シリウスをさがして…

もちっぱち

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嬉しい知らせ ✴︎

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お互いにバイトが夜遅くまで続いた。

 片付けがスムーズに終わらせられなかった。

 同僚との世間話も終わりが見えず、結局帰宅時間が23時を過ぎていた。



昼間、大学の講義を受けている最中に嬉しい連絡があった。



 何社も受けていた就職活動に終わりが見えてきた。

平均で受かる会社の数は27社目。

陸斗は何社も倍率の高い会社を受けては落ちてを繰り返して、ようやく決まった頃には28社を超えていた。


 さすがに東京で仕事を勝ち取るには受けようとする人気の会社はいくら成績が良くても、レベルが高い。


 採用する際に、頭のいい人くらいいくらでもいるし、容姿や格好が良くても選ばれるとは限らない。


 これは運と縁、人事担当の人との相性でしかない。


「ただいまー。」

 先に帰って来ていたのは紬だった。割とバイト先に距離が近い方だった。


「おかえり。遅かったね。お夜食でもいる?」


ドサっと荷物をソファに置いて、体を委ねた。


「うん、食べようかな。あー、ほんと、今日も疲れたぁ。」



「お疲れさま。はい、鮭茶漬け。出汁で食べるんだよ。」


 塩で焼いた鮭をほぐして、鰹と昆布の合わせ出汁をそのままかけた。

 上にはアサツキを小さく切って、細く切った海苔が散らばっていた。

「小腹すいてたから、ちょうどいいや。ありがとう。」


 紬も隣で茶漬けにありついた。

 紬の方は梅干しも追加で入っていた。


「ごちそうさま。…そういや、調子どうなの? 大丈夫そう?先週からずっと具合悪くしてたみたいだけど。」

一気に口に頬張った。
あっという間になくなった。

「うん、まあ、何とか。梅干し食べると落ち着く感じ。ほら。」

「そっか。大丈夫そうなら良かった。」


「あのさ…。」
「あのさ…。」


この感じ、前にも似たようなことがあったような。同時に同じセリフ。

「陸斗からいいよ。」


「ああ、うん。ごめん。えっと、実は受けてた面接に受かって、内定が決まったんだ。新卒採用だから4月から本格的に働くんだけど、その前に2月あたりから研修?試用期間があって…。とにかく、社会人にいよいよなるよ!っていうおめでたい報告なんだ。大学卒業とともにこの部屋から引っ越ししないといけないって言うのもあるけど、それはおいおい考えるとして…。その前に卒論かぁ。」


 陸斗の目はキラキラし始めた。

 何十社も受けていたこともあって、メンタルはボロボロになりかけていたが、めげずにやって良かったと涙が出てくる。


 紬の方は、すぐには解決できないような気がして、ヒヤヒヤしてくる。


「あ、紬は?何の話?」


 台所でマグカップにコーヒーを入れた。紬の分を入れようとしたら、手を止められた。



「え。コーヒー、いらない?夜遅いから眠れなくなるか。」


「カフェイン取りすぎるのは良くないから。」


 紬は買っておいたルイボスティーをマグカップに注ぎ入れた。


「私はこれにするよ。」


「ふーん。え、なに、カフェイン取り過ぎちゃいけない病気?大丈夫?」


「うーんと、そう言うわけじゃないんだけど…。」


「うん。」

 隣同士にソファに座って、真剣に向き合った。

「あのね…。実は…。」


ハックション!

陸斗はくしゃみを一つした。


「あ、ごめん。どうぞ。」


「…アレが、来てなくて…。」


 紬はおなかをおさえて話し出す。


「お、おなか?」


「昨日、検査したら、縦に線が入ってたから陽性だった。」


 紬は薬局で購入した妊娠検査薬の結果の写真をスマホに保管していて、それを陸斗に見せた。


「嘘?本当?俺?」

 何ともならない表情で動揺してる。

「陸斗以外誰もいないよ…。むしろ、陸斗の方が怪しいって。」

「よっしゃー。やったー。」

 両手をあげて喜んだ。
 拍子抜けした紬は目を見開いた。
 

「そんなに嬉しい?」


「え、だって、俺の子でしょ?楽しみだなぁ~。一緒にサッカーして、釣りして、キャッチボールしてー、あと何しようかな。」


「いやいや、まだ男の子って決まったわけじゃ……そして、生まれてすぐにサッカーはできないっしょ。」


 想像が想像を膨らんで良くない方向へと進んでいく。


「ちょっと待って、俺、紬のお父さんと紬との結婚の約束したけど、俺が大学卒業してからっていう話だったよね。そりゃ、内定は決まったけど、これは予定外だよ。許してくれるかな!?大丈夫かな?」


「うん、それも気になるよね。まあ、この世に子どもが生まれることは奇跡に近いことだから反対されにくいとは思うけど、時期が早いか遅いかの問題で…。陸斗が本当に私でいいのかっていうのも気になることで…。」

 
 友達から聞いた陸斗の女性問題が頭をよぎる。



「え?なんで?紬で良いに決まってるんじゃん。そうじゃなきゃ、今まで一緒に暮らさないでしょ?」


「だって、陸斗と綺麗な女の人と一緒にいたって陸斗の友達の友達から連絡あって、気をつけてって言われたから、ずっと気になってて。」


「は?…うーんと、誰のことだろう。大学ではサークルの友達数人くらいは女子いるけど、その人達は彼氏とラブラブアピールされてるから違うだろうし…最近女の人と一緒にいた?ん?もしかして、母さんのこと?基本仕事は東京でしてるから時々会ってはいたけど、勘違いされたかな。母さん、見た目は若いしな。」



「え?お母さんと一緒にいたの?」



 陸斗の言葉に驚いた。



「あ、なに、マザコンって言いたいの?そこまでじゃないけど…ただ会うだけなら普通でしょ。そもそも、俺、周りに婚約者いるって宣言してるから誰も寄って来ないよ?指輪も付けてるし、婚約指輪ではないけど、随分前に買ったやつ。」


 いつの間にか、仙台にいた時に買っていた指輪を右手指から左手指に変えて、つけていた。紬は陸斗の手をじっと見て、再度確認する。

指輪をつけるだけで魔除けのように寄ってこないもんだなと変に納得した。


「そうなんだ。安心した。…けど、色々問題は、山積みになりそうだね。」


「まあ、確かに。とりあえず、なるべく早く産婦人科行って検査してもらいなよ。体のことも心配だし、もちろんお腹の子。正式に分かってからお互いの両親に話そう。ちょうど、大学も長期休み入るっしょ。あー。ドラマとか漫画みたいなちゃぶ台ひっくり返るとかあるのかな~、心配になってきた。俺、大丈夫かなぁ。」


 ぶつぶつ言いながらお風呂場へと向かう陸斗。いつの間にか話は終わったことになっていた。


とりあえず事なきを得て、嫌がらずに受け止めてくれた現状に安堵感を覚えた。



疑わしい女性問題も親子で会話していたと言うことがわかり、ホッとした。考えてみれば陸斗の母は、とても若々しく、仕事柄、身なりも整えている。



歳の差の恋人同士と思われても無理はないだろうと思った。
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