シリウスをさがして…

もちっぱち

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いろんないきさつを経て…。

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「おはようございます。」


 紺色の上下スーツと
 青と白の縞々のネクタイ、
 白いワイシャツ、黒い革靴、
 A4サイズの書類が横に入るビジネスバックを左手に持っていた。

 入社にして早くも1ヶ月。
 5月になり、職場や人間関係にも慣れてきて、疲れがどっとたまってくる頃、コンビニで買った缶コーヒーをデスクに置いた。いすにバックを置いて、中身を確認する。プリントアウトした用紙を取り出して、部長の席に向かった。

「おはようございます。部長、昨日、頼まれていた書類出来上がりましたので、ここにおきますね。目を通しておいてください。何かあれば訂正しますので…。」

「おはよう。大越くん。いつも悪いねぇ。いつも締切に間に合うか間に合わないかって俺が焦るとすぐ、君が助けてくれるから、本当泣くほど助かるわ。センスもいいし、マジ、リスペクト。俺にもこんな才能があったらなぁ。入社してまだ数週間しか経ってないのに、こんなにアイデア出せるし、パソコンのソフトも教える前に使いこなせるし、即戦力になるから、本当、俺の目に狂いはなかったわ!なんで新卒じゃなくて、中途採用なんだか、もったいないくらいよ。あ、まだ若いから、第二新卒っても言うのかな。」

 部長の佐藤 晃さとうあきらは、テンション高めに話している。部長と言っても成り手がいなかったため、年功序列で決まった肩書き。プライドなんてないし、実績もない。でも、人柄はよし。人をまとめることや、仲介に入るのは得意。仕事そのものができなくても何とかやっている他力本願な人だった。

「いやぁ、本当、採用していただいてありがたいです。俺も、急いで、仕事先見つけたいと思っていましたので、佐藤部長には足を向けて眠れないっす。でも、やりたい仕事できて嬉しいです。どんどん言ってください。」


「大越くんの前職って出版系でしょう。そこでパソコンできるようになったのかな? 設計とかは大学で勉強してきたの?でも、東京から仙台って向こうの方が仕事いっぱいあるだろうに…。あ、なんでこっち引っ越してきたか聞いてなかったけど?」


「仕事中ですけど…話してもいいんですか?」

「それくらい別に…雑談もコミュケーションの一つだし、気にすんなよ。会話も仕事のうちだわ。」

 佐藤はマグカップに入ったコーヒーを飲んだ。部長のデスクの目の前に立っていた陸斗は話を続けた。

「あー…。えっと、子どもが産まれたばかりで、妻が体調崩しやすいもんで、実家の近くに引っ越そうという流れになって、今に至るってところでしょうか・・・。」


「は?! え? 君、既婚者?」

「はい。」

「嘘、だって、大学卒業したばかりっしょ。」

「まぁ、卒業して1年くらいは経ちましたが…。」

 佐藤部長は、心臓が高まった。

「え、子どもも、いんの? 何歳よ。」

「えっと…確か。今月で1歳と2ヶ月だったかと…。見ます?写真?」

 ポケットに入れてたスマホを取り出し、写真を表示させた。紬が赤ちゃんを抱っこしているところだった。

 佐藤はなぜか無性にイライラしてきた。幸せ満載の様子が羨ましくなってきた。こっちは結婚して子どももだいぶ大きくなって、相手をしてくれなくなり、父親を親子で毛嫌いするくらいの仲になっている。


「おうおう。幸せそうだな。まぁ、それもいつまで続くか。まさか、大越がねぇ、結婚して子どもいたなんてなぁ。まだ24歳だろ?若いよなぁ。」

 くん付けが呼び捨てに切り替わった瞬間だった。佐藤は不機嫌そうにいすをくるっと回して、窓側を向いてコーヒーを飲んだ。

「すいません、そろそろ、仕事戻ります!」

「あ、あぁ。真面目だねぇ。はい、今日も頑張ってください。」

 何も言わずに頷いて、デスクに戻った。

 身長も高い、身なりもモテそうなやつ、性格も人当たりよくて、女子や男子社員もすぐ人が集まっている。

 光に虫が来るように自分から発信しなくても声を掛けられる話しやすい雰囲気を持っている。
 
 でも、既婚者で子持ち、入社してまだ1ヶ月とちょっと、仕事もミスはするが、気持ちの切り替えも早い、そこそこ覚えも早いし、できることも多い。

 設計のセンスもある。部長の佐藤から見ても、申し分ないくらい羨ましいくらいの人間。

 なれるもんならなってみたいポジション。自分なんて話しかけないでオーラ満載の女子社員。必要最低限しか話してくれない。ちょっと寂しい。構ってほしいけど、こちらから声をかけたら、セクハラ容疑で訴えられるかもしれない。

 俺は、悲しいキャラクター。

 単純にかっこいいと声をかけられるのをウェルカムってどうなったらそうなるのか、蓋を開けて見てみたいあいつの脳みそ。


「大越さん。よかったら、どうぞ。ついでなんで…。」

 女子社員の齋藤まどかにコーヒーを何も言わずに入れてもらっている。

「あ、すいません。ありがとうございます。でも、次から自分で入れられるんで、気にしないでください。お客さん優先で良いですよ。」

「いえ、ついでなんで。今回だけ。」

 いくらでも関わりたかったのか、齋藤は軽くアプローチする。ゴリゴリにアピールはしてない。ついでってことでいつもはしない。

「そうですか。どうも。」
 
 申し訳ないと思いつつ、コーヒーを飲んだ。
 
 昔からある来客には女子がお茶やコーヒーを出す風習。来客だけではなく、同僚や上司にお茶の時間になったら女子が出すという。
 いつ無くなるかわからない。
 セルフコーヒーでほしい人だけ飲むのではダメなのか。
 ここの会社はゆるい部長がいるからか、しきたりは薄れていて、お客様にだけ出すようにと指示していた。
 でも、女子社員の今度はやってあげるという気持ちを全面に出す人がいる。それを見る他の男子社員はにわかに嫉妬心が少なくとも生じてしまう。
 見て見ぬふりをしてしまえばいいのだが…。

 この会社に働くということになった経緯になるまでは本当に色々ありすぎた。



*****


 そもそも、プロポーズなんて紬にはしてない。自然の流れで同棲からの続きのようなスタイル。

 総合病院を退院したあと、実家にいづらくて、陸斗と一緒に新幹線で東京に帰った。

 もちろん、帰る際は陸斗がケジメをつけないとっとスーツではなく、あえての遼平に借りたシャツとズボンを着て、ラグドールの閉店時間に行き、全然怒る様子を見せない仕事終わりの遼平に最敬礼の後で

「あの…まだまだ未熟者ですが、全身全霊、谷口紬さんを必ず幸せにします。結婚をお許しいただけないでしょうか。」


「……うん。その言葉欲しかったから。いいよ。わがままな娘で面倒かけると思うけど、よろしくお願いします。」


 ぺこりと頭をさげる遼平。


「私からもよろしくお願いします。困ったことがあったらいつでも言って、できる範囲で助けるから。」


 近くにいたくるみもそっと頭をさげた。


「はい。ありがとうございます。あと、こちら、みなさんで。」


 紙袋には、仙台名物の蒲鉾がたくさん入っていた。くるみは受け取る。

「お見舞いのお返しなんて、いらないわよ。これから生活大変なのに、でもありがとう。」

「いえ、手ぶらで来るのは気が引けまして…。」

「まぁ、確かに手ぶらでさっきの言ったらちょっとなぁ。何しに来たんだって思うわな。」

遼平はいじわるなことを言う。

「は!?すいません。気が利かなくて…。」


「いや、手ぶらじゃないだろ。でもな、俺は、マジで何もいらないよ。気持ちが1番大事だから、物で好感度あげなくて良いから。本気でぶつかってきた気持ちの大きさの方が1番大事だから。」

 遼平はポケットに入れていた電子タバコを取り出し、灰皿がある外に出ようとした。

「うっす。ありがとうございます。」

「陸斗くんも吸うんでしょう。外行くよ?」

「え、まぁ。そうですけど…。」

「ごゆっくりぃ。」

くるみはお店の片付けをやり始めた。

外はだいぶ真っ暗になっており、お店の玄関のライトがぼんやりと光っていた。 スタンド付きの灰皿付近で2人は電子タバコに火をつけた。

「陸斗くんはどこメーカー吸っているの?」

「えっと、これは、MEOのブルーベリー風味です。」

「あーそうなんだ。俺はKANTのミント。今、いろんなのあるよね。」

「そうですね。」

「本当、喫煙者は肩身が狭くなってきたよね。紙たばこよりこの電子タバコの方が体にいいからって言われるけど、本当は吸わないことの方が1番良いんだろうけどさ、なかなかやめられないわ。禁煙するの?」

「いやぁ、無理ですね。三日坊主でした。」

「だよなぁ。俺も、ニコチンガムとかやったことあるけど、あれは無理よね。吸った感じならないし、逆にストレスたまるわ。あの薬の方が高いって思うのよ。」

 煙をふぅーと空中に吐いた。

「紬は?嫌がらないの?」

「そうですね。吸わないでとはいわれます。結局はベランダとか吸う時は近くには行かないようにしてますよ。」

「俺も、紬がお腹に入っているころ、そうしてたわ。害は少ないと言えども、やっぱそうするよね。あ、言ってなかったけど、俺も出来ちゃった結婚だったんよ。陸斗くん。」


「へ? マジっすか。」


「君の気持ちわかるから。多少ね。試すようで悪いけど、最初から反対する気はなかったのよ。陸斗くんが紬に相応しい人って知ってるからさ。あと、子ども優先したい気持ちもわかるけどさ、本当に大事なのは奥さんだから、肝に銘じてね。俺もそう言われて、くるみのお父さんに叱られたわけ…。」


「あ、いえ。逆に気合いが入りました。しっかりしなくちゃと。ありがとうございます。叱られたんですね。」


 遠い空を眺めた。人生、生きてるといろいろあるなとされたことは返したいんだなっと納得した。


「あれ、陸斗くん。そういや、東京帰る時間大丈夫?新幹線で帰るんでしょう?」


「うわ、そうでした。そろそろ、行かないと、それじゃぁ俺は失礼します。」

「ちょっと待って、何で行くの?車無いでしょう。送っていくよ?」

「いや、このまま、バスで行こうかなと思ってました。」


 笑いが止まらない遼平。

「陸斗くん、だいぶお疲れだね。今日は日曜日だからバスの時間はとっくに終わってるって。ほら、車出すから乗って。」

 遼平は家に戻り、車の鍵を取りに行った。冷や汗が止まらない。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「すいません。ありがとうございます。あ、でも、紬も一緒に帰る予定でして・・・。」

「え、紬、家に帰ってこないの?具合悪いから実家で過ごすんだと思っていたけど。」

「まあ色々ありまして…。今、紬は、洸の家で時間潰ししてもらってました。」


「そうなのか。え、もしかして、俺、紬に避けられてる?」

「……。」


 陸斗は何度も頷いた。


「あー。そっか、前に言った言葉にね。嫌われたから。わかった。話すから。洸くんの家ってどこ?」

 遼平は車に乗り込み、陸斗に洸の家をナビに登録してもらった。


「ねぇ、母さん。陸斗さん、何したの?閉店時間に、父さんと喫煙所で盛り上がってたけど。」

 お店の片付け終わり、エプロンを外した拓人が洗い物をするくるみに話しかける。

「んー? なんかねぇ、紬と陸斗くん結婚するんだって。あれ、拓人。姉ちゃんに子どもできたって知らなかったっけ。」


「え、うそ。まじで? 陸斗さんが俺の義兄になるの!?やったぁ、今度、オンラインゲーム一緒にやろうかな。やった。あ、ライン交換しとけばよかった。え、ちょっと待ってよ、母さん、俺、まだ高校生なのに、おじさんになっちゃうんじゃねぇの?」

「よかったね、お義兄ちゃんできて、まぁ、洸くんもいるじゃない。あ、洸くんは親戚になるんだね。陸斗くんの従兄だし。ああ、そうそう、拓人はおじさんになるね。甥っ子か姪っ子産まれるから。楽しみね。」


「あー、老ける~。おじさん…。俺、おじさんって呼ばせないから。もう、拓人ってしよう!あー、小さい子から呼び捨てされるのも…。あぁ!?」

 髪をぐしゃぐしゃにかきあげた。高校1年になった拓人。姉である紬に子どもができることに複雑な思いだった。

 くるみは家族が増えることに本当に嬉しそうだった。


***

「陸斗だけど、紬いる?」

 洸の家に着いて、インターフォン越しに話す。インターフォンのカメラを見たは洸だった。陸斗の隣には紬の父の遼平がいた。

『おう。いるよ。中に入りなよ。』

 洸はあえて、店長がいることは紬にわからないようにふせておいた。

「お邪魔します。」

 遼平は、静かに陸斗の後ろに立つ。

「話は解決したんですか?」

「ああ。なんとかね。紬は?」

「今、美嘉とトランプ・・・。」

「あ、こんばんは。あれ、紬のお父さんじゃないですか。どうしたんです?お久しぶりです。」

「…美嘉ちゃん。久しぶりだね。ごめんね、夜分遅くお邪魔して…。」

 美嘉は気にもせず、テンション高めに話し出す。どことなく、陸斗と洸は気まずいようす。玄関先でザワザワしているのを紬は勘づいて、部屋の奥から出てきた。

「…お父さん。」

 紬はなんでここにいるのばかりの嫌な顔をした。

「あ、紬。あのな。」

「いや、もう。やだよ。陸斗、もう、新幹線乗るんだよね。今、荷物まとめるから。」

 遼平のことはいないことにしようとする紬。陸斗はそれを許さなかった。

「紬、紬!! 落ち着けって。お父さん目の前にいるんだから、しっかり話して。」

「なんで?何を話すの? 陸斗にひどいこというじゃない。私は信じられないよ。やだもん。嫌な雰囲気作るお父さんなんて!」

 若干20歳にまもなくなるというのに、まるで小さな駄々っ子のように泣き叫ぶ。自分の腕をつかむ陸斗の腕を振り払う。

「しっかり見ろよ! 今、お父さん、怒ってないし、俺と喧嘩なんてしてないだろ?お互い嫌な気持ちになってない。目の前を見て!」

 紬は過去のことにすごくこだわりすぎていたのかもしれない。遼平も陸斗も何も平気な顔してる。あの嫌なこと言われた瞬間の雰囲気は一切感じられない。

「……うん。」

 冷静を取り戻した。遼平に会いたくないと拒否していた紬。

「紬、ごめんな。陸斗くんを傷つけたくて言ったわけじゃないんだよ。俺が反対しても本当に紬を大切にしてくれるかを確かめたかった。親の反対で怖気つくような男は、それは偽物の愛だ。紬のことを全然考えてないし、自分の保身を守ることしか考えてない。陸斗くんは考える時間はあっただろうけど、しっかりと受け止めて、自分の気持ちをまっすぐに言ってくれたし、何より、紬のことを本当に大事にしてくれている。今だってそうだろ。自己中心には動いてない。俺は安心したよ。心から、紬のことを任せられるって、そう思えた。」

「……。」

 泣きすぎた涙が止まった。目から最後の一滴がこぼれ落ちる。何も言えなくなった。本当の愛かどうかの試験。

結婚に旅立つ際の試験は、見事合格を勝
ち取った。

「おいで・・・。」

 遼平が紬を呼んだ。
 紬の表情でわかった。和解できたと。

 紬は遼平に近づいて言った。

「ごめんなさい。」

「うん。」

「お父さん、ありがとう。」

 また涙が出てきた。頭をヨシヨシと撫でた。
 親子喧嘩にやっと終わりに見えた。

 紬が産まれてから約20年。親元から離れるのがこんなにも寂しいものだとは思わなかった。親の代わりに預かってくれる将来の旦那に手渡す。
まだ結婚式のバージンロードはしていないが、心はすでに親のところには向いていない。遼平は紬の泣いているところを見ることは無くなってくるだろう。陸斗に託すことを考えた時に胸が熱くなった。
 やっぱり、娘はそばに置いておきたいと結婚は反対しようかといじわるな悪魔が頭をよぎったが、紬の幸せを考えたらと天使が囁く。

「ほら、新幹線の時間、遅れるぞ。洸くん、遅くまですまない。明日、またよろしく。」
 遼平は、玄関のドアを開けて、外に出ようとした。

 紬は気持ちが落ち着いて、荷物をすべて持って、外に出た。

 美嘉がそばで号泣していて、涙が止まらなかった。洸が横で美嘉の頭を撫でる。

「紬ー、良いお父さんだね。いいね。いいね。」

泣きながら叫ぶ。

「全く、美嘉は感受性豊かやねぇ。まぁ、そこがいいところ?いや、これはホルモンの問題でただの情緒不安定?!」

 洸は頭を悩ましていた。隣にいた陸斗が。

「洸、ありがとうな。助かったよ。親子関係も修復できて…。無事に帰れるわ。」

「どういたしまして。それはよかった。あとで、のし付けてお礼送って。東京の名物でいいから。」

「あー、はいはい。気が向いたらね。それじゃ、お邪魔しました。森本さん、体大事にしてね。あ、もう結婚するから美嘉さんの方がいいか。」


「うん。ありがとう。紬のこと、大事にしてよ。陸斗先輩!!」

「はいはい。んじゃ、お邪魔しました。」

 2人は遼平の車に乗って仙台駅に向かう。


車の中で

「そういや、子どものこともだけど、結婚式とか入籍の話とか全然話せなかったけど、良いの?」

「あー、そうですね。あとで、電話連絡しますから、お義母さんにもよろしく言っててください。」

「そう?色々決まったら連絡してね。結婚になると本当いろんなことを一気に決めなくちゃいけないから忙しくなるぞ。体には十分気をつけるんだぞ。」

「はい。ありがとうございます。」

 陸斗はそう言って、駅の送迎ロータリーでドアを開けて、おりた。
 紬は運転席のドアに手をのばして、遼平に握手を求めた。

「ん?はいはい。」

「ありがとう。」

「うん。体大事にな。」

 静かに頷いた。

 2人の後ろ姿をみるとまるで自分たち夫婦を見ているようだった。懐かしく感じだ。若さっていいなとしみじみ感じる。




                    


















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