 にこにこしたまま、無言が続く。

「え?」


「あ?」


「無いよ。」


「うそ。」



「ごめん、嘘ー。ちょっとしたものだけど。」


 引き出しにしまっておいたラッピング袋に入っているクリスマスプレゼントを出した。


「開けていい?」


「どうぞ。」


 紬はドキドキしながら、袋を開けた。
 ふわふわのイヤーカフだった。



「あったかい!」


 早速、自分の耳にあててみた。思っていたより暖かかった。



「寒くなってきたからね。耳冷やさないようにね。陸斗くんから無いの? ひどいね。彼氏じゃないの?」

 キッチンの食器を洗いながら話す。
紬は緊張しながら、この場から立ち去りたかった。

「あるよ!言わないだけ。拓人は何にしたの?」


「手袋だよ。まだ、雪合戦するお年頃だもの。」



「そうだったね。来年からは中学生だから、少しは落ち着くかな。また午後から出かけるから。」


「はいはい。夕ご飯はいるの?」


「夕方には帰るよ。夜は仕事手伝うから。」

「ありがとう。無理しなくてもいいのよ。できる時にお願いするわ。」


「平気。大丈夫だから。んじゃ、2階行くね。」


「うん。わかった。」


 くるみは、食器棚に食器を片付けた。

 紬はそのまま2階へ上がっていく。恥ずかしさでまだドキドキしている。

 父には会えなかった。いや、今はまだ会えない。どんな顔すればいいかわからなかった。


 
 バタンと扉を閉めて、散らかった部屋を片付け始めた。





 一度、外に出ると改めて部屋が汚いことに直面する。





 ずっと部屋にいると片付けたくないのに、なんで外に出ると綺麗にしなきゃと思うのだろうか不思議だった。



 母にクリスマスプレゼントのことを聞かれて、陸斗にもらったものは嬉しかったけど、自信持ってコレとは言えなかった。

 女の子から貰ったものを流れでもらったって言ったら、母はあまり喜ばないだろうなと分かっていた。

 お金をかけてなんぼの恋愛をしてきたくるみにとっては紬の気持ちはわからないだろうとも知っていた。 


 共感できない。


 母と私は違う。


 物ではなく、気持ちの問題と思っている。

 プレゼントなんて、本当はなくてもいいと、思っている。

母からのプレゼントなんて本当は無くても良かったけど、体裁上、毎年受け取っているもの。

 喜んで受け取らないと空気がよくない。

 どうしてクリスマスなんてあるんだろうと思うこともある。

誕生日も、どうしてお祝いしなくちゃいけないんだろう。


仕事でいそがしい両親は、当日に祝ってくれたことなんてなかった。

確かにプレゼントやケーキを食べたけど、誕生月であって誕生日じゃなかった。

 でもそんなことはどうでもよくて、親子の時間をたくさん欲しかった。

土日祝は決まって、仕事。

レジャーなんて、行けないし、習い事なんてしたことなんてない。

唯一、一緒に過ごせるのは仕事を手伝うということ。

 注意されたり、褒められることもある。

 でもそれが、親子としてのつながりだった。

 他の親子関係と違うものだったけれども、紬と拓人は、それが親への感謝であり、親子の絆であった。


 仕事は嫌じゃない。できないことももちろんある。でも、その空間で過ごすだけで心地が良かった。

 ただ、問題なのは、洸とのトラブルがあって、今日の仕事もこなせるか少し心配だった。

 いつもの笑顔、笑顔  
 と鏡に顔をうつして、確かめた。

 また午後に陸斗と会うってこともある。

 ぼんやりしている暇はなかった。


 約束時間まで、あと1時間後になろうとしていた。


部屋の掃除や整頓していたら、いつ間にか時間がすぎていた。


 昨日からずっと来ていた服を脱いで、クリーム色のワッフルニットを羽織り、ホットパンツを履く。

 黒のニーハイソックスをベットの上で座りながら履いた。

 黒の牛皮で出来たリュックを背負う。

 頭には貰ったばかりのイヤーカフをつけた。

 全身鏡で確かめた。

 これでよしと準備は万端。

 スマホに着信が入る。


『もしもし、紬?』


「はい!今、家、出ようとしてたよ。」


『あ、ごめん。俺も今着替えて、これから出るけど、車で迎え行くから。いつも母さんとか迎え行く時東口のロータリーから拾うのね。紬、場所わかる?』


「え…。ごめんなさい。あまり、東口から出たことない。いつもバスプール周辺で移動して西口の改札口利用するから。」



『そうだよね。わかった。一旦、駐車場停めてから迎え行くわ。いつものステンドグラスのところで待ってて。もうすぐ出られそうだから。』


「うん。分かった。んじゃ、あとで。私も今からバス乗るから。あと10分くらいで出るかも。」


『うん。了解。んじゃあとでね。』


 陸斗はスマホの画面を閉じた。


 キースタンドを見ると、今回はきちんと車の鍵が垂れ下がっていた。


「ん?陸斗、帰ってきたかと思ったら、すぐ出るの?若いねぇ。」

 台所で食器の片付けをしていたさとしが声をかける。

「あぁ。今回は鍵、ここに置いてたね。バッチリじゃん。車借りていくよ?」


「お褒めに預かり光栄です!これでも頑張って元の位置に戻してるよ。癖がね、なかなか治らんから。バイクじゃなくて車なのね。まぁ、その方が安全か。今日は何時帰り?」


「なんか用事あるの?」


 陸斗は、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲み出した。


「母さん帰ってくるからね。一応、みんなでクリスマスパーティーしようかなと。25日じゃない?あれ、悠灯はまだ寝てるのかな。」


「悠灯なら、朝からいないよ。俺帰ってきたときから靴なかったよ。父さん気づかなかったの?デートじゃないの?」

「知らんかった。俺、帰ってきたのは午前3時だから。てか、陸斗何時に帰ってきたんだっけ。」

「えっと…午前9時半かな?」

「そっか。てか、どっか泊まってきたんだろ?俺は寝ないで午前3時だから、参ったよ、同級生の石川がさー、ブチブチ元嫁の愚痴聞かされて、本当疲れたわ……。あぁ、あとさー。」

「父さん、ごめん、その話、帰ってきてから聞くから。もう行かなくちゃ。」


「はいはい。いってらっしゃーい。」

 ソファに座り、ぐったりしているさとし。陸斗は逃げるように玄関のドアを開けて去っていく。


(いいなぁ。陸斗は…紬ちゃんと学生生活満喫してて、羨ましい。俺なんて夫婦生活…出張ばっかりで会えないつぅの。東京の仕事に変えようかな…。はぁ…。)

 ソファの上でうつ伏せに顔を埋めて、ぐったりとした。昨夜から寝不足で過ごした疲れが今に来てる。そのままの格好で眠りについた。



***


仙台駅改札前のステンドグラスでは25日のクリスマスということもあってお客さんであふれていた。


改札前イベントはワッフルのお店やチョコレート専門店などで混み合っていた。


 美嘉は、息をあげてギリギリに待ち合わせ場所に到着した。

 デジャブのように洸は3階の喫茶店から待ち合わせ場所に美嘉がいることを確認してから、下に降りて、向かおうとすると、同じように誰かと待ち合わせしている紬を発見した。

バツ悪く前回別れたため、近づくのに抵抗を感じた。

 紬はご機嫌でニコニコしながら、スマホをのぞいていた。

 数メートル離れたところに美嘉もいる。どうか鉢合わせしませんようにとエスカレーター付近で止まって見ていた。


 その願いは見事に崩れ去った。


「あ、あれ? 紬!? なになに、待ち合わせ?」


「あ! 美嘉。うん。そうだけど、美嘉も待ち合わせ?」


「そうそう。洸と一緒にデートなんだ。昨日1日バイトだったから会えなかったけど、今日は夕方までなら大丈夫って言われたから。紬は陸斗先輩?」


「うん。そうだよ。何かごめんね。クリスマスイブなのに、お店、洸さんの休み取らせてあげられなくて申し訳ないなって人手不足で…。」


「何言ってるの?紬は店長じゃないでしょう。洸が好きでやっていることは応援してあげたいなって思ってるから気にしてないよ。クリスマスはそこまで重要視してないし…とか言いながら、今日会うけどね。」


何と無く良心が痛む。バイトの後に会っていたなんて、口が裂けても言えない。

美嘉は紬の横に立ち,耳うちした。

「そうそう。洸には黙っていてって言われちゃったんだけど、言っちゃうね。あのね、実は昨日、イブのギリギリ23時に洸が家来てくれたんだ。プレゼントもスノードームもらってさ。さらに今日も買ってもらう予定だけど、かなりラブラブだ・か・ら大丈夫!」

 
 その話を聞いて紬は、あの後、すぐに美嘉のところに行ったんだと推測した。


自分も同じ感じで陸斗に会っているから何も言えないけど、この後来るって言ったらどんな顔して会えばいいんだろうとヒヤヒヤした。


「そーなんだ。あ、私。トイレ行こうかな。んじゃ、美嘉、お幸せにね。」

 紬は走って逃げようと理由をつけてその場から離れた。

 目の前のチョコレート専門店のお店で陸斗が買い物をしていることに気づかずにトイレの方に駆け込んだ。



「あ、あれ、紬? 陸斗先輩が目の前にってもう遅いか。」


「美嘉。」


 その声は洸の声だった。

 エスカレーターの方から紬がいなくなるのを確認して近寄ってきた。


「洸、もう、また待ち伏せしてたでしょう。てか、見えてたから!」


「え!? バレてた?」



「うん。横目で見てたよ。紬、行っちゃったじゃん。」


「別に、いいじゃないの?」


「もっと話したかったのに…。」



 美嘉は洸の左腕を右手で掴んだ。


「あれ、森本さん? と洸じゃん。」


 買い物を終えた陸斗がこちらに気づいた。


「陸斗…。」


 洸にとっては会いたく無い人だった。もちろん、紬もその1人。



「洸…ちょっと言いたいこといっぱいあるけど。まぁ、今日はクリスマスに免じて許してやるわ。森本さんも、洸のことしっかり手綱握っておいた方がいいかもね。首輪もつけた方いいかも。」



「了解!」


敬礼をして返事をする。



「どういう意味よ。」


「陸斗先輩。私、覚悟は決まってるので平気ですよ。こんなカッコいい人が女子1人に絞れるわけないって思っているんですけど、その本命になれるように努力するつもりです。」



「森本さんって、結構タフだね。そんな洸でもいいって言う人なかなかいないと思うけど…ま、洸も大事な人、しっかり見極めなよ。てか、紬見てない? 待ち合わせしてたんだけど見つからないや。」


辺りをぐるぐると見渡す。


「あ、紬ならさっきトイレ行くって1階の方に…多分,そこの階段のところ降りて行きましたよ。」


「あ、なんだ。会ってたのね。サンキュー。んじゃ。」


 後ろ向きで手を振って別れた。





 陸斗は颯爽と階段を駆け降りて、トイレの近くで足を組んで立って待っていた。

 トイレから出てきてぼーっとしている紬は、陸斗に気づかずに通り過ぎようとしていた。


 どこを向いているのか、目的地であろうステンドグラスと違う方向に向かおうとしていた。

 
 見失うといけないと感じた陸斗は人で行き交う中、名前を呼んだ。


「紬!」


 ハッと気づいた紬は、後ろを振り返る前に横に陸斗が近づいてきた。


「あ…。陸斗。待ち合わせ場所、ステンドグラス…。」


「もういいよ。コレ買ったし、行かなくても。森本さんに会って、紬がこっち来てたって言ってたから。」

 
 何となく、こちらの気持ちを読まれているようでドキッとした。

 陸斗はステンドグラス近くで買ったチョコレート専門店のチョコの紙袋を紬に見せた。


 あどけない顔が逆に不安になる。


「チョコ買ったんだね。」


「洸がいたから行けなかったんでしょう。」


 横に並んで、郵便局の横を通り過ぎ、1階の出口の方に歩きながら、聞いた。

「……。」


 デパートに向かう途中の通路で立ち止まる。


「そんなことないよ。トイレに行きたかったから。」


「……嘘つくの下手だよね。眉毛、ゆがませるのが癖なの知ってるから。」

 
 陸斗は、紬の額にデコピンする。


「いたッ。」


「まあ、いいや。過ぎたことは忘れよう! ほらほら、せっかくのデートが台無しになるからね。紬に買ってあげたいものがあったから。行こう?」

 陸斗は、左手で紬の右手を掴み、アーケードの通路に足を進めた。



 クリスマス当日ということもあってカップルで歩く人で賑わっていた。














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